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娘をダメにするスライム  作者: 紅花翁草
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魔王、からかう。

 6層へのトレジャーハントにメルヴィール家の同行が決まり、その目的を聞いていた俺はオリファとフルラージュに細かな指示を出すことにした。

 本来ならオリファが魔獣の注意を引き、フルラージュの魔術で一撃死を与えて終わらせるはずだったが、リオラの活躍を子供達に見せる為だ。


《フルララの光の加護は全力で頼む。リオラが使う身体強化というものがどの程度のものなのかが判らないからな。》

 馬車の外で、これから戦う魔獣を見詰めて精神を集中させているオリファ達へと、フルララがゆっくりと近付く。

「では皆さんに、光の加護を与えます。頑張ってください。」


《オリファ、魔獣がラージュの魔力に脅威を感じて一番に狙いを付けるだろうから、それを邪魔するだけの恐怖を与えろよ。そして囮となってリオラに見せ場を作ってやってくれ。お前ならそれが出来るはずだからな。》

 全身を包む鎧からも光が溢れ出しているオリファは俺へと視線を向け、半身を守れる程の盾と分厚い剣を確かめるように軽く構えた後、小さく頷く姿を見せる。


《ラージュはオリファを信じて全力のウィンドショットを放てばいい。ただし、大きさは拳ほどで速度と強度に重点を置くことだ。頭を狙えればそれに越したことはないが、動きを止める程の致命傷を与えることが出来れば良い。見せ場を作らないとならないが、あまり時間を掛け過ぎるとオリファ達が危険な目に遭う可能が高くなるからな。》

 同じく体を光らせているフルラージュが、小さな深呼吸の後、俺へと笑みを見せた。


《リオラにはラージュの魔術が完成するまで魔獣の注意を引いてくれと、伝えてくれ。ルーテアは護衛として俺達とここから見物しているからな。》

 強力な光の加護に驚きを隠せずにいるリオラに、俺からの言葉を伝えたオリファ。

 そして三人は、未だに起きようとしない魔獣へとゆっくりと近付いていった。



「これほどの光の加護を受けた事はありませんが…あれと対等に戦えるのですか?」

 ルーテアの言葉は、一切の不安を見せないフルララへと向けられていた。


《物理的な格差はどうしようもないが、正面から挑まなければ死ぬことはない。致命傷を与えるのはラージュに任せて、嫌がらせに徹すれば問題ない。》

「えっと…物理的な体格差は補えませんが、正面からではなく魔獣の注意を引く事に徹すれば、あとはフルラージュさんの魔術で仕留めてくれますので大丈夫です。」

「フルラージュさんの魔術は…それ程の威力ってことですよね。」

「はい。本気を出したラージュさんは魔道師以上だと思っていますから。」

 『信じられないけど、信じるしかない。』というふうな表情を見せるルーテア。

 それとは違って、会話を聞いていたアンジェとティエスは、凄く期待している目を見せていた。




 北の大地にいた『デビルハウンド』の上位種として俺が見ていた魔物図鑑に記載されている『デーモンハウンド』

 それが目の前で寝ている森の主の正体だ。

 当然、肉は不味くて硬くて食べれたものじゃないが、全身を覆う赤黒い毛は良い毛皮になる。

 そして『デビルハウンド』と同様、数少ない無属性の魔石持ちだ。


 フルラージュの射程距離になったのか、フルラージュを置き去りにして二人がデーモンハウンドへと駆け出す。

 今まで無視するかのように寝ていたデーモンハウンドだったが、流石に好戦的な行動に出た生物に対し、不機嫌な顔を見せて立ち上がった。

 その大きさは、『デビルハウンド』より一回り大きく体長7メートルといったところだった。


 あれにとって、人族に会うのは初めてのことだろう。

 小さな小動物に脅威など感じないだろうが、それもすぐに改めることになる。


 突然とも思える怒りの形相で唸り声を上げたデーモンハウンドの視線は、魔力を込め始めたフルラージュへと向かう。

 そこへ、オリファの攻撃が足に入る。

 致命傷には程遠いが、十分な痛みを与えるだけの傷を負わせる事に成功したことで、デーモンハウンドはオリファに顔を向けて足を振り下ろす。

 地団駄のように何度もオリファを踏み潰そうとするが、それを軽々と避けるオリファ。

 そしてオリファに気を取られているデーモンハウンドの背後に回り、持っていた槍を後ろ足の付け根に突き刺すリオラ。


 あれにとっては針で刺したような痛みだったかもしれないが、不快感で放置出来るような痛みでは無いはず。


 実際に視線はオリファのままだったが、虫を掃うように尻尾を激しく振っている。

 それを大きく後ろへと回避するリオラの動きは、俺の想像以上の跳躍を見せていた。


 なるほど。リオラは身体能力向上の魔術だけではなく、風の魔術も使っているようだな。


 オリファはデーモンハウンドの足を何度も避けながら、執拗とも思えるほどの足への攻撃を続けていた。


 小動物に苦戦している自身に腹立たしくなっているのだろうな。

 高い魔力を放出しているフルラージュを気にしているようだが、優先順位はオリファのままだ。

 見慣れない生物は物理的な攻撃をする。とでも思っているのだろう。


 そして、放たれたフルラージュの『ウィンドショット』はデーモンハウンドの横顔から頭を貫く。

 その反動でバランスを崩したデーモンハウンドは、惰性で動いていた前足の攻撃を最後に力尽きる。


「…すごい。すごいねママ!」

 それまで息を呑んで静かに見ていたアンジェが、同じく言葉なく、戦闘を祈るように見ていたルーテアへと感動の目を向ける。

「えっ…えぇ、本当に凄いわね。」

「ねぇ! 私もあれくらい強くなれる?」

 アンジェの期待する目に、ルーテアは悩み顔を返す。


《流石にあれは、ラージュのこれまでの鍛錬からくる魔力量があってこそだからな。だからいずれは出来るようになる可能性はある。》

「あれは、魔術の鍛錬で得たフルラージュさんの魔力量があってのことなので、アンジェちゃんもいずれは出来る可能性はありますよ。」

「ホント? ほんとうに!?」

「はい。可能性はちゃんとありますよ。」

 フルララの言葉に、満面の笑みを浮かべるアンジェ。

 そしてそれを、半信半疑という顔でルーテアは見ていた。


 まあその可能性は、魔力圧縮を教えた後の話になるんだがな。

 いくら風魔術が魔力操作の影響に左右されると言っても、大型魔獣を一撃で倒す強度は魔力量だけでは到底無理なことだからな。


《さて、思い通りに上手くいったことだし、リリアナ、あれを収納してログハウスを出してくれるか。》

《うん! あれはたべれるの?》

《いや、あれは美味しくないから食べないぞ。だが魔族には好物だという者がいるからな。だからその時になったら売ればいい。それと、毛皮が貴重な品として売れるからな。》

《ん! わかったぁー!》

 これをフルラージュとオリファの服代として、魔族領で換金するのに丁度良いと俺は考えていた。


 俺が持っている人族の硬貨は勇者が所持していたものだ。

 魔族領の硬貨は俺にとっては所持する必要がなかった物だから、一枚も持っていない。

 だが宝石や金塊などは贈り物として持っていたから、これを魔族領でも換金すれば良いと思っていたが、本人達が狩った魔獣を換金した方があいつらも気兼ねなく買えるというものだろう。



 リリアナがデーモンハウンドを収納し、俺が指示した場所にログハウスを出した後、新しく作った馬小屋も隣に出す。

 昨日の夜に、街の外の森の木を使って、オリファと二人で急遽作った物だ。

 頑丈な扉付きの馬小屋だから、馬も安心して寝る事が出来るだろう。


 馬を客車から離し、馬小屋に誘導するのはオリファとリオラの二人。

 バイアトロンという魔物は言葉を理解する頭の良い魔物で、飼われていることも理解しているようで、主人を裏切る事は殆ど無いと聞いている。

 だから自分達の家だと教えれば、自ら歩いて行くのだとか。


 俺達は少し遅くなった昼食の準備などで、ログハウスへと先に入る。

 昼食の準備といっても既に料理は完成してキッチンにあるから、皿に盛り付けるだけになる。 

 ルーテア達にリリアナの次元倉庫を披露するのにあたってログハウスを見せた後、今日の為の準備も一緒におこなっていた。

 ログハウスの部屋は全部で3部屋。だから母の部屋をルーテア達親子の部屋に変えて、空室だった部屋をオリファ達の部屋にして、今日の昼食をルーテアが作ってくれていた。

 頼みを受けてくれた事と、世話になることへの感謝の気持ちという事だった。


 俺はリビングへと向かうリリアナの頭から降りて、ダイニングテーブルの上に飛び乗る。

「ご♪ はん~♪」

 昨日から楽しみにしていたリリアナの声がリビングに響く。

 それに同調するように、アンジェとディエスも笑顔を見せながら落ち着きを無くしていく。

「はいはい。今すぐ準備しますから、ソファに座ってまっていてね。」

 ルーテアもさっきまでの事を忘れたかのように笑みを浮かべて、母親の顔になっていた。


「喉乾いているでしょ。先にジュースだけでも飲む?」

「うん! のむ~♪」

 フルラージュの言葉にリリアナが大きく手を上げて答える。

「フルララさん、お願いできますか?」

「はい。」

 フルラージュは既にガラスコップにジュースを入れて準備をしていたようで、差し出されたトレーをフルララが受け取り、リビングで待つリリアナ達へと配る。

 人数が多い理由でリリアナ達はリビングで食事をすることになり、フルララがその世話係のような立場になっている。


 ジュースを美味しそうに飲むリリアナ達を眺めていると、オリファとリオラが外の扉から入ってきた。

「馬達は不安な様子も見せず、飼葉を食べ始めました。」

「じゃあ私達も食事にしましょう。オリファとリオラさんは手を洗って来てくださいね。」

「子供達が待ってますからね。」

  リビングでソワソワしている子供達に気付き、ダイニングテーブルに料理を運ぶフルラージュと、キッチンで忙しなく手を動かすルーテアの言葉に急かされた二人は、お互いに視線を向け、少し笑い合う。

 俺の魔力感知で魔獣の襲来を気にしなくていいと判っているリリアナ達に感化されたのか、メルヴィール家の家族も、ここがダンジョンの中だということを忘れているような姿を見せている。

 

 俺達にとっては良いことだ。

 いつまでも緊張したままだと楽しくはないからな。

 それにルーテア達には、一般的なダンジョン探索は別の機会って事で了承を得ているから問題ないしな。


 それから俺は、リリアナからのスプーンでルーテアの料理を味わうことになった。  

 普段はフルララが行うことが多いのだが、今日は楽しさで気持ちが昂ぶっていたのだろう。


《今日はこの後、アンジェに魔法を教えるのと、オリファ達には蜜瓜の採取に向かわせるからな。》

 俺は身内全員に念話を送り、午後からの段取りを指示する。

《ラージュには、アンジェに魔力操作の練習方法を教えてもらう。細かな指示などあれば俺が指示を出すが、基本的にはラージュの言葉で教えてくれ。

 オリファは、蜜瓜がある場所まで俺が指示を出すからリオラとルーテアを連れて行ってくれ。森全体の魔獣の位置は俺が把握しているから安心していいぞ。だが、魔力の無い獣や虫、おかしな植物とかには気をつけてくれよ。ルーテアの魔力視でも感知出来ないかもしれないからな。》

 リリアナとフルララは、魔術訓練の見学だ。ティエスと一緒にいてやってくれ。》

《うん。わかったぁ~。》

 食後のお菓子を頬張りように食べているリリアナからの返事と、視線を俺を向けて「はい。」と口だけを動かして答えるダイニングに居るオリファとフルラージュ。

 フルララは俺の隣にいるから小さな声で「はい。」と、答える。



 冒険者の顔に戻ったルーテアとリオラを率いて森へと入っていくオリファを見送った後、俺はフルラージュの教師ぶりを見学する。

 それは俺の予想通りで、俺から教えを受けたフルラージュが自身で気付いた事を更に付け加えていて、そしてそれを子供でも理解しやすい言葉で伝えている。


《やはり俺からの助言はいらなかったな。》

 少し離れた所から見学していた俺は、楽しそうに風魔術の基礎を練習するアンジェを眺めていた。

 フルラージュの手本を真似るように『ウィンドショット』を上空に向けて撃ったり、ストームを手から放出したりと、そよ風程度の魔術だが、嬉しそうな笑顔を浮かべて感動している。

 そして、手のひらの上での魔力操作の練習に入った。


《パパ、リリアナもやってみたい。》

 リリアナの帽子としてではなく、普通にリリアナの頭に乗っている俺にリリアナの念話が届く。

《ん? 魔術の練習か?》

《うん! リリアナにもできる?》

《どうなんだろうな…まあ、試しにやってみるか。》

 次元倉庫とは違って、魔術は肉体的操作を覚える必要がある。それはナイフとフォークを扱うようになるのと同じで、ぎこちない動きから真似る事になる。

 だが魔術は最初の発動に魔術の質と流れを理解する必要があり、ある程度の理解力がいる。

 だから、生まれたばかりの子供には魔術が使えないし、覚える事も出来ない。


 リリアナの前世はあれだしな…魔術の記憶が奥底に残っているかもしれない。


《そうだな…リリアナはどんな魔術を使ってみたいんだ? 炎に水、風に土、あとは光と…闇は流石に無理か。》

《んとね、うくのがいい! ぱぱみたいにおそらとんでみたいのっ!》

《ん~そうか…重力魔術は闇魔術の一種だしな…飛行なら風魔術で代用出来るからそれでいくか。丁度アンジェが練習しているしな。》


 俺は、リリアナの体に風魔術の魔力を流し込む。

《どうだ? なにか判るか?》

《ん~フワフワするっ! いっぱいフワフワするっ!》

《それって、体中に感じているか?》

《うんっ!》 


 全身で受け入れたってことは、資質はあるみたいだな。


《じゃあ、今あるフワフワを胸の中に集めることは出来るか? 集めて固める感じだ。》

《やってみるっ!》

 リリアナは意識だけではなく、体に力を入れて縮こまるような動きを見せる。


 アンジェも同じような動きをしていたし、子供はそういうものなのだろうな。


《できたぁー!》

《そうか。じゃあそれを腕を通って手から出す気持ちで、空へ向かって撃ってみてくれるか。》

《うん。やってみるっ。》

 右手を上げて手のひらを空へと向けたリリアナ。


「ん? どうしたのリリアナちゃん。」

 アンジェを見ていたフルララがリリアナの動きに気付いた時、リリアナの手から『ウィンドストーム』が天へと放たれた。

「うぇえええええええ?!」

 それは、破壊級の『ウィンドストーム』の轟音に負けないくらいの、フルララの声だった。

 そして、言葉なく口を開けて、こっちを見るフルラージュにアンジェ。

 隣にいたティエスは状況が飲み込めていないようで、ただ固まっていた。


 ああ…これはリリアナ自身の魔力も使ったな…


《パパできたよっ! ぐわってながれたぁー!》

 そんな周囲の反応に気が付かない様子で嬉しさを全身で表すリリアナ。

《ああ、最初にしては凄く上手だったぞ。ここからはアンジェがやっているように、フワフワって感じる魔力を少しだけ作って、手のひらの上に出すことから初めることになる。それが上手に出来たら、体を支える風魔術を使うことが出来るからな。》

《うん。がんばるっ!》


《うぉ!》

 突然リリアナの頭から俺を取り上げるフルララが、リリアナとティエスから数歩下がってリリアナ達に背中を見せる。

「ディムさん! いったい何したんですかっ!」

 顔に付くほどの距離に俺を持ち上げて小声で話すフルララ。

《いや、リリアナが魔術で空を飛びたいって言ったから、風魔術が使えるかどうか試させただけだ。》

「試させたって、そうゆうレベルの魔術じゃないじゃないですかっ!」

《いや、まあ…それは俺も想定外だった。まさか自分の魔力を上乗せするとは思わなかったからな。》

「リ・リ・ア・ナ・ちゃんなんですよっ!」

 フルララの念の押し方で、俺は言いたい事を理解する。

《そうだな。リリアナだったな。》

「それと、こういうことは事前に言ってください。心臓がいくつあったも足りませんっ!」

《ああ、判った。今後気を付けることにする。それよりも、ラージュ達がずっと待っているからそろそろ説明した方がいいんじゃないか?》

「判ってます…でもこれ、どう説明するんですかっ!」

《そうだな…アンジェの真似事をしてみたら出来た。とかでどうだ? 同じ風魔術だしな。》

「そんな軽い動機で魔術なんか使えませんけどっ!」

《それはそうなんだがな、アンジェとティエスならそれで納得すると思うぞ。》


「その…フルララさん?」

 俺と話している状況なのは判っているフルラージュだったが、こっちを見ているアンジェとティエスの困惑した態度に待てなくなったようだ。

《時間切れだな。まあ…取りあえずアンジェとティエスにはそう話しておこうか。ルーテア達はまだ散策中だからな。》

 俺はリリアナにも念話を送る。

《さっきの魔術はアンジェの真似をしてみたら出来た。って事にするからな。》

《うん、わかったぁ。》

「はぁ…」

 諦めたような、決心したような溜息を溢すフルララが、俺を胸の前に下ろしてリリアナ達へと体を向ける。


「リリナアちゃんは、アンジェちゃんの真似をしてみたのかな?」

「うん、そう!」

「それで、力加減が判らなくて、ああなったんだよね。」

「うん! ぐわー! ってなった。」


「そ…そうなんだ…リリアナちゃんだもんね。」

 アンジェは俺の予想通りに、リリアナだからという理由で納得してくれた。

《フルラージュ、リリアナにも魔術操作の練習をさせてやってくれるか。》

「じゃあ、リリアナちゃんもアンジェちゃんと一緒に魔術操作の練習する?」

「うん、するぅー!」


 よし、これでなんとかなったな。


「んぅ~! ずるい…ティエもしたいぃー!」

 ずっと固まっていたティエスだったが、突然膨れた顔を見せて泣きそうな顔になっていく。

《フルラージュ、ティエスも風の資質があるか確認してくれるか。あると思うが、なければ火と土を試してくれ。》

「ティエスちゃんも風の魔術が使えるかどうか試してみましょうか。私が今から風の魔力を流してみるから、なにか感じたら教えてね。」

「うん、わかった。」

 泣きそうな顔から思い詰めたような真剣な顔になったティエスが、フルラージュの差し出した右手をそっと握る。

 俺は、フルラージュの魔力がティエスへと流れるのを魔力感知で見ていた。


「えっとね…ひゃってなって、つめたいよ。」

 ティエスの言葉に、フルラージュは首を傾げていた。

《多分だが、冷気として感じたのかもしれないぞ。試しに感じた魔力を放出させてみてくれ。》

「ティエスちゃん、その冷たい感じを集めて、手から外に出してみてくれる?」

 フルラージュの言葉に「うん。」と頷いたティエスは、同じく体を縮ませてから手を人の居ない方へと向ける。

 そして、白い霧のような物がティエスの手から出ていた。


《やはりな。ティエスは氷の魔術が使えるかもしれないぞ。この前渡した水の魔鉱石を今持っているか? 持っているならその魔力をティエスに流し込んでみてくれ。水の資質があるか確かめたい。》

 フルラージュは無言で腰に付けてあった鞄の中から水の魔鉱石を取り出す。

 それは周りから見れば次にする事が判っていたかのような、自然な動きになっていた。

「ティエスちゃん、ちょっとこの魔鉱石に触れてみてくれる。水の資質も調べてみましょう。」

「うん。」

 そして、フルラージュは俺が説明しなくてもその方法を理解していたようで、魔鉱石から魔力だけを取り出し、そのままティエスの手へと流し入れていく。

「おみずだ。おみずがながれてる。」

 ティエスの答えに、フルラージュは勿論、見ていたリリアナ達からも声が上がる。


《鮮明に水を感じるという事は、ティエスは風よりも水の資質が高いかもしれないな。そして訓練すれば氷魔術も覚えられるだろう。》


「リリアナもっ! リリアナもっ!」

 手を上げて水の資質を調べて欲しいと訴えるリリアナ。

「わたしも…」

 遠慮気味な声を出しているアンジェだったが、その表情は悔しがっている顔に見えた。


 姉としての、自尊心の表れだろうな。


《ついでだ。3人の全属性を調べてやってくれ。フルララの光もな。》


 結果。

 アンジェは風と火の資質を持ち、ティエスは風と水の資質を持っていた。

 それと、二人とも土の資質にも反応を見せていたが、それは微かに感じる程度だったようで発動する資質には到っていなかった。

 そしてリリアナは、光を含めた全ての資質を持っていた。

 まあ、リリアナに関しては予想通りだと言える。


 資質を調べ終わってからは、3人で魔術操作の練習を始めさせていた。

 多少の競争心があった方が集中出来るだろうという事で、3人ともが使える風の魔術で、まずは手のひらに置いた木の葉を落とさずに浮かせる練習を。

 そして、それを長く維持させられるかを競争させた。

 これなら魔力量を殆ど必要としないから、少ないティエスでも対等に競い合えるからな。


 俺はフルララの腕の中で、その光景を眺めていた。

《姉妹でも、資質が正反対のようになるなんてな。最終的には、アンジェには『フレアバースト』で、ティエスには『ブリザード』を覚えさせるか。》

「覚えさせるか…って、そんな凄そうな名前の魔術は人族にはありませんっ!」

《それは魔力圧縮を知らないからな。『フレアバースト』は風魔術で巨大な『ファイア』を小さく圧縮させて、『ウィンドショット』の要領で相手や地面に打ち込む。

 そうすると、衝撃でその場所が爆発するんだ。大抵の魔獣なら爆散して即死だ。

 まあ欠点として、何もかも粉々になるから肉などを得る事が出来なくなるがな。》

「冒険者として、それは駄目なやつじゃないですかっ!」

《対して、『ブリザード』は相手を氷漬けにして凍死させることになるから良い保存状態になる。》

「それは良いことですね。」

《だが加減が難しく、大抵は岩のように凍ってしまい、皮も肉も使い物にならなくなる。》

「…ディムさん。わざと言ってませんか?」

《ふっ…そんなことはないぞ。基本的に広範囲魔術で即死させるようなものは、跡形もなく消し飛ぶのが殆どだからな。それにこれらは生死を分ける時に使用するから素材の話は序だ。》


 まあ、わざと言っているんだがな。

 フルララの言動が少し前から面白いから仕方がない事だ。


「それにしても…魔力の資質をあんな風に調べたりとか出来るんですね。」

《ん? そうだな、魔力を理解して扱えるようになる年齢というのは人それぞれだとは思うが、リリアナなら試してもいい頃合だとは思っていた。ティエスも感じる事が出来て、正直ホッとした。》

「いえ、そういう事ではなくて、」「戻りましたぁ~!」

 フルララの声を遮ったのは後ろからの声で、振り返ると大きな袋を背負って満足した笑顔を見せるオリファと、同じく袋を背負ったリオラとルーテアの三人が草原を歩いている姿だった。


「蜜瓜は全部で25個。それと組合で買い取っている貴重な花や薬草、木の実などがあったので、それらも収穫してきました。」

 フルララへと見せるように袋を開けたオリファに倣って、リオラとルーテアも袋を下ろして見せる。

 オリファとリオラが背負った袋の中には蜜瓜、ルーテアが背負っていた袋にはポーションや薬などに使われる材料と、貴重とされる食材が入っていた。


《十分な収穫になったな。》

「凄いですね。」

 ほぼ同時に言葉を掛けた俺とフルララ。当然、リオラとルーテアはフルララの言葉に笑みを見せる。


「それで、子供達はいったいなにを? なにか遊んでいるようですが、やっぱり魔術を発動させるまでには至らなかったのでしょうか?」

 リオラの少し残念そうな顔に、ルーテアも寂しそうな笑みを浮かべていた。

「いえ、3人で魔術操作の練習をしています。風魔術で木の葉を浮かせる遊びなので遊んでいるように見えますけど。」

「えぇっ?! 3人で?! ティエスも、リリアナちゃんもですか?!」

 フルララの説明に、ルーテアが目を見開く程の驚きを見せる。

「はい。ちなみにアンジェちゃんは風と火の資質があり、ティエスちゃんは風と水の資質。それも冷気を帯びていたので、将来は氷の魔術も扱えるようになるとのこと。それと、二人とも土の資質も微かにあるらしく、それは今後の成長で覚える可能性が高いそうです。」


 フルララの追加情報に、無言で固まってしまったルーテアとリオラ。


《いや、そこまで驚くことではないだろう?》

「ルーテアさん、リオラさん。実際に子供達を見てあげてください。凄く頑張っていましたから。」

 近くへ行ってあげてください。と、促すような言葉を掛けたフルララ。

「そっ…そうですね。それにフルラージュさんには感謝の言葉を…まさか、ティエスもなんて…」

 信じられない顔を見せたまま、ルーテアとリオラは子供達のいる場所へと歩いていった。



「ディムさん、さっきの話の続きなんですけど。」

 妙に真剣な声のフルララに、俺は自然と背筋を伸ばして次の言葉を訪ねる。

《なんだ?》

「魔力を流して資質があるかを調べたり、実際にその魔力を使って発動させるようなことを、私は聞いた事がありませんっ!」

《なっ!》「えっ、そうなのですか?」

 俺は勿論、オリファも驚く。

「私が知っているのは、自分の中の魔力を感じてみる事から始めて、それを属性に合わせたイメージで使ってみる事。大体これに、数日から数週間掛かります。ですからイメージ力が安定する10歳くらいから始めるのが普通で、ルーテアさんも今日は、魔力を感じられたら良いな。程度の期待だったはずです。私もそう思っていましたから。」

《…そうなのか。》

「はい。」

《ああっ! そうか! 人族は魔力だけを外に出す事を知らなかったんだなっ! そりゃ、相手に流し込むなんてことは…ん? いや、フルララの光魔術は相手に流しているだろ?》

「それは発動した魔術なので、資質として感じることはありません。」

《ああ…そうだったな。しかし、ラージュの土の資質を調べた時は、なにも驚かなかったぞ?》

「ラージュさんは独学で魔術を覚えていますから、そういう方法があるものだと、思っていたと思います。」

《…確かにな。まあ、魔力操作を教えたラージュだから知っていた方法という事にすれば問題ないだろう。…そうだな、ラージュの師は大魔道師だった。これでいこう。》

「今は存在しない大魔道師ですか?」

 明らかに疑問視する目を俺に向けるフルララ。

《魔道師という者はな、往々にして名声などに興味が無く、魔術の研究だけに人生を捧げ、人前に出る事を嫌う。だからどこかに居ても、まったく不思議ではないのだぞ。》


 フルララが俺の説明に納得したので、俺は念話で今の話をフルラージュへと伝えた。

 それは今まさに、資質を調べた方法をルーテア達に伝えて困惑している時だった。


 それからアンジェ達が自身が使える属性の基本的な魔術をルーテアとリオラに見せた後、今日の予定が全て終った事もあって、ログハウスの中へと入った。

 夕食には少し時間が早かったので、お菓子と蜜瓜のティータイムで寛ぐ。

《明日は朝から帰宅するが、馬車をゆっくりと歩かせて、帰路の周辺を探索しながら森と林を抜けることにする。探索するのはルーテアとリオラの二人で良いだろう。》

「ルーテアさん、リオラさん、明日は馬車をゆっくりと歩かせながら、道中周辺の探索をします。探索はこの森と林を抜けるまでです。」

「判りました。じゃあ、探索者は私とリオラで?」

「はい。お二人でお願いします。」

 フルララの代弁に、甘えるティエスを全身で受け止めているルーテアが答える。


「いまさらですが…ほんとうに私達に教えても良かったのですか?」

「はい。魔術の資質を調べて魔力を感じさせる。と、いうことだけですから。

 それと以前お話した、魔力の状態で体の外に出して訓練する方法もそうですが、いずれも魔術を扱えるようになる為の基礎的な手法ですので、魔道師としての本質に触れるようなものではありません。」

 ルーテアとリオラは、フルラージュから伝えた『大魔道師の弟子』という事を素直に受け入れた。

 ということで、それらしい理屈をフルラージュは自分で作って話している。

 その結果、魔術を教える施設にアンジェを入れるのを止めて、15歳までは自分達で教えるということになった。

 アンジェだけではなく、ティエスまでも魔術が扱えるようになった事が、その最大の理由になったのだとか。


「それに、相手に魔力だけを流し入れる事が出来なければならないので、誰でも出来るという話でもないですから。人に話しても信じて貰えないと思います。」

「そうですね。体外に出す事は出来ても、小さな子供に危害が出ないように流し込むなんて事は出来そうにありません。」

 これは魔族の間でも周知されている事で、フルラージュにその技術が備わっていなければ、俺が代わりに行う事になっていただろう。守護妖精の力という事にしてな。

 フルラージュは俺の知っているやつらと比べても、魔術に関してはトップクラスと言える。


「ですから、私が大魔道師の弟子だという事さえ秘密にしてくれれば問題ありません。」

「はい。その事も含めて、今日の事を誰かに説明することは致しません。ティエスも、魔術が扱えるようになったことは内緒ですからね。」

「うん、だれにもいわない。」

 魔術が使えた事と、それを一杯褒めて貰ったティエスはずっと上機嫌でルーテアに抱き付いている。

 アンジェも嬉しさをずっと出しているが、それは魔術学園に行かなくても良くなった事のほうで、父親のリオラと母親のルーテアの間で幸せそうな笑みを見せている。


「ディムさん、アンジェちゃんの悩みがなくなって良かったです。」

《そうだな。子供が、家族から離れなければならない寂しさというのは、耐え難いものだからな。》

 リリーアナリスタの記憶と感情の中で俺はその事を知っていた。

 そして、フルララもそれを経験しているからこそ、アンジェの気持ちに寄り添ったという事も。



 ダンジョンでの一夜をログハウスで過ごす。

 とはいっても、夜がない世界だから、カーテンで光を閉ざしての過ごし方になる。

 そして、魔獣の襲撃という不安を拭えないルーテアとリオラに、予め決めていた台詞をフルララが口に出す。

「実は守護妖精のディムさんの力で、既に強力な結界がこのログハウスに施されています。ですので、扉や窓が開かない状態になっています。」

「「えっ?! 」」

 二人が同時に驚き、そして二人は扉へと視線を向ける。

「はい。試しに扉を触ってみると判ると思います。」

 扉に近いルーテアが席を立ち、確かめに向かう。そして扉を開けようと試みるが直ぐに諦める。

「本当ですね…」

「ですので、安心して寝る事が出来るんですよ。山暮らしも安全に過ごせたのも、ディムさんのお陰なんです。」

 ルーテアとリオラがお互いを確認するように視線を合わせ、さっきまで見せていた緊張が解けたような笑みを見せ合う。

「守護妖精というのは、本当に凄いのね。ディムさん、ありがとうございます。」

 ルーテアが俺に向けてお辞儀を見せると、リオラも同じように頭を下げる。


「それでは、リリアナちゃんを連れて私は寝室に行きますね。」

 ログハウスでの野営は普段の生活と変わらない環境だったが、リリアナにとっては友達との旅行という状態なわけで、昼寝を忘れてアンジェ達と遊んでいた結果、夕食後のリビングですぐに眠りに着く。

「では私達も娘達を連れて、お先に休ませて頂きます。」

 アンジェとティエスもリリアナと同じように魔力が切れたゴーレムのようにソファで眠ったので、ルーテアとリオラが子供を抱き上げて寝室へと向かった。


 俺はフルララがリリアナを抱かかえて寝室に行くのを見届ける。

 探索から帰って来たオリファが、俺に伝えたい事があるような素振りを見せていたから、リビングに残ったのだ。

《森でなにかあったのか?》

 俺は、森での探索での事かと思っていた。


「いえ、5層の渓谷で魔獣の群れに襲われた事についてなのですが、リオラさんから聞かされた話だと、あの魔獣は渓谷の洞窟だけで集団生活している無害で素材的にも価値の無い魔獣なのだそうです。それと、こちらから縄張りに入って一体でも危害を加えると集団で襲ってくる習性もあるので、冒険者組合では討伐禁止魔獣になっているとのことでした。」

《なるほど、あれは故意による犯行だったということか。》

 あの時のリオラの叫び声を思い出し、俺はそれが答えだとすぐに気付いた。

「はい。あの、以前のギルドマスターの男を支持する冒険者だったようで、子連れでダンジョンに来た相手に対する報復じみた犯行だろうという話でした。顔を覚えているので帰ったら報告するそうです。」

《そうか。俺達でなければ踏み潰されて殺されていただろうからな。だが既に償いは支払って貰っている。》

「それはどういうことですか?」

《あの魔獣の群れが逃げていた奴に追い付いて、踏み殺していたからな。》

「え?! そうだったの!?」

 驚くフルラージュに俺は答える。

《逃げていた奴らは不運にも、別の魔獣で足止めを食らっていたからな。》

 その魔獣が、俺達の馬車を追い掛けて渓谷に入った魔獣だということを俺は黙っていた。

 それは俺達に係わって、自身で招いた結果だという事だからだ。

《まあ、俺達にちょっかいを出したのが運の尽きだったという事だ。》

 納得した顔と、少しの笑みを見せるオリファとフルラージュだった。

《他にはなにかあるか?》

「いえ、報告は以上です。」

 身に付いた騎士の儀礼を見せるオリファに、俺は俺で、《ご苦労だった。》と思わず言葉を返してしまう。


 そして妙な空気が流れる。


《さて、俺は寝室に行くが、お前達も明日に備えてゆっくり休んでくれ。》

「はい。明日も宜しくお願いします。》

 唯一の傍観者で、含み笑いを堪えていたフルラージュの力の抜けた笑みがこの場の空気を元に戻したのだった。

 


 俺はリリアナ達が待つ寝室に入り、ベッドの上でいつもと同じ姿で幸せそうな寝顔を見せる二人を眺める。

《お前達に不幸は訪れない。この俺が居る限りな。》

 そして俺もいつものように、向かい合って寝ている二人の隙間に入って眠りについた。




 森の山頂だった草原からの帰路は、アンジェとティエスに両親の仕事ぶりを見せることになる。

 だから、客車の屋根に座らせて見学させている。

 ゆっくりと進む馬車だが、屋根から落ちる可能性と護衛的な配慮でフルラージュが一緒に屋根の上に居る。

「お父さんとお母さん、凄いでしょ。」

「はい!」「うん、すごい。かっこいいっ!」

 フルラージュの言葉に、真剣な表情で見ていたアンジェとティエスが大きな笑みを浮かべる。


 この森に居る魔獣は体長4メートル程の大猿『ギヒ』で、素早い動きと跳躍を活かした戦闘を得意としている。

 知能が高く、強さ的にはデビルハウンドを狩る側の魔獣になるが、フルララの光の加護を受けている二人の前では、ただの大きな猿になる。

 二人の身体強化魔術は俺の使っている強化魔術とは異なり、魔力そのものを肉体を動かす力へと変え、筋肉自体も強化している。

 それは持っている魔力を消費し続けることになり、長時間の使用には無理があるのだが、瞬間的な使用でそれを可能としている。

 魔力の属性は無く、純粋な魔力で、その性質上、圧縮による強化は出来そうに無いが加圧的な使用で多少なりだがそれを可能にするかもしれない。


 襲い掛かる『ギヒ』の動きよりも早い動きで避け、的確な槍での一撃を入れていくリオラ。

 2本の剣で身を守りながら、挑発を主体に『ギヒ』を翻弄し、カウンターを入れていくルーテラ。

 2対1という優位を活かした二人の攻撃に、『ギヒ』は崩れるように倒されていたのだった。

 その後も、2度の『ギヒ』との戦闘があった二人だったが、危なげなく倒す結果となった。



 森を下り、林を抜けて草原を走る馬車の客室で、俺は気になっていた事を訊ねる。

《ルーテア達の採取技術は凄くないか? 昨日の収穫品の時はあまり考えなかったが、森を下りながらの採取の中で的確で手際の良い採取を繰り返す様は普通じゃないだろ?》

 当然、俺の疑問をフルララが訊ねる。


「それはね。」

 それからルーテアから聞かされた話は、アンジェ達にもまだ話していなかった内容だった為、皆で驚きと頷きを繰り返す事になった。


 魔力視が、微かな魔力を持つ草や花にも有効だとはな…


 俺の魔力感知は空気中の魔力の方が強いからそういう魔力は近くで直視しないと判らないんだが、ルーテアのそれは揺らぎのように見えるらしい。

 ポーションの材料になる植物の殆どには魔力がある為、他の草に紛れようとも目視出来る範囲なら見付ける事が出来る。ということだ。

 そして希少な食材などには魔力はないが、それは長年の経験からという事で、ルーテアとリオラの採取技能は冒険者のランクで言えば特級ランクに値するという話だった。



《そろそろだな。オリファ、方角を南に変えて岩山に向かってくれるか。》

 野営地からほぼ真東にある森からの帰路だから、西に真っ直ぐ戻ると思っていたフルララとルーテアが、馬車が大きく方向を変えた事に顔を悩ませる。

《行きでは時間の都合で寄り道は諦めたが、ドラゴンが居るぞ。たぶんだが、地竜と言われていたやつかもしれん。》

《いるのっ?!》

 リリアナは嬉しそうな顔を向け、フルララは無言で俺を凝視する。

《ティエスが見たいって言っていたからな。見せるだけなら問題ないだろう。》

 明らかに何かを言いたげなフルララの為に、俺は理由を説明した。



 岩と少しの草が広がる平地に見上げる程の巨大な岩があった。

 遠くからだと岩山に見える程の一枚岩だ。

「居ましたね。」と、御者席からのオリファの声が小窓を通して聞こえてくる。

「いたっ!」 席の横にある窓に頭を付ける程に寄って外をを見ているティエス。

「みえた~!」 その隣で、同じように窓から外を見ていたリリアナ。

 アンジェは対面の席から無言で窓の外を眺めていた。


「…あれは地竜?! もしかして5層に居た地竜なのですか?」

 アンジェの隣に座ったままで首だけを窓の外へと向けていたルーテアの表情は信じられないという顔を見せていた。

「ママ、そうなの?! あれがちりゅうなの?」

「ええ、たぶんだけど…でもどうして、ここに地竜が居ると判ったのですか?」

「地竜がいるなんて思っていませんでしたが、ただなんとなくです。遠くから見ても気になる場所ですからね。」

 ルーテアの質問に、感だと答えるフルララ。


 まあ、そう答えるしかないからな…


 岩穴の出口付近で動かない巨大な魔力がドラゴンのものだと推定していた俺は、岩穴を住処にするドラゴンと言えば地竜だろうという推測をしていた。


「じゃあ、少しだけ見て帰りましょうか。この場所に居る事が判れば、皆さんも安心出来ますからね。」

 フルララの言葉に「そうですね。」と答えるルーテア。

 ティエスに地竜を見せるのが本来の目的だが、6層の現地調査という理由で寄り道をしたという話にしてある。


「近づくの?」

 アンジェが少し不安な顔を見せる。

「地竜はこちらから攻撃しなければ、何もしてこないと聞いています。」

「そうね。5層に居た時も襲われたという話は聞いていません。」

 フルララに教えていた地竜の情報に、ルーテアの事実が加わった事で、アンジェはすぐに安堵の顔へと変わる。


 馬車は客車の窓から良く見えるようにと、地竜が佇む洞窟前を横切るようにゆっくりと進む。

 距離にして200メートル程だが、体長25メートルの地竜を見るには十分な距離だった。


「翼がある? 地竜も空を飛ぶの?」

「どうなのかしらね? 実際に空を飛んでいる所を誰も見た事がないけど、翼があるってことは飛べるんじゃないかしら。」


 アンジェの質問に答えたルーテアの答えは正解だ。

 人族が見ていないというはただの偶然と必然の結果になる。それは他のドラゴンと違って飛ぶ理由が戦闘時か大きな移動をする時だけだからだ。

 ここに棲家を変えたという事は、近い内に子を成すかもしれないな。

 とはいっても、数ヶ月先か数年先か。


 地竜を見る為に1時間程の寄り道になったが、昼を少し過ぎた頃には5層のダンジョン村に到着する。

 行きは素通りだったが、ルーテア達が集めた採取品を商業ギルドの施設で換金する事にした。

 地上に戻ってからでも問題ないのだが、帰り道で処分出来るなら楽だからと、そして折角だからと、ダンジョン村の店で昼食をとることになった。


 レンガ造りで新築だと判る商業ギルドの前に馬車を止め、俺達は見学を兼ねて全員で商業ギルドの扉を通る。

 建物の中は十数人の冒険者が立ち話をしたり受付嬢と会話をしている。

「皆様、お帰りなさいませ。」

 商業ギルドの制服を着た受付嬢の丁寧なお辞儀での出迎えに、フルララ達は少し驚いてしまう。

 そしてフルララ達が困惑していると、受付嬢は話を続けた。 

「ルヴィア家の皆様がこちらにお寄りになられた時には最大限のおもてなしでお迎えするようにと、上司から承っています。」


 ハミルドの事だろう。商業ギルドに取って有益な情報か物を持ってくる相手だと思っての行動なのだろうな。

 まあ実際に、これから渡すものは価値が高いものになる。


「そうですか。私達はトレジャーハントで得た採取品の買取をお願いに来ました。」

 気後れしていたフルララだったが、本来見せるべき態度で受付嬢の挨拶に言葉を返す。

 そして、オリファが持つ袋(蜜瓜15個)とリオラの持つ袋(薬草類)を簡単に見せて説明すると、俺達は希少な素材などを鑑定する部屋へと案内される。

 それはA級と特級ポーションの両方で使用される花と、魔力回復の薬になる茸が有ったからだった。


 大きなテーブルの上に、ルーテア達が採った貴重な採取品を並べて鑑定する男性職員。

「これほど多くの素材を採取されるなんて…6層は他のダンジョンと同じように最終層という事でしょうか?」

「そうですね。魔獣の種類やドラゴンなどの生態系を見ても、その可能性は大きいでしょう。」

 冒険者としての知識が一番あるリオラがそれを肯定する。


 地下へと続く洞窟らしい場所はあったが、蛸がいたような地底湖に繋がる穴だと思うしな。

 俺もその判断で合っていると思うぞ。


「ではこちらの品々の買取金額ですが、該当するクエスト報酬と同額で宜しいでしょうか?」

「はい、結構です。こちらとしてもそのようにと、思っていましたので。」

 男性職員の質問に答えるのは、今回のトレジャーハントの主催者となっていたフルララだ。


 個人的なトレジャーハントはギルドの提示する金額に合わせる義務などはなく、値段交渉が一般的だとロチアから聞いていた。

 だが、一々そんな手間と時間を費やすのは面倒だったから、採取品の換金は冒険者のそれと合わせる事にした。


「それでは…」

 フルララ達にも確認出来るようにと、広げた依頼書と照らし合わせて計算を始めるのは部屋に案内した受付嬢。その手が止まり、

「合計、金貨3枚と銀貨6枚となります。」

「ありがとうございます。それでは、全て銀貨での受け取りでお願い出来ますか?」

 フルララの言葉に、受付嬢は小さく頭を下げて、

「承知いたしました。それでは受付カウンターにて、お支払いをさせて頂きます。」

 と、迅速で無駄のない取引が終了する。



 商業ギルドの施設から出た俺達は、その足でルーテア達が何度も利用する飲食店に入る。

 そして、周りからの視線を気にせず席に着いたフルララが、小さな布袋を同じく席に着いたルーテアへと差し出す。

「はい。今回の報酬の半分はルーテアさん達の分ですので、受け取ってください。勿論、遠慮などしないでくださいね。」

 受付カウンターで事前に半分に分けて欲しいと頼んでいたフルララ。

 その事を知らなかったルーテアとリオラが驚きの顔を上げる。

「そんな…私達は同行させて貰っているのに? …良いの?」

「はい。今回のトレジャーハントの目的は、リリアナちゃんがアンジェちゃんとティエスちゃんと一緒に旅行して遊ぶ。という事になりましたからね。」

「んっ! たのしかった!」

 冒険者しか来ないダンジョン村の飲食店に、子供用の椅子などないから、自然とフルララの膝に座っているリリアナが、同じくルーテアの膝に座っているティエスに笑顔を見せる。

「うん。すっごくたのしかったっ!」

 ティエスの返す言葉と笑顔が追い討ちとなって、受け取りを完全に断れない状況になったと悟ったルーテアが小さく頭を下げてテーブルに置かれた布袋を手に取る。

「ありがとう。私達も娘達と遊んでくれるリリアナちゃんには感謝しているんですよ。だからこれからも一緒に遊んであげてね。」

「うんっ! あそぶっ!」

 今後の予定はリリアナにも伝えてあった。しかしリリアナには関係のない事だ。

 リリアナが笑顔で約束したのだから、俺はそれに応えるだけだ。


 もういっそのこと、こいつらも連れて行くか?

 フルララの事も、俺のことも…いや、俺のことを魔物だというのは控えた方が良いのか。

 しかしそれだと魔族領に行く理由が思い付かないしな…

 ん~どうしたものか。


 それから俺は屋敷へと帰るまで、独り考え込むことになった。

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