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娘をダメにするスライム  作者: 紅花翁草
38/41

魔王、馬車を買う。

 今回のお菓子作りは、ケーキを完成させた事で取り敢えずの終了となった。


 ケーキは、一度に大きな物を作ればシュークリームやクッキー程の手間は掛からないことは判った。

 ちょっとしたお菓子はこれでいつでも作る事が出来るようになったが、まあ…買い溜めする事は変わらないという事も判った。

 チョコレートが俺の形になっているクッキーをリリアナとフフララが沢山欲しいと言っていたが、それも問題なく手に入る事になった。

 『ラルシエ』で販売しているからな。結構な人気になっているのだという。


 そして、このお菓子作りの期間中でフルラージュの『魔鉱石生成』の腕前は、既に一人前になってなっていた。


 朝食後のティータイムで一日の予定を話合う時間に、俺は話を切り出す。

《次はフルララとの合同で光剛石を作ろうと思うのだが、その前にダンジョン行くぞ。毎日同じ作業じゃ疲れるからな。》

「やったぁー!」

 この日を待ち侘びていたリリアナが一番に声を上げる。

「えっ? どうしてリリアナちゃんが喜んでいるの?」

「いっしょにいくやくそくっ!」

 フルラージュの疑問に俺が答える前に、リリアナが答える。

《ラージュ達にはまだ話してなかったか。ようは、北の大地の時のように出掛けたいという話だ。勿論、フルララも一緒にな。》

「そういうことですか。判りました。じゃあ、夜中出発で…あっ、でも屋敷に残るのがルヴィア様だけになると、騒ぎになりますよね?」

 普通の者なら旅行か何かだと気にも留めない話になるのだが、この屋敷の者は少しばかり有名になっているから、フルラージュの懸念は当然の事だ。

《ああ、だから普通に、ダンジョンへトレジャーハントに出掛けると公言する。それで、以前はダンジョンに入るのに許可など要らないから問題ないと思っていたんだがな、冒険者ギルドには一応、確認を取ってきてくれるか。》

「そうですね。たぶん大丈夫だとは思いますがそうなると、ダンジョン内を普通に歩いて行く事になりますけど?」

《ここのダンジョンは荷馬車が通れるからな。普通の客車を使っても問題ないだろう。》

「確かに私とオリファが護衛役をすれば、全く問題はないと思います。でも、1層と2層は荷馬車同士のすれ違いが出来ないので、そのあたりのルールなども聞いておきますね。」

《宜しく頼む。》


 フルラージュの先を見る思考は、あいつを思い出すな。

 まあ、あいつは仕事を始めさせるのに少しばかり苦労したんだがな…


「それで、予定は日帰りなんですか?」

《いや、6層で狩りをするつもりだから、1泊か2泊を考えている。》

「そうなると…見せる用の野営道具なども必要ですね。」

《そうだな。そのあたりも任せても大丈夫か?》

「はい。オリファもいますから任せて貰っても大丈夫です。」


 俺とフルラージュの会話を聞いていたオリファが「任せてください。」と胸を張って自信を見せる。

《ではラージュとオリファには、明日のダンジョン探索の準備を任せる。リリアナとフルララは、馬車を借りる段取りをロチアに頼みに行くぞ。》

「ん! わかったぁ!」「はい。」



 商店街を抜けて商業ギルドに向かう途中、いつものように野菜店の店主が声を掛けるので、フルララは商業ギルドに向かう事を伝える。

「ばしゃにのるのっ! みんなでおでかけするのっ!」

 嬉しさを全身で表しているリリアナの言葉に、野菜店の店主以外の者達からも視線が集まる。

「えっ? 街を離れるのかい?」

「いえ、馬車に乗ってダンジョンへ行こうかという話になったんです。だからロチアさんに、馬車の手配を頼もうかと。」

「まさか、リリアナちゃんとお嬢さんもダンジョンに行くのかい?」

「はい。護衛がちゃんといますから、危ない事もないですから。」

「まあ…守衛兵を手玉にとった冒険者ならそうだね。でも、気をつけていくんだよ。」

「はーい!」

 不安顔を見せる店主に、リリアナは無邪気な笑顔を返す。


 その会話に水を差すような他の商店街の者達からの声は無く、静かに無事を祈るような視線をリリアナとフルララに向けられていた。



 午前中は商業ギルドで書類整理などの仕事をしていると聞いていたから、すぐにロチアを捕まえる事が出来た。

「フルララさん、リリアナちゃん、おはようございます。今日はどのようなご相談でしょうか?」

「馬車を借りたいのですが、手配をお願い出来ますでしょうか?」

「えっ?! 街を出るのですか?!」

「いえ、トレジャーハントにリリアナちゃんと私が同行するので、馬車での移動を考えてまして。」

「ええっ! リリアナちゃんもダンジョンに入るのですか?!」

 受付で会話をしていた二人の会話に、ここでも周囲からの視線が集まっていた。


 子供がダンジョンに入るのはそんなに珍しいことなのか?

 それに、馬車を借りると何故街を出る事になるんだ?

 

「んとね、みんなでかりするのっ! どらごんさんもかるのっ!」

「ちょっ! リリアナちゃん! それは出会ったらの話ですからね。それにオリファさんとラージュさんは6層は初めてだから、今回は観光的なお出掛けですからね。」


「そっ…そういう話ですか。なるほど、6層まで駆け抜けるなら馬車や馬を使うのもありだと思います。ですが、馬が魔獣などに襲われないように気をつけないと…護衛はオリファさんとフルラージュさんの二人だけなのですか?」

「はい。二人で問題ないと本人達が言っていましたので。」


 ざわつく商業ギルドのロビーに所長のハミルドが現れる。

 そして、その中心がロチアとフルララだとすぐに理解したハミルドがロチアに説明を求めたので、フルララが話した内容をロチアが伝える。


「ダンジョンを観光ですか…なかなか興味深い話ですね。」


 なんか話がズレているが…まあ、人族では無かった事なのだろうな。

 俺達魔族にとってダンジョンは遊び場で、それこそ観光気分で行く場所だ。


「でしたら、馬車移動のルールはご存知でしょうか?」

 ここでその話を聞けるとは思っていなかった俺とフルララ。当然フルララは首を横に大きく振り、「今、フルラージュさん達が冒険者ギルドに聞きに行っているのですが、教えて頂けますか。」


 ハミルドからの説明は、ある程度想定していた話だった。

 5層からの朝の便で、6時から8時の間が上り専用。8時から15時がダンジョンへ向かう下り専用。 そして5層からの帰宅と夜の便で、15時から17時がまた上り専用の時間となる。

 所謂、時間制の一方通行だ。

 それから、17時から朝の6時の間は1層から3層での冒険者の狩りがほとんど無い時間だからと、魔物の数が増える理由と、万が一の事を考えて、馬車での通行を禁止している。


「ですので、6層へと向かわれるのでしたら5層村での一泊になると思います。それに関してはどうなさるおつもりなのでしょうか?」

「うぇ…えっと…」

 その話をしていなかったから、当然取り乱すフルララ。

《光剛石を持っているから6層で野営すると言えばいい。》

「あのっ、光剛石を持っていますので、6層で野営する事になっています。」

「そうですか。では5層村での宿泊は必要ないのですね。安心しました。

 商業ギルドの宿泊施設はまだ建設予定の段階ですので、お力になれずにと思っていました。」

「そうでしたか、お気遣いありがとうございます。」


 お互いが一礼を返すことになり、その後は予定通りにロチアの先導で馬車屋に行くことになった。


「ここが客車と荷馬車を製作販売しているお店です。併設する隣の馬屋には、貸し出し用の客車などを扱っていますので、そちらに向かいますね。」

 店の紹介をするロチアの足が隣へと歩き出した時、俺は一台の客車に目が止まる。


《すまないフルララ、この店の中の右奥にある客車が見たい。》

「ロチアさんっ! ちょっと、こっちの店の客車を見ても良いですか?」

「あっ、はい。こちらのは売り物ですが是非。」

 すぐさま踵を返すロチアは、笑顔で目の前の車屋へと足を運ぶ。


 客の要望に疑問も否定もしない姿勢は、さすがだな。

 

 俺はロチアに関心しながら、気になっていた客車をフルララに伝えた。

 それは見た目は少し豪華な客車の形をしていたが、全体が黒い何かで出来ていて、装飾部分には金かそれに良く似た金属が使われている。


「なんですかこれ?」

 フルララの最初の発言が、その物を的確に表している。

「客車…だとは思うのですけど、なんでしょうね?」

 ロチアも初めて見たようで、首を傾げている。

「かっこいいっ! これに乗るの?」

 リリアナの喜ぶ姿に、少し難色を見せるフルララとロチア。


 いや、リリアナの言うとおり見た目最高だろ。

 それに、車輪が金属で出来ているから強度も高いはずだ。


「お嬢さん達、それに興味があるのか? ん? お前さんのその服は、商業ギルドの職員か?」

 筋肉質で、ガトラといい勝負しそうな体格を見せる男が俺達の前に現れる。

「はい。ロチアと言います。こちらのフルララさんが、馬車を数日借りたいと願いまして、こちらをご紹介させて頂きました。それで、店内のこの商品が気になったという事で、少し拝見させて貰っていました。」

 ロチアの丁寧な返しに、少し姿勢が雑だった男の背筋が伸びる。

「そうか。これは試作品でな、黒曜樹から取れる樹脂で作った客車部分は普通の木の半分の重さで強度は4倍。装飾部分は擬金鋼。そして軽くなった分を、ミスリル製の車軸と車輪を使う事で走行時の強度も上げた。

 それに伴い、客車の重心が低くなり、揺れなども従来よりは軽減されている。

 車輪をミスリルにしたが、それでも客車の重量は同じ大きさのと比べると3割程も軽くなっている。

 だから馬への負担も少なく、速度も距離も向上しているってやつだ。」

 意気揚々と客車の事を話していた男だったが、ここで苦笑いを見せた。

「どうかしましたか?」

 ロチアの問いに男は、悩ましい目で客車を見詰める。

「材料と加工費用で値段が高額になってしまってな…そしてこの色のせいだと思うんだが、買ってくれそうな貴族には受けが悪かったんだ。俺は良いと思うんだけどな…」


《フルララ、客車を買って馬だけ借りられるのか聞いてくれ。それと使用していない時の置き場所の事もだ。》


 俺の言葉をフルララは自分の言葉に変えて訊ねる。

「ああ、それは問題なく馬だけを貸し出す事もある。それと個人所有の客車をうちで預かる事も出来る。管理費用が多少必要になってくるが、それは月に銀貨2枚。後は使った後の状態で整備費用がそれなりに掛かる場合もある。」

 俺からの質問をフルララが訊ねると、ここの店主で馬車製作の職人だった男が初めの時のような意気揚々とした口調で答える。


 話の内容から、これを買うつもりがあるのが明らかだったからな。


《これを買う事にする。明日の使用目的を伝えて、馬の手配などの準備も進めてくれるか。》


「ダンジョンで…なるほど、それはこいつの性能を発揮するのには一番良い使い方かもな。

 よし! 馬も肝が据わっているやつを準備するから安心してくれ。」

「はい、ありがとうございます。それでこの客車の値段と明日の馬の借り値をお支払いさせて頂きます。」

「この客車を買ってくれた事で今回の馬の代金はサービスだ。客車の値段は白金貨8枚になるけど、今持っているのか?」

「はい。少し待ってください。」

 背負っていた鞄を降ろし、ゴソゴソと手を突っ込むフルララが小さな布袋を取り出す。

 無論、既に俺が次元倉庫から鞄の中に白金貨十枚が入った袋を入れていたのだ。



借りるつもりだった客車を購入した俺達は、気分良く屋敷へと戻る道を歩いていた。

「リリアナちゃん、良かったね。」

「うんっ! あした、たのしみっ!」

 リリアナは、客車の所有者を示す客車の鍵を嬉しそうに握っている。

 今はだたの木の札に付けられている鍵だが、数日後には俺の印璽が描かれた黒曜樹の札が出来る。それと後日になるが、客車の扉にも印璽を彫り込んだプレートを付けることになった。


 俺の印璽は魔王ディルラル個人を表す物だが、それを知っているのは数名程しかいない。

 城に掲げられた旗は違う紋章を使っているからな。

 だから仮に、あれで魔族領を移動しても何も問題は起きないだろう。


《リリアナ、落とさないように手の中に入れて置くんだぞ。》

《うん! わかったぁ~!》


 

「フルララさん、もしかして白金貨をいつも持ち歩いているのですか?」

 辺りには誰も居ない場所だったが声を小さくして訊ねるロチアに、フルララは思い出したかのように遅れて口を開く。

「いえっ! 馬車の借り値が判らなかったので、多めに準備してきただけですよ。」

「そうですよね。それと、今回のような大きな買い物をする時は私が証人になって、支払いを後日に商業ギルドから支払う事も出来るんです。それには事前に口座を作って頂かないと駄目なんですけど、もし今回のトレジャーハントで何か換金出来る物を得ましたら、口座を作ってみるのはどうですか? 他の街の商業ギルドでも有効ですので、旅などでもお金を持ち歩かなくても良いので、お勧めです。」

「そうですね。帰ったら相談してみます。」

 そう答えながら視線を俺に向けたフルララ。

《俺達には余計に面倒な事になるが、世間的にはそれが常識なんだろう。だからロチアの言うとおり、トレジャーハントで得た収入を預けて置くのが良いだろうな。》

 この場で俺の考えをロチアに伝えることは出来ないので、フルララは小さな頷きを俺に見せる。


「あれ? リリアナちゃん鍵は?」

「だいじにいれたよ。」

 リリアナの出した手にフルララの視線が移る。

「え? どこに?」

 

 確かに何処に入れたんだ? リリアナの服にはポケットなんてないし…


「ん! ここっ!」

 そう言葉に出したリリアナの手の上に鍵が現れる。

「「えぇええええっ!」」

 これには一緒にいたロチアも驚き、二人して大声を上げることになった。


 いや、俺も正直驚いている…


「ちょっ! リリアナちゃん! それって収納スキルの、しかも次元倉庫なの?!」

 周りに誰も居ないから良かったものの、フルララが驚きのあまり声を抑えることを忘れている。

「フルララさん、声大きいですよ。これは一大事ですから冷静になりましょう。」

 フルララと同じように慌てるかと思っていたロチアだったが、そこは商業ギルド職員としての知識からなのか、自分以外が先に取り乱しているのを見たからなのか判らないが、冷静な判断を口に出していた。


《リリアナ、それは俺と同じ収納スキルなのか? フルララにも念話で答えてやってくれ。》

《うん。ん~たぶんパパといっしょ? てのなかにいれることができるって。》

《それは、いつからできるようになっていたんだ?》

《んとね…いま。パパがてのなかにいれてっていったから、おもいついたの。》

《そうか。なら俺が人前で見せないと同じで、これから俺やフルララが使って良いという時だけ、使う事にしような。》

《うん、わかったぁ~!》

《フルララ、と言う事だ。リリアナのは俺と同じ次元倉庫と見て良いだろう。俺達も知らなかった事はロチアにも判っている事だから、家族で検証すると言って話を終わらせてくれるか。》

 緊張した面持ちで小さく頷くフルララ。

「ロチアさん、これは家に帰ってからルヴィア様と相談しますので、内密にしてくれませんか。」

 俺達が念話をしていた間の無言の時間をずっと堪えるように待っていたロチアが、大きく頷く。

「勿論、これは口外するような内容ではありませんので、ご安心ください。リリアナちゃんの将来に係わる事案ですからね。」


 それから鍵を出したまま屋敷に戻る事にした。

 商店街で、リリアナが客車の鍵を自慢するのは想定していたから、フルララがその理由になった客車の性能を口に出して買い物を済ませる。

 これで商店街の者達の心配事も、少しは減った事だろう。

 屋敷に戻るとフルラージュ達は戻って来ていて、ハミルドから聞いた馬車移動のルールを確認の為にもう一度聞く。


《違うところもなく、商業ギルドで聞いた話と同じだな。それで、子供がダンジョンに行くことについてはどうだった?》

 フルラージュの落ち着いた笑みが、リリアナに向けられる。

「冒険者でもない者は勿論、子供がダンジョンに入る事を禁止にしている規約等はありませんでした。自己責任とのことです。」

 商業ギルドでは聞きそびれていたが、リリアナが入れないとは言っていなかったから問題ないとは思っていたが、フルラージュの言葉にリリアナが笑顔を見せる。


《これで、隠れてダンジョンに行く事も無くなった。思う存分遊べるな。》

「うん! みちゅううりをティエスにあげるのっ!」

《そうだな。採ってきた事実があれば、問題なく渡せるからな。》

 リリアナはティエスが蜜瓜が食べたいという気持ちに応えられなくて寂しがっていた。

 持っていても渡せない事を子供に我慢させるのは、俺達以上の辛さがあるのだとフルララが言っていた。


「いっぱいあるかな?」

《ああ、ダンジョンの果物などは年中花が咲いて遅くても10日ほどで実が出来るから、前と同じ場所に在るはずだ。》

「やったぁー!」

 両手を上げて喜ぶリリアナ。


「まあ、判ってはいましたけど…魔獣やドラゴンが徘徊するような場所へ行くような会話じゃないですよね。」

 フルラージュの言葉と笑顔に、フルララとオリファが笑いそうになっている。

《既に庭みたいなものだからな。まあ、だからと言って、気の緩みから油断するような事はしないから安心しろ。》

「はい。それはもう十二分に信頼していますから。」

《それは俺もだ。道中の護衛は二人に任せようと思っているから、宜しく頼むぞ。》

 少し驚いたような顔の後、嬉しそうな笑みを浮かべるフルラージュ。


「はい。任せてくださいっ!」

 意気込みが伝わるフルラージュの返事に、俺は「期待している。」と言葉を返した。


「それで…リリアナちゃんの収納スキルのことは?」

「は?」「え?」

 フルララの申し訳なそうな顔からの質問に、フルラージュとオリファの口が開いたままになる。


 それから母を交えてのリリアナの次元倉庫の話をすることになった。

 それは、魔術を扱える事と使えるという事の原理の話になるからだ。

 俺の『次元倉庫』は母が授けたスキルであり、当然全ての魔術も母が授けたものになる。

 俺が唯一生まれながらに持っていたスキルは『核転移』で、生き延びる為に覚えた進化スキルというものだ。

 魔術を扱えるのは資質があるかどうか。これは生まれ持ったもので、フルララなら光属性。フルラージュなら火と風と土になる。

 これらの魔術は、それぞれ異なる魔力を理解し、その魔力を操作することで魔術を使う事が出来るようになる。

 俺が土の魔力をフルラージュに流し込んで理解させたのがそれだ。

 当然フルラージュの母親からは火と風の魔力を、触れ合いなどの中で、無意識にでもフルラージュに流し込まれていたはずだ。

 そうやって親から子に魔術が伝わっていくのが往々にして起こるのは資質が遺伝しやすいからでもある。

 その身近な例として、アンジェとティエスの『魔力視』だ。

「リリアナちゃんのは、ディムさんから伝わったものじゃないんですか?」

 だからフルラージュの質問は誰もが思う事だ。


 だが、俺の念話に次元倉庫や魔力感知、リリアナの生体感知は魔術ではなく、特性スキルになるから遺伝することはない。

 しかし、その魔力を理解出来れば、後天的であっても特性スキルを発動出来る可能性はある。

 この特性スキルは言葉を覚えるよりも簡単で、それは本能というものに近い感覚、『気付いたら出来る。』という物だ。

 だから念話に関しては、もしかしたら俺から伝わったものかもしれないと、今は思う。



《ああ、リリアナのは完全にリリアナ個人のスキルだ。俺とは全く違う性能だしな。》

 俺はリリアナから聞いた『次元倉庫』の使い方を聞かされた時、忘れていた事を思い出していた。

 勇者リリーアナリスタは俺の前で2本目と3本目の剣を取り出していた事を…


 そうなんだよなっ! 扱えて当然なんだよなっ! 本人なんだからなっ!


 リリアナの『次元倉庫』は『手に触れた物を入れる事が出来き、同じ状態で手から出すことが出来る。』だった。

 だから、俺が偶然にも「手の中に入れておけ。」と言った事で、自然と使い方が頭に浮かび理解したということだ。


「そうですね。リリアナちゃんのは確かにリリアナちゃんの次元倉庫ですよ。息子に教えたのは私の次元倉庫ですから無限に入りますが、普通は魔力量の関係で流石にそれは無いと思います。」

 母の言葉で、リリアナの次元倉庫の検証を始めることにした。



「おかしいわね…リリアナちゃんの魔力量なら、とっくに限界を超えているはずなのだけど…」

 母の言葉に、庭で検証を眺めていた俺達も疑問符を浮かべるしかなかった。

 俺が倉庫に備蓄している魔獣や獣の肉と野菜は勿論、思い出す家具を次々に入れていくリリアナ。しかしあまりに数が多すぎると忘れてしまって取り出す事が出来なくなることに気付き、アトラとログハウスを試しに収納して貰ったが、問題なく入ってしまった。

「ちょっと、リリアナちゃんの次元倉庫を視てみますね。」

 そう言って、母はリリアナの頭に手を乗せて瞑想するかのように静かに目を閉じる。

「あ~なるほどね。原因はあれだと思うけど…不思議な事もあるのね。」

 目を閉じたまま一人納得する母に俺は待つことが出来ずに訊ねる。

《原因ってなんだ?》

「息子の次元倉庫と繋がってますよ。試しにアトラを取り出してみなさい。」

《なっ、それは…》

 俺は疑念的な言葉が口から出そうになったが、母が嘘や冗談を言う人ではないということを知っていたから、アトラが入ってないか意識を次元倉庫へと向けた。

 そして俺は、アトラを庭に出す事が出来た。


「リリアナちゃん、アトラを出してみてくれる?」

「…でない。」

「じゃあ、息子よ。もう一度倉庫に入れてくれる。」

 俺は言われた通りにアトラを収納する。

「リリアナちゃん、アトラ出せる?」

「…でない。」

 よく判っていないのか、リリアナはアトラが出せない事で今にも泣きそうだった。

《母よ。今すぐ説明してくれっ!》

「リリアナちゃんの次元倉庫の制約は『手を触れた物。』だったでしょ。だけど息子にはその制約が無いのよ。だから息子が一度外に出してしまうと所有者が息子に代わってしまった。だから倉庫に戻しても取り出す事が出来ない。」

《なるほどっ! じゃあ、リリアナ。アトラを出すからもう一度リリアナが収納してみてくれ! 》

 俺は急いでアトラを取り出し、リリアナに渡す。

 そしてリリアナが自分でアトラを出し入れする事が出来た事で、いつもの笑顔に戻った。

「アトラといっしょだぁー!」

《ああそうだな。アトラはリリアナのだから、これからはリリアナが収納するといいぞ。》

「うんっ! そうするぅ~。」

 当のアトラは出されたり入れられたりでどこか困惑している姿を見せていたが、リリアナの言葉で状況を理解したようだった。


 そして検証を見ていたフルララ達の目は、何故かどこか遠い所を見ていた。

《どうしたお前達?》

「…いえ、非常識なのには慣れましたけど、さすがにこれは驚きますよ。」

「ええ、次元倉庫が繋がっているとか…どういう理論なんですか…」

 フルララとフルラージュからの感想に、俺もどうかと思った。

《それに関しては俺も驚いている。母も知らなかったことだしな。》


 まあ、原因は俺の核に触れて一緒に転生した事だと思うが…これは他にも影響が出ている可能性があるかもしれないな。


「まあ、悪い事ではないから、良かったわねリリアナちゃん。次元倉庫が無限に使えるってことは結構便利なのよ。息子みたいに忘れてしまう事もあるから、それだけは注意しましょうね。」

 母の言葉に「うんっ!」と嬉しそうに答えるリリアナ。

 その言葉に俺は気付かされる。

《そうだな。リリアナにとって良い事なんだから何も問題ない。隠し事がいまさら増えたところで、何も変わらないしな。》

 俺の言葉にフルララ達も頷き、リリアナの次元倉庫の検証は笑い合って終わったのだった。

  



 昼食後、いつものようにアンジェとティエスが遊びに来る時間。

 今日は予定には無かった親も同伴しての来客だった。


 リリアナ達が庭で遊び始めた頃、テラスでは思い詰めたような顔を見せる両親がフルララと何か話し始める。

 俺はリリアナ達と一緒に居たが、少し気になっていたから戻る事にした。

《リリナア、ちょっとフルララ達の話を聞いて来る。》

《うん、わかったぁ。》

 ぽよん♪ ぽよん♪ と俺が近付いてきた事に気付いたフルララが席を立ち俺を受け止める。

 そして席に戻って俺を膝の上に乗せると、声を落として話し始める。

「えっと、確認しますが…私達のトレジャーハントにアンジェちゃんとティエスちゃんも連れての同行したいという話ですよね?」

「…ええ、その通りです。」

 一瞬の間があったルーテアだったが、フルララの問いに答える。


 これはあれだな。話の内容を俺に伝える為にフルララが聞き直したというところだな。


「その理由を教えて頂けますか?」

「リリアナちゃんが山で過ごしたという話を以前聞かされた時、私達の娘も同じような体験をさせてみようかと思っていたのよ。それで色々と案を考えていたのだけど、これといったものが思い浮かばなくて、そしたらリリアナちゃんが馬車に乗ってダンジョンに同行するという話をギルドで聞いたの。」


 なるほどな。今日の訪問はその相談に来たという訳か。


《良いぞ。ただし、一緒に行くのは俺の事を知っているこの者達だけという条件ならな。》


 俺の念話に驚いたフルララが顔を下に向けて俺をジッと見詰める。

《この家族は守護妖精の俺を知っているだろ。だからリリアナの次元倉庫を教えても問題ないと思った。そうすれば野営でログハウスが使えるからな。

 それにだ、リリアナが友人と一緒に出掛ける良い機会だと思うだろ。》


 顔を上げたフルララが、返答を待っているルーテアとリオラに視線を戻す。

「そうですね。良い機会だと思いますので、一緒に出掛けましょう。ですが、ディムさんの事を知っている皆さんだけという条件ですけど良いですか?」

「はい。それはもちろん心得ています。」

 ルーテアとリオラがソファに座ったままでフルララに大きく頭を下げる。


 ルーテアへの返事だったその言葉は、俺への回答の意味も当然含まれていた。


《しかし、俺達と一緒という理由だけで、ダンジョンへ娘達を連れて行くのか? 判っているのはオリファとラージュの実力ぐらいだろ。しかも手を抜いている二人だぞ?》


「あの、今更なのですが、危険なダンジョン、しかも6層へと向かう私達の同行理由が山暮らしというのは?」

 フルララが俺の疑問を、別の言葉で訪ねる。

「そうですね。リリアナちゃんとフルララさんが不安な顔を見せていない事から、このダンジョン探索は、安全とは言わなくても危険を避けて戻って来れる。という確証みたいなものがあったからですよ。

 それと、私達が教えたいのは山での生活体験ではなくて、魔物や魔獣がどういう生き物なのかということなの。

 そしてこの機会に、クラリムの冒険者という仕事がどういうものなのかも、知って欲しいと思っています。」

 ルーテアの思いはなんとなく理解出来た。


《子供を冒険者にしたいのか? 魔力視で他人よりは優位なことは確かだが、弊害になることも判っているはずだが…》


 『魔力視』という資質は魔物や魔獣を狩る職業には優位の出る資質だと。

 だがそれと同時に、その事を隠さなければならないことも。

 ルーテアの父親が経験してきた実体験からの教えで、道具扱いされていた事を当人から聞かされていた。


「アンジェちゃんとティエスちゃんの将来は冒険者に、ですか?」

 フルララの質問にルーテアは首を小さく横に振る。

「いえ、二人とも魔術の資質はあるようなので、その一つの可能性としては考えていますが、その判断になればと、本人達に見せたいの。」


《そういうことか。一般的なダンジョン探索にはならないから気にはなっていたが、これなら問題はないな。》

「そうですか、その辺りの事をフルラージュさん達にも伝えます。」

「ありがとう。よろしくお願いしますね。」

 改めてという感じで頭を下げるルーテアとリオラに、フルララも返すように頭を下げていた。


 俺はリリアナの前世を見て、両親のパン屋を手伝う姿も見ていた。

 だからリリアナにお菓子作りをさせたのは、それが理由だ。

 それと同じように、冒険者というものを早い段階で知って欲しいということなんだろう。

 良くも悪くも。


 俺は大人になったリリアナの隣に、アンジェとティエスが居る景色を想像していた。

《今からリリアナに説明して、次元倉庫の事を明かして、皆で明日の準備だな。》

「それでは今から、明日の事を皆さんで話し合いたいと思います。」

 フルララが席を立ち、ルーテア達も後を追うように庭で遊んでいるリリアナ達へと向かう。


《フルラージュ、オリファ、明日のダンジョン探索にメルヴィール家の家族も同行することになったから降りてきてくれるか。》

 俺はフルララに抱かかえられたまま、2階の自室で寛いでいる二人へと念話を送った。

 そして明日はリリアナ達にとって特別な日になるかもしれないと、俺は少しだけ、期待に胸を膨らませていたのだった。


「ディムさん、ちょっと大きくなってませんか?」

《ん? あぁ…きにするな。》

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