第二話 太陽
指先に火種が一つ出来上がり、炎炎とあたりを照らす。蝋燭を持ち歩いているような感覚と同時に、皮膚が焼けているのをかすかに感じるが、それを上回る回復速度で治癒しているらしい。
「痛くない...」
火種を見ていると不思議と心が穏やかになる。揺らぎ焦る心臓が、寝床を見つけたようであった。
(たすけて...)
火種の奥からわずかに聞こえてきた女の子の声。心の臓を優しく包み込むような美声であり、それでいて震えていた。
刹那、火種が膨張し全身を包み込む。初めの炎上とは違うほの温かい感情に覆われ、ゆっくりと目を閉じた。
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鉄を打ち付けたような金属音が頭の中で響く。次第に人々のざわめきが耳に入り、意識が開けてくる。ざわめきが一種の歓声のようになり、近くで人の話し声が聴こえてきた。
「久々で腕が鳴るな」
「間違いねえ。ググググ」
二人いるようで、互いに野太い声で悠々と話している。
意識が明瞭となり、目を開いた瞬間、
「はああ?」
眼下に広がるのは多種多様な人種?国際化を超えて、地球の種というものが全て一体化した状態。元来、四足歩行であるはずの動物が二足で歩き、中には剛健な翼の生えた生物、耳の鋭いエルフや小人のようなものまでが言語を話している。体の露出を、布などで隠しあたかも人間のようである。宇宙のるつぼ的世界は、それでいて中世のような街並みであった。
「どうなってんだよ」
困惑して声がうまく出ない。
「相棒、こいつ起きたじゃねえかよ」
「ほんとだ。こりゃいいな」
両隣に立つ熊のようなモンスターが、鉄の斧を持ち睨みを利かし口角を上げている。
「おい!どうなって......!?」
両手は左右それぞれ鎖で縛りあげられ、胸下に小箱が置かれ首だけが野放しの状態であった。男は材木でできた高台の上に居り、民衆の歓声はその一点に集中していた。
状況判断をすますと、観客たちの常軌を逸した高揚に鼓動が早くなる。
「静粛に!」
熊の隣に背筋を張った長髪の男が声を上げる。その場は瞬時に静まり返った。
「私ロベルトが罪状を読み上げる。この男は昨夜キュリー親子の家に押し入り、母子二人を惨殺した後に家を燃やし、遺体もろとも証拠を隠滅しようとした。よって、斬首と処す」
「!?・・・・」
観客から男に向けてヤジが飛ぶ。
「お、おいまて!おれはそんなこと知らない」
目が覚めたら突然斬首である。心当たりなど一つたりともなかった。
ロベルトは男の顔を覗き込むようにし、千種色の目を見開き力を込めた。
「罪人が口を開くな!貴様が事件現場のそばにいたとの話が入ってきている。それもその身を燃やしてだ。懺悔はあの世に行ってからすればいい」
「違う!おれは何もしていない」
とっさに口が開く。
「なら、その証拠があるのか」
ロベルトのこの発言は男にとっての核心であった。証拠などというものは一つ足りとしてなく『炎に包まれ寝ていただけだ』などといっても自らの首を絞めるだけであった。
「な、ないけど......」
表情が曇り焦る男と対照的に、ロベルトは水を得たように目を輝かせた。
「それでは、死刑を執行する」
その一言で身が凍えた気がした。大衆の歓声が鮮明に脳内に浸透し、熊どもが鉄をこすり合わせる金属音が鼓動を進める。熊が首元に鉄斧を構え、照準を合わせる。
走馬灯のような、時間がゆっくりと進みロベルトの含み笑いが脳裏にこびりつく。何も知ることなく理不尽に死にゆく様が丁度がよいと思うと同時に、それに対する怒りが沸きあがる。
会社を辞めたのも、上司の理不尽な嫌がらせからだ。立場が違えど権利は同じであるはずが、それに甘んじて人の話など聞こうとしない。
全身の血液が逆流するのを感じる。嫌な汗が顎から滴り落ちた瞬間、四肢に力を入れ皮膚が焼けるのを意識する。
「あああああああああああああああああああああああああああああああ」
太陽のその下に、もう一つの煌めきが街の断頭台を照らした。