魔王、スライムと出会う。
人族とは、面白い事を考えるものだな。
俺は、サーカスという見世物が、思っていた以上の出来で満足していた。
ただの芸の為だけに、あの超越した身体能力を身に付けたこと。
そして、自らを道化となって演じ、見る者に笑いを与えることで、収入を得ていること。
最初の踊りを見たときは、その動きに呆れたものだったが、その動きが見世物だということに気付いた時には、驚きと同時に称賛していたくらいだ。
いや、あの殴られて吹き飛ばされ時のような動きを、俺達魔族の者が見たら絶対に笑うぞ。
何の冗談だそれは? ってなるぞ。
リリアナもフルララも、今は寝室で昼寝をしている頃だろう。
メルヴィール家と別れた後、屋敷に戻ってからすぐに眠そうな顔をしていた二人。
案の定、早起きが原因だろうが、いつも以上にはしゃいでもいたからな。
「フルララも、まだまだ子供ですね。」
《ああ、良い意味で子供で助かっている。リリアナの姉としてな。》
「そうですね。歳の近い姉妹みたいです。」
リビングのソファで寛ぐレファルラは、ナトレーの淹れた紅茶で一息吐いている。
母は既にお酒を飲み始めていた。
「息子も、随分と楽しそうにしていましたね。昔と違って、気負うものが無くなったからかしらね。」
「そうなのですか?」
母の言葉に、レファルラの優しく微笑む目が俺を見る。
《いや…そうだな。昔のことだからな。》
魔族同士の争いに巻き込まれていくうちに、魔族領の平定がいつしか俺の使命のようなものになっていた。
そして、魔王となってからは魔族領の平和に努めていたのだ。
今思えば、自惚れていたのだろうな。そして色々と見えなくなっていたのかもしれないな。
「ディム様、商店街で購入した料理です。今から召し上がりますか?」
ナトレーが、持っていたカバンの中から出したのは、昼食で見た品々だった。
「買っておいてくれたのか。ああ、頂こう。」
スライムになってからは空腹というものを感じなくなったが、それは魔力欠乏が起きないせいだろうと思っている。
魔王としての魔力量が桁違いだしな。それと、毎日の食事で補充している。
だから、昼食を食べなくても問題はないのだが、気持ち的には寂しかったのは事実だ。
ナトレー指南の成果を確かめられなかったことにな。
たぶんだが、ナトレーも俺と同じ気持ちで、俺の感想を聞きたくて買ってきたかもしれない。
《なるほど、いい味になっている。流石だな。》
ナトレーは無言のままだが、その顔に笑みが浮かんでいるのが見えた。
そのナトレーが、俺の前に紅茶の入ったカップを置く。
「ディム様どうぞ。それと、菓子店への買出しに出掛けても宜しいでしょうか?」
《もう出掛けるのか? もう少し休んでからでも良いのだぞ?》
「はい。昼食を作る事も無かったので、疲れは殆どありません。なので、お嬢様達が目を覚ます前に買いに行こうかと思います。」
《そうか、それなら頼む。》
普段利用する菓子店でも、祭り限定商品を販売すると聞いていたフルララ達。
行き付けの菓子店は全部で3店。その内の2店が大通りにある為、その2店はナトレーにいつも頼んでいたのだ。
商店街の菓子店には、明日行くことなっている。
《人混みが多いようであれば、限定品だけでいいからな。》
「はい。そうのように致します。」
俺は紅茶を飲み干し、「片付けは俺がしておく。」と告げて、ナトレーを見送った。
母とレファルラが読書を始めたので、俺は夕食を作ることにして、調理部屋へ向かった。
そして、俺はさっき食べた味を思い出しながら、夕食とは別に試作品も作っていた。
やはり、ナトレーの香辛料と香草の扱いには、まだまだ追い付けないな。
別段悪くはない味なんだが、ナトレーのと比べるとな…
ん? ナトレーと、来客者が2名か。
俺は魔力感知で、屋敷の門からナトレーが帰宅するのと同時に、二人の人族が付いて来ているのが視えた。
ああ、あの魔力の感じは、フルラージュか。なら隣はオリファだと思うが…
俺は確かめる為に、屋敷の一番東にある食事部屋の出窓から覗き見る。
丁度、庭から玄関までを見ることが出来るのだ。
やっぱり、フルラージュとオリファだったか。
ナトレーには二人の事を既に話してあったので、俺は一足先にリビングに戻り、3人を待つことにした。
「ディム様、ただいま戻りました。丁度屋敷の小道でお二人から声を掛けられましたので、お連れ致しました。」
《そうだったのか。二人とも、随分と早かったな。》
「はい。馬車ではなく、騎乗で移動しましたので。」
以前より男らしく感じるオリファに俺は少し違和感を感じたが、それを俺は何度か見たことがあった事を思い出す。
フルラージュと結ばれたということだろう。
「初めまして、フルララさんのお母様のレファルラ様ですよね?」
俺が二人の事を考えていたことで少しの間が出来てしまっていたところに、フルラージュの挨拶が入った。
俺が紹介しなければならなかった手前、少し気後れになる。
「はい。娘の危険な旅に同行してくださいまして、その節はありがとうごさいました。」
「いえ、依頼を受けただけですので。それに貴重な体験をさせて貰えたことに感謝しています。」
レファルラとフルラージュの挨拶に俺は静観するしかなかった。
それから、オリファとフルラージュの自己紹介が始まったので、俺は念話でフルララを起こすことにした。
元々、ナトレーが帰ってきたらティータイムにする予定でもあったからな。
少し眠そうな顔のフルララと、嬉しそうな笑顔を見せるリリアナがリビングに入ってくる。
「おねえちゃんと、おにいちゃん!」
「リリアナちゃん、おひさしぶり。元気そうで良かったわ。それに私の服をまだ着てくれてたのね。嬉しい。」
「ん! これだいすき。」
流石に、中の服などは買い揃えた物に変わったが、俺のマントから作った赤いワンピースだけは、ほぼ毎日着ていた。
「そっか。じゃあ、新しいのを作らないとね。」
《そうだな。マントはまだあるから、また作ってくれるか。》
リリアナから顔を俺に向けたフルラージュから「はい。」と、以前と変わらない笑みが返ってくる。
それから俺は、ナトレーが買ってきたケーキでティータイムをしながら、教会の事と街に来てからの出来事を二人に話した。
「ここの冒険者ギルドは、ギルドマスターに問題がありそうね。」
フルラージュの考え込む表情に、俺は言葉を掛ける。
《まあ、二人はトレジャーハンターとしてダンジョンに潜って貰うからな。直接的な障害にならなければ気にする事はない。だが、そういう相手だということだけ、覚えておいてくれ。》
人族のルールで、ダンジョンを管轄する冒険者ギルドに登録した者だけが、ダンジョン内にある村などの施設を利用することが出来ると聞いていた。
だが、滞在中は冒険者ギルドからの指名依頼などの参加が義務付けられたり、ダンジョンで得た物は冒険者ギルドが買取りする決まりなどがある。
だから、そんな制約に縛られたくない者は、非登録でダンジョン探索する者『トレジャーハンター』と呼ばれているらしい。
貴族などが専属で雇ったりする者も、当然『トレジャーハンター』になるから、ロチアが俺達の事を『トレジャーハント』だと言った理由がこれだった。
「そうですね。私達も係わらないようにします。」
フルラージュの言葉に、オリファも合わせるように頷く。
紅茶で一息吐いたフルラージュが、笑顔を溢しながら小さく笑う。
「それにしても、想像していた以上の事をディムさん達がしていたなんて…やっぱり、急いで来て正解でした。」
《ん? いやまあ、成り行きで係わっただけだからな。それに表立っての行動ではないから問題はない。それよりも、お前達二人はトレジャーハンターとして目立つ事になるから覚悟しておけよ。》
「あっ、はい。面倒事が、向こうからやってくるかもしれないですね。」
《ああ、そういうことだ。》
「パパぁ~、みんなでダンジョンいける?」
リリアナには、フルラージュ達が着たらダンジョン探索に出掛ける約束をしていた。
《ああ、祭りが終わったらいけると思うぞ。》
「やったぁ!」
ティータイムも終わり、二人に部屋を見せる。
《この2部屋がお前達の部屋だ。フルラージュには遺跡で使っていたベッドを出すから、部屋が決まったら教えてくれ。》
隣同士の部屋で同じ家具が置いてあるから、気分的に選ぶだけになるが、一応二人の意見を聞くことにしていた。
「これだけ大きな部屋ですし、僕達は同じ部屋で構いません。」
オリファの顔は言葉とは違って、遠慮しての顔ではなく、そうして欲しいと願っている顔を見せていた。
フルラージュは少し照れているのか、顔を伏せている。
《そうだな。じゃあ、一番西の部屋が窓も多いことだし、そこにするか。》
俺は2つの部屋に置いてあった家具を収納して、西の角部屋の扉を開ける。
《ベッドは二ついるか?》
フルラージュ用のベッドは、俺が昔使っていたベッドだから二人でも余裕の広さがある。
「部屋を広く使いたいので、私が使っていたベッドだけで。」
何に遠慮しているのかは知らないが、フルラージュの視線と声が下を向いていた。
《ああ、判った。ソファセットは一つと、クローゼットは2つだな。》
俺は、適当に家具を配置し終わる。
《足りなり家具や道具などは、明日から揃えればいいだろう。祭りで騒がしいかもしれないが、店は開いているからな。》
「はい。祭りもラージュと一緒に回ってみようかと思っています。」
《ああ、まずは旅の疲れを癒すことだ。今も疲れているだろうし部屋で寛いでくれ。夕食が出来たら声を掛ける。》
オリファとフルラージュから緊張が解けたような顔の緩みを確認した俺はリビングに戻った。
「フルラージュさんとオリファさんの部屋は決まりましたか?」
訊ねてきたフルララに、俺は結果だけを報告する。
「一緒の部屋なんですか…」
《二人は結婚しているのと同じだしな。当然だと言えば当然だろう。》
何故フルララが悩む必要があるのだ?
「おねえちゃんとおにいちゃんは、かぞくだもんね。」
《ああ、俺達と一緒だ。》
楽しそうな笑顔を見せるリリアナに俺は体を預ける。リリアナが両手を出して待っていたからな。
そして、まだ悩み顔を見せているフルララが俺を見ている。
「そうなんですけどね…」
何か問題でもあるのか? 俺にはさっぱり判らんが…
俺としては、二人に連絡などをする時に、片方だけで済むから楽なんだが。
《二人は、一緒に行動することが多くなるから、常に傍に居たほうが楽だろう。俺達も2度手間にならないしな。》
「まあ、頻繁にドア越しで呼び合うよりは…そうですね。部屋で二人で居てくれた方が良いのか。」
納得した顔を見せるフルララだった。
祭り2日目。
今日は、母とレファルラが野外演劇の観賞へと出掛けるので、それを見送ってから商店街へと向かった。
野外演劇はリリアナにはまだ難しいという判断で、俺とリリアナとフルララは、露天商店を色々と見て回ることにした。
フルラージュとオリファは俺達と一緒に商店街へ向かい、屋台と店回りをするとの事だ。
「本当に、帽子に見えますね。ちょっと変わっているけど…」
フルラージュの小声に、フルララが笑みを浮かべている。
「この帽子と赤いワンピース姿が、今ではリリアナちゃんの目印になってます。」
確かに、ロチアなんかは人混みの中から俺達を見付けるからな。
「あっ! リリアナちゃんにフルララさん~」
思っているそばからロチアの声が俺達に届く。
野菜店の店主に頭を下げたロチアが、俺達のところへと歩いてくる。
「おはようございます。今日も祭り日和になりましたね。」
「ん! おねぇちゃん。」
リリアナがロチアに手を上げていた。
何か、あったかもしれないな。
野菜店の店主が見せた悩み顔に、ロチアの少し強張った表情とちょっとぎこちない動き。
不自然に見えるロチアの行動が、俺に違和感を見せる。
「そちらの方々は?」
フルラージュとオリファの存在に気付いたロチアに、フルララと二人からの自己紹介で、ロチアの問いに答える。
「トレジャーハンターの方達ですか…いっ、今…いえ、それでは皆さん、今日も祭りを楽しんでください。私は仕事中なのでこれで失礼します。」
頭を大きく下げて、笑顔を見せながら駆け出すロチア。
《フルララ、野菜店の店主に話を聞いてみてくれないか。ロチアと話していた内容が気になる。》
「えっ? はい、判りました。」
突然の、真剣味を帯びた俺の言葉に、フルララは直ぐに気持ちを切り替えたようだ。
「おばさん、ロチアさんと何を話していたのですか?」
「あぁ…顔に出ていたかい。いやね、ダンジョンからの納入量が少なくて、祭り屋台用の食材が足りなくなるって話でね。
初日の売り上げや、在庫があとどれくらいあるのか。なんて話をしてたんだよ。
まあ、私らは普通の食材に代えれば済む話だからね。大したことにはならないんだよ。」
「そうなんですか…」
明らかに作り笑顔を見せる店主に、さすがのフルララも気付いたようだ。
この祭りは、ダンジョンあっての祭りだ。
ダンジョン産の商品を目当てに遠くから来きている観光客に、普通の食材で商売が成り立つ訳がない。
元々、商店街は街に住む人達相手の商売だから、損害は殆どないだろう。
しかし、祭り期間中の臨時収入を期待している、または見越しての商売をしているとなると話は別だ。
俺はロチアが言いかけた言葉が気になったが、緊急性はないと感じていた。
《今はロチアが言っていたように、祭りを楽しむ事だな。フルララ、露天がある通りに向かってくれ。》
「おばさん、ありがとうございました。」
「はいよ。今日も沢山楽しんできておいで。」
「ん! おみせやさんみるの!」
フルラージュとオリファと分かれた俺達は、目当ての露天通りに入る。
ここには祭りならではの屋台が出ていると聞いていたから、リリアナとフルララは楽しみにしていた。
《…なんだこれは?》
「小さいですけど…スライムですよね?」
《これなに?》
四角い箱の中で、赤・青・緑・黄色の、10センチほどの玉がぷるぷると動いている。
「おじょうちゃん達は、蛍スライムは初めてみるのかい?」
「あっ、はい。これってスライムなんですか?」
《パパとおんなじ?》
「そうだとも。これは、トワイト領のある森の洞窟だけに棲むスライムだ。
今は昼間だから判らないが、発光しているスライムで夜になると綺麗だぞ。
一匹、銅貨1枚。どうだ、買ってみないか?」
洞窟だけに棲むスライムで、発光するやつとなると、透明のやつなんだがな…
色を付けたってところか。
《リリアナ、欲しいか?》
《ん~、パパがいるからいらない》
首を横に振るリリアナ。
《いや…まあ、そうだな。生き物を粗末に扱うのは駄目だからな。》
「いえ、やめておきます。」
フルララがリリアナの代弁をするように、店主に答える。
今日の露天屋台回りは、俺とリリアナは念話をフルララに聞かせて、3人で会話をする感じになる。
だから、リリアナはほぼ無口になってしまうので、フルララが受け答えを独りですることになるのだ。
「そうか、気になったらまた来てくれよ!」
今のように、リリアナの表情は店主には伝わっているから、リリアナに問い掛けることもない。
言葉数が少ない子供だと思ってくれるだろう。
リリアナと手を繋いで店から少し離れたフルララ。次に向かったのは、『リングスロー』という看板が出ている店。
《パパ! スライムいる!》
《ああ、こっちのは普通のスライムだな。で、ここは何をするところだ?》
10歳くらいの子供が、木で出来た輪を手に持って、スライムに向かって投げていた。
それをスライムは、ぷるん♪と弾き落とすと、子供は悲しそうな顔でその場を離れる。
「お嬢さんにお嬢ちゃん。5本の輪っかの内、1本でもスライムの体に嵌れば、このぬいぐるみの中から好きな物を一つ選べるよ。一回銅貨1枚。どうだい?」
「リリアナちゃん、やってみたい?」
《うん! やってみたい!》
ギュっと、両手を握って意欲をみせるリリアナに、フルララと店主は笑みを浮かべている。
フルララは銅貨を渡し、5本の輪を受け取ると、1本をリリアナに渡す。
「ん~…ん!」
リリアナの投げた輪は、スライムに直接当たって弾けてしまう。
「リリアナちゃん、もう少し上からふわっと落とす感じに出来る。」
「やってみる!」
2投目は、スライムを越えてしまった。
そして3投目、4投目と失敗するリリアナ。
「んぁ!」
最後の1投が、綺麗な軌跡を描きながらスライムの頭上からスッポリと入っ…
ぽよん♪
スライムが移動した。
《おい!》
俺は無意識に、スライムに向かって念話を飛ばしていた。
リリアナが投げているのを見ていた観客達から落胆の声が漏れる。
「あぁ~! 残念! スライムが動いちゃうこともあるからねぇ~。
ほんと、もう少しだったね。」
店主がリリアナに向かって慰めの言葉を掛けるが、リリアナは悔しそうな涙目になっていた。
《リリアナ、これはこういうゲームらしい。もう一回やってみたらどうだ?》
《でも、うごいちゃうよ…》
《大丈夫だ。今度は動かないはずだからな。》
《うん。やってみる。》
不安な顔を見せるフルララ。
《心配しなくても大丈夫だ。俺に二度はない。》
「もう一回出来ますか?」
「もちろん出来ますよ。今度は入ると良いね。」
フルララが銅貨を渡すと、リリアナに向かって笑みを向ける店主。
ああ、絶対に入るからな。
《リリアナ、さっきと同じように投げてくれ。》
《うん、がんばる!》
真剣な表情でスライムを見るリリアナ。
「んぁ!」
今度も、綺麗な弧を描きながらスライムへと吸い込まれるように落ちるリング。
《俺が守ってやるから動くなよ!》
俺はスライムに魔法を施す。
パキッ
すぽん♪ と、リリアナの投げたリングがスライムの体にピッタリと嵌る。
湧き上がる観客からの声。
《はいったぁー!》
リリアナの嬉しそうに両手て笑顔を見せる姿に、観客達の歓声も大きくなる。
「なん、おお…すっ、凄いじゃないか! おめでとう、お嬢ちゃん。欲しいものを一つ選んでくれ。」
「…んとね。くまさん!」
リリアナが指差したのは、リリアナよりも少し大きい、子熊のぬいぐるみだった。
景品として飾られている中でも一際目立つ、目玉品なのは俺でも判る。
渋い顔を一瞬見せた店主。
《フルララ、残りの4つのリングで、スライムに入ったら景品を貰えないか交渉してみてくれないか。》
えっ?! という表情を見せるフルララだったが、小さく頷いてみせる。
「店主さん、残りの4つも入ったら景品って貰えますか? 権利としては間違ってないと思うのですが。」
何を言っている? という顔を見せる店主。
「その通りだな!」「お嬢ちゃんはまだ4つ残っているんだ。当然だろ!」「次も頑張ってぇー!」
店主が返答する前に、観客達からの声が飛ぶ。
その声に反論など出来ない雰囲気なのは、店主も理解していたようで、「もちろん。入ったら景品をあげますよ。」と、口に出す。
子熊のぬいぐるみをフルララが受け取ってゲームは再開。スライムは最初の位置へと戻される。
リリアナの1投に、観客達の視線が集まる。
「んぁ!」
またも、綺麗な軌跡でスライムへと向かうリング。
パキン!
細い金属が折れたような小さな音がスライムの辺りから聞こえる。
《はいったぁー!》
両手を上げるリリアナに、観客から声援が上がる。 そんな中、別の声が静かに広がっていた。
「なあ、さっきの音ってなんだ?」
「ああ、なにか聞こえたよな?」
「スライムから聞こえなかったか?」
観客達からの声に、店主の顔から血の気が引くのが見える。
《リリアナ、凄く上手だったぞ。周りの事は気にせず、2つ目のぬいぐるみを選んでくれるか。》
《うん、わかったぁ!》
「あのくまさん!」
ビシっと指を突き出すリリアナの先には、色違いのくまのぬいぐるみがあった。
「あ…あぁ、ほんと凄いなお嬢ちゃん。」
《パパ、もういっぱい。》
《ああ、そうだな。次に行こうか。店主にありがとうって言っておくんだぞ。》
《ん、わかった!》
自分より大きい熊のぬいぐるみを抱き上げリリアナ。
「おじちゃん、ありがとう。もういっぱいだからいい。」
リリアナがいっぱいっていう時は、終わりって事の意味にも使われている。
その事を知っているフルララが残ったリングを店主に返す。
「ん? そうか。それは良かったな。」
生気が無くなった顔の店主がなんとか体裁を守るように、作り笑顔をリリアナに見せる。
《おまえも大変だろうが、まあ、頑張れよ。》
俺の言葉に、スライムがぷるん♪ と小さく震える。
まあ、同族なんだから意思疎通が出来るのは当然だったわけだ。
だが、知能が殆どないスライムから返ってくる言葉は、本能的な感情だった。
「下が危険。逃げる。」
それで俺は、スライムを強制的に動かす装置が台の下にあると踏んだ。
《パパ? スライムさんたいへん?》
《ああ、お仕事だからな。》
リリアナはスライムに手を振って、《おしごと、がんばってね。》と声を掛ける。
スライムには、永続的な結界魔法を掛けてやった。
魔法を解除されるか殲滅級の攻撃を受けない限りは、傷一つ付かない。
生物なのだが、魔力の塊だけのスライムだから出来る芸当。
普通の生き物には、結界魔法なんてものは掛からないからな。
これで、店主に殺されることはないだろう。それと、動かされることもない。
観客達からの声に、リリアナは手を振って応えながら俺達は次の屋台へと向かった。
結局、リリアナがぬいぐるみを抱いて歩くのは無理だったから、フルララが両脇に抱えることになった。
『氷菓子』
隣の屋台で売っている物を、リリアナを応援していた観客達が手に持っていたものだ。
それに興味を持ったリリアナ。
《氷を食べるのか?》
「はい。氷を特別な調理器具で細かく砕いたものに、甘いジュースをかけて食べるお菓子らしいです。私も聞いただけなので、食べたことはないんですよね。」
《フルララあれぇー!》
氷が回転しながら削られている光景に、フルララもリリアナも目を輝かせていた。
《でだ。フルララは両手が塞がっている状態で、どうやって食べるんだ?》
俺の指摘に、泣きそうな顔を見せるフルララ。
ここには、座って食べられるようなテーブル席などはなく、結構な人が流れている通りだから、ぬいぐるみを置くような場所もない。
《リリアナとはんぶんする。あーんする。》
アンジェとティエスの前で俺に食べさせるフルララを真似て、リリアナもたまに俺に食べさせたりしていた。
それをフルララにすることを思い付いたようだ。 昨日の朝もやっていたしな。
「じゃあ、リリアナちゃんが食べたいジュースを選んでね。」
「ん! あかいの! いちごある?」
屋台には、イチゴクリームというメニューが掲げられているから当然あるだろうが…ジュースなのか?
「うちのはイチゴと生クリームを混ぜた物になるが、それでも良いかい?」
店の前で話していたフルララとリリアナの会話に、女性店主が答える。
「はい。それでお願いします。」
細かく雪みたいになった氷を入れた紙カップに、あれはアイスクリームか。
そこに、ピンク色のクリームを溢れそうになるほど入れた店主が、さらに細かく切ったイチゴの実を乗せるか…
成程、氷菓子とはよく言ったものだ。
あれなら、家でも作れそうだな。
人通りを避ける為に、道の端に移動したフルララとリリアナ。
屈んだフルララに、リリアナがスプーンで食べさせていると、いつも以上に視線を感じることになった。
「リリアナちゃん!」「リリアナぁ~」
声を掛けたのはアンジェとティエスだった。勿論、両親も一緒にいる。
「フルララさん、そのぬいぐるみは?」
少し驚くような表情を見せたルーテアに、フルララは恥ずかしそうに笑みを返す。
「あそこの輪投げ屋さんで、リリアナちゃんが獲得したんですよ。」
「凄いわね。あれ、スライムが動いて難しかったでしょ?」
「ん! スライムさん、とまってくれた。」
「えっ? そうなの? それは良かったわね。」
俺の事を見詰めるルーテアにアンジェ達。
守護妖精の加護とか、思っていそうだな。
《一度、家に戻るか? ぬいぐるみを置きに行った方がいいだろう。》
《ん! そうするぅ!》
「あっ! メルヴィールさん。良かった、ここにいたのですね。折り入って相談したい事が…あっ、フルララさんとリリアナちゃんもご一緒でしたか。」
頭を下げるロチアに、メルヴィール夫妻とフルララが視線を合わせる。
ロチアの余裕の無い表情に、なにかを察したのだろう。
俺は、商店街の話とロチアが最後に言い掛けた言葉から、ある程度の事は予想していた。
《リリアナ、家に帰る前に商業ギルドに寄っていくことになるが、良いか?》
《いいよぉ。》
《フルララ、今からトレジャーハンターを連れて商業ギルドに行くと、ロチアに伝えてくれ。商店街で話を聞いてると言えば判るはずだ。》
ロチアがメルヴィール夫妻を探していた理由は、ダンジョンの食材集めを手伝って欲しいということだろう。
今、メルヴィール夫妻は休業中で、臨時に雇うには丁度良い相手だからな。
そして、フルラージュとオリファは、願ってもいなかった相手に出会ったという事だ。
俺は、今日の夕刻にでも商業ギルドに二人を連れていくつもりだった。
「えっ! あっ、はい! よろしくお願いします。」
フルララの言葉に、深く頭を下げるロチア。その顔には、いつもの笑顔が戻っていた。
そして、フルララとロチアの会話で、自分達に声が掛かった理由を察したメルヴィール夫妻も、今から商業ギルドに向かうことになった。
俺は魔力感知で、フルラージュを探す。
《フルララ、フルラージュ達は商店街にいるから迎えにいくぞ。》
「ロチアさん、二人は商店街に居ますから、迎えに行ってから向かいますね。」
「はい。では、商業ギルドでお待ちしています。」
「ティエスに、くまさんひとつあげる。」
リリアナの突然の言葉に、俺は勿論だが、フルララ達も動きが一瞬止まっていた。
「いいの?」
ルーテアの言葉に、「うん。」と頷くリリアナ。それと同時に、ティエスが嬉しそうな笑顔を見せていた。
どうやら俺達がロチアと話していた間に、リリアナはティエスの気持ちに気付いていて、話が終わるのを待っていたみたいだ。
そうか…相手の気持ちを察するようになったのか。
俺は不意に嬉しさが込み上げてきた。
《リリアナは優しいな。》
リリアナは嬉しそうにフルララからぬいぐるみを受け取って、ティエスに渡す。
「ありがとう。」
「ん! いっしょ。」
二人の幸せそうな笑顔を少し見てから、俺達は商店街へと向かった。