卒業前日
僕は誰もいない放課後の教室にいる。
春の陽光が教室内に差し込み、赤に染めている。僕も何だかすがすがしい気持ちになった。
卒業式というみんなが巣立っていく日を明日にして、僕は三年間過ごしたこの校舎をしみじみ見回っているのだ。
記憶の中にある情景と眼前にある風景を浮かべて悲しくなったり、楽しくなったりした。
楽しかった日々を少しでも長く引き留めたかった。でも、時は待ってくれない。桜が咲けば別れが来てしまう。
そんな、感傷に浸っていると、不意に教室のドアが開きそこから女の子が現れた。
「やっぱり……」
彼女の声は僕がここにいることをまるで予測していたみたいに感じ取れる。言葉の奥には悲しみも含んでいるような気がした。
「どうしたの?」
「……」
彼女は俯き、黙り込んでしまう。二人っきりの教室。放課後。ドキドキ感が増してくる。このシチュレーションはよくドラマである展開で告白とかしたりして――。
邪なことを考えているうちに、彼女との思い出を心のアルバムから勝手に引き抜き、脳裏によみがえらせた。
一つ。彼女と彼女の友達とボーリングに行ったこと。
一つ。彼女と彼女の友達と海に行ったこと。
一つ。彼女と彼女の友達とゲームセンターに行ったこと。
――こうして考えると、必ず『彼女の友達』がいる。彼女と二人っきりで過ごした思い出が一つもなかった。
こうして二人っきりなれたのは奇跡かもしれない。
「あの!」
彼女は決心したように、僕に視線を向けた。すると、彼女は机の上のリコーダーを取り、僕の眼前に見せつけた。
「ユウくんに聞かせたくて……私、がんばった」
語尾が震えていた。泣きたい衝動をがんばって抑えているのだろう。
「聞いてくれる?」
僕は頷く。
彼女は目を閉じ、ゆっくりリコーダーをくわえる。息を吹き込むと同時に綺麗な旋律が流れ、教室全体を駆けめぐる。
僕はすでに心から聞き入っていた。リコーダーから流れる音色はいろいろな感情によって構成されている気がしてたまらないのだ。
自然と涙が溢れてきた。彼女も。押さえきれないモノが美しい音色で開かれて、それが溢れ出したような感覚。
演奏が終わると、僕は口を開けたまま唖然としていた。それを不安げに見ている彼女の視線が妙に可愛かった。
「ど、どう?」
頬を赤らめながら尋ねてくる。
「すごい。とても、すごかった」
「ホント!?」
「うん」
褒められたのが嬉しかったのか、彼女はその場で飛び跳ねている。
そんな彼女を見て、僕も笑う。しばらく、僕たちは笑い合った。
今まで自分の席からぼんやりと眺めていた空は赤く染まっていて、それは僕たちの恋の始まりを告げているような気がする。
「あのさ」
僕は隣で体育座りをしている彼女を見た。
「なに?」
「高校どこ行くの」
「S高。ユウくんはどこだっけ」
「O高」
すると、彼女は寂しそうな顔をして仰いだ。
「残念。違う高校だね」
「ああ」
沈黙が流れる。いろんなことを話したいのになかなか切り出せない自分と、ずっと天井に視線を向けている彼女。2人の気持ちは互いにすれ違うことなく終わってしまうのかと思った矢先、彼女は立ち上がりリコーダーを差し出した。
「これ、あげる」
「えっ……」
「うまい言葉は言えないから……」
要するに、これが彼女の愛情表現というわけだ。
「そ、そう……じゃ、もらうよ」
彼女からリコーダーを受け取ると彼女は微笑んだ。立ち上がり、窓の外を見ると帰路につく生徒もいたり、部活に一生懸命励んでいる生徒もいる。そんな風景が僕は大好きだった。
「この風景も、見られなくなるね」
「何だか寂しいな」
「うん。でも、色褪せることはない。いつまでも、いつまでも心の中に残るはずだよ」
そう言うと、彼女は僕にデコピンをしてきた。
「私のこと忘れないでよ」
「ああ。忘れるもんか」
彼女は微笑み、ゆっくりと教室を出て行った。
1人残された教室で赤に染まっていた僕は、机に置いてあったリコーダーの存在に気付きそれを手に取る。
彼女の言葉を反芻する。あれは直接的ではなく間接的だったけど、彼女なりの告白だったのかな。釈然としないけど、僕は嬉しかった。
リコーダーを顔に近づけると彼女の顔が間近にあるような錯覚に陥り、少しドキドキした。1回深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、リコーダーの先と自分の口を触れさせる。
これも間接的だけど、気持ちは直接的だった。
どうも、丘です。この話の原点は友達が物語と同じように告白されたことからきています。(少し改善していますが)
友達ありがとう! 高校でも頑張ってくれ!
――と言うわけで、感想をお願いします。