魔王、策略する。
商業ギルドの応接室。
大人数での使用を想定していなかった部屋のソファには、リリアナを膝に乗せたフルララと、ティエスを乗せたルーテア。そしてアンジェとフルラージュが座り、男達とロチアは立っての話合いになった。
俺達に気付いた所長のハミルドも、参加している。
「それでは、まずは依頼内容を先にお話します。その後に、問題になった経緯をお伝えします。」
ロチアの言葉に、フルララ達は静かに頷きを返す。
結論から先に言うのは、悪くないな。
「明日の朝出発の、ダンジョン4層での食材集めをお願いしたいのです。
これは、商業ギルドから直接の依頼書で、臨時の専属契約になります。なので、ダンジョン村などの施設を利用することが出来ません。
商業ギルドから収納スキル持ちの従業員との移動にもなりますので、依頼内容には護衛も含まれます。
現在、12名の方々が依頼を受けてくれていますが、正直…数も戦力的にも厳しい状況です。
以上です。」
大きく頭を下げるロチアに、所長のハミルドも同様に頭を下げていた。
「臨時とは言え、専属契約は冒険者ギルドとの関係性が悪くなるのではないですか?
それに、ギルド同士の関係だけで済めばいいですが、下手をすれば、依頼を受けた冒険者を好ましく思わない者が出る可能性もあるとおもうのです。」
アンジェ達の父親のリオラが、この町の冒険者として意見を口に出していた。
これは、俺には判らなかった話だから、少しばかり興味が沸いた。
「それについては、私から話をさせて頂きます。
この場には、この街の事情に詳しくないと思われるルヴィア家の方達もいますので、その辺りも説明させて頂きます。」
ハミルドが、今回の問題となった一連の流れを、俺達にも判るように淡々と話してく。
この街には、街に住む人達の為の商業ギルドとは別に、貴族階級の親族が経営する貴族商会というものがあった。
大通りに商店を構えている殆どが貴族商会の店だということだ。
そして、貴族商会は冒険者ギルドに依頼を出すことで、専属のトレジャーハンターを雇うことなく、冒険者ギルドは依頼手数料などを得る事で、良好な関係を気付いていた。
そして今回、貴族商会は6層探索を以前から依頼していたが、岩蛸の件や、竜雲被害の復旧に冒険者が流れていたりで、祭り期間中に開催されるオークションに出す商品が足りないと激怒。
冒険者ギルドのギルドマスターはそれを受けて、商業ギルドからの依頼を全て破棄し、今日から冒険者全員で6層探索に出掛けている。
商業ギルドは、冒険者ギルドとの円滑で円満な関係を保つ為に、専属の冒険者を最低限の人数だけにしていたが、今回の件で冒険者ギルドとの関係を断ち切ることにした。
まあ、今までも我慢していた経緯があったのは、ハミルドの顔を見れば判ることだった。
「ですので、明日からの商業ギルドからの依頼は、全て専属の冒険者を雇って頼むことにしました。」
それが、冒険者ギルドとの決別を示す言葉なのは、誰もが理解するほど簡単なことだった。
「先程、臨時の契約と言いましたけど、冒険者は全員6層探索に向かったのですよね?」
「はい。既に6層で野営地を設置して、交代で探索しているそうです。ですから、」
ルーテアの質問に答えながら、ハミルドは手に持っていた書類をテーブルの上に置いた。
「今回契約してくれた方々は、孤児院のカテリーナさんと4人の子供達。グラッジ夫妻に、ロニアス夫妻。ルメア夫妻。そして、モーリさんです。」
「ランクの低い子供達以外は、引退した人と育児休業の方達ですね。」
「はい。冒険者全員といっても、6層で戦力にならないランク8以下は参加していません。
それと、今回は臨時契約ですが、この方達とは正式な専属契約を結ぶことになりました。祭り後にも冒険者ギルドへ契約者募集の掲示を出すことにしています。」
ハミルドの言葉に、ルーテアとリオラは顔を見合わせる。
「正式な契約書を見せて頂けますか。」
リオラの言葉を待っていたかのように、ハミルドは書類を手渡す。
《さて、俺の声は聞こえているな。》
俺の言葉に、フルラージュとオリファがコクンと頷く。
《二人には臨時の契約をして貰う。ここで商業ギルドに恩を売っておくのは得策だからな。》
「私達は、臨時の契約で依頼を受けます。」
立ち上がったフルラージュがオリファの隣に立つ。
「ありがとうございます。これが依頼書になります。」
満面の笑みを見せるロチアが、オリファに依頼書を渡す。
《用は済んだし、俺達は帰るか。ラージュとオリファは詳しい内容を後で報告してくれ。》
「それじゃあ、私達は帰りますね。」
「アンジェ、ティエスぅ。またぁ。」
フルララの膝から降りたリリアナが、二人に手を振る。
「うん、リリアナちゃんまたね。」「またねぇ。」
商業ギルドから商店街に戻った俺達は、今日の目的地だった菓子店でフルララとリリアナが満足するまで食べた後、大きな紙袋一杯の菓子を買って屋敷へと戻る。
「今日は可愛いぬいぐるみなんだね。気をつけて帰るんだよ。」
「はい、ありがとうございます。」
熊のぬいぐるみを左の脇に抱えて、右手に紙袋を持つフルララは、商店街では既に日常的な光景になっていた。
普段とは違った景色を見せる商店街。
屋台の料理を楽しそうに食べている観光客と、いつも以上に活気に溢れる店主達の声。
《祭りは祝い事だから、派手なのが良いな。》
《はでなの?》
《ああ、普段にはない特別な事。それを見るだけで楽しくなるような事だな。》
「ディムさん…何か企んでませんか?」
フルララの視線に、俺は《当然だ。》と言葉を返した。
リリアナとフルララが昼寝をしている頃に、母達とフルラージュ達が帰宅する。
俺は明日の事を話す為に、リリアナとフルララを起こし、リビングに全員を集めた。
《俺はダンジョン6層へ出向き、ドラゴンを狩ってくる。》
「えっ?!」「なっ?!」
「どらごんさん! リリアナもみたい!」
フルララとオリファが声を出して驚くが、リリアナは嬉しそうな目を俺に向ける。
《ああ、良いぞ。今度は一緒に行っても問題ないからな。》
「ちょっと、ディムさん! どうやって行くんですか! 途中の村とか無理ですよね。」
《なに、黒い魔物が上を通り過ぎるだけの話だ。リリアナはマントに隠れていれば、見られることはないだろ。》
フルララに答えると、何故か悩み顔や泣きそうな顔。そして苦悩する顔へと表情を変えていく。
「…ドラゴンですよね…ドラゴンってあれですよね…大きなトカゲですよね…」
《なんだ? もしかして一緒に行きたいのか?》
「ドラゴン…物語に出てくるあれですよね。ちょっと怖いですけど、リリアナちゃんとディムさんが一緒なら…」
成程な。
フルララは蛇とかトカゲが苦手で、見るのも怖いと言っていたが、ドラゴンには興味が勝っていたってことか。
《そうだな。俺がいればドラゴンに恐怖することはないだろう。フルララもマントの中に隠れれば問題ないし、3人で行くか。》
「やったぁー! フルララもいっしょだぁ!」
「うん。ドラゴンさん、楽しみだね。」
緊張から抜けないフルララに、リリアナが抱き付いていた。
「私も見てみたかったです。」
「僕も、ドラゴンをこの目で直接、見てみたいものです。」
フルラージュとオリファが羨ましそうな目を見せていた。
《今回は、俺が勝手にドラゴンが必要だと思ったからであってだな、いずれはお前達と一緒に6層で狩りをすることになるから、その時に見れるぞ。》
「そうでした。ディムさん、どうして今、ドラゴン狩りにいくのですか?」
フルラージュの質問に俺は含み笑いを溢した後、その理由を話した。
気に入らない貴族商会と冒険者ギルドに一泡吹かせたいと思った俺は、オークションという単語で思い付いたのだ。
商業ギルド主宰のオークションを開き、あっちの客を全部奪うことを。
そして、大通りで店を出しているレストランよりも、話題性のある料理を商業ギルドの屋台と商店街で販売。
観光客のお金を根こそぎ奪う。
それに適している物と言えば、ドラゴン以外にない!
ドラゴンの肉といえば最高の肉だということは、人族でも周知のことだったからな。
幸い、6層はまだ発見されたばかりで、どこかにドラゴンがいるのは確実。
希少な果物や薬草も見付けることが出来るだろう。
「確かに…それは面白い事になりそうですね。」
《だろ?》
「でも、どうやってドラゴンを商業ギルドに渡すのですか?」
フルラージュの問いに、俺は顔(体)をフルララに向ける。
「それについても、下準備は出来ている。銀の騎士の出番だ。」
「えっ…わ! 私ですか!?」
《銀の騎士なら、ドラゴンを単独で倒すことに疑問を持たないだろう。それに、商業ギルドの所長にオークションのセッティングなどの話をするのにも、丁度良いからな。》
そもそも銀の騎士という存在が無かったら、この計画は生まれなかった話だからな。
「そうですね。判りました。頑張ります。」
妙な気合を入れるフルララに、俺は笑いそうになる。
《俺の話は以上だ。オリファ達が受けた依頼内容を教えてくれるか?》
「はい。明日の早朝6時集合で、祭り屋台用の食材になる魔獣の討伐と捕獲です。15時まで4層で狩り、17時までに帰還。明日の成果次第では、次の日も依頼を受けることになりました。」
オリファの説明に、俺は予想通りだと独り納得していた。
《そうか。来た早々であれだが、宜しく頼む。それと、冒険者ギルドとギルドマスターの情報を聞けるだけ聞いてくれるか。こっちが二人に依頼を引き受けさせた本命だと思ってくれて良い。商業ギルドの食料不足は俺のドラゴンで解消されるからな。》
「そういうことですか。了解しました。」
ビシっと背筋を伸ばし、一礼を見せるオリファ。
騎士団の癖が抜けていないその仕草に、俺は懐かしさを感じていた。
そういや、あいつらもこんな感じだったな…
《それでだ、エリクトラはまだ持っているか?》
「はい。使用するような状況には、さすがになりませんでした。」
《まあ、早々あるようなことでもないからな。》
俺は万が一という事態に備えて、二人にはエリクトラを1本ずつ渡してあった。
「パパ! いついくの?」
リリアナが目をキラキラさせて俺を見詰めていた。
《そうだな…朝、日が上る前か。もしくは夕食後に出て、6層でログハウスを出すか…》
冒険者ギルドの連中は、既に6層で野営をしていると言っていた。
なら、いつ行っても同じだということになる。
6層は目測だけでも100km以上はあったから、奥まで行けば出会うこともないしな。
「ごはんたべたらいくの?」
《ああ、そうしようか。》
訊ねてはいるが、明らかに行きたいと言っているリリアナに俺はそう答えた。
「それじゃあ、リリアナちゃん。ご飯前にお風呂を済ませておきましょうか。
それと、ディムさん。見つからないと言っても、服は普段の服で大丈夫でしょうか?」
フルララが心配そうな顔を見せている。
リリアナは小さいからマントを被っていれば問題ないが、フルララはさすがに3層までの通路では目立ってしまうか…
まあ、目視出来ないように吹き飛ばしたり、視界を奪う攻撃をすれば問題ないと思うが。
お誂え向きの、それらしい服はあるんだがな…
《フルララ、こういう服があるんだが、着てみるか?》
俺は、フィアンセが結婚式で着るはずだった黒のドレスを広げるように空中に浮かせる。
披露宴用だったが、普段も着る予定で作った実用的なドレス。
まあ、王妃らしい派手で豪華な装飾が付いてたりするんだがな…
「うっ、ぇえー! こっ! これを着るんですか!?」
《まあ、無理にとは言わん。今回は魔物として、こちらから視界を奪う攻撃をすれば見られることもないだろう。ただこれは、フルララが万が一にと願うならって話で出したまでだ。
これなら、魔族の者だと見えるからな。 まあ、金髪はどうしようもないが、それは元々マントで隠す予定だからな。」
「フルララがきるの? リリアナのは? リリアナもきたい!」
《今は無理だけどな、大きくなったらリリアナが着ても良いんだぞ。》
リリアナには別のドレスがあるが、これも気に入ったのなら他のも着てくれそうだな。
《うん! おおきくなったらきる!》
目を輝かせて喜んでいるリリアナの姿に、フルララが何かを決めたような顔になる。
「きっ着ます!」
《そうか。なら手袋とかもあるから、それも着けるか?》
俺の言葉に『うんうん。』と言いたげな、無言で首を縦に振るフルララだった。
「良いわね。それじゃあ、私がお忍びで使っていた染料で髪を黒に染めましょうか。
リリアナちゃんにも使って、それなら完璧だと思うわよ。」
レファルラが楽しそうな物を見る目で、フルララを見ている。
「お母様がお忍び?!」
《そうか。そういう物があるんだな。それは助かる。》
「勿論、結婚する前の話ですからね。私だって城から出たいと思うこともありますよ。」
笑顔で答えるレファルラに、フルララは驚いた顔を崩すことはなく、
「レファルラ様は、フルララ様以上に活発な方ですから。」
と、ナトレーの見せた笑顔に、ようやくフルララも笑顔になった。
「ディムさん、このドレスっていったい…」
フルラージュが空中に吊ってあるドレスを興味深く眺めている。
《ああ、前にも話していたと思うが、特殊な服だと言っていたやつだ。
これは魔物の芋虫から得た糸で作られた生地でな、切断系の攻撃に強く、勿論、引き裂かれるのにも強い。だから加工が面倒で、リリアナが大人になったらそのまま渡そうかと思っていた物だ。伸縮性も良くてな、ある程度のサイズ違いでも問題なく着れる。》
「そうなんですか。そんな生地があるなんて凄いですね。」
羨ましそうな目を向けるフルラージュ。
そうだな…魔族領に行って、仕立てて貰うのも手か。
《機会があれば、魔族領の街で服を作って貰うか?》
「えっ! 本当ですか!? 是非お願いしたいです。」
「リリアナも! リリアナも!」
《ああ、リリナアのも作って貰おうか。》
嬉しそうに飛び跳ねるリリアナと、未だに、ドレスを真剣な目で見ているフルララ。
フルララは…これは気に入ってるってことなのか?
それからフルララとリリアナはレファルラと風呂に向かい、入浴後に髪を染めることになった。
ナトレーと夕食の準備を終える頃、調理部屋にレファルラが顔を出す。
「ディムさん、ナトレー。二人の姿を見てくれますか。」
嬉しそうな笑顔を見せるレファルラに、俺は少し期待する気持ちになった。
《良い感じに仕上がったのか?》
「はい。それはもう、見て頂ければ。」
最後の盛り付けなどをナトレーに任せた俺は、リビングへと跳ねながら向かった。
流石に、飛んで行く程のことでもないからな。
リビングのドアを開けると、黒髪で黒いドレスを着たフルララと、黒髪で黒いワンピース姿のリリアナが立っていた。
《おお! 思っていた以上に魔族っぽくなったな!》
俺に気付いたフルララが少し恥ずかしそうにドレスの裾を広げる。
「やっぱり、ディムさんもそう思いますか。」
「リリアナも! リリアナもくろいよ!」
いつもの赤いワンピースではなく、黒のワンピースの上着になっているリリアナ。
嬉しそうな笑顔を俺に見せていた。
《ああ! リリアナも似合ってるぞ。それは…いつもの赤いやつを裏返したのか?》
「おねぇちゃんがやってくれたの!」
オリファは部屋に戻ったままのようだが、フルラージュは二人の着替えに付き合っていたみたいで、リビングで二人を眺めていた。
「元々、裏返しでも着れるように作ってましたから。まさかこんな形で使われるとは思ってもなかったですけどね。」
《そうだな。だが、それが今回には都合が良かったって事だ。親しい関係者以外なら、誰もリリアナとは思わないだろう。》
確かに。と納得した笑顔を見せるフルラージュだった。
日が落ち、空が暗闇になった時刻。
俺はいつものベッド状態で二人を乗せて、屋敷の敷地から真っ直ぐに空へと上昇し、ダンジョン入り口へと向かった。




