10 部屋の中がもふもふでいっぱい
幸い、魔力酔いによる症状が収まるまでそう長い時間はかかりませんでした。
時間にすると、三十分ほど気を失っていたみたいです。
目を覚ましたわたしは、狼さんたちに取り囲まれていました。
「聖女様が! 大聖女様が目を覚まされました!」
聖女?
どこの誰のことでしょう?
寝ぼけ眼で辺りを見回したわたしは、狼さんたちが一斉にわたしに頭を下げるという異常な状況を目の当たりにすることになりました。
え……ええ……。
なんで女王様みたいな扱いをされているのでしょうか。
いきなりのことに、アリアさん大困惑です。
「あ、頭を上げてください」
恐縮しつつ、わたしも頭を下げて状況をフラットに戻そうとします。
「そんな! 聖女様こそ頭を上げてください!」
「いえいえ、そこまでされるのはさすがに恐縮すぎると言いますか」
より低く頭を下げることで、心の平穏を保とうとするわたしに、狼さんはさらに頭を下げて対抗します。
激しい頭下げ合戦はさらにエスカレート。
最終的にお互いがお互いに土下座するという意味のわからない状況が完成しました。
すごいです。
その場にいる全員が土下座してます。
わたしたちは何をしているのでしょう。
邪教の儀式か何かでしょうか。
「ひとまず、お互い頭を下げるのをやめましょう」
十分ほどかかってようやく、まともに話し合える体勢に戻ることができました。
「聖女様、私たちを救っていただいてありがとうございます」
種族の長らしい狼さんが言います。
美しい銀色の髪の獣人さんでした。
中性的で綺麗な顔立ちはシオンくんによく似ています。
兄弟なのですかね、多分。
「いえいえ、そんな大げさなことでは」
恐縮しつつ、狼さんたちを見回します。
重症だった人や、身体の一部が欠けていた人も元気な姿に戻っていてほっと息を吐きました。
魔力なしと言われていたわたしですが、少しなら聖魔法も使えるみたいです。
多分地下書庫でたくさん勉強したのがよかったのでしょう。
がんばっていればいいことってあるものですね。
「あと、わたしは聖女ではないです。むしろ、そこからは一番遠いと言いますか。魔力がなくて家の恥とか言われていた人で」
わたしはみなさんに自分のこれまでと、今の立場をお話ししました。
領主として、仲良くなりたいという素直な気持ちを伝えると、狼さんたちはうなずいてくれました。
「誰が何を言おうと、アリアさんは俺たちを救ってくれました。その事実は決して変わりません。俺たち、アリアさんのためならどんなことでもしますから」
「どんなことでも……」
その響きがわたしの胸を強く打ちました。
どんなことでもお願いしていいなんて……!
やりました!
これは予想していた以上の大戦果です!
心の中で、くるくる回りながらわたしは、狼さんへのお願いを考えます。
と、言ってもそんなことは最初から決まっているのですが。
この辺境領に来た大きな目的のひとつ!
もふもふです!
「それじゃ、もふもふをお願いできたらうれしいなって思うのですけど」
「もふもふ? なんですか、それ?」
「まずは狼の姿になってもらえますか?」
獣耳や尻尾のある獣人さんは、動物の姿にも身体を変えることができます。
二つの姿を使い分けて生活しているのですね。
人間に近かった身体が、すっと狼のそれに変わります。
そして目の前に現れた狼さんたちは、わたしが想像していたよりもずっと美しくて、気持ちよさそうな毛並みをしていました。
すごい!
部屋の中がもふもふでいっぱい!
大興奮で、今すぐとびつきたい気持ちでしたが、しかし欲望に身を任せ、警戒されてはいけません。
嫌な思いをさせないよう、相手の気持ちを考えてもふもふするのが大切なのです。
「もしよかったら、ふわふわの身体をなでなでさせてもらえたらうれしいな、なんて」
あふれ出しそうになるもふもふ欲を抑えながら、淑女らしく控えめにお願いすると、
「撫でる? それでいいんですか?」
狼さんたちは小首をかしげながら言いました。
「もちろん、構いませんけど」
「では、いきますね……!」
緊張の一瞬。
ふわふわの身体にそっと手を当てると、やさしく跳ね返ってくるあたたかい銀毛の感触。
あまりの気持ちよさに、身体から力が抜けてしまいます。
えへへ。もふもふー。
部屋いっぱいの狼さんたちに囲んでもらって、わたしはもふもふなしあわせを、両手じゃ足りないくらいいっぱい補給したのでした。