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第五話 世界




蔵書室の中を、これまでで一番大きな叫び声が響き渡った。本棚が振動し、何冊かの本が棚からこぼれ落ちる。

ひとしきり叫び終わり、部屋の隅に縮こまって退避した雄一は、肺活量が限界に達したタイミングで声を落とした。


「ごめんねぇ、大丈夫?」

「…………あれ?」


注意深く観察してみると、宙に顔が浮かび上がるというのは単純な話。魔石の光を顎の下に持ってきた事によって、顔面が暗闇の中で強調されたと言うだけのこと。

雄一の目の前には、しっかり二本足で立つ人間が居た。

長身に、ウェーブのかかった緑色の長い髪。少し和を感じさせるファンタジックな衣装は、胸元が大きく開いて、巨大な胸が今にも零れそうなほどラフな物だった。


挿絵(By みてみん)


健全な男子高校生には、目の毒と思わせる衣装に、無意識に鼻の舌を伸ばす雄一。

奥扉に目をやると、半開きだった扉はいつの間にか閉じている。

おっとりとした表情をにこやかにほころばせ、その女性は雄一に話しかけてきた。


「こんにちわぁ」

「こ、コンチワ…………幽霊じゃ、無いよな?」

「一応生きてるつもりだよぉ? そう言う貴方はどちら様? 使用人さん?」


雄一の服装は使用人服。しかしこの城で働き始めた新入りであり、未だ出会ったことのない人間は多い。

特に、目の前のようなエロティックな衣装に身を包んだ美女を見れば、忘れるほうが難しい。つまりは、雄一とこの女性は初対面であるということだ。

床に投げた自分の尻を持ち上げて、ホコリを払って咳払い。雄一は先程の醜態を拭うように、今更ながら表情を整えた。


「ゴホンッ! あー……俺、昨日から働いてる佐山雄一。よろしく」

「ご丁寧にありがとう。私、アエレシス・レディ・シルエット。王宮付きの魔法使いです。アエルって呼んでねぇ」


朗らかに微笑むアエルを前に、思わず雄一は頬を染めた。


「えと……さっきはお恥ずかしいところを……」

「あー!」


頬を掻きながら、先程の弁明をしようと口を開いた雄一を遮るように、アエルが突然声を上げた。

何かを思い出したかのような表情を浮かべると、雄一の顔に指を指した。


「ユーくんってアレだぁ! シルちゃんが言ってた勇者様!」

「ゆ、ユーくん? シルちゃん?」


納得の言ったようにウンウンとうなづくアエルを他所に、雄一は先程呼ばれた名前について考えた。

ユーくんというのは、恐らく雄一のことだろう。しかしシルちゃんとは…………なるほど、シルフィのことである。

喉に刺さった魚の小骨が取れたような感覚。安易と呼べなくもないあだ名に苦笑いを浮かべつつ、雄一はアエルに疑問点をぶつける。


「あの……アエルさん?」

「アエルで良いよぉ?」

「じゃあアエル。俺のことをお姫さんから聞いてるのか? 具体的には、どのくらい?」

「異世界から召喚されて、魔力のない勇者まがいの一般人……だったかなぁ」

「……大体合ってるけど、その呼び方……やっぱ、まだ怒ってるんだろうなぁ」


”一般人”という呼び名に、侮蔑の意図を感じる雄一はため息を付いた。

一重に雄一の責任であるシルフィの怒りは、一日二日の時間経過では、自然鎮火は難しそうであった。


「でもそうか……なぁ。お姫さんの様子ってどんなだった?」

「怒ってたよぉ?」

「……で、なくて。俺を元の世界に帰す方法の研究とやらだよ。進んでそうか?」

「ああ、そっちかぁ。うーん、ちょっと難しいかなぁ。召喚魔法って、まだ研究段階の技術だからぁ、帰す魔法となると時間がかかっちゃうかも」

「時間……ってどのくらい? 一ヶ月とか?」

「三百年くらいかなぁ?」

「ぶっ!? んなもん待てるか! 人生何回分だよ!」


提示された時間は、人間ではおおよそ耐えることの出来ない年月。あまりに出鱈目な数字に、雄一は吹き出すと同時にツッコミを入れた。

元の世界に帰る方法について、シルフィの台詞から楽観していた雄一。しかし、アエルの言った数字が本当だとするならば、悠長に使用人などやっている場合ではない。

城への軟禁状態など即刻解除してもらって、ファンタジーよろしく、冒険なり何なりしつつ帰る方法を見つけるべきだ。雄一は自分の置かれた状況が、あまりよろしくないことに焦りを感じた。


「あ、でも。シルちゃん天才さんだから。もっと早く帰還魔法を開発出来るかもしれないよぉ?」

「…………どのくらい?」

「八十年くらいかなぁ?」

「浦島太郎か! 白髪オンリーのじいちゃんになっちゃってるよ!」


ちなみに、日本人男性の平均寿命は約八十歳なので、死んでいる確率のほうが高かったりする。

そもそも、そんなヨボヨボな状態で元の世界に戻されても困るだろう。それだけ待てば、永住を決意するのに余りある時間だ。

ひとしきりツッコミを終えた雄一は、乱れる呼吸を整えて頭を冷静にしようと深呼吸。その御蔭かどうなのか。ひとまず落ち着くことに成功した。


「オーケイ……じゃあとりあえず、お姫さんに直談判と行こうか」

「それは止めたほうが良いんじゃないかなぁ。シルちゃん、張り切って休まず魔法研究してたから。余計な一言を言っちゃうと、もっとへそ曲げちゃうかもねぇ」

「よし、なら止めておこう」


シルフィが全力を尽くしてくれているのならば、自分に出来ることは無い。そのような方向に諦めて、雄一は雄一で独自の情報収集をする。最初期の方法を地道に続ける他ないと決意した。

という訳で、蔵書室にやってきた最初の目的を思い出した。つまり、獣人とギフトと言う言葉の意味を知ることである。

そして、目の前には朗らかながら、王宮付き魔法使いと自称するアエルが居る。つまり、恐らく頭が良いであろう人間が居るのだから、わざわざ本を探す意味もない。

しかも彼女は、雄一がこの世界に関して無知な理由を知っている。ならばと雄一はアエルを見定め、口を開いた。


「ちょっと調べ物をしに来たんだけどさ、良ければこの世界のことを教えてくれないか?」

「ああ、そう言えば異世界から来たんだったねぇ。私で良ければ説明するよぉ?」


快諾するアエルは、蔵書室の壁の一部を魔石で照らす。そこには黒板のようなものが有り、備え付けられたチョークのようなものを取り出した。

「なんだか暗いねぇ」とつぶやくと、指をパチンと鳴らした。その音に呼応するように、蔵書室の中を照らしていた淡い魔石の光が強くなり、ホラーテイストな雰囲気が払拭された。


「それで、何が知りたいのかなぁ?」

「えっと、獣人とかギフトとか……と言うか、いっその事世界観をまるっと知っておきたいかな」

「そうだねぇ……じゃあまずはこの世界の人種構成からかな? この世界は大きく分けて三種類の人種がいます。ユーくんみたいな人間と、人間と獣の器官を有する獣人。そして私、エルフの三種類ね」


黒板に気の抜けるようなイラストが描かれて説明が行われる。


「アエルってエルフなのか? エルフって耳が長いんじゃなかったっけ?」

「耳? ユーくんの世界のエルフがどうかはわからないけどぉ、こっちでは人間と変わりないねぇ。魔力が極めて高いのと、瞳の色が金色っていうのが特徴かなぁ」


アエルは自分の瞳を指差した。非常に透き通った金色の瞳。まるで宝石のように光り輝き、いっそ吸い込まれてしまうのではという感覚が雄一を襲う。


「……もしかしてアエルって、俺より相当歳上?」

「女性に年齢聞いちゃ駄目だよぉ」


オブラートに包みこんだ常套句であるが、彼女の瞳は「それ以上聞いてはいけない」と言っていた。


「話を戻すけどぉ、エルフは今言ったように魔力が最も高い人種。次点で人間。獣人は魔力を一切持たない人種なのぉ。だから、魔法に通じる人なら見分けるのは簡単というわけ。特徴をいかに隠してもね」

「魔力を持たない……でも、俺は人間だけど魔力なんて持ってないって言われたぞ? それは、異世界人だからか?」

「そうかもしれないけどぉ、例外もあるの。それがさっき言ってた”ギフト”って力に関係するんだけどねぇ」


黒板の上をチョークが走る。異世界の文字が並び、イラストともに黒板を埋めていった。

それぞれの人種イラストに”ギフト”と言う文字から矢印が引かれ、人間と獣人には丸印が。エルフにはバツ印がつけられた。


「”ギフト”は『持たざりし者への祝福』とも言われるの。簡単に言うと、魔法でも再現が難しい超能力。そしてこれは、魔力を持たない一部の獣人。もしくは、先天的に魔力を持たない一部の人間に与えられる能力なの。だから魔力を大量に保有するエルフは、この能力は保有出来ません」

「じゃあ俺にもその”ギフト”って奴が……」

「”かも”だけどねぇ。異世界の人の常識はわからないから。こっちの世界だと、魔力を持っていない人間は全員”ギフト保有者”と羨ましがられるんだけどぉ」

「ああ、だからデックスも……ちょっとワクワクするな。例えば、どんな能力があったりするんだ?」

「うーん、本当に千差万別で確認例もあんまりないからなぁ…………例えば、瞬間移動。一瞬で別の場所に転移することね? 他には物体をすり抜けることが出来たり、未来を覗くことが出来たり。かなぁ。ちなみに、同じ時代で全く同じギフトを持つ人はいないみたいだよぉ」


まさしく超能力。地球世界におけるエスパーやサイキッカーのようなものだと、雄一は解釈した。


「で、ユーくんの世界じゃ違うかもしれないけど、人種別のいざこざも教えておくねぇ? 一応知っておいたほうが、トラブルも避けられると思うから」


アエルの朗らかの表情は、少し影を落として真剣な顔つきへと変化した。

黒板に描かれたギフトの下りを消して、新たな項目を書き連ねる。書かれたのは”人種差別”と言う単語であった。


「この世界で最も勢力が大きいのは人族なのぉ。次点でエルフ。最後に獣人ね? で、これは力関係でも同じことが言えるんだけどぉ、特に獣人はかなり酷い扱いを受けてるの」

「酷い扱い?」

「つまり…………奴隷」


言いにくそうに眉をひそめるアエルにつられ、雄一も表情をしかめた。


「この国、モントゥ王国では奴隷制はないけどねぇ。それでも獣人の入国は基本的に許可されていないし、獣人たちとの交流も無いに等しいの。一方で他国では、厳しい奴隷制度が敷かれているところが大半。獣人は人間に比べて身体能力が格段に高いからぁ、便利だと思われてるんだねぇ」

「…………嫌な話だなぁ」

「そうだねぇ。獣人は優れた戦士が多いって聞くけど、魔力を持たないっていうのはそれだけで差を生んじゃうの。奴隷以外の獣人は数も少なくなってるから、人間への対抗手段と言えば卑怯な方法。つまり、民間人相手のテロ活動が主な手段なの。よって奴隷でない獣人は即捕縛対象。人間の獣人に対する悪感情は相当なもの。だからユーくんも、安易に獣人のことを口に出しちゃ駄目だよぉ? どういう感情があっても……ね?」


それが常識であるこの世界の住人のアエルでも、思うところはあるのか、その表情は複雑なものだった。

雄一に与えた忠告も、差別意識や自分の考えに基づくものではなく、単純にこの世界の常識の外側に居る雄一の、身の安全を考えたものであった。

雄一は深く息を吐いて、イスの背もたれに体重を乗せる。ワクワクするファンタジー世界でも、現実は現実。複雑な気分を味わっていた。



『まるで無意味な召喚者~冒険者達は俺の胃を攻撃してくる以外に能がない~』同時連載中です。

可能な限り、毎週火曜日の16時ごろに投稿しています。

こちらも合わせてお楽しみください。

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