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娘をダメにするスライム  作者: 紅花翁草
30/41

魔王、思い出す。

 商店街での昼食でリリアナは眠ってしまったから、今はフルララと二人で部屋で昼寝をしている。

 だから俺は、バーカウンターで母達のお酒に付き合っていた。

 フルラージュが買ってきた杏を皆で食べる目的もあったからな。


《なるほどな。確かに酒に合う。》

 杏の甘みが濃厚になった感じで、この甘みがお酒を欲し、ワインの酸味と苦味が綺麗に甘みを消してくれている。


 と、俺は思う。…俺には後味というものがないからな!

 綺麗サッパリ分解してしてしまうからな!


「それで、この街の伯爵について調べようと思います。」

 嗜むようにお酒を飲むレファルラの表情は少し重い。

 

 酒の話題は、冒険者ギルドのギルドマスターだけの話ではなくなった事を確認する話を始めていた。

《調べると言っても、街の住人から聞く程度の話では、どうにもならないだろう?》


 俺が求める最終的な結果は伯爵の排除だ。

 街から追い出すにしても、爵位を剥奪するにしても、それ相応の情報がいる。

 冒険者ギルドの男は明白な悪意と悪事が判っているから、俺が手を下すことも出来る。

 だが、ただ権力を悪用した程度ならば命を奪う理由にはならないからな。


「一度レテイアに帰って、夫と息子に相談することにします。

 冒険者ギルドの事と伯爵の横暴を報告し、公爵としてオロナ伯爵を調べることが出来ますから。」

《なるほどな。それが一番自然な形で事が進む話だな。それに手紙よりは確実か。》

「はい。ですので、明日の朝の馬車で戻ることにしますね。」

《なら、今日の夜に送っていこうか? 夜に帰宅することが変じゃなければだけどな。》

「そうですね。それは大丈夫だと思いますので、宜しくお願いします。」

《ああ、夕食後に出発するとしよう。》


 フルララとリリアナには、起きてから話せばいいか。


「それと、あの白髪の少女の事ですが、短命なのはご存知でしょうか?」

《いや、それは初耳だ。白い髪となにか関係あるのか?》


 あの少女を見ていたレファルラとナトレーの表情が暗かったのを俺は気付いていた。

 それがあの少女を知っているから、という感じではないことも。


「はい。白髪で生まれた子供は生命力というものが人よりも少なく、熱を出す度に更に減っていくという話です。それは生命力を蓄える器の上限という認識らしく、ポーションや治癒魔法での回復は見込めません。勿論、エリクトラもその効果を発揮出来ないとのことでした。」

《ああ、エリクトラは生命の治癒力を高める物だからな。先天性の体質には効果はない。》

「白髪で生まれた者の宿命を知るものは少ないでしょうが、万が一あの子達の耳に入る可能性もあります。ですので、ディムさんには先に話しておきます。」

《判った。俺からも気を付けておこう。》

「宜しくお願いします。」


 どうする事も出来ない不幸を知ることも必要だが、それは今でなくてもいい。

 それが、幼い少女であれば尚更だ。


《しかし、どうしてそれをお前達は知っていたんだ?》

「それは私の病気を治す手掛かりになるかと、ナトレーが同じような症状の病気を調べていたからです。」

《なるほどな。》

「白髪者の短命を救う特効薬の話もあったのですが、それはあまりにも絶望的な話で、それを手に入れることも出来なかったのです。」

《ほう、そういう物があるのか。》

 コレクターとしての俺の興味が沸いた。

《だが、あの少女が特効薬という物を奇跡的に手に入れている可能性はあるわけだ。》

「いえ、その特効薬を飲んで短命が治った者は、目が赤い宝石のように変わるそうです。

 残念ながら、少女の目は灰色でしたから…」

《そうか。それで、その特効薬というのはどういう物なのだ?》

「なんでも、同じように真っ白な毛をした魔物の生き血を飲めば治るそうなのですが、その魔物も突然変異で生まれるらしく、世界中を探してもここ数十年は見つかっていないと。

 しかも見付かったとしても、生き血が必要なので生きたまま捕獲しなければなりません。」


 ん? まさかな…


《すまん。白い獣ならこの前、リリアナと山で狩ってきたんだが…倉庫に入れたまま忘れてしまっていた。》

「「「「え?!」」」」

 フルラージュとオリファも俺達の話を聞いていたので、母以外が驚きの声をあげた。


「それは解体した後ですか?!」

 俺の狩りを知っているオリファが、すぐにその重要な所を聞いてくる。

《いや、白い毛皮が欲しくて仕留めたからな。縄で首を絞めて、そのまま倉庫に入っている。

 お前に解体を頼もうかと思っていたんだ。だから、生き血も取れるぞ。》


 そのせいで忘れていたんだが…まあ、結果的に良し!

 

「見せて貰っても宜しいでしょうか?」

 ナトレーの言葉に俺は「勿論だ。」と答えて、リビングの床に白い獣を下ろす。

 獣を確認したナトレーは真っ先に顔を持ち上げていた。

「確かに目が赤い獣です。これは伝承通りの白い獣で間違いありません。ディム様、もう一度倉庫で保管をお願いします。」

《ああ、判った。》


 仕留めたばかりの状態を維持しないと血の鮮度が落ちるからな。


《それで、生き血をどうやってあの少女に渡すかだが。》


 あまり、フルララに負担は掛けたくないんだよな…


「そうですね。あの少女が自身が短命を知らない可能性の方が高く、獣の生き血を飲まされる状況を受け入れられて貰えるかどうか…」

《そこからなのか?!》

 俺はどこから始めれば良いのか悩み、目の前が暗くなる気分になった。


「取り敢えずは、少女が体質の事を知っているのか。そしてその特効薬の事を知っているのかを聞いてからですね。」

《ああ、まずはそこを確かめてからだな。知っているなら…口止めして密かに渡せば良いか。出所を教えなくても、命が助かるなら受け取るだろう。》

 ナトレーは悩み顔で少し考えている素振りを見せる。

「…そうですね。生き血そのものを渡すと信用されないと思いますが、獣そのものを見せて、その場で血を抜いて見せれば納得するでしょう。」

《そうか。そうなると銀の騎士の姿で現れないとならないか…あまり銀の騎士を多用したくはないんだよな。》


「だったら…騙して飲ませるってのはどうなのかな? 生き血の事を知っていても知らなくても、飲んで貰えば解決する話なんだから…」

 フルラージュの独り言のような発言に、俺は一瞬何を馬鹿な事をと思ったが、それもありだと気付く。

《しかし生き血だぞ。そんな不味いものを理由もなく飲み込むのか?》

 人族が生き血を飲むとは聞いていない。

 それに、魔族でも一部の獣人が生肉を食べるが、生き血だけを飲むなんてことは聞いたこともない。

 唯一は、吸血族と言われるあいつぐらいだ。


「仮に私達が食事に誘って同じ物を飲んだとしたら、不味くても飲み干すのではないですか?」

《いや! それは無理があるだろ。飲めたもんじゃないぞ?!》

「ですから騙すのです。私達はトマトジュースで、少女だけトマトジュースと生き血を混ぜた物。これなら飲むと思います。」

《…なるほどな。丁度ルビートマトの季節だし、トマトジュースを出したとしても違和感はないか。》


「でしたら、獣を解体して生き血を瓶詰めにしますか?」

 ナトレーの提案に俺は頷く。

《そうだな。今後の事も考えて瓶詰めで保管しておくのが良いだろう。オリファ、手伝ってくれるか。》

「はい。血抜きの工程で器に採って、瓶に流し込めばいいですね。ちなみに、摂取量はどれくらい必要なのでしょう?」


 そうだった。想像的にはコップ一杯程度? いや、エリクトラの小瓶程度でも十分なのか?


 俺やフルラージュ達はナトレーへと視線を向ける。

「そうですね。100ccくらいあれば十分だと思います。伝承が書かれた文献には生き血を一口飲ませなさい。と書かれていましたから。」

「それなら、治癒ポーションの瓶が丁度良さそうですね。この街のポーション屋で空瓶を購入すれば数の問題も大丈夫でしょう。100本程は作れると思います。」



 食事会に招くなら、レファルラとナトレーも居た方が良いという話になり、レテイアに戻るのは後日ということになった。


 明日の早朝から解体作業と生き血の瓶詰めをし、10時から少女の踊りを見学して食事に誘う。

 という段取りも決まり、オリファとフルラージュはポーション屋に早速向かった。


 俺は娘達を見てくると言って自室へと向かう。

 もう一つの気掛かりを確かめる為だ。


 部屋のベッドで幸せそうに寝ているフルララとリリアナを俺は確かめた後、テーブルに置いてある本に意識を向ける。

 フルララが手に持った時、それとリリアナが受け取った時、本から少しの魔力が出ていたのだ。


 やはり、魔力が込められているな…

 本が開かないのは魔術による封印が施されているからだろう。


 俺は魔力の性質を丁寧に調べる。


 罠や呪いの類ではなさそうだな。確かに封印魔法のようなものが掛けられてはいるが…

 だがこれは…魔道具に近い物かもしれない。


 特定の魔力だけに反応する錠のような魔術が施されていると気付いた俺は、無理矢理に抉じ開けることを止めた。

 こういう類の魔道具は、自壊する魔術も施されている可能性が高いからだ。


 しかし、フルララとリリアナだけに反応したように見えた魔力の流れ…

 少し注意をしなければならないな。



 突然、リリアナが驚いた風な動きで上体を起こした姿に俺は驚く。

「パパぁー!」

 俺を見つけたリリアナが、飛び付くようにベッドから俺に抱き付いた。

「んっとね! スティアみたの! おうちのへや、スティアがかいてた! 

 あとね! ルティアがいたの! それと、フルララもいっしょ!」

 それがリリアナの見た夢の話だということに気付いた俺は、リリアナの興奮を鎮める為に体を大きくして抱き付かせやすくする。

《そうか。楽しい夢だったのか?》

「ん~…ルティアきえちゃって、スティアかなしそうだった。」

《ん?》


 どういうことだ?

 どうしてそれで…リリアナはこの状態なんだ?

 そもそも、ルティアって誰だ?


 俺が悩んでいると、リリアナはベッドに戻ってフルララを揺り起こし始めた。

「フルララぁ~! おきてぇ~! パパにおはなししてぇ~!」


 いや、フルララは知らないだろ。


 激しい揺れにさすがのフルララも目を覚ましたようで、ゆっくりと体を起こす。

「んぅ~リリアナちゃ…そうでした! ディムさん! ルティアさんでした!」


  なにがだ!


 っと、心の中で叫んでしまった俺は二人の言動から状況を推測する。


《リリアナとフルララは同じ夢を見ていた。しかも二人は夢の中で一緒だったと。》

「はい! そうです!」「うん! そう!」

 二人が嬉しそうに返事をした。


 要因となる事象を既に見ていた俺は、その答えに辿り着くのは容易いことだった。

《話てみてくれ。》



 リリアナとフルララが見た夢は、ツフェルアスがあの神殿の管理者としてルティアという分身体を作った話で、その生涯の物語だった。


《なるほどな。それで生まれたばかりのルティアの娘に渡す為に、この魔道具を作ったと。》

「はい。死に別れのようになってしまったルティアさんの生涯の記録のような映像と、そして神殿までの道案内の道具でもありました。

《本は鍵というわけか。》

「はい。あの北の大地へ誰も入れなかったのは、ツフェルアス様の封印が施されていて、ルティアさんの継承者だけが入れる仕組みになっていました。」

《金色の髪で生まれた娘は、ルティアの後継者か。》


 フルララが北の大地を越えられたのは、偶然だけではなかったという事か。

 

「なんか、くすぐったい気持ちです。」

《そうなのか?》

「はい。ルティアさんの子孫ってことは、ツフェルアス様の子孫みたいなものですし、そうなると、ルーヴィリアス様の息子になるディムさんとも親族ってことになりますよね。」

《ああ、確かにそうなるな。》


 まあ俺は、『息子になった。』というのが正しいのだが、母の魔力で生まれ変わったのだから、ルティアのように神の子とも言えるからな。


「今までも、リリアナちゃんのお姉ちゃんでディムさんの娘で嬉しいことなんですけど、なんかもっと嬉しい気持ちになりました。胸を張って家族ですって言えるようになったっていうか…

 いえ! ちゃんと今までもそう思っていましたよ。でももっと! 心の底からというのかな。」

 照れた顔に慌てる仕草。そして恥ずかしそうな笑顔になるフルララ。

《ああ、判っている。家族としての絆の強さみたいなものだろ。》

「はい! そうです。」

 満面の笑みを浮かべるフルララに、俺も素直に嬉しいと思っていた。


「リリアナも!」

 力強くフルララに抱き付くリリアナもまた、満面の笑みを浮かべていた。



 フルララとリリアナはツフェルアスに報告すると言って部屋で祈りをすることになったので、俺は母とレファルラに今の話を伝えに行く。


 驚きを隠せないレファルラ。

「私がツフェルアス様の子孫だなんて…もしかしてルヴィア様は知っていらっしゃったのですか?」

「いえ、姉様は詳しい事を話さなかったですから。ただ、姉様の分身だった娘が消えた事だけは理解していました。」

《まあ、継承者だからといって、これから何が変わるわけでもないからな。ツフェルアスはリリアナやフルララが継承者だと知っていたはずだが、それを口に出すことは無かった。》

「そうですね。娘の子供に、ルティアという母親の事を忘れないで欲しいという願いで、その本を作ったと思いますよ。」


 母の言葉に俺も同意だった。

 あれは娘の子供に贈った物だからな。その後の子孫へと受け継がれていくとしても、それはルティアと神殿という存在をただ伝えるという物に変わるだけだ。

 自身の祖先を知って、それをどう受け止めるかは本人次第。だから、神殿への道案内の機能も付けてあったということだろう。



 エントランスからの扉が開き、リリアナが嬉しそうな笑顔で駆けてくる。

 それを見守るように、本を抱えたフルララが続く。

「パパぁ~! スティアわらってた。ありがとうって、いってた。」

《そうか。それは良かったな。》

「うん! よかったぁ!」


 それから二人から聞かされた話は俺や母の予想通りで、レファルラも本を触ってルティアの事を視ることにした。

 が、夢でしか見ることが出来ない為、それは夜になってからの話になる。



《というわけで、明日はあの白い少女を昼食か夕食に招待しようと思う。》

「わぁーい!」「えっ?! どういうわけですか!?」

 唐突に少女を食事に誘うと言った俺の言葉に、両手を挙げるリリアナと、目を丸くするフルララ。

《いやなに、あの歳で大道芸人として旅をしているってことだろ? 色々な話が聞けるかと思ってな。それにだ、リリアナも知らない大人からの話より、知らないお姉ちゃんの方が話しやすいだろう。》

「確かに、あの子の話は聞いてみたいかも。お父さんのような人が居たけど、二人でずっと旅をしているのかな?」

《そういうのも含めて、俺達の旅の参考になるかもしれないからな。》


 リリアナとフルララには、少女の体質の事や生血を飲ませる事を伏せることにした。

 理由は、二人が隠し通せるか不安だったからだ。

 食事に誘う時に、顔に出てしまう可能性の方が高い。

 生き血を飲ませる時に不自然な行動をするかもしれない。

 だから二人には教えない事にした。

 それに、誘う役目になっている二人が純粋な気持ちで誘う事で、疑われる心配もないということだ。


「来てくれますでしょうか?」

《そこは、二人の熱意によるからな。頑張ってくれよ。》

「ん! がんばる!」「えっ?! あっ、はい!」

 即答で嬉しそうに手を上げるリリアナと、少し緊張気味の顔を見せるフルララ。


 まあ、この二人で誘うのだからな、断る者などいないだろう。


《それとだ。日時はまだ決まっていないが、レファルラは一度レテイアに戻る事になった。》

「えっ?!」

 俺とレファルラから、戻る理由について説明する間、寂しい目を見せていたフルララだったが、レファルラのすぐに戻ってくるという言葉に、安心する笑顔を見せる。

 同じようにリリアナも安心した笑顔で、レファルラに抱き付いていた。



 翌日の早朝、俺とオリファとナトレーで問題なく獣の解体と生き血の瓶詰め作業を終わらせた後、俺はフルララを起こしに部屋に戻る。

 リリアナとフルララを俺の上からベッドに寝かせていたが、解体作業中にリリアナからの念話が届いていたのだ。

《パパおそい!》

 ベッドの上でリリアナが座って待っていた。勿論、フルララはその横で幸せそうに寝ている。

《丁寧に解体したからな。綺麗な白い毛皮も手に入ったぞ。まだ毛皮の生地としては使えないから、これはまた今度な。》

 俺は剥ぎ取ったばかりの毛皮を広げて見せたあと、獣臭さが部屋に残らないようにすぐに次元倉庫に戻す。

《おにくは?》

《ああ、それはいつでも食べられるようにしてあるぞ。今日の招待で使うつもりだしな。》

 早朝から白い獣の解体をしていた理由に、俺は獣の肉を使うとリリアナに答えていた。

《それじゃあ、そろそろフルララを起こして朝食に行こうか。》

《うん! ふるららおこすぅ~》「ふるららぁ~おきてぇ~!」


 念話と、普通の会話を使い分けるのも随分と上手くなったな。

 生体感知で見えない俺を見付けて、念話を送ることを思い付くし、さすが俺の娘ってところだな。


「ふぁあぁあ…リリアナちゃん、ディムさん、おはようございます。」

 少し眠そうな顔を見せているフルララだったが、幸せそうな笑顔でしっかりと俺とリリアナを見ている。


 こっちは、随分と寝起きが良くなったか。


《ああ、おはよう。》

「フルララおはよぉ~。」

 手を広げるフルララにリリアナが抱き付き、その勢いのまま反転して俺に抱き付くように跳んでくる。

 これが最近の朝の挨拶になっていた。

 それから二人の着替えを待って、俺はリリアナを上に乗せて朝食に向かった。



 今日は母も揃っての全員で、東広場で少女の踊りを見に行く。

 手を繋ぐリリアナとフルララを先頭に東広場に入ると、少女が踊る場所になっている舞台の周りには既に沢山の者達が立ち並んでいた。

 フルララは前に入れないかと辺りを見渡しているが、一人程度の隙間もない状態だった。

「凄い人ですね。これ全部、少女の踊りを見る為に集まっているのかな?」

《だろうな。ここからだと、リリアナは見ることが出来ないだろうし…オリファ、頼めるか。》

「はい。僕の肩に乗れば見やすいですからね。」

「ん!」

 リリアナをそっと持ち上げて、肩に乗せるオリファ。

 その光景に周囲からの視線が少しあったが、丁度少女が舞台に上がった所だったので、観客の視線が舞台に戻った。


 静かにお辞儀をする白髪の少女に続いて、父親だと思われる男が奏でる弦楽器の音色が静かに流れ出す。

 緩やかな曲調に乗るように、少女の踊りがゆっくりと始まった。

 白いドレスは花のように広がり、細い体が描く優雅な舞いが、音楽に乗って観客を魅了する。


《パパ! ようせいさん!》

《ああそうだな。》

 実際の妖精を見たことがある俺が本物と思うほどの、それは完璧な踊りだった。

 それからリリアナは一言も喋らないまま、最後まで目を逸らさず、少女の踊りに釘付けになっていた。


 大きな拍手に応える少女の足元に置かれた木桶。

 楽器を弾いていた男が置いたその木桶に、観客達からの銅貨が投げ入れられていく。


「お嬢様、お金贈りの最後に話かけましょう。」

 意を決するように気合が入っているのが判るフルララが、ナトレーからの言葉に表情を軟らかくする。

《そうだな。客が居なくなってからでも大丈夫だろうし、慌てることもないぞ。》

「ん! ようせいさんわらってる!」

 オリファの肩から降りたリリアナに、確かに少女からの笑顔が向けられていた。


 これなら、話が進みやすそうだな。


 お金贈りの列に並んで、最後の観客として少女の前に立ったリリアナとフルララは銅貨を木桶の中に入れる。

「ようせいさん! おうちにきませんか?」

「えっ?」

「えっとですね、私達は貴女を食事に誘いたいのです。理由はですね、旅の話や踊りの話などを聞かせて欲しいのです。是非お願いします。」

 少女に頭を下げるフルララに、少し困惑顔を見せた少女は、後ろを振り返る。


「ありがたい申し出ですが、娘は体が弱く、この後はゆっくりと静養しなければなりません。

 旅の話といっても、たいした話を聞かせられる訳でもないので、ご遠慮させて頂きたいと存じます。」

 父親と思う男からの言葉に、少女は悲しそうな顔を見せていた。


「そうなんですか…」

「ようせいさん、びょうきなの?」

 フルララとリリアナの沈んだ顔が少女に向けられる。


「でしたら尚のこと、ゆっくりと静養出来るベッドと食事が必要でしょう。失礼ですが、宿などにご宿泊されてはいますでしょうか?」


 ナトレーも少女の気持ちに気付いているようだ。


「見ての通りの旅芸人ですので、寝泊りはあの馬車で。ですが、住み慣れた場所の方が落ち着けると思います。」

 男が示すのは宿泊出来る旅用の馬車のようで、サーカス団で見た馬車と大差ない大きさだった。しかし引き馬の数の節約だろうか、骨組み以外は布で作られた幌馬車になっていた。


「確かにそうだと思いますが、暖かい湯船で体を温めるのも良いと思います。今日一日だけでも、お嬢様達の頼みでもありますし、屋敷へお越しくださいませんか?」

 そう言葉を発しながら、ナトレーは木桶に一枚の金貨をそっと置いた。


「…そうですね。お風呂だけは中々入ることが出来ませんから、今日の夕刻までなら構いません。」

「ありがとうございます。でしたら早速ですが、着替え等を私達がお持ちしますのでご一緒に。」

 ナトレーの機転というか、手腕に俺は感心する。


「ようせいさんきてくれるの?」

「うん、お邪魔します。わたしはティアル。あなたは?」

「リリアナ!」

 少女の笑顔に、リリアナも笑顔で答える。

   

 それから少女が着替える間、フルララの希望で旅馬車の中を少し見せて貰う事になった。

 見るのはリリアナとフルララの二人で、入り口から覗く程度だけ。

「入り口が調理場で…食材や水の入った樽。カーテンの奥が寝室になっているのですね。

 整えられていて凄く清潔そうだし、小さな部屋って感じです。」

 中に入らず、入り口から中を見ているフルララが、小さな声で独り言とも取れる感想を口に出す。

《確かにな。旅に必要な物だけを置いているって感じだな。街道の途中で野営するのは危険だろうから、寝泊りの殆どは街の外れってところだろう。》

「でも…なにか臭いますよね? なんだろう…臭い消しの御香の匂いなのかな?」

 さらに小声になって話すフルララ。

《そうだな。幌に付いた馬の臭いやカビ臭さを誤魔化しているのかもしれないな。》

《うまさんいるの?》

《ああ、今は繋がっていないから、どこかで預かって貰っているはずだが、これは馬が引く客車だからな。》

 何かを探すように静かに見ていたリリアナ。

《なにか面白そうな物はあったのか?》

《ううん、なにもない。》

《まあ、旅の必需品しか見当たらないからな。》


「お待たせしました。」

 水色の服に着替えた少女が、カーテンの奥から顔を出すように現れる。

「いえ、馬車旅の参考になりました。ありがとうございます。」


 フルララは神官職の話し方なのだろうが、年下でも丁寧な会話をしている。

 まあそれもあって、父親はこちらの要望を聞き入れた要因にもなっているのだろう。



 屋敷に親子を招き入れてすぐ、少女はリリアナとフルララと一緒にお風呂に入っている。

 父親は、レファルラ達がリビングで、もてなし中だ。

 万が一お風呂で倒れるといけないからと、ナトレーからの提案で二人が一緒に入る事になったが、浴室から聞こえる声で、その心配はなさそうだった。


 俺は脱衣所で帽子のふりを続けている。

《ナトレー、娘達がお風呂から出るぞ。》 


 扉が開き、リリアナが楽しそうに脱衣所に戻ると、フルララと少女も濡れた髪から滴を落としながら脱衣所で体を拭き始める。

「リリアナちゃん、あとで背中拭いてあげるからね。」

「ん!」


 俺が作った温風で乾かしていた頃が懐かしいな…


「凄く柔らかい布…それにこの…」

 少女が大切な物でも触るように、体を拭いている綿布を撫でている。

「ふわふわ!」

 リリアナの嬉しそうな笑顔に、少女は頷く。

「ちょっとだけ、この綿布は特別なんです。生地もそうなのですけど、手入れの仕方で、ふわふわになるのです。」


 俺が温風で乾かしているからなっ!

 普通に外で干すのとは、訳が違うからなっ!


「皆様、お待たせしました。お風呂上りで喉が渇いていますでしょう。ルビートマトのジュースです。

 どうぞお飲みください。」

「わーい!」「ナトレーさん、わざわざすみません。ありがとうございます。」

 ナトレーからリリアナ、フルララ、そして少女へとジュースの入ったグラスを手渡していく。


 ナトレーがお風呂で父親を説得した事で、更にナトレーは俺へと提案を持ち掛けた。

 それがこれだ。

 食前や食後ではなく、このタイミングで生き血入りトマトジュースを少女の飲ませる。

 だから俺は、娘達が風呂から上がる時をナトレーに知らせる為に、脱衣所で帽子のふりを続けていたのだ。


 この頭の回転の良さといい、手際の良さといい、使用人にして置くのはもったいないな。


「んっはぁ!」 リリアナがゴクゴクと一気に飲み干す。

「んっ…はぁ。冷たくて美味しい。」 フルララも喉が渇いていたのか、グラスを空にしていた。

「… … …」 半分程飲んだ所で一度固まった少女。


 少し悩み顔を見せた後、一気に残りを飲み干した。

「あ…ありがとうございました。」

 小さく笑顔を向ける少女からグラスを受け取ったナトレーが微笑みを返すと、少女の顔が一変する。

「あっ…熱い…えっ! なにこれ? 体が熱い…」

 体に巻いた綿布が慌てた動きで滑り落ちると、白い肌だった少女の肌は、薄い桃色へと変わっていた。

 そして目が、赤い宝石のように輝いている。


「えっ?! ティアルさん大丈夫ですか? 目が! 目が赤いです!!」

「あっ、ほんとだぁー! おねえちゃん、め、あかいぃ。」

「どっ! どうしましょう?! 」

《フルララ、慌てなくていい。多分それは病弱だった体が治った証だ。》

「へ?」

 思いっきり棚の中に居る俺へと顔を向けるフルララ。

《まあ、詳しい話は後でするから、今は平常心を保てよ。リリアナの帽子を見てどうする。

 それと、本人も知らない事だろうとおもうから、何も言わなくていいからな。》

 俺の言葉に小さくコクコクと2度頷いたフルララが、少女へと視線を戻す。


「目が赤い? そうなのですか? ですが凄く気分が良いといいますか、力が溢れているといいますか…なにか元気になったような気持ちです。」


「それは良かったです。」

 呆けているといった感じのリリアナとフルララからグラスを受け取ったナトレーは、何事もなかったように笑顔で一礼する。

「では私は失礼します。」


 確かにあの生き血を飲めば力が溢れるだろう。力と言うか、魔力の方だと思うがな。


 白い獣の生き血を見た時、どういう成分が入っているのか気になった俺は少し飲んでみた。

 それは舐める程度の量だったが、魔力の密度がドラゴンと同じくらいある感じだった。

 生き血に魔力があるのは、俺が知る限りでは一部の魔族とドラゴンぐらいだ。


 それを飲めば一時的な魔力回復や魔力増強などが見込まれるのも、あいつから聞いている。

 だがそれは、生き血の魔力を吸収できる種族だけに限られた話だ。


 白い髪で生まれくる者とは、いったい何者なんだろうか?

 俺の興味はそこへと注がれていたが、深く考えても答えが出ることはないと知っていた俺は、考える事を止めた。

 そして俺は、魔力感知で少女を視た確証だけをフルララへと伝えたのだ。

 確かにそれは一時的な魔力が溢れている状態ではなく、内側にある安定した魔力の波動が増えているということを。




「な?! まさかそれは! ティアル、お前は何か飲まされたのか!」

 リリアナとフルララに連れられるようにリビングに入ってきたティアルが、自分の目の事を訊ねようとした時、父親からの言葉に少女は体を強張らせていた。

「えっと…トマトジュースを頂きました。」

「トマトだと! まさか…」

 父親の視線がレファルラや母へと向けられた。その目は鋭く、何かを言いたげな様子で歯を噛み締めていた。


 レファルラが段取り通りに口をひらく。

「お父様は赤い目の事をご存知のようですね。はい。偶然、薬を手に入れましたので、娘さんの飲み物に混ぜさせて頂きました。」

 止めていた息が大きな溜息となった後、父親の表情が緩む。

「どうしてそんな事をしたのですか。言ってくださればよかったものを。」

「貴方達が白髪の体質の事を知らなかった場合、突然、貴方の娘さんはもうすぐ死にます。この生き血を飲めば直ります。と言われたとして、信用しますか? 

 ですから、騙して飲ませる事にしました。それに私達も、伝承通りに薬として作用するのかも判りませんでしたから。」


「そうでしたか…確かに…」

「もしかして…私の病気が治ったの?」

「ああ、その赤い目が証拠だ。この方々に感謝しないとな。」

 ソファから立ち上がった父親が娘を手招きし、二人並んで頭を下げた。

「見ず知らずの娘の為にご尽力頂き、ありがとうございました。」


 キョロキョロと家族を見るフルララとリリアナ。

「あっ…えっと…私聞かされてないんだけど…」

「おねえちゃんと、あそべる?」

 二人の言葉に場は和み、少女もキョロキョロと大人達へと視線を向ける。


「夕刻まで遊ぶ約束でしたからね。」

 レファルラの言葉に、父親が娘に向かって無言で頷く。


 笑顔を浮かべた少女にリリアナは手を差し出す。

「こっち! おねえちゃんのえほんあるの!」



 昼食では本物のルビートマトのジュースを味わって貰い、白い獣の肉料理に、ダンジョン産の蟹を使ったパスタ料理に岩鳥の石釜焼き。デザートには桃と蜜瓜のシャーベットという、ナトレー渾身の料理で親子をもてなす。

 昼食後も、少女は終始笑顔でリリアナと遊び、夕刻の別れでは名残惜しそうに手を振って帰っていった。


 その別れ際に見せた、少女へと耳打ちするレファルラの事が少し気になったが…

 まあ、あれだ。

 少女の事を思っての、何か言葉を送ったのだろう。




 リビングで俺を膝の上に置くフルララ。

「ティアルさん元気になって良かったです。ディムさん、ありがとうございます。」

《ああ、全てはあの娘の運が良かった。ただそれだけだ。》

「運命ですね。」

《そういう事だ。》



 俺は夕食の手伝いに調理部屋へと向かった。

《今日の昼食は手伝えなくてすまなかったな。》

「いえ、コース料理などを一人で作るのはありませんでしたから。…それでディム様、あの父親の事ですが。」

 ナトレーが思い詰めた顔を見せる。

《ああ、なにかありそうではあるが、あの場で問い質す訳にもいかないからな。それに、俺達がこれ以上係わることになるかは、あの少女の運命次第だろう。》

「はい。」


 やはりナトレーも気付いていたか。

 娘の命が救われたというのに、違和感のある父親の態度。

 喜んではいたが、心底からという感じではなかった。

 少女について何かを隠しているのか…それとも…いや、考えても無駄だったな。


《さて、夕食は何にする予定だ?》

「昼食があれでしたので、魚をメイン料理に、野菜の冷製スープなどを考えています。」

《良いと思うぞ。》

 



 夕食後、俺はレファルラとナトレーを乗せて夜のクラリムを出発した。

「本当に、乗り心地というか、居心地が良いですね。フルララが幸せそうに話していたのが判ります。」

 クラリムから少し離れた空の上で不意にそう口にするレファルラに、俺は嬉しさを表に出さないように、一度言葉を噤む。



《そんな事を言っていたのか。》

「はい。それ以外にも、ディムさんの事を嬉しそうに話していますよ。それはもう本当に、父親を自慢する娘のように。」

《…そうか。そういえばフルララの父親のことを聞いても良いか? 領主としての事や、父親としての事とかな。》


 ガトラからは誠実で努力家、政務優先でフルララの婚約を喜んでいたが、フルララが拒否したことで関係が悪くなったと聞いていた。

 フルララからも同じような話を聞いていた俺は、それ以上を訊ねることをしなかった。

 しかし今回、クラリムの事でどう動くのか、それが少し気になっていたのだ。

 レファルラの信頼している言動から、大丈夫だとは思っているのだがな。


「そうですね。元々、レテイア領の領主は30年程前に不慮の火災に遭って、当主とその子供達が亡くなってしまいました。その為、領主としての力を維持出来なくなった公爵家は爵位を失い、当時の伯爵家達でレテイア領を管理していたのですが、私が嫁いだ事で伯爵だったリテラ家が公爵になり、レテイア領の領主になりました。

 ですから、夫のカーティスはその責務を真摯に受け止めて、良き領主としての実績を築く努力をしています。

 その中で、次代の国王になる可能性が高い長男の息子からフルララへの婚約話。

 娘の事よりも、公爵家としての立場を選んでしまいました。」


《そういうことか。》


 俺も自己主張ばかりで争いが絶えない魔族領を一つにまとめ、魔王として支配してきたから判ることもある。

 『仕方がない。』と、割り切るしか出来ない事も度々起こり、『優先するのは魔族領の為に。』だった。


「真面目で責任感が強いあの人は、優しくて思いやりのある自分を忘れてしまったのです。ですがそれを招いてしまったのは私との結婚ですから、私は支える事しか出来ませんでした。しかしそれも私が寝込んでからは…」

 辛そうな表情を見せるレファルラ。

《気にすることはない。それは誰の責任でもないからな。》

「ありがとうございます。」

 少し笑顔を取り戻したレファルラ。


「ほんとにあの人は…」

 そこから始まった夫への愚痴の数々。小さなことから少し重い話まで、それはレテイアに到着する30分ほど続いたのだった。


 いやまあ…聞いた俺の責任だけどな。


 街から離れている場所の屋敷なので門の前には人影はなく、俺はそこに二人を降ろす。

「レファルラ様の夫の愚痴を聞いてくれる方なんて、誰もいませんでしたから。」

 ずっと無言だったナトレーの、含み笑いのような笑顔に俺は返す言葉がなかった。


 そうだろうな…


《まあ、俺ぐらいしか話せる相手はいないからな。》

「ディムさん、少し気が晴れたような気持ちになりました。オロナ伯爵の事は任せてください。」

 既にいつもの笑顔に戻っていたレファルラ。

《ああ、だが無理はしなくていいからな。やりようはいくらでもある。》

 横暴な行いをしている相手ならば、時間は掛かるが民衆を動かせばいい。


 俺は閉鎖的だった猫族の長を失脚させた時のことを思い出していた。

 情報を集め、民衆に噂のように流し、相手を追い込み自滅させる。

 それは側近だったロフェアの活躍があってのことだが、今の俺ならその役割を担うことが出来るからな。


 それから俺は二人が屋敷へと入っていくのを空の上から見送り、娘達が待つクラリムへと向かった。

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