フルララ、お菓子を作る。
フルラージュさんがディムさんに『魔鉱石生成』を教えて貰ってから4日目の今日は、魔鉱石作りをお休みして、みんなでお菓子を作る事になりました。
ディムさんの案で、私とフルラージュさんが菓子職人さんにお菓子作りを教えて貰うことになったのですが、リリアナちゃんもアンジェちゃん達も一緒に作る事になり、ナトレーさんが居ない事を知っていたルーテアさんが見守り役として参加することになったのです。
ロチアさんから依頼を受けた菓子職人さんは、ルーテアさんの幼馴染だったらしく、商店街にある菓子店『ラルシエ』の娘さんでした。
私達も商品棚を挟んでいつも顔を合わせているので、見知っている人でした。
「それでは、今日はシュークリームを作ります。子供達は簡単なクッキーを作って貰いますね。」
「「「はーい!」」」
リリアナちゃん達の元気な声に、先生は勿論、私達も笑顔を溢します。
調理部屋には、大人4人と子供3人が居ても、クッキー作りとシュークリーム作りを同時に行っても問題のない大きなテーブルがあるので、まずはシュークリームの生地とクッキーの生地作りから始めるとのことです。
「シューの生地もクッキーも材料はよく似ていますし、混ぜるという工程もほぼ同じですが、大きく違うのが、シュー生地は材料は常温で、鍋の中で温めて混ぜます。
対してクッキーですが、こっちはバター以外を冷やします。そしてボールの中で混ぜた後も冷やして、型を抜いた後も冷やします。
これが美味しく作るコツになります。」
クッキーを作ったことがあるフルラージュさんですが、先生の話に驚きの表情を見せていました。
ルーテアさんも興味深いといった表情で頷いています。
それから、私とフルラージュさんは先生の言われたように鍋に入れた材料を混ぜていきます。
鍋はそれぞれ二つ使っていますが、火の魔石を使った炉の管理はフルラージュさんに任せているので、私は混ぜることだけに専念しました。
「んっ、しょ。んっ、しょ。」「んっ…んっ…」
大きなスプーンのような物で、それぞれ自分のボールの中を掻き混ぜるリリアナちゃんとティエスちゃんの声が聞こえています。
アンジェちゃんは無言で一生懸命に混ぜていました。
リリアナちゃんもティエスちゃんも、この前のねんど遊びの時のように一生懸命って感じでクッキー生地を混ぜています。
「フルララさん! 生地を鍋から出さないとっ!」
「あっ! はい。」
フルラージュさんの声で私は鍋を勢いよく持ち上げてしまい、中の生地が鍋から飛び出してしまいました。
「あぁっ!」
ベチャン!
「はぁああああ、よかったぁ~。」
宙を舞うように落下する生地が、用意してあったボールの中に入ってくれました。
「はぁ~、助かったわね。」
大きく溜息を吐くフルラージュさん。
「はい。」(ディムさん、ありがとうございます。)
私は、リリアナちゃんの帽子になっているディムさんに照れ笑いを向けていました。
先生もルーテアさんも子供達の作業を見ていたので、少し不自然な動きでボールの中へと落下していく生地を見ることはありませんでした。
《慌てなくていいからな。これは練習で、作り方を見るのが目的だからな。》
お菓子作りは、工程途中の見極めが判りにくい。
それが料理本を読んだ時のディムさんの感想でした。
なので、実際に作っているところを見て覚えるのがディムさんの目的なのです。
そして最終的にはイチゴのケーキを作ることになっていますが、お菓子作りの基礎となるクッキー作りと、クリーム作りを覚える為に、今日はシュークリームを作る事になりました。
シュークリームを選んだのは、リリアナちゃんの大好きなお菓子になったからです。
だから私は、美味しく作ってリリアナちゃんに食べて貰いたいと密かに思っています。
「火傷はしていませんか?」
生地が無事な事を理解した先生が私が握っている鍋へと視線を向けました。
「はい、大丈夫です。」
リリアナちゃんに視線を向けていましたけど、手袋を付けた手で鍋の柄をしっかりと握っていましたからね。
落とす事がないようにと…飛び出すとは思いもしませんでしたけど…
それから先生の指示で次の工程へと作業を進め、シュークリームの生地を石釜で焼くところまできました。
「ここは私が見ているから大丈夫よ。」
「はい、後はお願いします。私はホイップクリーム作りをします。」
私に火の管理はまだ無理ですけど、混ぜるだけなら出来ます!
カスタードクリームに混ぜる為のホイップクリームを作り始めた私の周りにリリアナちゃん達が集まってきました。
「リリアナちゃん達は、今は何してるの?」
「んとね、ひやしてるの。おわったらこれつかうの。」
リリアナちゃんがしっかりと手に持っていた物は丸い型抜きでした。
「わたしもっ!」
ティアルちゃんも私に見えるように、型抜きを持つ手を突き出しました。
ティアルちゃんのは四角い型抜きでした。
「フルララは?」
リリアナちゃん達は背が低いので、作業するテーブルの足元には足台になる木箱が置いてありますが、私のところにはないのでテーブルの上を見る事が出来ません。
「生クリームをふわふわにしてるのよ。いつも食べている白いクリームね。」
私はボールを両手で持って、リリアナちゃん達に見えるように腰の位置まで下ろしました。
「うわっ♪ ふわふわいっぱいだぁ~!」
目をキラキラさせて喜んでいるリリアナちゃんが、もの欲しそうな目を私に向けました。
これって、このまま食べられるのかな?
リリアナちゃん達に一口くらいはだめかな?
そんな事を考えながらリリアナちゃんとボールのクリームを見比べるように視線を移していると、先生からの声が聞こえました。
「フルララさん、そのホイップクリームは少し多めに作っていますので、4分の1程を別のボールに分けてくれますか。クリームサンドのクッキーも作りますから。」
「はい、判りました。」
「子供達はクリームの味は何がいい? そのままでも良いけど、ジャムを混ぜても美味しいのよ。」
続けての先生の言葉に、リリアナちゃん達は少し悩み顔を見せました。
「んとね、まるいみかんがいい。」 と、期待の目を見せるリリアナちゃん。
「みちゅうり」 と、ティエスちゃん。
「わたしは苺がすき。」と、しっかりと答えたアンジェちゃん。
「まるい蜜柑と苺はあるけど、蜜瓜のジャムはないの、ティエスちゃんは他に何か好きなのある?」
「ん~」
ティエスちゃんが悩み顔を浮かべると、リリアナちゃんが突然走り出し、冷蔵庫の扉を開けました。
私達にはその行動の意味を直ぐに理解していましたが、何も知らない先生やアンジェちゃん達は驚き、リリアナちゃんへと視線が釘付けになりました。
「みちゅうりのじゃむあるよ!」
そうです。家には蜜瓜のジャムがあります。正確にはディムさんの次元倉庫の中なので、リリアナちゃんに冷蔵庫の扉を開けさせて、ディムさんが次元倉庫から取り出したのです。
「えっ?! そうなの!? 」
凄く驚いた顔を見せた先生がリリアナちゃんからジャムが入っている瓶を受け取って、蓋を開けて確かめます。
「あっ、良い香り…丁寧に作られているし、まるで完熟した蜜瓜で作ったような濃厚な香り…」
幸せそうな笑みを浮かべる先生に、リリアナちゃんが得意気な表情を見せていました。
「これをどこで!」
先生の叫ぶような声に、リリアナちゃんがちょっと硬直してしまいました。
「あっ、リリアナちゃんごめんなさい。少し取り乱してしまってごめんなさいね。」
慌てて謝る先生に、困惑顔を見せていたリリアナちゃんが笑みを返しました。
「ナトレーがつくってくれたの。」
「ナトレーさん…ああ、あの方が。そうですね、少し贅沢ですがジャムにすると長く楽しめますよね。
」
入手経路を聞きたかった先生ですが、手作りだと理解して納得の笑みを浮かべています。
「蜜瓜のジャムって珍しいのですか?」
私は疑問に思った事を訪ねました。
「はい、蜜瓜はジャムに出来るほどの流通がなくて、桃もそうですが、この前の祭りで銀の騎士様の提供がなければ家の店で扱う事なんて無かった果物です。でも、ジャムとして保存するのは良い考えでした。私達も長期的に見てジャムにすべきだったかしら…」
「ほら、今はお菓子作りの先生でしょ。次の指示をちゃんとくれないと、皆さんが困るでしょ。」
考え込み始めた先生に、ルーテアさんが見馴れた感じで注意をしました。
「そうでした。では子供達はフルララさんから貰ったクリームを分けて、ジャムで香り付けしましょう。
シューの生地はどうですか?」
「あっ…」
先生の言葉で、私は石釜のフルラージュさんへと視線を向けました。
すっかり忘れていたなんて事は、絶対に言えません。
「丁度、出来上がったところです。釜出しするので近付かないで下さい。」
鋼鉄製の石釜の扉に、厚手の手袋を付けたフルラージュさんの手が伸びます。
そして、引き出された鉄板の上には、丸くふっくらとした、見慣れたシュークリームが並んでいました。
「あぁー! しゅーくりーむできてるぅ~」
リリアナちゃんの嬉しそうそうな声が部屋に響きました。
中身は無いんですけどね。
「ほんとう、綺麗に焼けていますね。やはり火の扱いに慣れている方は、安心して任せられます。」
はい。私もそう思います。
安心しきって忘れるほどですからね。
「フルララさん、フルラージュさん、次はカスタードクリーム作りです。これは火加減よりも、材料を混ぜる工程が大事になってきますので、一緒に作りましょう。」
リリアナちゃん達のクッキー作りは生地が冷えたので型抜きからの再開になり、ルーテアさんが面倒みることになりました。
「フルララとおねえちゃん、がんばってぇー!」
真剣な先生の表情と私の硬くなった表情に察したのか、リリアナちゃんも真剣な表情を見せています。
「うん。頑張るから、リリアナちゃんも型抜き頑張ってね。」
「ん! がんばるっ!」
型抜きは慣れると簡単だけど、最初は難しいんですよね。
小さい頃にナトレーさんとクッキーを作った記憶を思い出したけど…
なんだろう…何か大事な事を教えて貰ったような…
いえ、今はカスタード作りに集中です!
それから10分と掛からないカスタード作りを一気に走り抜けた私は、小さな失敗もなく上手に出来た達成感で満たされていました。
「あとはガラス瓶に、空気に触れないように蓋から溢れるまで入れて冷やします。残ったクリームはこのまま試食しましょう。」
これも練習ですよ。と、先生が試食用にと予め用意してくれていた小さなシュークリーム生地に、私とフルラージュさんと二人でカスタードクリームを注入器で詰めました。
リリアナちゃんでも一口で食べられそうな小さなシュークリームの完成です。
私とフルラージュさんがクリームを詰めている間、ずっと視線を送り続けて待っていたリリアナちゃん達。
「はい、どうぞ。」
ちゃんと3人の手にシュークリームが揃うまで待っていたリリアナちゃん達。
そして視線を向け合って同時に口に入れました。
「「「ん~!」」」
目を丸くする子供達。
「あったかくて美味しいっ!」
3人の感情をアンジェちゃんが代表で口に出したようで、リリアナちゃんとティエスちゃんが頷いています。
「そうでしょ。これが、出来立ての時にしか味わえない美味しさですよ。」
先生の言葉に私も1つ、口の中へと入れてみました。
「んっ!」
私も思わず目を開いてしまいました。
あぁ~いっぱいに広がるこの香り…美味しい。
温かいから、香りも立っているのでしょうか?
ほんとうに美味しいです。
小さなシュークリームを堪能してから、リリアナちゃん達のクッキーを焼くことになりました。
型抜きされた丸いクッキー生地と四角いクッキー生地は既に鉄板に並べていたので、後は焼くだけです。
「それじゃあ最後に、こっちのクッキーにはこれで窪みを付けます。焼き上がった後に、ここにチョコレートソースを流してチョコクッキーにしますからね。」
リリアナちゃん達が型を抜いたのとは別のクッキー生地。どうやらルーテアさんが作っていたようでした。
先生が押し印のような物を押し付けて手本を見せると、丸いクッキー生地に丸い窪みが出来ていました。
ああやって作っているのですね。
私は普段から食べているチョコクッキー作り方を知って、前々から思っていた事が今出来るんじゃないかと気付きました。
「先生、それって丸じゃなくても良いのですか?」
突然の私からの発言に少し驚いた顔を見せた先生ですが、すぐに笑顔に戻りました。
「はい。窪んでいれば問題ないので、専用の道具で溝を掘ったりして文字や標章などを書く方法もあります。」
「ちょっと試したい形があるのですが、数枚だけ使わせて貰っても良いですか?」
「はい。じゃあ、この3枚を。」
私は隣に立っていたフルララさんに耳打ちしました。
「あっ! なるほどね。作れるわよ。ちょっと待っててね。」
テーブルの上にフルララさんが土魔法で生成した砂が現れ、それは生きているかのように集まって丸い押し印が出来上がりました。
「あとはこれね。」
フルララさんは続けて小さな三角形の柱のような物が2つ作り、それと押し印の側面に『ロック』で接着させました。
「どう? 上手く出来てると思うけど。」
「はい。上手く出来ていると思います。早速試してみます。」
私は、『なにをするんだろう?』という視線を向けていたクッキー作りメンバーの前で、出来たばかりの押し印をクッキー生地に押し付けました。
「あー!」
その窪みを見たリリアナちゃんが嬉しそうな声をあげました。
そしてアンジェちゃんとティエスちゃんとルーテアさんも気付いたようで、笑みを浮かべていました。
「…ねこの顔ですか?」
だけど先生だけは別の物を想像しました。
まあ、知らなければそっちになりますよね。
「はい、そんなところです。」
私が本当の事を言えるはずもないので、あえてそう答えました。
「良いですね。じゃあ、全部それで作ってしまいましょう。」
先生も気に入ってくれたようで、それからリリアナちゃん達が順番にクッキーへと押し印を押していきました。
クッキーを焼いている間に、シュークリーム作りの最後の工程を済ませた私とフルラージュさん。
フルラージュさんは少し疲れた様子で、満足そうにシュークリームを眺めています。
「やっぱりお菓子作りは大変ね。」
「はい。料理と違って工程が凄く多いですしなにより、時間が掛かりますよね。」
あれ?確かこの会話ってどこかで聞いたような…ああ、ナトレーさんからだ。
私はまたあの時の事を思い出していました。
「クッキーも焼けている頃だと思います。取り出しましょうか。」
シュークリームの出来を確認していた先生の言葉に、フルラージュさんが「はい。」と答えました。
「それじゃあ、こっちも最後の仕上げですね。子供達は自分のクリームをクッキーに塗って挟んでください。チョコレートソースはフルララさんにお願いします。」
私も「はい。」っと答え、先生から手渡された注入器を受け取ります。
クッキーにしっかりと形が出来ている窪みに私はチョコレートソースを流し入れます。
「あー♪」
《なるほどな。》
一緒に見ていたリリアナちゃんとディムさんからの声が届きます。
そうです。艶のあるチョコレートソースは、まさにディムさんの表面にそっくりなのです。
だから、この形にするとディムさんになるのでした。
完成したディムさんクッキーを真剣な表情で眺める先生。
「やっぱり思っていた通りの可愛いクッキーになりましたね。もし良かったらこれを家の店で出しても良いですか?」
「あっ、はい、全然大丈夫です。えっと、フルラージュさん作ったこの押し印…」
「ええ、いいわよ。何個でもすぐに作れるから差し上げても問題ないから。なんなら、2・3本作りましょうか。」
「それは嬉しい申し出です。ありがとうございます。」
それから、出来上がったクッキー達とシュークリームで、お菓子作り最後の工程になる、『作ったお菓子で、みんな一緒にティータイム。』です。
リビングでルヴィア様も交えてのティータイムはあっという間に終わり、作ったお菓子達も全部無くなってしまいました。
アンジェちゃん達とのいつもの遊ぶ時間も終わり、私とリリアナちゃんは、先生とアンジェちゃん達の見送りに玄関まで来ています。
「先生、今日はありがとうございました。また宜しくお願いします。」
「はい、次はケーキ作りですね。楽しみにしています。」
「ルーテアさんも、お忙しいと思いますが宜しくお願いします。」
「大丈夫よ。娘達も楽しみにしていますからね。」
「うんっ! 楽しかった。」「たのしかったぁ~!」
ルーテアさんに問われるような笑顔の視線に、アンジェちゃんとティエスちゃんが答えます。
「リリアナもっ! イチゴいっぱいのつくるのっ!」
そんな二人にリリアナちゃんが答えました。
店が休日になっている次週の約束を交わしリビングに戻ると、フルラージュさん達が片付けを始めていた皿に目が留まります。
「ほんと、あっという間になくなっちゃいましたね。」
「パパのクッキーもっとたべたかったぁ。」
リリアナちゃんが寂しそうな顔をしていました。
「そうですね。今度はいっぱい作りましょう。」
「うん! いっぱいつくる。」
《まあ、あれだな。思っていた以上に手間と時間が掛かるんだな。それに、大きな石釜があるといっても、大量に作るには回数を重ねないとだし…娘達の遊びとしては十分だったが、正直、買った方が良いなこれ。》
「ちょっ! ディムさんそれじゃ、当初の目的がっ!? …あっ!」
《どうしたフルララ?》
私はやっと思い出しました。
「子供の頃、ナトレーさんにクッキー作りを頼んで、一緒に作った事があったんですが…
ナトレーさんから最後に聞かされた言葉を思い出しました…」
《なんだ?》
「お菓子作りは、作っている事が楽しいのであって、食べるのが目的なら買った方が良いです。労力に見合いませんからね。って…」
《ふっ…既にナトレーは知っていたということか。ああ、だからナトレーの口からお菓子を作りたいとは言わなかったのだな。》
「パパぁ? もうケーキつくらないの?」
《いや、ナトレーも言っていたように、作るのが楽しいからやるぞ。それにだ、将来リリアナがお菓子職人になりたいと思うかも知れないだろ? だからケーキ作りも体験しておいた方が良いだろう。》
「うん! そうするぅ~。」
頭から降りたディムさんに抱き付くリリアナちゃん。
そっか、こういう事でなりたいものが決まる事もあるんですよね。
リリアナちゃんはどんな未来を望んでいるのかな?
まだまだ先だとは思うけど、お母様は言っていました。
「子供の成長はあっという間の出来事。」だと。
「リリアナちゃんが何かのお店を開くのも、良いかも知れませんね。」
《まあな。それもリリアナの一つの選択肢にはなるだろう。》
どこか意味深な感じを受けたディムさんの言葉でしたが、私はそういう未来も良いなと思いました。