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娘をダメにするスライム  作者: 紅花翁草
35/41

フルララ、兄と出会う。

 昨日の今日で、お母様はレテイヤから戻ってきました。

 夕食の準備ということで、私はナトレーさんの手伝いに調理部屋に来ています。

 色々と訊ねたい事があったのが本当の理由ですが。


「お母様が公爵夫人だという事をティアルさんは?」

 冷蔵庫から調理台に野菜などを並べるナトレーさんが笑みを返しました。

「はい。今はまだ伝えてはおりません。レファルラ様は、公爵家と縁がある方。とだけお伝えていしましたし、公爵様とオルティス様とは別の馬車で同行し、その後も最後まで馬車から一度も降りることなく。

 ですから、この街の人達とも顔を合わせることはありませんでした。

 それと公爵様とオルティス様には、『この屋敷では、身分を明かさずに客人として滞在しているから、挨拶などで現れないように。』と、念を押していますので、その点も安心して大丈夫だと思います。」


 さすがはお母様です。


 私は、お母様ならそういう辺りの事も考えてくれていると思っていましたが、少し気掛かりだったのは確かで、小さく安堵の溜息を吐いて胸を撫で下ろしました。


「そういえば、お兄様も来ていたのですか?」

「はい。レファルラ様が昨晩の帰宅後、既にクラリムに出掛ける事が決まっていまして、その事もあって、迅速な対応が可能でした。」

「えっ? それって伯爵の事が?」

「いえ、50メートル越えのドラゴンがオークションに掛けられる。そしてドラゴンの肉料理が祭り屋台で振舞っている。という情報が伝わっていまして、視察という名の旅行でした。」

「…」

 返す言葉がありませんでした…


「そして、レファルラ様の話で密偵を昨晩の内にクラリムへと向かわせ、騎士隊への出撃命令。早朝にはクラリムの守衛兵士達からの情報も加わり、それはもう、戦場に向かうような士気が上がっていましたよ。」


 ナトレーさんが、それを笑い話のように話している姿に、いつものナトレーさんだなぁ~と思っていると、お母様が現れました。

「ですから、普段は温厚で慎重すぎる面もあったお父様が、一歩も下がる事無く、オロナ伯爵を押さえたのですよ。丁度、ドラゴン騒ぎで周辺の街に住む貴族達が挙ってクラリムに来ていましたし、公爵家としての力を見せ付ける形にもなりました。

 その事も踏まえて、今後は領地内の統治にも積極的に動いてくれると思いますよ。」

 さらっと断言するお母様の笑顔に、私は色々と思うところがありましたが、『やっぱり、お母様は凄いんです。』という言葉に辿り着いたのでした。




 翌日、朝食後のティータイム中に来客者を知らせるベルが鳴りました。

「兄が無事に戻って来ました。ありがとうございます。」

 玄関を開けると同時に大きく頭を下げるロチアさんに私は「良かったです。」と、反射的に頭を下げていました。

「それと、白い髪の少女の事や、リテラ公爵様の活躍の話を耳にしました。本当に、皆さんには感謝の言葉しかありません。」

「えっ? いえ、ティアルさんは私達が助けたいと思ったからですし、リテラ公爵様の活躍は私達とは関係のない話ですからっ!」


 ロチアさんはいったい、何を知っているのでしょうか…


「まっ、まあ、立ち話もなんですから、少し詳しくお話を…」

 私がロチアさんを屋敷の中に招こうとした時、屋敷の門を通る人達に気付きました。

 タッタッタと、庭を走り出すアンジェちゃんと、それを追うように走るティエスちゃん。それとルーテアさんとリオラさんの4人でした。


「おねぇちゃん、おはよう。リリアナちゃんいますか?」

 アンジェちゃんのソワソワする姿に私は笑みで答えます。

「はい。リビングで遊んでいますからどうぞ。」

「おじゃましま~す。」

 追い付いたティエスちゃんの手を引いてリビングへと向かった子供達の後、私はロチアさんとメルヴィール夫妻を連れてリビングへと戻りました。

 アンジェちゃんとティエスちゃんは、リリアナちゃんの遊び場所で既に一緒に遊び始めていました。

 なので、ティアルさんが3人の面倒を見ている感じになっています。


「皆さんいらっしゃい。」

 お母様の挨拶で、ロチアさん達は来客者用のソファへと座り、互いに顔を見合わています。

「それでは、先に来客したロチアさんからのお話を伺っても宜しいですか?」

 それを見ていたお母様からの問いに、ロチアさんが改めて玄関先での感謝の言葉を述べた後、私が聞きたかった本題に移りました。


「クラリムの街は今、昨日の、リテラ公爵様がオロナ伯爵を拘束し、街の管理者としての権限を剥奪した。貴族商会の会長も捕らえて、冒険者ギルドのギルドマスターを解任。

 という、一連の話で持ちきりなんです。

 それで、事の発端となった、この屋敷の皆様が同じように話題になっています。」

「ぇっ?! なんでそんなことに!」

 私の問いに、ロチアさんが嬉しそうな笑みを浮かべました。

「それは、白い少女を守り抜いた騎士と魔術師が、騙されて襲撃した守衛兵士に慈悲を掛けた事。

 そして機転を利かせて、リテラ公爵様へと使いに出した事。

 それから、商店街でフルララさんとオリファさんが見せた活躍です。

 その全てが、オロナ伯爵に逆らう事が出来なかった街の人達の心を掴みました。」


 確かに、そう言葉にされてしまうと、納得できる話でした。

 そして私は項垂れました。

 目立つ事を避けていたつもりなのに、結局目立っていたのです。


「商店街に行くのが怖いです…」 ボソッと出た呟きでしたが、その言葉を聴いていたお母様が「ふふっ」と小さく笑いました。

「まあ、そういう話題に上がるのは仕方がないですね。ですが、リテラ公爵様の裁量あっての結果でもある訳ですから、話の中心は直ぐにリテラ公爵の今後の行動についてになるとおもいますよ。」


 お母様の言葉に、ナトレーさんやフルラージュさん達からの頷きが見え、メルヴィール夫妻も大きく頷いていました。


「その事について、私達からお伝えしたい事がありますが、宜しいでしょうか?」

 旦那さんのリオラさんの言葉に、ロチアさんは「私からのお話は以上ですので。」という言葉に続いて、お母様が「お願いします。」と、伝えました。


「これは、直接的には皆さんと係わりの無い話になると思いますが、娘達が皆さんやリリアナちゃんに早く会いたいと願っていたので、話題の一つとしてお伝えする話です。」

 そう前置きを置いたリオラさんが、事務的な口調で話し始めたのは冒険者ギルド関係の話でした。


 冒険者ギルドは、今のギルドマスターになる以前からオロナ伯爵の命令で、貴族商会への優遇を取り決めていました。そして公爵が定めた討伐報酬の金額よりも低く定め、その差額を懐に入れていたり、手数料を上乗せして間引いていたりと、悪事を重ねていました。

 それを、強行な視察と突然の差し押さえなどで暴いたお父様は、冒険者達からの信頼があり、本来なら次のギルドマスターになっていたインドールさんという方を任命しました。

 確か、6層の取り残された人達の隊長だった人です。


 それから話は、銀の騎士が6層の冒険者を救い出す話から、今のギルドマスターがこれまでに下した不当な緊急クエストや、6層への集団狩りの強要、孤児院の事などの証言や証拠などから、ギルドマスターは地位を悪用して犠牲者を出した罪で冒険者登録を抹消され、犯罪者として裁かれる事になりました。

 そしてお父様は、冒険者ギルドと伯爵からの報告を鵜呑みにしていた事を謝罪し、今後は公爵家の長男、私のお兄様が監査者として、この街に定期的に滞在することになりました。


 それはそれで…ちょっと困る気がしますが、街の為の政策なので仕方がありません。


 このお兄様が滞在する話は、お母様も驚いている様子で、聞けば今日の朝に通達があったという話でした。



 ロチアさんは仕事に、メルヴィール夫妻は冒険者ギルドと商業ギルドの関係がどうなるのか気になっているからと、情報集めに冒険者ギルドに向かいました。

 アンジェちゃんとティエスちゃんはリリアナちゃんが心配だという理由で訪れていましたけど、直ぐにいつも通りの遊びになって楽しく遊んでいます。

 ティアルさんは、私がリリアナちゃんに読み聞かせする為に購入した本が並んだ棚に興味を示していたので、今はそれをソファで楽しそうに読書しています。


 祭りは今日を入れて後3日。

 祭りが終われば、ティアルさんとお母様達はレテイヤに行くので、一緒に過ごす時間も後3日です。

「ティアルさん、お祭りを見て回ったりとか、サーカスを見たりとか、どうですか?」

 お父さんが亡くなったばかりでまだ悲しい気持ちが強いと思うのに、それを乗り越えようと頑張っているように見えるティアルさんだったから、私は訊ねました。

「…はい。サーカスは毎年見せて貰っていたのですが、今年のはまだ見ていないので見てみたいです。」

「じゃあ、チケットを買いにいかないとですね。」

「リリアナもいくっ! もっかいみる!」

 私の声が聞こえていたようで、リリアナちゃんが立ち上がって片手を挙げています。

「はい。お母様達はどうしますか?」

「私は留守番してますね。」

「では、私もレファルラ様と同じように致します。」

 お母様とナトレーさんからの返事を貰った私は、この場に居ない二人に訊ねる為、席を立ちました。

「ラージュさんとオリファさんに、サーカスを一緒に見に行くか聞いてきます。」

 オリファさんは午前に体を鍛える事を続けているので、今は屋敷の裏庭で剣を振っています。

 それに付き合うように、フルラージュさんはディムさんから出されている魔力調整技術の向上訓練を一緒にしているとのことでした。


 それは、『水を温水に変える。』『風を温風に変える。』ではなく、『水を3℃上げて維持する。』『温風の温度と風量を変えずに絶え間なく出し続ける。』という、より高度な魔術操作でした。


 屋敷の裏口から裏庭に出ると、黙々と剣を振るオリファさんからは空気を切り裂く音が聞こえ、少し離れた所ではフルラージュさんが水球を掌に載せていました。


「ラージュさ~ん、オリファさ~ん。ティアルさんとサーカスを見に行く事になったのですが、一緒に行きますか? チケットが取れればなので日時はそれからですけど~!」

 私の呼び声に二人は顔を見合わせ、そして笑顔と共に「私達も一緒にいくわ。」とフルラージュさんからの返事が届きました。



 アンジェちゃんとティエスちゃんのお迎えに来たルーテアさんから、商業ギルドとの専属契約の話が保留になった事を聞きました。それと、冒険者ギルドと商業ギルドの関係をこれまでとは違ったものにする方向に話が始まっているとも。

 それを提案したのは勿論お父様で、今日の夜に双方の代表者達を集めた会合が行われるとのことでした。


 アンジェちゃん達を見送った後、昼食後にその話題に触れたお母様。

「意欲的なのは嬉しい事なのだけど、無理をして体を壊さないか心配です。」

《そういうのを、任せられる者は居ないのか?》

「そうですね。今は長男のオルティスが頑張ってはいますが、夫が信頼できる者は居ませんでしたから…」

《そうか。しかしそれなら、優秀な者を見付けて育てる事とかは、しなかったのか?》 


 ディムさんの問いに、悲しい目を見せたお母様。

「それまでは親友だと思っていた人達が一様に、公爵で領主になった夫を妬み、力を貸そうとしなかったですから…人を信じる事が出来なくなりました。」

《なるほどな。》


 お父様にそんな事があったなんて…

 いつも仕事ばかりしていたのは、全部一人で頑張っていたから…


《フルララが考え込む事は無いぞ。裏切られたからといって、その後の可能性を否定したのは父親だ。その代償として、独りで背負う事を選んだだけだからな。》

 私はディムさんの言葉に、なんとなくですが、納得できる気持ちになりました。

「そうですね。」

《まあ、後を継ぐ息子が、信頼できる者を作れば問題ないだろう。》


「ディムさんは、信頼できる者を作るとしたら、どういった方法で作りますか?」

 先のディムさんの言葉に、お母様が問い掛けました。


「そうだな。手っ取り早いのは、既に信頼されていたり、頼られていたりする者を勧誘する。

 そして、相手の望む物を与えて、忠誠を誓わせるとかだろうな。

 あとは真面目なやつだ。己に対しても物事に対しても、信念を持って行動するやつだな。

 当然こういう相手には、自身も真面目でなければならない。そして、志を共にすることから始める。」


 確かにそういう相手なら、一緒に何かを成し遂げられると思います。

 ですが…前半はなんか悪っぽい気がしますっ!

 物で釣るとか、それはどうなんですか?


「そうですね。それが地位か富か、何にしても、やはり報酬が必要でしょうね。」

《ああ、感情論の絆など紙の契約書以下の存在だ。》


 でも、お母様はそれが正しいと思っています。

 私は真面目な人だけで良いと思うんですけど…


「あの…真面目な人なら報酬は要らないんじゃ?」

 私は疑問を口に出していました。

「何を言っているの?」《何を言っている。》

 何故か、お母様とディムさんから同じ反応が返ってきました。


「真面目な人には、望む結果を示さなければならないのよ。」

《ああ、共に目指す目標を叶えるのが報酬だ。正直、こっちの方がキツイ。》

「えっ?!」


 私はディムさんの最後の言葉に驚きました。

 だってそれは、自分も叶えたい目標でもあるわけで。


《途中で辞める事も、変える事も出来ないのだぞ。余程の理由がない限り、諦めた時点で相手の信頼はなくなると言える。》

「確かに…それは精神的にキツイです。」


 それこそ、後ろから刺されそうです…


 私はディムさんの言葉に、凄く納得がいきました。




 昼食後、私とリリアナちゃんとディムさんで、サーカステントまでチケットを買いに出掛けることにしました。

 この屋敷の噂が広まっていたとしても、普段通りに過ごす事が大事だとディムさんが言ったので、商店街のケーキ屋さんに寄って、お菓子の補充もしようと思いました。

「今日はどんなケーキがあるかなぁ~」

「んとねっ、いちごいっぱいのがいい!」

《そういえば、頼んだ苺は祭りの後に届くんだったな。》

「はい。今はケーキ屋さんなどに殆ど流れてしまっていますからね。」


 レテイヤ領では旬が過ぎた苺ですが、少し遠い領地では今が最盛期ということで、運搬費用で高価な苺になりますが、祭りの需要を見越してクラリムに入荷されています。

 それを、個人的に入荷して貰う事になりました。

 まあ、個人的と言っても、量が業者取引と同じ量なんですけどね。


 屋敷の門から出てリリアナちゃんと手を繋いで小道を歩いて行くと、小道の出口に見た事のある人物が…

「うあっ!」

 思わず声を上げてしまった私。

 それを聞いたリリアナちゃんがビクッとなってしまいました。

《どうしたフルララ?》


「その声?! フルララかっ!」

 小道へと入ってくる人物から逃げるように、私はリリアナちゃんを抱かかえて来た道を全力で駆け出します。

《おいっ! あれは誰だ?》

 目を丸くして私を見ているリリアナちゃんの頭に乗っているディムさんに、私は走る息を吐きながら小さな声を口から吐き出しました。

「兄です。」

 後ろから追い掛けてくる兄を無視して、私は屋敷へと飛び込んで扉を閉めました。

「えっとっ! リビングはティアルさんがいるしっ! とりあえず部屋にっ!」

 私はリリアナちゃんを抱えたまま2階の自室へと逃げ込み、鍵を閉めました。

「ハァ…ハァ…ハァ…」

「フルララぁ~?」

「ごっ、ごめんね。」

 私はリリアナちゃんを下ろして、息を整える為にベットに腰掛ました。


《それ程慌てなくてもよかったんだがな。》

 スライムの形に戻ったディムさんに、リリアナちゃんが嬉しそうに抱き付いています。

「えっ?! でも、私は死んだ事になっているし…」

《まあな。だがそれは婚約を破棄したいからであって、それさえ叶えば良い話だからな。それに、お前の兄は妹を不幸にする兄なのか?》

「いえっ! お兄様はそんなことはしません。」

《だろ。ということで、俺は守護妖精として兄の前に現れるからな。それとレファルラには今の状況を既に伝えてある。その内呼びに来るだろうから、ここで待つとしようか。》

「はい。」

 私はまだ収まっていない動悸を鎮める為に、ベッドに仰向けに倒れました。


「フルララすごくはやかったぁー!」

《ッフ…ああ、早かったな。》


 ディムさん笑いを堪えたでしょ。判っているんですからね。

 でも、良いんです。だって私もさっきの行動を思い返して、自分でも笑いを堪えているんですから。


「んふっ…ふふ…ごぉほっ!」


 ダメです。堪え切れませんでした。


「フルララだいじょうぶ?」

 ベッドによじ登ったリリアナちゃんが、私を心配そうに覗いています。

「うん、ちょっと咽ただけだから大丈夫。」

 私は上体を起こしてリリアナちゃんを抱きしめました。


 コンコン♪


「フルララ、リリアナちゃん、それとディムさんも私の部屋に来てくれますか。」

 ドアの向こうからお母様の声が聞こえました。

「はい。」「はーい。」《判った。》

 大きくなったディムさんの上にリリアナちゃんが飛び乗って、私達はお母様と一緒に、お兄様が待つ部屋へと入りました。


 お母様の寝室にはお兄様とナトレーさんが居ました。

「フルララだよな?」

 お兄様は、私とディムさんに何度も視線を変えて、恐る恐るといった感じで私を見ています。

「はい。私は隣にいるディムさんに助けれて、今ここに居ます。」

《リリアナの守護妖精のディムだ。今はフルララも俺が守護している。》


 うぇ?! そういう流れなんですか?


「言葉を話せるのか…しかし何故、フルララを…妹を守護することになった?」

《リリアナの姉になると言ったからだ。それには、フルララには神官を辞めて貰わないとならない。それと、早々に結婚されても困るからな。だからフルララ・リテラは行方不明という形にして貰っている。》


 ディムさんの説明が、お兄様の疑問を全てを納得させる程、完璧な答えでした。

 それは予め想定していた相手に、予定していた台詞を口に出すという感じです。

 それから、私が北の大地でディムさんとリリアナちゃんに助けられ、半年を過ごした事。

 お母様の病気をエリクトラで直してくれた事。

 そして最後に、私自身がディムさんとリリアナちゃんと一緒に暮らしたい想いを伝えました。


「妹を助けてくれてありがとうございます。そして母の病気を治してくれたことも感謝します。」

 深く頭を下げたお兄様。

《いや、対価は貰っているから気にするな。それとだ、俺が守護妖精という事を知っているのは、リリアナの友人とその両親だけだ。だが、俺が念話が出来る事と魔術を使えることは伝えていない。》

「はい。私は今聞いた話を誰にも語らないと誓います。これからもフルララをよろしくお願いします。」

 そう言葉を告げた後、頭を上げたお兄さんが少し困惑した笑みを私に向けました。


「どうかしましたかお兄様?」

「いや、あの全力で逃げられた時は、見たことの無いフルララの動きで別人かと疑ってしまったが、本物で嬉しいよ。」

「そっ! そんな理由でっ!?」


 確かに自分でもビックリするくらいだったけど、それはないんじゃないかと思うのですが…


「そうなの? それは見たかったわね。」

《リリアナを担いで凄い勢いだったしな。》

 お母様が楽しそうに笑っています。

「ディムさんがいつものように、軽くしてくれたんですよねっ!」

《いや、俺は何もしていないぞ。》

「えっ?!」

 私の驚いた反応で、お母様達の笑い声が部屋を包み込みます。

 そして私は、恥ずかしさから逃げ出したい気分になりました。



 私は話題を変える為に疑問に思った事を訊ねます。

「それで、お兄様はどうしてこの屋敷に来たのですか? お母様から近付くなと言われていたはずですよね。」

「それは、ティアルさんとの交友を少しでも早く始めたいと思ったからだよ。彼女は客人としてではなく、家族のように扱うと決めたからね。」

 お兄様が不必要に笑顔になって話す時は、本心を隠していることを私は知っています。

「お母様との約束を破ってまで、ですか?」

「いや…それは、俺にも色々思うところがあって…折角だから祭りを一緒に見たいと…勿論、母には迷惑を掛けないようにするつもりだった。」

 まだ何か本心を隠している。そう感じた私は睨むように視線を向けていました。


「リシェイル家、ロンデル家、ギルミア家、ヒース家がこの街に来ていますから、御令嬢達から逃げる口実…そのあたりでしょうか。」

 ナトレーさんの突然の言葉に、明らかに動揺する姿を見せるお兄様。


 公爵家へ嫁ぎたい、という想いが強い女性達からの求婚に、お兄様が困っているのはお母様から聞いていました。

 そうなってしまうのは仕方がない事だと、お兄様も理解はしていましたが、それはそれ。

 身分じゃない自分を好きになって欲しいと、お兄様が願うのは当然です。

 私もそう思います。

 でも、自分から探そうとしないお兄様にも非があるわけで…


「お兄様、そんな理由でティアルさんを誘うのは駄目だと思います。」

「いや、逆だ逆。確かにそういう意図も少しはあるけど、ティアルさんと一緒に祭りを回りたいと思ったのが先なんだ! そう思っていた後に、あの子達と出会ってしまったんだ。」

 泣きそうな顔のお兄様は、本心を言っている時の顔です。

「判りました…でも、ティアルさんとサーカスを見に行くのは私達…あっ…

 もしかして今って…私の事を知っている人達が街に居るってことになりますよね…」


 これじゃあ…祭りの間は街に出掛けられないです。


《何も気にする事はないぞ。さっきも言ったが、婚約破棄の手段の一つとして身を隠しているだけだからな。窮屈な生活をしてまで隠す必要はない。》


 私だけなら、別の街での生活に変えれば良いと、ディムさんは言うと思います。

 それに世界を旅する事になっているんだから、何も問題ありません。


「でも…今の状況だと、お母様達が共犯者のような扱いを受けてしまいます…」

 私は、家族の立場が悪くなるという事に今更ですが気付きました。


「そこは気にしなくて良いわよ。それと、フルララが行方不明になった事は王族と家族、あとは大聖堂の者しか知らないことだから…そうね、何か聞かれたら、神官を辞めて、婚約破棄もして、今はここで暮らしてます。って言えば大丈夫よ。」

 お母様の笑顔が重くなっていた私の心を軽くしました。

「はい、そうします。」

「そもそも、リテラ公爵夫人ははまだ寝たきりの病人のままよ。」

「あっ…えっ? そうなのっ?!」

「家族と屋敷の者には、私が治った事を公言しないように言ってありますから。お忍びで旅行するには都合が良いでしょ。」

 お母様の悪戯な笑顔が、完全に私の不安を吹き飛ばしました。

「はい、そうですね。」

 私は笑いそうになるのを堪えながら笑顔を返しました。


 お兄様に誘われたティアルさんは、夕刻まで祭り見学に行くことになりました。

 あれ程真剣な表情で、女性を誘うお兄様を見たのは初めてです。

 その熱意に負けたのかは判りませんが、戸惑っていたティアルさんは頷き、二人で屋敷を出ていきました。

「お母様…お兄様ってあのような人でした?」

「初めて自分から女性を誘ったのですからね、加減が判らないのよ。それに、これからは一緒に住む事になるのだから、兄としての気負いも入っているのでしょうね。」

「兄ですか…確かにそれはお兄様らしいです。」


 いつも私の前を歩くお兄様。でも、いつも後ろを気にして守ってくれたお兄様。

 その想いは小さかった私にも十分に伝わる…鬱陶しいと思う程でした。


「お母様…お兄様の事を、ティアルさんに説明しておいてください。」

「ええ、ちゃんと教えておきますから大丈夫ですよ。」


《いや…今じゃなくて大丈夫なのか?》

 私とお母様の真剣な表情に、ディムさんが不安な声を上げました。

「はい、ただの過保護なだけですから。ティアルさんが困惑すると思いますけど害はありません。」

《害は無いって…まあ、実の兄のだから言える言葉だな。》

「はい、自慢の兄です。」

《フッ…兄妹揃って、ってことだな。》

 ディムさんの漏れた笑い声と続いた言葉に、お母様達からも笑い声が漏れました。

「うぇ?! それって私も過保護ってことですか?!」

《ああ、そして自慢のお姉ちゃんだ。そうだろリリアナ。》

「うん! フルララはじまんのおねえちゃんっ!」

 たぶん過保護の意味は判っていないと思うけど、リリアナちゃんの迷いの無い返事に、私は手を伸ばしてリリアナちゃんを抱きしめました。

「ありがとっ!」

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