果ての庭にあるお家の話
この世界には果てがある。白い空と赤茶けた大地の先に果てはある。
普通の人間には到達することできないその場所に、可愛らしい赤い屋根の家が大樹に抱かれるように存在している。
住むのは世界の平和を保つ女魔女であり、彼女が世界の果てを守ることで世界は平和を維持できていた。
*
「うーん、風がでてきたわねぇ」
世界の平和を守る魔女ことステートは、洗濯日和と言えるほど晴れた空を見上げた。
世界の果てにあるこの場所には青い空は存在しない。ただひたすら白い空があるだけだった。
雲ではない。現実世界と区切られた空間である世界の果てに物質は存在できない。全ては精神体として形を保っていた。
ステートにとっては生まれた時から変わらない見慣れた風景だった。
白が強ければ強いほど、光という概念は強くなる。つまり、洗濯物も早く乾く。
「ステートは、相変わらず変なことをするのね」
「洗濯は楽しいものよ。料理だって、掃除だって、私はするわ」
ふよふよとステートの周りを飛ぶ妖精に笑顔を向ける。
赤や緑、青など、どれ一つとして同じ色を持たない妖精たちは世界の果てには数多く住んでいた。
世界の物質化が進むに連れ、妖精は現実世界で住みづらくなった。その分、世界の果てに流れ込んできている。
たまにステートの生活を覗きに来ては、イタズラをしたり、手伝ってくれたり、小さな友人のようにステートは感じていた。
今も抱えているステートの洗濯物を妖精たちが奪い取り、家の前に作られた洗濯物干しにかけてくれる。
木の枝と枝を結んで紐を通してあるだけの簡易的なものに、小さな妖精たちが洗濯を干していく様子をステートは自分の手を動かしながら見つめていた。
たまに、そのまま洗濯を抱えてどこかに行こうとする妖精もいるので、気は抜けない。
「こういう日には、来るのよねぇ」
風にはためく洗濯物を落ちないように挟んで止めておく。
時折吹く突風はステートの足首まであるスカートさえ捲りあげようとしていた。
手で裾を押さえつつ、風の音を聞く。
世界の果ては何もない場所だ。
なにもないからこそ、果てなのであり、ステートが安定を保っている。
ここに風が吹く日は、世界で何か変化がある時が大半だった。世界に貯められたエネルギーが破裂するとき変化は起こる。そのエネルギーが風となって果てまで届くのだ。
「見てみようかしら」
平和を維持する魔女として、あまり変化が多いのは歓迎できない。
良い変化だけならば、問題はないのだが、世界を滅ぼしかねない変化もその中には含まれてしまう。
変化が連続するときは、世界が揺れているときとも言えるのだ。
そういう種を見つけ出して、判断するのもステートの役目だった。
ちらりと家の脇、大樹の根っこの近くに湧き出ている泉を見つめる。風が吹いているのに、根の影になっているおかげで水面には波一つ立っていない。
ここを現実世界と繋げて観察するのは、ステートの数少ない娯楽の一つだった。
「その必要はないんじゃない?」
動きを止めていたステートに洗濯物を干し終わった妖精が不思議そうに声を上げる。
彼女たちにとって、世界の果ては庭のようなものだった。
妖精に個という考え方はない。
妖精はすべてが繋がっており、世界の果てにいようと、現実世界のことだって知ることができる。
常につないでいては、煩わしいからと、大方の妖精が気ままに生きているだけなのだ。
「どうして?」
「だって、もう来るもの」
くすくす笑いながら告げられた妖精の言葉に、ステートは目を軽く閉じ、耳をすませる。
風の音が溢れていた。世界が大きく形を変えようとしている。
ごうごうと流れる音に混じって、ステートはある音をみつける。
世界の果てに向かってまっすぐ向かってくる何か。
そんなものは、たった一つしかありえない。
「ああ、そうなのね」
教えてくれた妖精に、ステートはふんわりと微笑んだ。
それから自分の家へと向きかえる。妖精たちもステートにあわせて、彼女の周りと飛んでいた。
すっかり干された洗濯物だけが、その背中を見つめていた。
*
それは大きな音と共に現れた。
「ス~テェ~ト~!!」
ザザザっと風が舞起こり、撫でられた草木たちが大きく揺れる。
その魔女が世界の果てに降り立ったのは、妖精とステートが会話を交わしてから、ほんのしばらく経った頃だった。
木々の間を突っ切るように進んできたせいか、その姿は少し泥に汚れていた。
自転車と呼ばれる二輪の乗り物に荷物を載せて走る姿は、現実世界の人間と変わりない。
よく見れば、その自転車は地面に車輪をつけていないことに気づく。魔女らしくその自転車は空を走るように浮いていた。
彼女が足を止めれば、自転車は地面へと車輪をようやっと着け、綺麗な車輪を少しだけ土に汚した。
「はーい」
名前を呼ばれたステートは扉からひょこりと顔を出した。
妖精の知らせほど正確なものはない。その上、自ら世界の果てから探索した。
これくらいの時間で到着するのは予定通りだった。
少し泥に汚れてはいるが変わらない様子の友を見ると笑顔で駆け寄る。
「今回も、お前に勝ってきたぞ!」
「あら、そうなの。イノに私の守りは破られてしまったのね」
「そうだ! 安定を崩し、変化をもたらすのがアタシの仕事だからな」
えへんと胸を張る姿は、ステートより小柄だった。
短い銀髪が白い光を反射する様子に目を細める。いつ見ても、自分と正反対のイノは輝いていた。
背こそ小さいが、イノは活発な性格であり、様々な世界を飛び回っている。
そして、面白そうだと思ったものがあれば、すぐさま力を貸して――世界を変えてしまう。
彼女は「変化の魔女」だった。安定を司るステートとは対極の存在だ。
魔女は対で生まれてくる。生まれたときから2人は一緒だった。ライバルである彼女たちは、常に一緒で、常に競っていた。
安定の魔女は、世界の果てから離れることができない。
それを知ったイノが世界中を飛び回り変化を彼女の元に持ってくるようになったのは、ステートの家が巨木に包まれる前の話だった。
「今回は、どの世界で何をしてきたの?」
「おお、今回は乗り物の開発を手伝ってきた。これが戦利品だ」
「わぁ、見たこともない乗り物ね」
「スゴイだろう。これは魔法の力がなくても、二輪で安定して走ることができるんだ」
「へぇ、文明も大分進んだのね」
ステートはイノが持ってきた乗り物を眺めた。
ついこの間、車輪を発明したと思ったら、こんなものを作るなんて、大分、その世界は発展が早いようだ。
ステートは安定を司る。
安定とは、同じ状態を保ち、繁栄をもたらすことだ。
ステートの力が強い世界では、新しいものは中々生まれない。
同じ生活をずっと続けている世界をステートはいくつも知っていた。
「あそこは、アタシと相性が良いな。ちょっとした刺激で、すぐに新しいものが生まれる」
反対にイノは新しいものを作り出す力があった。
ステートの力が満ちた世界で、新しい変化を作る種を見つけてはイノは力を与える。
アイデアを分け与えたり、一緒に働いたり、その方法は色々だ。人が一人で乗り越えない部分をちょっとだけ手伝ってやるのが彼女の流儀だった。
上手く行けば、新しいものができ、イノの力がその世界で強くなる。
ステートの力がずっと強く保たれる世界もあれば、イノの力があっという間に世界を作り変えることもあった。
この2人は、そうやって世界を繁栄させてきたのだ。
「イノが楽しそうで嬉しいわ。私も新しく、力を与えないとね」
イノの力で生まれた新しいもの。
それを世界に馴染ませるには、ステートの加護を与えるのが一番だった。
力を与えられたものは、そういうものとして世界に存在することになる。
変化するには、またイノの力が必要だった。
「そうしてくれると助かる。アタシの力だけ強くなっても、つまらないからな」
イノの力だけでは、やがて世界に変化させられるものがなくなってしまう。
今まで様々なものを変化させてきた。
人の身分という制度から、ちょっとした暮らしの便利グッズまで、世界が変わるたび、イノは変化の力を強めていた。
ステートが新しいものを安定させ、成熟させなければ、新しい変化は生まれない。
「ふふ、イノは相変わらず優しいわ」
「退屈が嫌いなだけだ」
イノの遠回りの優しさにステートは笑顔を見せる。
ぷいと顔を反らしながら言う言葉は、変化の魔女なのに、いつも同じだった。
わざわざ新しいものをステートのもとに持ってくる必要はない。
この世界に生まれてしまった時点で、ステートの加護対象になるのだから。
それを知らないはずがないのに、イノはこうして世界の果てまで会いに来てくれる。
幼馴染の温かさに世界の果ては温められるのだ。
ステートの手のひらが光る。
温かみのある黄金の光が、イノの乗る自転車へと移り、それから包み込んだ。
これで自転車は自転車として安定した。世界から自転車が忘れられることはないだろう。
自転車という存在をどう変化させるかは、また別の話だ。
ひと仕事を終えたイノは大きく背伸びをすると、物干し竿の近くに自転車を立てかけた。
「さ、仕事も終わったし、ご飯にしようぜ」
「準備はバッチリよ」
「さすが、安定の魔女」
同じことを繰り返すのは得意なステートが、イノに答える。
イノはただ笑ってステートの後ろを着いてく。
これは、世界の果てでたまに逢う、2人の魔女の物語なのだ。
end