短編・素直に転生しない転生もの
色々、異世界転生のプロセスってありますよね。
死にかけの所に代わりに突っ込まれるとき、その先の本来生まれるはずだった子はどうなるのっていう。
唐突とは言わないまでも、40歳を目前に、俺は命を落とした。あとは流れであの世へ行く所、何の因果か異世界へ転生する事となった。
未練は当然ある。だが、従兄弟の子供達を暴走車から怪我一つ無く守れたのだから、命の使い方としては上等だろう。保険金は育ててくれた叔父夫婦へ行くし、縁を切って久しい糞両親には何一つ遺さないようにしてあるし。
もうどこかでよく見た定形のような流れで、管理者を名乗る存在からの挨拶はそこそこに、チートを盛って、異世界へ。
だけど、転生のプロセスは説明に無かった。間近で見てしまった俺は、全力で抗ってしまった。ドライな見方をすればバカの極み。だけど、俺にとっては我慢できるものではなかったから。
俺が転生先として指定されたのは、とある地方貴族の家の新婚領主の所だった。チートマシマシ魂の状態で、えいやっと妊婦さんのお腹へinされて、あとはおぎゃあと生まれるだけ。そう説明を受けていた。
だけども、突っ込まれる先が空っぽでは無いとは聞いてない。
転生先の赤ん坊の命の光は弱々しい。当然だ、生まれ損なった所に、俺という無理矢理に力を詰め込んだ慮外者をこれから入れ込むからだ。
両親となる筈の、その母親の魂に触れた時、未だ生まれぬ我が子への、底知れぬ愛情を垣間見た。
この人の子として生まれたなら、恵まれた環境、深い愛情の下、前世では両親からは何一つ受け取れなかった幸せの中で、俺は成長し、何かを成すことができるだろう。
だが、このまま宿ってしまえば…、弱々しく、それでも生きようと存在している、この赤ん坊の元の魂は消し飛んでしまうだろう。
俺は、前世での両親ではない、だけど深い愛情を持って育ててくれた叔父夫婦と従兄弟達の優しさを思い起こした。それだけ、俺にとっては重要で、短くとも良い生き方ができた。
従兄弟の子供達は、俺のことをおじさんおじさんと慕ってくれて、もしも結婚できて子供が居たなら、こう真っ直ぐで愛らしく育てたいと漠然と思うくらいに、大好きだった。
それを考えてしまったら、もうだめだった。
そう、だめだ、だめだ、生まれるべきはキミなんだ、両親の祝福と愛情を受け取るのはキミなんだ。
俺は勝手に横入りしにきた余所者で、キミこそがこの世界に生まれ落ちるべき命なんだ。
今俺にあるのは魂だけ。はちきれんばかりのチートで膨れているが、それだけで何かを成すには代償が要る。
なら、代償を払おう。なに、別段世界の危機は無いと聞いてはいたし、チートで無双とか流石に享年アラフォーだもの、冷静に考えたらちょっと痛いよなと思っただけだ。
自己弁護しつつ、自分が今払える代償で、目の前の弱々しい命へ、できる限りの干渉をしよう。
さあ生まれてくるんだ。
逆境の運命? この強運スキルを受け取りたまえ。
虚弱体質? 覚醒遺伝で龍神の因子を呼び起こそう。
魔力欠乏? 魔術神の祝福を与えよう。
それから…、それから…。
うん、一通り押し付けられたかな? 今にも消えそうだった命の光が、魂だけの俺を圧倒するくらい光り輝く。
さあ、生まれてくるんだ、キミが受けるはずだった呪いは俺が受け持つ。キミは五体満足で健康に生まれさえすれば、優しい両親の下、すくすくと育てる筈だ。
増長だけはしちゃいかんぞ、何せ神様からのチートだ、良い子に育っておくれ。
…ああ、魂でも、なんだか眠くなるのかな。無理矢理に引き剥がせば、魂が削れて消滅というやつかもしれない。
それでも構わない。そも、俺は慮外者だ。眠い、眠いな…。
「…兄様、起きて下さい」
「ああ、妹よ、起きているよ。今日も愛らしいな」
「っ! …んもう、寝ぼけていらっしゃるのですか?」
眼の前に居るのは、我が最愛の妹。私と妹は双子としてこの世に生まれ落ちた。
美形の両親の下、将来は約束されたも同然の、愛らしい顔立ち。それに加えて、複数の神々から祝福を受けたとしか言い様の無い、文武両道の自慢の妹だ。お転婆気味なのは愛嬌だろう。
まあ、その分、この兄たる俺は、オマケだの出涸らしだのと、領地の外では揶揄される訳だがさもありなん。身体は弱いし魔法の才も薄い。持っているものは、前世での知識と思考法、あとはアラフォーまで積み上げた経験程度だ。今の年齢と加えてアラフィフに突入しているが、そこは気にしない事とする。
それでも俺は、これでいいと思っている。能無しの俺でも、両親も妹も家令以下使用人達も、深い愛情を持って接してくれる。少しでも恩返ししたくて、知識と勉強だけは積み上げて、領地改善に繋がるアイディアはいくつも父上に献策している。
「今日は主家の方々が参られます。お兄様も、顔見せ位はと父様から言われていますが、大丈夫ですか?」
「ああ、そうだったね。でもなぁ、あのお嬢様も来るのだろう? 何をトチ狂っているんだろうね、こんな顔からして冴えない、虚弱体質の才能なしと婚約するなんて」
「…兄様、才能なしなどと、本気で思っておいでで?」
「当然だろう。貴族は、いわば血の掛け合わせで才能を受け継いでいくものだ。私の可能な事は、よく学び少し考えれば誰しも可能な事ばかりで、それ自体には才能などかけらも必要無いといつも言ってるだろう」
妹は「…義姉様も苦労されますね」とぽつり。俺は何のことかさっぱりである。
「まあいいです。さあさ、調合された霊薬はまだあるのでしょう? 身支度を整えて下さい」
「わかったよ」
枕元に常備してある霊薬。これは各種文献と前世の科学知識を下に合成したハイブリットで、少し歩いただけでも立ち眩みがしていた身体を、軽く散歩する位に保ってくれる栄養剤だ。
他にも色々作ったが、高価な霊薬を分析し、魔力的な振る舞いの調査と科学的な分析で、ジェネリック薬のような霊薬を作り上げる事に成功した中の第一号だ。お値段? 頑張りすぎたせいか、元の霊薬の5%位になってしまったが。
「うん、あんまり美味しくない。次は味の研究かな」
「…ほんとにもう」
妹がなんだか微妙な顔をしている。味は大事なんだぞ。
「さて、今日も一日、生きていることと家族に感謝し、頑張りますか」
「何事も程々に、ですよ兄様」
こんな感じではじまるスローライフ転生生活、アリだと思いませんか?
続きません。
プロット的にはフリーなので、誰か続き書いちゃってもいいのよ