12 作戦
その日、たっぷり寝坊してわたしはお昼過ぎに目を覚ましました。
ハーシェルさんは周辺の探索や測量をする一方、相変わらずわたしが外に出て余計なことをしないよう監視しています。
油断させるためにも、わたしは思いきりだらだらして一日をすごしました。
二度寝どころか三度寝までしちゃいます。
ふかふかのベッドでねね先輩と一緒にごろごろしていると、なんだかわたしも猫さんになったような気がしました。
クラリスが用意してくれたごはんを食べては、またベッドの上へ。
その日のわたしはダメ人間界のトップランナーでした。
プロフェッショナルとして新聞で特集されてしまうくらいのレベルです。
『わたしのことをダメなやつだと言う人もいるかもしれません。しかし、わたしみたいな人がいることで、いろいろあって動けなくなっている人が『あれよりはマシか』って安心できるかもしれない。そういうことにわたしはよろこびを感じるんです』
凜々しい顔でインタビューを受ける自分を想像してわたしは目を細めます。
こんな感じで昼間ダメ人間なわたしですが、夜になるとお屋敷を抜けだして狼さんの元へ向かいます。
「アリアさん! よく来てくださいました」
わたしはうなずいて、狼さんたちの輪の中に入ります。
あれから数日が経ち、わたしはすっかり狼さんの村に溶け込んでいました。
「問題はアンデッドがまだこの近くにいるということです。動向をうかがっていますが、遠からずまた攻勢をかけてくるでしょう。なんとかしないとこの辺りの獣人は……」
族長を務めるシオンくんのお兄さん――リオンさんが言いました。
「みんなで立ち向かいましょう。わたしも領主としてみなさんの生活を守るために戦います」
わたしの言葉に、周囲の狼さんたちが言います。
「なんと!」
「アリアさんも戦ってくださるのですか!」
「これは心強い……! これならもしかすると勝機も……!」
おお!
なんだか期待されています。
今まで期待とかされてこなかったので、頬がゆるんでしまいますね!
これはスーパー領主として良いところを見せなければ!
「アンデッドの位置と、村周辺の状況を教えてもらえますか」
アンデッドの様子は、常に担当の狼さんが交代しながら距離を置いて見張っていてくれていました。
わたしは攻めてくる方向の検討をつけてから、狼さんたちと共に村の周囲を見て回ります。
周辺の地形を入念に確認してから、わたしは言いました。
「こんな作戦はどうでしょう?」
地下書庫で読んだ本の中には、軍学や戦いについての本もありました。
勉強しておいてよかった、『軍師』スキル!
必要な知識はばっちり頭に入っています。
わたしは狼さんたちを指揮して、アンデッド軍を倒すための作戦準備を開始しました。
「これで本当に勝てるのか?」
中にはそう首をかしげる狼さんもいましたが、
「アリアさんがいなければどのみち俺たちは終わってたんだ。どういう結果になろうと俺はあの人に付いて行くぜ」
そう信じてくれる狼さんたちもいました。
犬に近い系統の獣人さんだけあって、そのあたりは素直な人が多いみたいです。
付いてきてよかったと思ってもらえるよう、しっかりやらないといけませんね。
昼間だらだらしている分、夜のわたしは元気百倍!
精力的に作戦を進めながら、自分が使える魔法の確認をします。
驚くべきことに、わたしは知識として習得していた聖魔法のほとんどを使うことができました。
少しでも魔力があればという一縷の望みをかけて、魔力を効率よく魔法に変換するための勉強をしていたのがよかったのでしょうか。
魔力酔いによる頭痛はひどいですが、少なくとも魔力がまったくないというわけではなさそうです。
ただの『ヒール』だったはずなのに、部屋中の狼さんが治ってましたし、体感的には効果も本で読んだそれより出ている感じもするのですけどね。
あるいは、古い本なので今よりも魔法の技術が進んでいなかったのかもしれません。
これで魔力なしの役立たずなんて言われてしまうとか、恐ろしい発展度ですね、王国魔法界。
「すごいです、アリアさん。何もない荒れ地が一面お花畑。泥水もあっという間に透明になってる……」
魔法実験中のわたしに、シオンくんは感心した様子で言います。
「みんなが言うとおり、本当に聖女さまみたい……」
「そんな大したものじゃないですけどね。でも、もっと褒めてください」
「そういうところは全然すごい人感ないです」
「わたしは自分の欲望に正直に生きることにしているので」
真面目な顔で言うと、シオンくんは笑ってくれました。
出会ったときはお屋敷から薬を盗むしかないところまで追い詰められていたシオンくん。
そんな彼が年相応の感じで笑えている。
良いことしたかも、と少しうれしくなるわたしです。
「俺、今度の戦いはみんなと一緒に戦いたかったんです。でも、兄さんはダメだって」
「お兄さんもシオンくんのことが大切なんですよ。きっと」
「だけど、お姉さんは戦うみたいですし」
「わたしは強くてかっこいいスーパーお姉さんなので」
「お屋敷で会ったとき、すごくかっこわるい転び方してましたよね」
「そ、それはそれ、これはこれです」
声を上ずらせながらごまかすわたしに、シオンくんはくすりと笑います。
それから、ぽつりと零すみたいに言いました。
「俺も一緒に戦いたかった。そうすれば、ドジなお姉さんだって守れたのに」
ん?
おやおや、そんなことを考えていたなんて。
やっぱり男の子ですね。
かわいいところあるじゃないですか。
「わたしのこと守りたかったんですか?」
「……聞き間違いじゃないですか? 言ってません」
「またまたー。照れちゃって」
「照れてないです」
意地になって言うシオンくんに、わたしはにっこり微笑んで言いました。
「大丈夫です。この地の狼さんは、わたしが領主としてばっちり守りますから」




