第五話 出会
ツーツーツー
仄かに香る金木犀が、ツンと鼻を刺激すが、さてはこの世界では金木犀と呼ぶに相応しいのか定かではない。徐に瞼を開けると白いタイルが視界に入り、すぐに天井であると気が付く。体は非常に重たく、それでいて母体のような安心感に満たされているため動こうなどとは思わない。
目をあたりに配る。白を基調とした部屋に洗面台や机などが置いてあり、自らは清潔そうな白ベットの上に横たわっていた。男は現状のすべてを悟った。
ガラッと部屋前の扉が開く。
「あ、目を覚ましましたか。調子はいかがでしょうか」
看護師のような姿をした金髪ロングの女が入ってきて、なんとも言わずに公務を果たしているようだ。洗面台から水を汲んでいる音が聞こえ、天井を見上げて答える。
「調子はいいです」
「それはよかった。何があったか覚えてますか?それはそれは大変でしたよ」
気さくな方であった。男の隣の椅子に腰を掛けて、何かの片づけをしているようだ。
「おれが殺されそうになって、それで燃えて・・・そっからは覚えてないです」
女は眉根を上げて、その後のことを教えてくれた。
「その後ね、王立騎士団の人たちが来てあなたの暴走をとめて、ここに連れてきたのよ。三日三晩寝込んだままだったから心配したわ」
笑顔に屈託がなかった。
「おれは殺されるはずだったんじゃないんですか」
三日前にあるほどの事件を起こして、逆に生きているほうが不思議であった。
「んーーそれはよくわからないんだけど、とりあえず生きててよかったじゃない」
「はい・・・」
男の身の上話には興味がないようであっさりとしていたが、それっきり会話が止まり、女がタオルの水を絞る音だけが部屋に響き渡る。その気まずさに耐えかねる。
「あの、名前はなんていうんですか」
女の顔が少し緩み、絞っていたタオルを男の額に乗せながら口を開いた。
「ドロシー=シャンデランよ、よろしくね。であなたの名前は?」
大らかな声色で包まれるような感覚になり、自分の名前は何であったか左上の宙を見ながら思い出す。
「白木玲。我ながら普通の名前ですよね」
ドロシーの雰囲気に呑まれ、こわばっていた体が緩みささやかな笑顔がこぼれる。
「シラキレイ・・・?」
ドロシーは怪訝そうに首をかしげる。
「はい。シラキレイです」
数秒間の沈黙の後、ドロシーの我慢していた笑いがあふれ出た。
「アハハハハハ変わった名前ですね」
レイは笑われたことに一瞬戸惑ったが、すぐに不思議と笑みが込み上げてきた。この世界では日本人名は耳障りの良いものではなく面白いらしいが、その笑顔がレイの心身を少し軽くした。