季節がめぐる中で 8
クバルカ・ラン中佐。
噂では年もとらず、首を落としでもしない限り死ぬことは無い『仙』と呼ばれる存在だとか噂するものもいたが、シンは特に詮索はしないことにしていた。しかもそれは近藤事件以前は存在そのものを伏せられた存在だった。
この遼州と言う星は、学説にも寄るが数千万年から新しく見ても200万年前に栄えた宇宙文明の生体兵器の製造実験場だったと言う説もあることをシンも知っていた。自分の法術発動能力である干渉空間内部での発火能力。いわゆるパイロキネシス能力も遼州人の能力のひとつだった。
「なんだよシン。そんなに心配か?オメーのところの新人がよ」
そう言うとランはテーブルの上の灰皿をシンの前に置いた。
「いいんだぜ、我慢してたんだろ?」
気を使う小さな上官に頭を下げながら、シンはポケットからタバコを取り出した。
「高梨参事が一緒ってことは人事の話か?アタシもまー……おおよそでしか知らないんだけどな」
そう言うとランは胸の前に腕を組んだ。教導隊と言うものが人事に介入することはどこの軍隊でも珍しいことでは無い。しかもランは海千山千の嵯峨に東和軍幹部連との丁々発止のやり方を仕込まれた口である。見た目は幼くしゃべり方もぞんざいな小学生のようなランもその根回しや決断力で東和軍本部でも一目置かれる存在になっていた。
「要するに上は首輪をつけたいんだよ、あのおっさんに。それには一番効果的なのは金の流れを押さえることだ。となると兵隊上がりよりは官僚がその位置にいたほうが都合がいいんだろ……って茶でも飲みてーところだな」
そう言うとランは手持ちの携帯端末の画像を開く。
「すまんが日本茶を三つ持ってきてくれ」
ランは画面の妙齢の秘書官にそう言うと二人の男に向き直る。その幼く見える面差しのまま眉をひそめてシンと高梨を見つめる。
「まあ予算規模としては胡州とゲルパルトが同盟軍事機構の予算を削ってでも保安隊に回せとうるさいですからね」
そう言いながら頭を掻く高梨。自動ドアが開いて長身の女性が茶を運んでくる。
「西園寺首相は隊長にとっては戸籍上は義理の兄、血縁上は叔父に当たるわけですし、シュトルベルグ大統領は亡くなられた奥さんの実家というわけですしね。現場も背広組みはとりあえず媚を売りたいんでしょうね」
シンはそう言うと茶をすすった。
「実際東和あたりじゃ僕みたいな遼南王家や西園寺一門なんかの身内を司法局という場所に固めているのはどうかって批判はかなり有りますが、まあ大国胡州が貴族制を廃止でもしない限りは人材の配置が身内ばかりになるのは仕方ないでしょうね」
静かに高梨は手にした茶碗をテーブルに置いた。
「西園寺と言えば……シン。お前のところの青二才どもは元気みてーだな」
ランはそう言うと再び携帯端末を開いて画面をシンと高梨から見えるように置いた。開いたウィンドウには宇宙空間を飛ぶ保安隊の主力アサルト・モジュール、05式が映し出されていた。誠のいる第三小隊のシミュレータでの戦闘訓練であるが、三機のアサルト・モジュールの動きは組織戦を重視していたシンが隊長をしていた頃に比べてちぐはぐなものだった。
襲い掛かる仮想敵のM10に勝手に突っ込んでいく二番機西園寺要大尉。それを怒鳴りつける小隊長のカウラ・ベルガー大尉。そして二人の女性士官に怒鳴り散らされながら右往左往する誠の痛い塗装の05式乙型。
「これじゃあアタシに話が来るわけだよ。まるででたらめな機動じゃねーか。明石や吉田は何も言わないのか?」
ランの幼く見える瞳がシンを見つめている。




