魔王、固まる。
クラリムの祭りは、色々と問題が発生したが無事に終わった。
ティアルの件が片付いた後は何事も無く、フルララを知る者達とも会うことも無く、最後の3日間を娘達は楽しく過ごす事が出来た。
そして、ドラゴンの噂で駆け付けた商人や貴族達相手のオークションは想定通りの大盛況になり、ドラゴンの首は白金貨6800枚で落札された。
ただの置物にこれだけのお金を出す人族には正直呆れるが、資金が手に入ったのは嬉しい事だ。
ドラゴンの素材の落札価格の総額は白金貨7610枚。俺は白金貨5000枚を受け取り、残りが商業ギルドの儲けになる。
ハミルドはこの資金で、商店街の整備やダンジョン村に商業ギルド専用の施設を造ると言っていた。
冒険者ギルドと商業ギルドの関係は少し変わり、商業ギルドが直接依頼書を作り、冒険者がそれを受ける形になった。
それに伴い、現地で直接買い取る施設と商業ギルドと専属契約している者達の宿泊施設、それとトレジャーハンターに貸し出す宿まで用意することになった。
これでトレジャーハンターがクラリムのダンジョンに集まる可能性が上がり、街の利益と商業ギルドの利益に繋がると、ハミルドの熱弁を俺達は聞かされた。
レファルラ達は予定通り、祭りが終わった次の日にティアルを連れてレテイアに戻った。
だから俺達も、次の行動に移る事にした。
まあ、元々決めていた『魔鉱石生成』の事なんだがな。
それが終われば、魔族領に行って服を買う。
そして、オリファの故郷『イストール領』へと二人を送る。
これが、当面の予定になっている。
「バーチャっ、ただいまぁー!」
屋敷の玄関をフルララが開けると、リリアナがリビングへと走り出す。
《ラージュとオリファは、まだ孤児院のようだ。》
午前の買出しを終えた俺は、屋敷には母しか居ないことを魔力感知で確認する。
「お昼まで、しっかりと教えているのでしょうか。」
《だろうな。ずっと教えられる訳ではないからな。》
祭りが終わった次の日、孤児院で親代わりをしているカテリーナから、技術指導を二人に依頼していたのは少し驚いたが、ダンジョンで少し面倒を見た経緯を聞かされて、納得のいく話だった。
フルラージュは魔術を教える事に慎重になっているが、その意図は俺も理解出来る。
だから俺は、「それで良い。」と答えた。
「魔鉱石の作業は昼食後と言ってあるし、昼食までには戻ってくるだろう。」
「はい。では私は、リリアナちゃんと遊んできます。」
「ああ、この後、苺が届くから忘れるなよ。」
「はーい。判ってますから大丈夫です~」
エントランスホールからリビングへと駆け出すように向かったフルララからの返事は、既にリリアナへと意識が向いているようで…
本当に大丈夫なんだろうな…
まあ、俺がいつものように念話で伝えれば済む話なので心配する事でもないと、独り言を直ぐに消去した俺は調理部屋へと向かった。
ジャムとシャーベット以外に何か作れるといいのだが…
そろそろ菓子作りにも挑戦してみたいが、本だけでは理解が難しいんだよな…
そうかっ! 菓子職人を雇ってここで作らせれば良いのかっ!
よし、それでいこう。
臨時で数回雇うだけだし、これもロチアに相談すればなんとかなるだろう。
俺が作ったケーキを目の前にして、喜ぶリリアナとフルララの姿を思い浮かべる。
よしっ! 今日の夕刻にでも相談してみるか。
昼食後、テーブルの食器を片付けるフルラージュと、それを洗うオリファ。
「私は簡単なクッキーとかプリンとかは作れますけど、本格的なお菓子も挑戦したいとは思っていたんですよね。」
俺が菓子職人を雇う話を伝えると、フルラージュも興味を持った。
《フルララに習う役をやらせようかと思ったが、そうだな、ラージュにやって貰うか。》
「確かに、フルララには荷が重い役だと思います。」
《ああっ! そうだったな。》
フルララとリリアナは既にリビングで遊んでいるから、フルラージュは存分に笑みを浮かべていた。
無論、俺も顔には出ないが笑っている。
「でも、フルララさんに教える事で、より細かい内容を聞けるかも知れませんよ。」
オリファの指摘に、俺とフルラージュは顔を見合わせるとこになる。
《そうだな。》
「じゃあ、私とフルララさんの二人が習う、というのはどうですか?」
《ああ、それでいこう。》
菓子作りの段取りはロチア待ちということになり、俺は『魔鉱石生成』の話へと話題を移し、調理部屋の隣にある使っていない部屋へと移動する。
この部屋は『魔鉱石生成』の部屋として既に準備をしていた部屋になる。
《前にも言ったが、まずはダンジョン特有の鉱石を粉砕し粉にする必要がある。これはオリファの仕事だ。》
俺は、ドラゴン狩りの時に採取して置いた鉱石の塊が入った木箱を取り出し、部屋の真ん中にある作業台の上に置く。
魔力を吸収し無効化する鉱石の加工は、物理的な衝撃のみで加工出来る。
だから、俺が粉砕するとなると、ミスリル製のハンマーを重力魔術で操って叩くしかないのだ。
正直…面倒だ。だからオリファにやらせる事にした。
「こんなに綺麗な鉱石でしたか?」
オリファが木箱を開けて、中から人の拳ほどの大きさがある鉱石を一つ持ち上げる。
深い紫色の結晶のようなその鉱石に、フルラージュも目を丸くしていた。
《地表にある物は長い年月で、空気中の魔力を吸収して黒くなる。それと、魔術を当てられた箇所はより深くまで黒くなるからな。
幸いにも6層はまだ手付かずだったから、少し掘り起こせば綺麗な鉱石が手に入った。
魔鉱石生成に必要な鉱石は魔力に触れられていない、その紫色の結晶状態じゃなければならない。》
「なるほど。」「はい。」
鉱石を眺めながら納得した顔をみせる二人に、俺は次の準備に入る。
《粉砕するのは奥にあるミスリル釜の中で行ってくれ。それと今からこの部屋の壁と扉に触れる空気を固定して音を遮断するから、粉砕作業が終わるまでは外に出られないと思ってくれ。
まあ、急用があれば、作業を止めて解除するだけなんだがな。》
「判りました。」「はい。宜しくお願いします。」
オリファにミスリル製のハンマーを渡し、作業を少し見てから、俺はフルラージュの作業を伝える。
《まずは、この10cmほどの魔石から初めてみようか。》
ログハウスを守っていたアトラが仕留めた魔物から得た魔石をテーブルの上に置く。
《そいつを、その天秤に置いて重さを量ってくれるか。重りはそこに並んであるやつを使ってくれ。》
「はい。」
フルラージュは手際良く、魔石と重りが吊り合うように重りを選んでいく。
《これは薬師などが使う一般的な道具で、この街でも売っていたから買っておいたものだ。
重さを量る理由は、今の魔石の2倍の重さになるまで鉱石を吸収させる必要があるからだ。
だから計り終わったら、次はその倍の重りを天秤に載せることになる。》
「判りました。丁度今、計り終えたので重りを加算します。」
オリファが鉱石を細かな砂になるまで粉砕し終えたのはそれから10分程。
《では、魔鉱石の生成方法を教える。》
魔鉱石とは何か? それを調べた魔族がいた。
そして、数十年の研究でそれが魔石と鉱石の融合物だと結論付ける。
ダンジョン内で朽ち果てた魔獣の肉は捕食されるが、魔石は大地に残される。しかし一日と立たずにその場から消えてしまう。
それは何故か。
理由は判っていないが、ダンジョンの地中へと落ちていくのだ。
そして、長い年月を掛けて鉱石を取り込んだ魔石は魔鉱石に変わり、これまた解明されていないが、ダンジョン内の地表へと現れる。
魔鉱石を理解した魔族はそれからさらに数十年後、遂にその生成方法を完成させる。
魔石を片手に持ち、薄い膜をイメージするような土魔法『ロック』で魔石を包み込む。
この時、魔力が強いと魔石の属性が土になってしまうので、注意が必要だ。
そしてもう片方の掌に、粉砕した鉱石を載せて、付与したい属性の魔力を流し込む。
こっちは強めの魔力を流し込み、鉱石を属性色に輝かせる事が大事になる。
それから、輝く鉱石の砂を『ロック』で包まれている魔石の上から振り落とす。
そうすると、一部の鉱石が魔石に吸収されていき、それを何度も繰り返し、最終的に魔石と同じ分量を加えた2倍の重さになれば完成だ。
この時、吸収されずに魔石に付着している鉱石を拭き落として綺麗な状態にすることを忘れてはいけない。
再度『ロック』を使った時に、残った鉱石は土属性として魔石に吸収されてしまうからだ。
俺は、その魔族の男から聞かせれた時の風景を思い出しながら、フルラージュとオリファに話した。
「ディムさん! 魔石の色が?!」
《ああ、ロックの魔術が厚過ぎたな。それが土属性になった現象になる。だからそれはもう使えないから、新しいのでやり直しだ。》
「すみません…もっと薄くですね。」
「目視出来ないくらいの薄い膜で包む感じだ。」
「はい。やってみます。」
一度目の挑戦は、予想通りの結果になった。
『ロック』という魔術は魔力の接着剤のようなものになる。だから薄くするには、伸ばして広げる必要があるのだが、それには繊細な魔術操作の技術がいる。
フルラージュにはその練習を既に教えていたから、後は回数をこなせば問題なく出来るはずだ。
2つ目の魔石を量り直し、再挑戦に挑むフルラージュ。
今度は魔石の色は変わることはなく、右手の赤く輝く鉱石を振りかける事に成功する。
「で…出来てますか?」
《大丈夫だ。しっかりと吸収されているぞ。目視なら、粒が魔石に溶けていくように消えているのがあるだろう。それがあれば成功だ。》
俺は魔力感知で、微かに溶けていく魔力の流れが見えていた。
それから何度も繰り返すフルラージュ。
「判ります。確かに粒が消えていくのが見えます。ですが…これは根気がいる作業ですね。」
《まあな。繊細な『ロック』を繰り返すのと、何度も鉱石に流す魔力の消費が重なることで、時間と相当な疲労を伴うことになる。まあ、その大きさなら休憩しながらでも3時間程だろうな。》
「さ…3時間ですか…でも、この大きさの火属性の魔鉱石なら…あっ! 白金貨1枚にはなるから…えっ?! 3時間で白金貨1枚!」
目を丸くするフルラージュに、オリファもその事実に驚く顔を見せていた。
《人族の世界ではそれくらいするのか。魔族領だとその半分の値段だな。》
「この生成方法は魔族領では当たり前の情報なのではないのですか?」
フルラージュの問いの意味を理解した俺は答える。
《魔族は多種多様の種族がいるんだがな、魔術を扱えるのは限られているんだ。そして、その中でも魔術操作が得意な者は少ない。だからその魔術に長けた魔族同士が同盟を組み、国益として製造しているのが現状だ。
製造数を管理して値を下げないようにしている。》
「えっ? そんな重大な事を私に教えても!?」
《なに、仮に魔族領で20cm程度以下の魔鉱石が数千個市場に出ても価値が下がることはないからな。それくらいの大きさなら、人族領でも大量の魔鉱石を一度に手にする冒険者もいるのだろ?》
「確かに、魔鉱石が溜まっている場所を探すのが冒険者の夢の一つになっています。」
《だから、50cmくらいからの大物の数を考えれば大丈夫だ。流石に大物を数百も手に入れている冒険者がいたら疑われるだろうからな。国から狙われるような生活はしたくはないだろ。》
「そうですね。裕福な生活を静かに送る事が出来れば満足です。」
フルラージュの納得した笑みが俺に向けれる。
《まあ、大物の魔石を手に入れる事自体が人族には難易度が高いしな。ラージュとオリファだとしても、数個手に入れれば良いほうだろう。》
それは体長20メートル級を二人で倒すという話なり、その困難さに気付いたオリファが苦笑いを浮かべている。
「それは命懸けですね。」
《ああ、だから練習を重ねて、この2つを光剛石にするのが最終目的になる。》
俺はミイノモウスから出た60cm級の魔石と大蛇から出た80cm級の魔石をテーブルの上に置く。
「えぇっ!」「こ…これは?!」
俺は二人に、二つの魔石を入手した経緯を話した。そしてベヴァロックから取り抜いた40cm級の水の魔石を更に置く。
《あと、属性付きの魔石は、付与属性を合わせる事で魔鉱石になる。だからこれも水の魔鉱石にするといい。》
「…ということは、市場に出ている魔石を買って加工する事も出来るって事ですか?」
フルラージュの問いに、俺は待っていたとばかりに答えを返す。
《ああ、その通りだ。だから魔獣を倒す必要もないんだが、冒険者以外が魔鉱石を手に入れる。しかも大量に、ってなるとおかしな話だからな。》
「確かにそうですね。」
会話の内容は重要な話題なのだが、楽しい会話をしている雰囲気に変わっていた俺達は話を切り上げて作業を再開する。
《では、集中が切れる前に無理せず休憩しろよ。一度でも『ロック』が失敗すると終わりだからな。早く仕上げる必要もないしな。》
「はい、気を付けます。」
作業に集中しているフルラージュと、邪魔にならないようにと壁に背を預けて見守っているオリファを残して、俺はリビングへと向かった。
「パパきたっ!」
ぽよん♪ ぽよん♪ と北側の使用人通路からリビングへと入ると、アンジェ達と遊んでいるリリアナが俺を抱き上げる。
《今日は何をして遊んでいるんだ?》
《んとね、ねんどっ!》
《ねんど?》
俺はフルララとアンジェ達がいるソファテーブルに視線を向けて、『ねんど』が何かを理解する。
《ああ、造形用の土の事か。》
そして、リリアナが座っていたと思われる場所のテーブルには丸い塊と、二足歩行の魔物のような物が置いてある。
あの丸いのは俺か?
もう一つは…熊? いや何処となく鎧を着ている人のようにも…銀の騎士じゃないよな?
ああ! テーブルにある切れ端のような物は剣かっ!
《リリアナが作っているのは、俺とアトラか?》
《うんっ! パパとアトラ! フルララがドラゴンさんつくってくれてるの!》
リリアナに抱えられたまま俺はソファへと運ばれ、そこで一人黙々と大きなドラゴンを造形しているフルララを見る。
いや…なんだその本格的な造形物は!?
《フルララ…》
俺は念話で話しかけるが、その次の言葉が出て来なかった。
「あっ、ディムさん! どうですかこれ、リリアナちゃんに頼まれて作ったんです。」
《なんで本気で作っているのかは判らんが、見事な造形だ》
嬉しそうな笑顔を俺に見せた後、自分が作ったドラゴンを苦笑いで見つめるフルララ。
アンジェ達の前では普段から俺に話しかけるフルララなので、俺に話しかけてもアンジェ達も不思議には思わない。
そしてアンジェとティエスは、そんなフルララとリリアナを見ていたから、普通に俺に話し掛けるようになっていた。
無論、一方通行な会話になるが、俺は体を使った動作で感情を表している。
それでも伝わらない時は、リリアナとフルララが代弁してくれるから、十分な意思疎通は成り立っている。
「ティエスのはね、ポットリなの。」
ティエスが鳥だと判る土の造形物を、壊さないようにとゆっくりと持ち上げて俺に見せる。
「ポットリっていうのはね、守護精霊の鳥さんなの。」
姉のアンジェが妹の言葉を補足して俺に伝える。
アンジェはティエルの制作を手伝っていたようで、テーブルの上には何もなかった。
しかしそのおかげで、ティエルの鳥は鳥だと判る造形になっていた。
俺は制作を続けるフルララ達を眺めながら、フルラージュの事が少し気になっていた。
《そろそろおやつの時間だからフルララ準備してくれるか。俺はラージュの様子を見てくるから一緒にいくぞ。》
フルララとリリアナの二人に念話を伝え、俺はリリアナの腕の中から飛び降りた。
「お菓子の準備してきますね。」
「「「はーい。」」」
手を止めて立ち上がるフルララに、3人の嬉しそうな返事が届く。
俺は調理部屋に向かう使用人通路でフルララに訊ねる。
《あのねんどっていうのは、どうしたんだ?》
「ルーテアさんが遊び道具にどうぞって、譲ってくれました。旅商人の店で素材の良いねんどが売っていたからと。」
《なるほどな。で…どうしてフルララは本気で作っているんだ?》
「嫌な物って脳裏から離れないじゃないですか。だから鮮明に思い出して作っていたら、ああなりました。」
《そうか…》
いや、ならないだろっ!
俺は心の中で叫んだあと、フルラージュが作業している部屋の扉の前に止まる。
《フルララ、ラージュの作業の邪魔にならないように、静かにな。》
「はい。」
俺は重力魔術でゆっくりと扉を開けて部屋の中へ入り、その後をフルララが続く。
部屋に入ると、俺達に気付いていたフルラージュが作業を止めて、疲労が見える笑顔を向けていた。
《どんな感じだ?》
「重さは目標の半分ってところです。思っていた以上に、魔力と気力の消費が激しいです。」
《だろうな。連続で魔術を使っているのと同じだからな。だがペースは早いくらいだぞ。だから、ティータイムの時間だしラージュも休むといい。》
「はい。私達は食事部屋で少し休憩します。」
《ああ、それがいい。》
調理部屋に入り、それぞれのリビング用と食事部屋用のティータイムの準備を俺とフルララは始めていた。
「私は粉になった鉱石に、光の魔力を流して振り掛けるんですよね?」
少し不安顔を見せるフルララ。
《ああ、何度も繰り返すことになるから、さっきのラージュ程ではないが疲れると思うぞ。それと、フラララが手伝う魔石は3日から4日は掛かるからな。同じ事を繰り返す日々で精神的な疲労が重なるかもしれん。》
「大丈夫でしょうか?」
《大丈夫だ。フルララが手伝う作業は失敗するような事はないからな。それに、1日数時間の作業で10日間に掛けても問題ないからな。》
「そっか…それなら、大丈夫そうですね。」
《ああ、急ぐ必要はない。》
60cmと80cmの光剛石は二人の結婚祝いに贈るからな。
時間は十分にある。
果物とお菓子とジュースを載せたワゴンを押してリビングに戻ると、満足そうに制作物を見ているリリアナ達がいた。
「それじゃあ、手を洗っておやつにしましょうね。ねんどはもういいかな?」
「うん。たのしかったぁ~!」「はい。」「うん!」
3人がそれぞれの返事をフルララに伝える。
「じゃあ、また遊べるように綺麗に片付けましょうか。」
「「はーい。」」
アンジェとティエスは自分達が作った鳥を、無造作に潰していく。
ああ、そういう遊びなのか。
俺は、出来上がった造形物をどうするのか疑問だったが、理解してリリアナに視線を向けると、明らかに躊躇っていた。
「リリアナちゃん、これは練習用の土なの。だからいっぱい練習して凄く上手になったら、本物の土で作ろうね。」
「ん! わかったぁー! かっこいいのつくるっ!」
納得した笑顔で俺とアトラを潰していくリリアナ。
いやまあ…そういう遊びだしな…
というか、フルララの作ったそれも潰すのか?
ほぼ完成品というか、色を塗ればドラゴンの模型として飾れそうな…
ああ、型抜き用の素材としても使えるんじゃないか?
と、俺が考えていると、フルララが真顔で拳を振り上げていた。
「フンッ!」
ドラゴンの背中を叩き潰したフルララ。そしてそれから何度も拳を振り下ろし、ドラゴンだった造形物が土の塊へと変わっていく。
そして、完全に土の塊になったねんどに、嬉しそうな笑みを浮かべるフルララ。
「はい、みんなで手を洗ってきましょうね。」
… … …
「はっはい。」 アンジェの、意識が戻ってきてからの返事。
「うっ、うん。」 その声に、思い出したかのように返事をするティエス。
「…」 そして、無言で頷くリリアナ。
そりゃ固まるわ!
俺も久しぶりに固まったわ!
「ねんどって叩いた時の感触が気持ちいいんですよ。それに自分で作ったものですから遠慮なく壊せますからね。」
その日の夜に俺が訊ねると、フルララの答えがこれだった。
確かに、破壊衝動というものがあることは知っている。
だがそれは、精神的な緊張状態の者がする行動だとも知っている。
《疲れているなら、遠慮なく言って良いんだぞ。》
「え?! 違いますからっ! 本当に気持ちが良いんですっ! それに作り物でもドラゴンを倒した気分にちょっとは浸れるんですっ!」
リリアナが隣で寝ているから大きな声は出せないフルララだったが、必死さは十分に伝わってくる。
《わかったわかった。そうだな、作り物でも倒した気分になるのは俺も知っている。》
訓練用に作った木の的を、破壊した時の事を俺は思い出していた。
「それに、今は凄く幸せなんですからね。心が疲れる事なんてことは絶対にありませんっ!」
そう念を押すフルララが、ベッド状態の俺の体に抱き付いて顔を埋める。
《ならいい。さて、明日も早いからそろそろ寝るぞ。》
「はい。」
そう返事をしてフルララは俺の角を一口齧る。
「おやすみなさい、ディムさん。」
《ああ、おやすみフルララ。》




