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娘をダメにするスライム  作者: 紅花翁草
39/41

フルララ、後輩に見つかる。

 今日はアンジェちゃん達と一緒にダンジョン探索の日。

 朝からリリアナちゃんは大はしゃぎです。

 ディムさんが言っていた通り、『友達と一緒に』が、サプライズ的な嬉しさになりました。


 朝食後直ぐに馬車屋に向かった私達。野営用の道具はオリファさんとフルラージュさんが前日に預けに行ってくれたので、手荷物は着替えなどを入れた鞄だけになります。

 まあこれも、見せる用の鞄なので、馬車に乗り込んだらリリアナちゃんの次元倉庫に入れるんですけどね。


「くろいうまさんだぁー!」

 私達が馬車屋へと着くと直ぐに裏へと案内され、そこには既に準備が整っている私達の馬車がありました。

「こいつらは兄弟なんだ。足先が白くなっているのが兄のドラン。尻尾の先だけが白いのがカロン。

 2頭は仲が良くてな、少し歳を取ってはいるがその分、暴れたり怖がったりする事はない。だからと言って、客車を引く力が弱いということもないから安心してくれ。若い馬だと逆に荒い引きになるから乗り心地も悪いしすぐバテる。だからダンジョンへと向かうお嬢ちゃん達を任せられるのはこの2頭しかいない。と、俺は思っている。」

 目を輝かせて馬を見ているリリアナちゃんに、馬車屋の店主さんが自慢話のように2頭の馬の事を話しました。


「本当に良い馬ですね。見るだけで判ります。」

 オリファさんは色々な馬を見てきているのでしょう。目の前の2頭の馬を満足そうに眺めていました。


 もちろん、私には判りません。


「そうだろ。騎手はお前さんで良かったのか?」

「はい。」

「御者席からだと、尻尾が全部黒いドランに命令すると良い。弟のカロンは兄のドランを信頼しているからな。」

「判りました。大切な馬をお借りします。」

「宜しく頼む。」



「皆さんおはようございます。」

 オリファさんと店主さんの話が終わり、私達が客車の中を確認したりオリファさんとフルラージュさんが野営用の荷物を確認したりしていると、ルーテアさん達がやってきました。


「おっ…きぃ…」

 アンジェちゃんとティエスちゃんを馬の前へと連れていくリリアナちゃん。

 ティエスちゃんが唖然とした顔で驚いています。


「こ…これに乗るのですか…」

 ルーテアさんも唖然とした顔で客車を見ています。リオラさんも口が開いています。


 そうでした。客車の外見を言っていませんでした。

 ですよね…やっぱりそう思いますよね。


「見た目は変わっていますけど、安全面は凄く良いんですよ。仮に、魔獣が突進してきても客車が壊れる事はないそうです。」

「そうなんですか…それは凄く安心して乗ることが出来ますね。」

 そう言葉に出すルーテアさんでしたが、まだ飲み込めていないような表情を見せていました。


 私もディムさんとリリアナちゃんが気に入ったから受け入れましたからね。


「パパすごいね。リリアナちゃんの馬車、王様の馬車みたいにカッコイイ。」

「…確かに。威圧感というか威厳のような雰囲気が出ているね。」

 アンジェちゃんの言葉に、納得の顔を見せるリオラさん。


 リリアナちゃんもそうだったけど、子供の目にはカッコイイなんでしょうか?

 確かに王様っぽいと言えなくもないですが…どちらかと言えば魔王…

 

「そうね。ルヴィア様の馬車と考えれば一番似合っている馬車かも。」

「うん、確かにルヴィア家の馬車として見ればこれ以上の物はないかもしれないね。」

 ルーテアさんの言葉とリオラさんの言葉に、私は「あぁ~。」と、初めて凄く納得のいく答えを得た気分になりました。


 ですが、店の裏だとはいえ、いつまでも眺めているわけにはいきません。

「皆さん揃ったことですし、出発しましょうか。」

「「「はぁーい。」」」

 リリアナちゃん達が待っていたかのように走って来たので、私は客車の扉を開けてリリアナちゃんとティエスちゃんを順番に抱き上げて、乗車の手伝いをしました。

「アンジェちゃんは一人で乗れるかな?」

「うん。だいじょうぶ。」

 私は乗り込み、アンジェちゃんと両親が車内の対面に座りました。

 私は並んで座っているリリアナちゃんとティエスちゃんの隣です。


「では出発します。」

 オリファさんが外から扉を閉めて少し待っていると、ゆっくりと馬車が動き出しました。

 車輪の音や外からの音が想像していたよりも少なく、心地良いとも思える馬車の音と振動を感じながら、窓から見える景色はクラリムの大通りに変わりました。



「見られてますよね…」

 私は、大通りを歩く人達が足を止めて好奇の目を向ける人達から隠れるように座席の真ん中で背筋を伸ばします。

「この馬車ですからね。」

 窓から外を見ている子供達を見て、面白おかしくて、といった風な笑顔を見せるルーテアさん。

「ですよね…」

 窓にはカーテンが付いているので閉めることが出来ますが、リリアナちゃん達が楽しそうに外を見ているので、それをすることが出来ません。


「それもあると思いますけど、今日、子供を連れてトレジャーハントに出掛ける貴族がいるという話が既に広まっていましたから。」

 鎧姿のせいか、少し緊張しているように見えるリオラさんの言葉に私は納得しました。

「あぁー。そうですよね…」

 

 この街って、情報が広まるのが早くないですか?

 というよりも…


「まるで伝令のような速さで広まっていますけど、この街では普通の事なのですか?」

「そう言われると確かに。でもそれは冒険者関連とダンジョン関連に限っての事だと思います。殆どの人がそれに関わっていますからね。」

「そうでした。クラリムはダンジョンと冒険者の街でしたね。」

 馬車の小さな窓からでも、大通りを歩く冒険者が沢山目に留まります。

 そしてそれを確かめるように見ていたら、私は間違いに気付きました。

 彼らからも好奇な目で見られていると思っていましたが、それは少し違っていたようで、この馬車に向けて、笑顔と一緒に拳を突き出していました。

「あの拳を突き出しているのって、なにかの合図ですか?」

「あれは冒険者同士でする挨拶みたいなものですよ。頑張って来いとか、無事を祈る。そういう気持ちを拳に込めています。」

 そう話すリオラさんが、少し恥ずかしそうな顔を見せたあと言葉を続けました。

「手を取り合うだけが仲間ではない。目指すものが違えようとも進む先に冒険があるのならば、それは共に生きる冒険者だ。と、いう言葉があるのです。」


《なるほど、良い言葉だな。》

 突然のディムさんの声に少し驚いてしまいましたが、私も同じ気持ちになっていました。



 クラリムの守備兵士さん達からも見送られる形で街を出た馬車は、ダンジョンの中へと入りました。

「うわぁ~! ほんとうにひかってる…おっきいネズミいるかな?」

 ティエスちゃんは楽しそうな笑顔を見せながら、ドアの前にたったまま、窓の外の景色からずっと離れられません。

 それとは対照的に、アンジェちゃんは真剣な表情で窓の外を見ていました。


「大きなネズミが居たとしても、ここだとお兄さん達が討伐するから窓からは見えないかな。」

 ルーテアさんの言葉に少し残念そうな顔を見せるティエスちゃん。

「でも、もう少し先の3層目では道が広くなるから、壁際にいる魔物が見れると思うわよ。」

「ほんと? じゃあまってる。」

 ダンジョン特有の鉱石の壁は青く光って綺麗なのだけど、流石に壁しか見えない今の景色には飽きたようでルーテアさんの膝の上へと場所を移動しました。

 アンジェちゃんも席に戻り、そこから窓の外を眺めることにしたようです。

 リリアナちゃんは既に私の隣に座って、早く着かないかなって顔を見せていました。


 馬車は時々、冒険者が道を譲るのを待つ為に速度を落としたり、立ち止まったりしながらでしたが、当然大人が歩いて進む速度よりはずっと早く、40分ほどで4層へと到着しました。

 魔物との遭遇では、フルラージュさんのウィンドショットが的を射抜くように一撃で仕留めていくので、動いている魔物をティエスちゃん達が間近で見ることはありませんでした。

 辛うじて、3層の広い場所で冒険者パーティーが狼のような魔物と戦っている所を数度見ることが出来たくらいです。


「ここからが本当のダンジョンですよ。」

 景色が一気に明るくなり、そして草木が生える地上のような世界の4層に目を凝らすアンジェちゃんとティエスちゃんにルーテアさんが真剣な表情で伝えていまいた。


 まだ20メートル程の頭上には天井のように岩があり、洞窟内だと判る世界ですが、それでもここからがディムさんが言ってた『ダンジョン界』になります。

 この不思議と昼のように明るい光は、大気中の魔力が光っている為らしく、それによって、ここでしか取れない植物や果物があって、そして地上よりも凶暴な魔獣が多くなる世界とのことです。


 期待の目を見せるティエスちゃんが、窓の外を見ながらソワソワしています。

《5層の湖の所で少し休憩することにしようか。馬の休憩にもなるしな。あと、30分くらいで着くだろう。》

「5層を出たところにある湖の畔で少し馬を休憩させますので、そこで一度外に出ることが出来ますよ。時間的には、後30分程だと思います。」

 ティエスちゃんに伝える為の言葉ですが、ルーテアさん達にも伝えるべき内容だったので、私はそのような言葉を口にしました。

 ディムさんもティエスちゃんの気持ちが判っていたから、今決めて私に伝えたのでしょう。



 4層から5層へと向かう道は、林などの見通しの悪い場所を避けての草原や岩場などの道を進む街道が出来ていて、私達もそれに習って馬車を走らせます。

 道中、フルラージュさんが魔獣の襲撃を風魔術で退けながら、ほぼ予定時間どおりに5層のダンジョン村へと着きました。


「ここがパパとママが泊まったりするところ?」

「そうだよ。パパとママは1日だけだけど、時間が掛かる依頼だと数日から数週間泊まってくことになるんだ。アンジェが生まれてからは、そういう依頼を受けない事にしているからね。」

 階層を繋ぐ洞窟の中にあるダンジョン村は、1層から3層と同じように淡い青色の光に照らされているので、ある意味夜のような雰囲気を出しています。

 いつも昼のような明るさがある4層や5層での狩りの後には、気持ち的にも休む場所としては適しているんだと、私は商業ギルドで聞かされていました。


 いつも素通りで見渡す事もなかったダンジョン村を、私はリリアナちゃん達に混じって窓から眺めました。

 私達の馬車を気にしながらも、お酒を飲んで食事をしている人達や、宿ような建物の窓から顔を出している人。 今から狩りに向かうと集まっているのが判る人達。

「こうみると、賑やかな宿泊街って感じに見えますね。」


「そうね。クラリムよりも、こっちでの生活が長い人も結構いますからね。それに合わせて店を出す人も居ますから。」

 そう答えてくれたルーテアさんが、少し懐かしいものを見るような目を窓の外に向けていました。

「冒険者が扱う武具の修理や販売はもちろん、衣服や生活道具を販売している店もあります。それに、商業ギルドの施設も新たに増えますからね。

 ですから滞在する人が更に増えると思いますよ。」

「凄いですね。」

 私は数日程度の野営の為の施設だと思っていましたが、ダンジョンの中で暮らしている人達がいるという事実に驚きました。


 そしてここでも私達の事は知られていたようで、拳を突き出す冒険者達に見送られながら、私達が乗る馬車は5層へと出ました。

 

 5層への出口になっている洞窟は、岩山の中腹のような場所にあり、そこからゆっくりとした下り坂が大きな湖へと繋がっています。

 すこし見下ろす風景が広がり、そして4層よりも天井が10倍程高くなっている5層の景色は、それまでの圧迫感もあって、いっきに開放感に包まれます。

「「うわぁー!」」

 ここまで少し緊張しているように見えていたアンジェちゃんも、ティエスちゃんと一緒に声を上げていました。


 馬の休憩で立ち寄った湖畔ですが、当然私達も馬車移動の休憩をします。

 もちろん見渡しの良い場所になっているので、魔物が近付いて来ても大丈夫なのです。

 ディムさんの魔力感知でその心配すら私達には不要なのですが、それを知らないルーテアさん一家の為にここを休憩場所に選んだと思います。

 それと、アンジェちゃん達とリリアナちゃんがゆっくり遊べそうだという理由もあります。

 でなければ、冒険者達の視線を浴びるこの場所で、休憩することはありません。

 この湖は地下水が湧き出て出来ている湖なので、生活用水としてダンジョン村で使用するのは勿論、狩りに向かう冒険者達が飲料水にと汲みに来る場所でもありました。


 ディムさんみたいに有り余る魔力を持つ魔術師なんて居ませんからね。

 数少ない魔術師の、しかも冒険者なら戦闘で必要になる魔力を飲み水などに使うなんて事は、緊急時以外ありえません。 

 魔術師なら水魔石の魔力を消費して水を得る事も出来ますが、魔石の値段とその日の収入次第で、頻繁に使うような事もないということです。

 これは北の大地を目指している時に、フルラージュさんから聞かされた事です。

 水の魔石で飲料水を準備していた私に、優しく教えてくれました。

 ちょっと呆れていたような顔を見せてはいましたけどね。


「リリアナちゃん、お外に出る前にお菓子の籠を出してくれますか。」

「ん! …はい!」

 私の出した両手の上に、リリアナちゃんが手をかざすように突き出した後、私の両手の上に焼き菓子が一杯入った籠が現れました。

「ありがと。それじゃあ外で、ティータイムにしましょう。」

「「「はーい!」」」

 子供達の返事に合わせるように、リオラさんが客室の扉を開けて一番に出ます。

 そして、子供達の降車を手伝っていきます。


「アンジェちゃん、いつもの笑顔に戻ったみたいですが、何かありましたか?」

 私は気になっていた事を、客車に二人だけになったのを機にルーテアさんに訊ねました。

「アンジェは10歳でしょ。資質を小さい頃から知っていた事もあって、将来を見据えてそろそろ魔術の練習を始めようと思っているの。あの子が何を目指すにしても、魔力を適切に扱えるようになって欲しいでしょ。でもそうなると、王都にある初等魔術学園に通わせたいと親としては思ってしまって、その事を昨日の夜に話してしまい…あの子に寂しい気持ちにさせてしまったの。」

「魔術学園は全寮制でしたね。」

「はい。やはりあの子に話すのは少し早すぎました。」

 12歳から入れる初等魔術学園はレテイア領には無く、ここからだと王都が一番近くて、そして最も環境が良い学校でもあります。

 そのまま成績が良ければ15歳からの魔術学院へと進み、そして優秀な者はそれ相応の地位と職を得られるのです。

 子供の可能性を願うなら、それを望むのは親としては普通の事だと私は思います。


「そうですね。アンジェちゃんがそれを望むようになれば、初等魔術学園に送り出せば良いと思いますが、15歳からの魔術学院からでも遅くはないと思います。」

「そうでしょうか? 魔術を極めるには小さい頃から。と、言われていますし、良い指導者との巡り合わせも大事なことです。12歳からの3年間というのは、とても大切な時期だと思うのよ。」

 ルーテアさんの考えは正論で、過去からの実証でそれは証明されています。

「ですからそれは、」

「フルララぁ~!」

「あっ、この話はまた夜にでもしましょう。リリアナちゃん達がお菓子を待ってますのでっ!」

「ええ、今はあの子達にダンジョンを知って貰うことですからね。」


 私とルーテアさんが馬車から降りると、ピクニック用の敷物が既に敷かれていてフルラージュさんがティーポットなどの準備をしていました。

 オリファさんは馬を馬車から外して水辺へと連れて行っています。

「こっちぃ~!」

 水辺で遊んでいるリリアナちゃんの声が湖畔に響く中、私は籠を落とさないようにゆっくりと歩き出しました。



 馬車を背に少し湖畔へと歩いた場所での休憩は、静かな湖を眺めながらの、寛ぎの時間を過ごしました。

 リリアナちゃん達は、鳥篭から出て飛び回る鳥のように駆け回っています。

 休憩時間は30分程。馬達の疲れも取れたようで、オリファさんの誘導で馬車へと繋がれていきます。

「そろそろ出発しますよー!」

 私の声にリリアナちゃん達が手を振って答えました。


 普段と変わらない仕草と笑顔になったアンジェちゃんは、お姉ちゃんとしてリリアナちゃんとティエスちゃんの乗車を手伝いました。


「ここからは、私は後ろの荷台で監視役をします。足の速い魔獣は後ろから襲撃しますから。」

 リオラさんの申し出を断る理由を、私達は口に出す事が出来ないので、「宜しくお願いします。」と答えました。


 ディムさんが魔力感知で監視しているなんてことは言えません。


「パパ頑張ってね。」

 アンジェちゃんからの声援を嬉しそうな笑顔で受け止めたリオラさんが、アンジェちゃんの頭を撫でました。

「うん、頑張ってくるよ。」

 笑顔で受け止めるアンジェちゃんは客車に乗り込んで、もう一度リオラさんに笑顔を向けました。


 やっぱり、親子は一緒にいるのが正解です。


 馬車は真っ直ぐに6層へと繋がる渓谷へと走りました。

 途中、狼などの魔獣に何度か襲われましたが、ここでもフルラージュさんの風魔術で追い払っていきます。

 討伐すると死体を放置することになるからでした。

 そして赤い岩肌が聳えるように続く壁の間を馬車は進みます。


《奥から魔獣に追われている者達がこっちに走って来ている。》

 ディムさんの声はオリファさん達にも届いていたようで、御者席からの連絡用の小窓が開き、ディムさんが教えてくれた言葉をオリファさんが車内に伝えました。

「避ける為の道は無いので、止まって迎え撃ちます。」

《少し様子を見てくる。》

 リリアナちゃんの帽子になっていたディムさんが元の形に戻り、小窓から御者席へと出ます。


「えっ? ディムさんはどうしたの?」

 ルーテアさんが困惑した顔を見せます。

「えっと…守護妖精的な行動ですかね…」

 私はそれらしい言葉を伝えました。


 そしてしばらくすると、2人の冒険者が馬車の横を走り抜けました。

 その時に私達の客車を見ていましたが、その見せた顔に、何故か嫌な気分になりました。

「おい! お前達は何をやっているんだっ!」

 突如として聞こえて来たのはリオラさんの怒声でした。それは普段のリオラさんからは想像もつかない声でした。


 ゴゴゴゴゴオゴゴゴオゴゴ!


 突然の振動と音。

 私はキョロキョロと辺りを見渡し、それが何を意味するのかを、窓からの景色で直ぐに理解できました。

 馬車が上に上昇しているのです。


「なっ! なにが起こってるのですか?!」「「ママ!」」

 ルーテアさんがしがみ付くアンジェちゃんとティエスちゃんを抱きしめます。

 リリアナちゃんは窓の外を観察するように覗き込んでいたので、私も並んで外を見ました。

 ですが、窓からからだと地面から浮かんでいるようにしか見えませんでした。

「オリファさん、今なにをしているんですか?」

 私は小窓から訊ねました。

「魔獣の群れから非難する為に、土魔術の柱で馬車を上へ避難させたわよ。通り過ぎたら下ろすから少し待っていてね。」

 返ってきた答えはフルラージュさんでした。

「そうなんですか。判りました。」


「そんな事が出来るの?!」

 ルーテアさんが驚いています。

「はい。これくらいなら出来ますよ。」

 余裕のある声を返すフルラージュさんでした。


 馬車の下からの砂埃と魔獣の走る足音がそれから10秒程続き、辺りはまた静かな渓谷に戻りました。

「岩柱は砂になってゆっくりと崩れていきますから、少し待っててください。」

 フルラージュさんの言葉に私とルーテアさんは「はい。」と返し、私達は揃って溜息を溢しました。


 ディムさんが居るから危険な事にはならないと思っていましたが…


「まさか馬車ごと避難させるとは思いませんでした。」

「そうですね。でも、渓谷内で魔獣の群れは聞いた事がありません。いったいどういう状況だったのか、それが心配です。」

 ルーテアさんの溜息の理由はこれだったようです。

「なにか異変があったって事ですか?」

「そうですね。消えた地竜…あれが戻ってきた、とは考えたくはないですが…」

「それは、大変ですね。」

「…何故かフルララさんからは、言葉とは違って心配していないように聞こえます。先程の時も…」

「えっ!? そっ、そんなことはないですよっ!」


 ディムさんがなんとかしてくれるという安心感が顔に出ていたようです。

 気をつけないとですね。


「ちりゅうってドラゴンさん?」

 リリアナちゃんの目が輝いています。

「そうですよ。これから向かう6層へと続く洞窟にずっと住んでいたのだけど、どこかに移動しているの。」

 ルーテアさんの言葉に、笑顔を浮かべるリリアナちゃん。

「いるの?! みたいっ!」

「ティエもっ!」

 リリアナちゃんとティエスちゃんの期待する目に、ルーテアさんが困惑してしまいました。

「そうですね…もし戻って来ているのなら、遠くから見るのは出来るかな。ドラゴンさんに近付くのは危ないですからね。」

 ドラゴンは厄災として扱われる程の魔獣です。子供にその恐ろしさを伝えるのが親の役目になっているほどです。

 だから、リリアナちゃんの無垢な笑顔と、それに感化されたと思われるティエスちゃんにどう答えたら良いのか、ルーテアさんは悩んでいたのでしょう。


 リリアナちゃんにとっては、ドラゴンも食料としての狩りの対象になっていますからね…



 崩れた砂はゆっくりと大地に溶け込むように消えて、私達の馬車は何事も無かったように動き出しました。

 ディムさんが小窓から戻って、私の隣に座っていたリリアナちゃんの膝の上で抱かれます。

「お疲れ様でした。」

《ああ、余計な邪魔が入ったが問題ない。ぶっつけ本番で馬車を持ち上げるのは、ラージュにはまだ無理だと思ったからな。》


 そんな気はしていましたけどやっぱり、ディムさんの魔術でした。

 でも、フルラージュさんも使える魔術をちゃんと選んでいるあたりは、さすがディムさんです。


 数分後、馬車は地竜が居た洞窟の前に到着しました。

 そしてオリファさんとリオラさんが洞窟内を確認することになりました。

 ディムさんが私達には何も居ない事を伝えていましたけど、6層へと向かう前に地竜の存在を確認する事が冒険者ギルドで決められいたのでした。


 いつ戻ってくるか判らないんですから、そう決めるのは当然なことですよね。


 扉が開きリオラさんが地竜が居ない事を私達に伝えます。

「ティエスは、どうしたのかな?」

 安心するルーテアさんとは違って、悲しそうな顔を見せていたティエスちゃんに、リオラさんは心配する目を向けます。

「地竜を見たかったのよね。」

 ルーテアさんの言葉に小さく頷くティエスちゃん。

「そっか…それは残念だったけど、それだと6層の景色は見れなかったかな。ここよりももっと凄いんだよ。」

「そうなの?」

「もちろん! だから、地竜はまた今度で良いよね。」

「うん、こんどでいい。」

 笑顔に戻ったティエスちゃんに笑みを返すリオラさんが「じゃあ、出発します。」と、扉を閉めました。


 私は改めて感じました。

 リオラさんは子供思いの優しいお父さんです。



 馬車は6層へと入り、一度馬車を止めました。

 そして扉が開き、リオラさんの声が聞こえます。

「6層で一番の景色が見れますよ。アンジェ、ティエス、外に出て見てみようか。」

「うん!」

 勢いよく飛び出すティエスちゃんを受け止めるように抱き止めたリオラさん。その後をアンジェちゃんとルーテアさんが続きました。


「リリアナちゃんも出ましょうか。」

「ん。わかったぁ!」

 リリアナちゃんにとっては2度目なので、驚きというものはありませんが、本来なら初見という事になるので、それらしい行動をしないと駄目なのです。

 さすがに演技までは出来ないので、普通に景色を見るだけになりますけどね。


 6層の全てを見下ろすような景色に、アンジェちゃんとティエスちゃんは静かに眺めていました。

 地上でも、これほど高い場所から世界を見ることなんて滅多にできる事ではないので、息を飲む程の感動を見せるのは当然なことです。



 一頻り景色を眺めた私達は、崖道を下って冒険者の野営地に立ち寄りました。

 今は数十名の一級以上の冒険者達が拠点として使われているとのことです。


 以前と違って、建物の施設が一箇所に集められていて、それを守るように囲む防壁が作られていました。一番外が木製の防護柵で、その内側には石垣。石垣の上にも木製の防護柵が備え付けられています。

 施設自体も以前の簡易的な建物と違って、大きな木と石で作られた、大型の魔獣の突進などにも十分に耐えれそうな姿をしていました。


 野営地に立ち寄る事になったのは、以前、私とディムさんが岩に擬態する蛸を討伐することになったルーテアさん達が強制参加させられたパーティーメンバーが6層探索組みに参加しているからでした。

 さすがに6層まで来ていて素通りするのは、今後の付き合いからも避けたいとのことです。


 私達は野営地の入り口で馬車を止めて、施設から歩いてくる一団と対峙するような形になりました。

 と、言っても子供達は客車の中ですけどね。


「本当に、子供を連れて6層に来るなんてな…しかも君達まで一緒とは。」

 突然の馬車での来訪者の中に、リオラさんとルーテアさんが居ることに驚いている代表の方。

「彼はあの時のパーティーリーダーを務めた特級冒険者のセデスさんです。彼は後ろの5人の特級冒険者達のパーティーリーダーなんですよ。 」

 ルーテアさんから私達への説明があり、それに応えるように、セデスさんという方が、自分達のパーティーメンバーを紹介しました。

 なので、私はオリファさんとフルラージュさんをトレジャーハンターとして、ルーテアさんとリオラさんを護衛役として参加している事を告げました。

 これはルーテアさんからの提案で、護衛役ということにすれば現地での優先度が私達になるので、助っ人的な依頼を頼めなくなるとのことでした。


「君達もここを基点に使っても構わないから、でも施設はさすがに貸せないから、それだけは勘弁してくれ。」

「いえ、私達は更に奥まで進んで野営をしますので、心遣いだけ有難く受け取らせて貰います。」

「そうですか、ここは危険な場所だという事はご存知の事だと思いますので、ご幸運を祈っていますよ。」

「ありがとうございます。それでは先を急ぎますので失礼します。」

 私が雇い主という立場だったので、ディムさんから言われた通りに毅然とした立ち振る舞いをしました。



「…先輩? フルララ先輩! 突然北の大地に向かったって聞いて、そしたら消息不明って?! …よかった…生きてたんだっ!」

 懐かしい女の子の声が、私の中にある記憶を呼び起こしました。

 そしてその記憶と変わらない、明るい栗色のショートヘアに同じく明るい笑顔をいつも見せている少女のような幼い顔が私の前に現れました。

「ミシェルさん!」

 私は突然の出会いに、どう答えたら良いのか分からず言葉を詰らせました。

「えっと…色々あって…無事に戻ってきました。心配掛けてしまってすみません。…それで…ミシェルさんはどうしてここに?」

「私は聖堂騎士団としてでここに来ていますよ。今回は銀の騎士と呼ばれている人の情報集めです。それで先輩は?」

 銀色のローブ姿の彼女の後ろに、同じ系統で統一された鎧やローブを着ている人達に私は気が付きました。


 そうでした。彼女が着ているのは『聖堂騎士団』の制服でした。


 大聖堂に勤める神官の中には、魔族や魔獣が起こしている可能性がある各地の問題に対処する為の組織『聖堂騎士団』に所属している人も居ます。

 私より2つ年下の彼女もその一人で、水と風の魔術を扱えるという理由で他領の教会から呼ばれてきました。

 私が20歳だった頃に出会い、歴代で最年少の一級神官になっていた私を尊敬しているとのことで、時々話をする間柄になっていました。


「…そうでしたか。私は旅の途中で、今は家族、いえ親族の家で過ごしています。」

「あっそっか、レテイア領出身って言っていましたよね。それでダンジョンですか? 北の大地に続いてダンジョンって…私よりも聖堂騎士団向きじゃないですか!」

「た…偶々、お世話になっている家でトレジャーハントに出掛ける事になったので、お手伝いをしているだけですよ。ですので、私達はまだ移動の途中なのでこれで失礼します。」


 こんな所で神官時代の知り合いに会うなんて…

 私の母が国王の娘だという事を伏せる為に、大聖堂の教皇様と一部の神官長くらいしか知らないから身内の事を言われる心配はありませんけど…

 これ以上の事をルーテアさん達に話されるのは避けなければなりません。

 それに…私が行方不明という話が消えてしまいました…

 どうしましょう…


「そうなんだ…旅の話を聞きたかったけど、私達は時間切れで王都に戻るところなのです。残念だけど、本堂に戻ってくる日を楽しみにしてますね!」


 大聖堂には…私の事は、どう伝わっているのでしょうか?

 まだ席が残ってたりするんでしょうか?


「すみません。私はまだ旅の途中で戻れそうにありませんから、ミシェルさんのこれからのご活躍を祈りますね。そしていつかまた話せる日が来る事も。」

 私は、どういう言い逃れを吐くべきか悩んだ末の言葉を口に出し、頭を下げました。

 余計な事を言えばこの場で不審がられる事になりかねないという思いから、私は何も言わずに終わらせる事を選びました。


「はい! もしかしたら別の場所で今みたいに出会う事もあるかもですからね! 私も先輩の活躍と次の出会いを祈ってます。」

 純粋な目で私を見るミシェルさんに、私はどういう顔を見せていたのか不安でしたが、私はその場から逃げるように、馬車へと乗り込みました。


「フルララ、どうしたの?」

《何があった?》

 リリアナちゃんと、リリアナちゃんに抱かれているディムさんが心配そうに私を見ています。

 アンジェちゃんとティエスちゃんが居るから、リリアナちゃんがディムさんの代弁をしてくれたみたいです。

「知り合いが居たので驚きました。」

《そうか、詳しい話は後で聞くから、今は気にすることはないぞ。対策はちゃんと考えてあるからな。》


 私は言葉には出さない「はい。」と、口を動かしました。



 事情を知っているオリファさんとフルラージュさんだったので、長居は無用という動きで馬車を出発させてくれました。

「あの…フルララさんって王都に住んでいたのですか?」

「はい。神官見習いとして、12歳から大聖堂に勤めていました。」

 ルーテアさんの質問に、私は答えられる事だけを話す事にしました。

「そうなんですか。それじゃあフルララさんは、王都の魔術学園と学院の卒業生ではないのですね。」


 あっ…そっちが気になっていたのですか?

 …確かに、ミシェルさんとの会話で、大聖堂とか神官とかの言葉は無かった気がします。

 しかも、聖職者同士で先輩とか普通は呼びませんからね。

 話の流れから、魔術学院と思うのは当然でした。


「はい。ですが神官見習いとして修道院に入っている子の中には、光魔術以外の資質がある人も沢山いました。なので、そういう子は魔術学園と学院へと通っていましたので、ある程度の内情を知っています。私は光以外の資質が無かったので、通うことは無かったんですけどね。友人や知人から色々と、愚痴なども聞かされていました。」

 気になる男性がいるとか、授業が楽しいとか、怖い先生がいるとか…修道院で共に暮らしていた当時の友人達の顔が溢れてきました。


「そうなんですね。出来れば寮生活などの、普段の生活がどんな感じなのかを知りたいのですが…」

 ルーテアさんの少し思い詰めるような視線の次に、私は不安な顔を見せるアンジェちゃんの表情に気付きました。


「そうですね…凄く楽しく暮らしている子は、礼拝に訪れた時なども楽しそうな笑顔を見せていますけど、集団生活に慣れない子や、魔術の競い合いで劣等感を感じている子は、重苦しい表情で祈りを捧げています。

 ですが、学園や学院の先生方も、そういう子への配慮に力を入れていますので、疎外されたり虐められたりという話は聞きませんでした。

 数ヶ月に一度は長期休暇もありますし、国王の聖誕祭の時には学園に両親を呼んで日頃の成果を見せたりとかもありますので、ずっと寂しい気持ちで…という事もないと思います。」


 私は神官になってから、幼い学生達の救いを求める声を何度も聞いていました。

 そしてその度に、もう少しだけ頑張れるようにと、励ましの言葉を送っていました。


「でも、アンジェちゃんには、魔術学園に入る理由がないんですよね。」

「えっ? さっきもそのような事を言っていましたけど、どうしてですか?」

 アンジェちゃんの目が、私に強く向けられているのを感じながら、私は伝えたかった事を話すことにしました。


 今はディムさんも居ますからね。


「ルーテアさんは、フルラージュさんから魔術の練習方法を聞いていますよね。それをアンジェちゃんに教えて一緒に練習すれば、魔術学園に入るよりも、もっと上の技術を習得することになると思います。

 そして、アンジェちゃんも大好きなお母さんから教わった方が楽しいでしょうし、なにより、家族と一緒に過ごしているという環境が一番です。

 魔術学園でしか向上出来ない環境なら学園に入る事をお勧めしますが、アンジェちゃんには先生も練習方法も既にありますからね。」

 凄く嬉しそうな目を向けるアンジェちゃんと、疑いの表情が抜けないルーテアさん。

「確かに…フルラージュさんから教わった制御の練習は画期的だと思いましたけど…それだけで、学園で学ぶ事以上の成果があるのですか?」

 私はリリアナちゃんの頭の上に居るディムさんに、一瞬だけ視線を向けました。


《人族の魔術は、ただ使えるというだけだからな。本人の意思と努力、そして才能に頼っているに過ぎん。ラージュに教えた事を更に丁寧に教えれば、技術的な力でそれらを何倍にも高めることになるだろう。》


「はい。フルラージュさんでそれは実証済みですから。」

 私は胸を張り、自信を持って答えました。



「ママっ! あれってドラゴン?」

 窓の外をずっと眺めているティエスちゃんの声に、私は窓の外に視線を向けました。

「う~ん、ちょっと違うのよ。あれは巨竜種といってドラゴンに似ているけど、小型のドラゴン種でもなく、大きなトカゲなの。」

 長く太い首と太い尾が特徴的な巨竜種は、私達の馬車を見ている様子ですが、こちらに向かって来る気配はありませんでした。


 巨竜種には草などを主食にする大人しい種類がいると聞いていたので、あれはその種類なのでしょう。


「ちがうのか…」

 しょんぼりするティエスちゃんでしたが、そのティエスちゃんの横から顔覗かせるようにアンジェちゃんが窓の外を見ました。

「パパとママは…あれを倒したりするの?」

 不安そうな声で訊ねたアンジュちゃんに、ルーテアさんは笑顔を返しました。

 その言葉にティエスちゃんも窓の外から視線を外し、不安な顔をルーテアさんに向けていました。

「いいえ、パパもママもあれの討伐依頼は受けたりしませんよ。参加を頼まれる事もないでしょうし、仮にあったとして、断りますからね。」

「「そうなの?」」

「ええ、そうよ。巨竜種のような大型の魔獣は大きな槍を弓の矢のように飛ばす武器を使って倒すから、その武器を所持して日頃から大型魔獣を倒している人達に任せているのよ。

 巨竜種の討伐依頼も月に一度程度だという話だし、慣れた冒険者パーティーで安全に倒したほうが良いでしょ。」

「そっか。よかった。」

 安堵する声を口に出したアンジェちゃんの頭に、ルーテアさんの手が添えられました。

 そしてティエスちゃんにもルーテアさんの手が差し伸べられ、

「もう危ない事にはパパもママも参加しないし、依頼も受けないから大丈夫よ。」

「うん。」

 ティエスちゃんとアンジェちゃんの見せていた不安な表情はすぐに無くなり、二人とも今は、窓の外の景色を楽しんでいた時と同じ笑顔に戻りました。


 今までに何度、アンジェちゃんとティエスちゃんが辛い思いで両親の見送りをしてきたのか判りません。

 でも今の冒険者ギルドは以前と違って無理難題を押し付ける事も無くなりました。

 だから私も自然と笑みが浮かびました。





 野営地を出てから1時間が過ぎ、馬車は草木の無い岩の大地から草原へと変わり、大きな獣が通ったような獣道がある林の中へと入って行きました。

 ここまで5層と同じように馬車を襲う魔獣が何度か現れましたが、同じく、フルラージュさんの風魔術の牽制で逃げて行きました。

 

 景色が林の中に変わると、子供達と一緒に外を眺めていたルーテアさんの表情が曇り、木々の奥を不安そうに見ています。

「こんな見通しの悪い場所を馬車で通って大丈夫でしょうか? それに…いったいどこまで行く予定なのですか?」


《ここから駆け上がって森へと変わるが、あと30分程で見晴らしの良い山頂に出る。この森を縄張りにしている魔獣の棲家になっているようだから、そいつを倒して宿泊場所にする予定だ。この森にも蜜瓜があるのを確認したからな。だからラージュには、ここからは牽制じゃなくて討伐するようにと言ってある。》


「えっとですね…オリファさんもフルラージュさんも目が良いので…それに、フルラージュさんはまだ全然本気を出していませんからね。あと、今回はこの森を探索することになっていますので、見晴らしの良い場所を探すことになっています。」

「そうですか。随分と手馴れた行動に…凄く信頼もされているようですが、先程の知人との会話でもありましたけど、フルラージュさん達と一緒に北の大地を目指したのですか?」

「あっ、はい。正式には公表していませんが北の大地に到達し、冬を越して戻って来ました。情報公開は行わないので、全てをお話することは出来ませんが。」

「そうですね。」


 トレジャーハントなど個人的な冒険で得た経験などは個人の財産としての価値があるので、無償で公開することはまずありません。

 そして、私が出した依頼書が残っていたとしても、それを調べるような事をルーテアさん達が行うこともありません。

 なので私達とフルラージュさん達との出会いは、北の大地を目指すパーティーメンバーだったという事にしました。

 オリファさんとフルラージュさんは既に、二人の出会いが『北の大地の探索』という事を伝えてあります。

 なので私は慌てることなく、普段通りに話すことが出来ました。

 ちなみにリリアナちゃんとの出会いは、『北の大地の探索』から戻ってきた時、という事になっています。両親を亡くしてからも祖母と3人の使用人とで山での生活を続けていましたが、街での生活をする事になったので私が使用人の代わりに。という事にしました。

 もちろん、使用人の3人というのは叔父様達の事なんですけどね。


「ママっ! お姉ちゃんの魔術で大きなサルが倒れた!」

 アンジェちゃんの声にルーテアさんは窓の外へと視線を向けます。

「えっ…あれを?!」

 既に馬車の後方へと離れていく魔獣の姿にルーテアさんが驚いていました。

「どうやって倒したのか見てた?」

「ううん。風の魔術だと思うけど、風に飛ばされるんじゃなくて、とつぜん倒れたの。」

「ウィンドショットかしら? …そうね、フルラージュさんの魔力があれば、あの魔獣を貫くことが出来るのかも。」


《ウィンドショットは魔力が無くても、魔術操作をきちんと行えば貫通力は高くなるぞ。風魔術は魔力よりも魔術操作の方が重要になるからな。だから風魔術の資質があるルーテアでもあの程度なら圧縮しなくても使えるだろうし、資質を受け継いでいるならアンジェも出来るようになるぞ。》

 私はディムさんの言葉に内心驚きながら、ルーテアさんに伝えました。

「ウィンドショットの貫通力は、魔術操作で高めることが出来ると聞いていますので、資質があればアンジェちゃんでもあれくらい出来るんですよ。もちろん、ルーテアさんもです。」

「えっ?! ほんとうに!?」

 信じられないといった表情を見せるルーテアさんとは違って、アンジェちゃんは無言のままで、期待の目を私に向けていました。


《昼ごはんを済ませたら、アンジェには魔術操作の基礎を教えるか。フルラージュに教えさせるが、俺の言葉も加えれば問題ないだろう。》

「アンジェちゃんは、昼食後に魔術の練習をしましょうか。フルラージュさんにコツとかを教えて貰いましょう。」

「はいっ! 教えてほしいです!」

 満面の笑みを浮かべるアンジェちゃんに、私は笑みを返しました。




 森の中でも何度か魔獣の襲撃に遭いましたが、その都度、フルラージュさんが一撃で仕留める結果を見ることになり、そして馬車は森の中で徐々に速度を落とし、森を出る手前で停止しました。


《到着だな。 フルララ、オリファとリオラ、それとルーテアにも光の加護を掛けてやってくれ。最後の仕上げだ。魔獣を倒すぞ。》

 ディムさんの念話が届いた瞬間、御者席からの小窓が開きました。

「ルーテアさん、今からこの森の主になっている魔獣を倒します。」

 警戒するようなフルラージュさんの小さな声が、客車内に響きます。

「えっ! 近くにいるんですか?」

「はい。この先の草原に居ます。」

「主ってことは、この辺りで一番強い魔獣ですよね…この人数で挑むなんて思ってもいませんでした。」

「大丈夫ですよ。私の魔術もありますし、フルララさんの光の加護もありますから。」

「そっ…そうですね。どこまで力になれるか判りませんが、お手伝いさせて頂きます。」

 不安な顔を見せていたルーテアさんでしたが、直ぐに気合を入れたような顔になり、私へと力強い瞳を見せました。


《ルーテアには見学するリリアナ達の護衛をして貰う。魔術で戦うという事と、冒険者の仕事を見る良い機会だからな。》

「ルーテアさんは子供達の護衛をお願いします。」

「えっ? 子供達はこの馬車の中で、待機ではないのですか?」

「魔術で魔獣と戦うという事と、冒険者の仕事を見学して貰います。」

「そ…そうでしたね。私達がお願いした事でしたね。」


《ではオリファ、馬車をゆっくりと進めて森のすぐ外で馬車を止めてくれ。俺達はそこから戦闘を観察するからな。》

 私達にしか聞こえないディムさんの声でしたが、ゆっくりと動き出す馬車の中で、ルーテアさんは気合を入れ直すような、大きな深呼吸をしました。

 それを肌で感じるほどの距離で見ていたアンジェちゃんとティエスちゃんも、今までにない緊張感を溢れさせていました。


 そして、馬車から降りた私の目に映ったのは、草原の真ん中で寝ている、犬のような魔獣でした。

 それは明らかに大きいと判る…巨大な犬でした。


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