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第二十七話 鏡鑑





喉を押さえ、未だに収まらない嗚咽と咳き込みに苦しむ雄一を背後に置いて、ダイクリッドは絶滅教団のシドと向かい合っている。

シドの背中からは血が滴り落ちており、普通の人間では痛みに悶て、立っていることもままならないだろう。

しかし、シドの口元はニヤついていた。吐いた血が唾と混ざりあい、ネチャリと音を立てている。糸か何かで縫い付けられた唇と相まって、ホラー映画でも見ている気分に陥った。

そんな異常者と対峙するダイクリッドは、首の骨を鳴らした。息を深く吸い込み、吐き出して、


「うちの団員が迷惑かけたみてぇで、詫びなら俺が入れてやる。だから、死なねぇ内に失せたらどうだ?」

「…………うぅっ! 殺ず! (ごろ)すっ!!」

「聞く耳持たねぇか」


ダイクリッドの警告は功を奏さず、シドはターゲットを雄一からブラザーフッドの団長へと移し、巨大な拳を振り下ろした。

石造りの暖炉を軽々と砕く強烈な一撃。無論、そんなものを人間が浴びればひとたまりもないだろう。

しかし、そんな一撃を、ダイクリッドは正面から受け止めた。拳はダイクリッドの片手の手のひらへと収まって、その強烈な威力は彼の足元から伝わって、床の板をぶち抜いた。

片手でシドの拳を受け止める。これまでの攻撃を見ていれば、それがどれだけ異常なことかが理解できた。


「グルルルルルルッ!!」

「…………っ!?」


ダイクリッドが獣のような鳴き声を放った。鋭く尖った八重歯を噛み締めて、髪の毛が一気に逆立った。

受け止めた拳を離して一瞬。まさに、瞬く間にシドの懐へと入ったダイクリッドは、シドの腹部へと拳をめり込ませる。

剣の一閃をも防ぐシドの肉体。そんな強靭な防御力を軽々と抜け、ダイクリッドの一撃はシドの体を吹き飛ばした。

教会奥の壁に巨体が激突。壁は崩れて、シドは木片の山に埋もれてしまった。


「つ……強っ!?」

「あん? 当たり前だ。獣人が、たかが人族の力自慢に負けてたまるかよ」


物理法則とか、筋密度とか、そのあたりはどうなっているのだろう。ファンタジー世界特有の非常識を味わった雄一であった。


「シドさん! ああ、神がお迎えに来てくださったということなのでしょうか! その身が果てて死に向かうと言うのは、大変喜ばしく羨ましい!」


相変わらず異常な言動。木片に埋もれたシドを羨ましく凝視するアミックとミリー。

流石にこれ以上は動けないだろう。そんな風にしか見えない有様のシドだったが、アミックの一声ですぐさま復活。木片を撒き散らして起き上がった。

剣が背中に突き刺さり、彼の内臓はズタズタだろう。そこに強烈な拳が叩き込まれたのだ、致命傷と行っても差し支えない。

それでもシドは動き続ける。乱れる呼吸が血を飛ばし、更に割れた仮面の下から、瞼のない片目がギョロリとダイクリッドを睨みつける。

長椅子をひとつかみ。片手で巨大な椅子を持ち上げると、ダイクリッドめがけて横薙ぎにした。


「ふんっ!」


ダイクリッドは片脚を長椅子に向けて迎え撃ち、真っ二つにへし折った。半分は未だシドの手元に、もう半分は天井のシャンデリアに激突してガラス片を撒き散らした。

砕けた破片で、ダイクリッドの視界から一瞬、シドの姿が消えた。そしてその瞬間、距離を詰めたシドが、ダイクリッドへと掴みかかった。

体を回転させてこれを避け、勢いそのままにローキック。強靭であるはずのシドの脚を、長椅子と同様、真っ二つにへし折った。

シドは体勢を崩す。そんな彼の喉元に、ダイクリッドは手を当てた。

先程シドが雄一を絞め殺そうとしたように、片手でシドの巨体を持ち上げる。

喉元を潰すメキメキと言う音が響き渡った。絞め殺すなどとは生ぬるい。喉仏と気道を潰し、そのまま首の骨を折ってしまう程の腕力だ。


「グルルルルルッ! グルァッ!!」

「……っ!」


持ち上げられたシドの体は、そのまま床へと叩きつけられた。

頭から床へと激突したシドは、首がひしゃげて顔面は陥没。これでは流石に生きてはいないだろう。


パチパチパチ


不意に、雄一達の耳に拍手が聞こえた。

音の出処はアミック。手のひらの皮が破れんばかりの勢いで、大きな拍手を鳴らし続ける。

そして急に、その拍手はピタリと止んで、アミックは血の涙を流した。


「オウッ! シドさん! シドさぁん!! ああ、なんということでしょうか! 貴方が死んでしまうなんて……羨まじぃ! ズルいではありませんか! 先に逝ってしまうなんてそんな幸福を果たしてしまうなどという快楽は、教団として戒め無ければならないことではありませんかっ!」


顔と頭を爪でガリガリと引っかきながら、シドの死体へと叫ぶアミック。地団駄を踏み、髪の毛を引きちぎり、視線は変わらず何処をみているのかが分からない。

雄一にとっては何度かみたことのある光景であるが、ダイクリッドは違う。異常な光景と迫力に、その屈強な男はたじろいで数歩後ずさった。


「ああっ! ワタクシも死にたい! 殺してほじぃ!! しかし幹部としての務めを果たさなければならないという葛藤! 責務! 義務感! けど、少し……少しだけ! 少しだけならよろしいではありませんか、ミリーさん!」

「アミック様…………わたしもやりたい……」

「そうです……そうですよね! しかし! シドさんが死んでしまった以上! 貴女にまで先立たれてしまえば、計画が狂って失敗に陥る可能性が否定できません! それだけは必ず果たさなければならない使命なのです! けど、やはり、やっぱりちょっとだけ! 少しだけ! 殺ってしまってもいいでしょうか! おお、神よ! 欲望に抗えないワタクシをお許し下さい!」


顔面を手のひらで覆い、アミックはその動きを止めた。

ゆっくりと両手を下ろすと、血の涙は頬を汚し、一層凶悪な表情が雄一たちの瞳に映った。

脱力したアミックは、首にぶら下げたロケットを開く。中身には写真などがあるわけではなく、どうやら鏡が向かい合っているものらしい。


「ゴホッ……ダイクリッド、あいつには直接触れるなよ。触ったら死ぬっていう、チートなギフトの使い手だ」

「ちーと? その言葉はよく分からんが、問答無用で死ぬっていうのは厄介だな」


喉へのダメージは少し回復し、着いていた膝を床から離して立ち上がる。……はずだった。


「っ!? なんだ!」


脚を引っ張られる感覚。そして直後に襲いかかる、全身の服を掴まれる感覚。

一本や二本の腕ではない。十本近い手が、雄一の服を掴んで床から離れない。

四人の他に、教団の人間が潜んでいたのか!? そんな予想をして目線をやった雄一の目に、おかしなものが映り込んだ。


「――――手?」


雄一の体を床に固定していたのは、予想通りの人間の手であった。しかし、その手は胴体につながっていない。床から……と言うよりも、床に散らばったガラス片から生えていたのである。


「『アルデカの合わせ鏡』」


胸元のロケットに手をかざしながら、アミックは言った。力の出処は、彼が持つその鏡入りのロケットであるようだ。


「マジックアイテムか! 待ってろユーイチ!」

「ぐぐ……っ! ダイクリッド! 後ろ!」


顔を触ろうとするアミックの腕をなんとか防いでいた雄一のもとに、ダイクリッドが駆け寄った。しかし、その背後に見えた人影に、雄一は彼に警告を叫んだ。

見えた人影の正体は、雄一が倒したはずのオリーだった。両手は粉々にへし折れて、シドの拳をまともに受けたことによって頭からは血が吹き出している。

そんな男がいつの間にか起き上がり、ダイクリッドの背後から襲いかかったのである。


「ぐあっ!? このっ!」


首筋に噛み付いたオリー。両手が脱落しているのだから、その程度しか攻撃手段が無かったのだろう。

一瞬怯んだダイクリッドだったが、すぐさまオリーを引き剥がし、彼の頭へと拳を振り下ろす。


「ぶぎゃっ!」


とどめの一撃。頭蓋骨は完璧に割れて血が吹き出した。シドに続き、これでオリーもようやく動きを止めたのだった。

ダイクリッドは噛まれた首筋へと手をやった。どうやら、少しばかり血が出ているようだったが、それほど傷は深くないようだ。


「ああっ! オリーさんまで! みんなしてワタクシを置いていくとは、非常に羨ましく無責任ではありませんか!」


再び血の涙を流すアミックを他所に、雄一は必死に腕を引き剥がそうと力を込める。

服を掴んで押さえつける腕に対して蹴りを入れ、袖を掴んで捻り上げる。

「ぎゃっ!」と言う叫びをアミックが上げて、群がる腕はその力を弱めた。


――この腕、全部本人と感覚が繋がってるのか?


ならば、やはり直接触られるのはまずい。少しでも触れることがあったなら、「デス」と呼ばれるギフトの力によって、苦しみのたうち回って死ぬことになるだろう。

逆に言えば、この腕に攻撃すれば、そのダメージはそのままアミックへと伝わることになる。更に数発のケリを入れ、掴む力が弱まった瞬間を見計らって脱出した。


「ダイクリッド、首は大丈夫か?」

「こっちは平気だ。それより、さっきの攻撃は……」

「ああ。あいつのギフトと相性良過ぎのアイテムだ。厄介なんてレベルじゃねぇよ。ただ、ネタバレが早かったのは不幸中の幸いだな」


足元のガラス片を見る。恐らく、アルデカの合わせ鏡の使用条件はこれだ。

複数の腕が生えた場所。その全てにガラス片が散乱していたのだ。鏡とガラス、共通項は物体を反射するものであるということ。

すなわち、鏡やガラスにさえ気をつければ、その力は半減してしまうことだろう。雄一は床のガラス片を蹴って、辺りから反射物を取り除いた。


「なんと! 早速我が力の真髄を見破られてしまいました! 素晴らしい観察眼! 考察力! これは非常に楽しくな…………おや、なんですか、ミリーさん?」


興奮するアミックのマントを、ミリーが掴んで引っ張りながら、


「もう……時間……行かないと」

「何たることだ! 何たることだぁ! 時間切れとは何たる幕引き! これも神の試練の一つなのかもしれないというかそうに違いない!」

「手加減……するから」

「殺しには過程も重要なのですよミリーさん! 普通に殺したのでは、彼らも浮かばれないではありませんか! ……あ、でもそれだと、普通の殺しを差別することに……それはいけない! 未熟者! ワタクシは愚か者です! 殺しに普通も異常もありません! みんな違ってみんな良い!」


自らの言葉に対し、自分の頭を教壇へと打ち付けるアミック。頭から血が吹き出し、しばらくすると落ち着きを取り戻したのか、静かになった。

大きく深呼吸をすると、雄一とダイクリッドを見つめながら、


「申し訳ありませんが、我々はこれから行くところがあるのです! あなた方とはこれまで! 寂しい別れが訪れることでしょう!」

「――逃がすと思ってんのか! 絶滅教団!」

「逃げはしません! 我々は引きはしない! 前進あるのみなのです!」


アミックは口角をめいいっぱい上げて、何の問題も無さそうに立ち尽くしていた。





『まるで無意味な召喚者~女神特典ってどこに申請すればもらえるんですか?~』同時連載中です。

可能な限り、毎週火曜日の16時ごろに投稿しています。

こちらも合わせてお楽しみください。


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