季節がめぐる中で 53
「うめーな、ビールって」
そう言って手酌でビールを飲み続けるラン。
「でもランちゃん顔が赤いよ!」
巨大な豚玉にソースと青海苔をかけながらシャムが突っ込みを入れた。
「後は烏龍茶にしたほうがいいな」
自分の隣の瓶を空にしたマリアが小夏が気を利かせて持ってきたウォッカのボトルに手を伸ばしている。
「そうですよ、中佐。タコ中が来たときには本当に真っ赤になってるんじゃないですか?」
アイシャがそう言うが、聞かずにビールを開けては面白そうにグラスに注ぐ行動を続けているラン。小さなランが次第に顔に赤みを帯びていく様を楽しそうに見つめている要の隙を見つけると、誠は素早く小夏に要に注がれたラム酒のグラスを渡し、新しいグラスにビールを注ぎなおす。
「あー、いい気分」
ご満悦のラン。リアナ、マリア、明華の三人はさすがに言っても無駄だと自分達のお好み焼きを焼くことに集中している。
「ああ、来たみたいだぜ、タコ」
吉田の言葉を聞いていたのはカウラとパーラ、そして誠くらいだった。
「ああ、やっぱそれくらいにしろ。後はジュースでも何でも飲めよ」
一応上官であり、アサルト・モジュール教導の師でもあるランに気を利かせて要が言ってみた。
「なんだ?アタシに説教とはずいぶん偉くなったじゃねーか、要よー」
その要を見る目は完全に座っていた。この時になってようやく要は間違いに気づいた。すでにアイシャとパーラは何かを感じたとでも言うように黙ってえび玉を焼いている。
「ああ、すんませんなあ。ワイの分もあるでしょうか?」
独特のイントネーションで喋る大男、明石清海中佐が階段を上がって顔を出した。
「おう、先にやらしてもらってるぜ。ランは……」
嵯峨がランの鉄板を見ると、もう飲むことをやめたランが不自然な笑いを浮かべながら座っている。仕方が無いと言う表情でアイシャとパーラの鉄板をすり抜けてランの隣に体をねじ込む明石。
「空酒はいかんのう。ちゃんとワシが焼いてやるけ、どれがええか?」
そう言ってメニューをランに見せる明石。
「おう!それじゃあこの広島風で!」
そう言って焼きそばののったお好み焼きを指差すラン。
「あの!ほんますいませんなあ、春子さん。広島風のデラックス、二つおねがいしま」
空のグラスを見つめる明石の視線を感じて素早くアイシャの隣に置いてあるビールの瓶を持って近づく誠。
「よう気がつくのう」
そう言いながらにこやかに笑いつつグラスに注がれていくビールを明石は眺めていた。明石の手と比べると小さく見えるグラスに注がれたビールだが、明石は当然のように一息で飲み干す。
「ああ、ええのう。全く生き返るわ」
そう言うと明石は誠に空いたビールを差し出した。誠は慎重にビールを注ぐ。
「ああ、隊長。高梨の旦那も来とりましたわ。誘うたんじゃけどあの御仁、頭が硬とおまんな」
再び一息でグラスを空けた明石は誠からビール瓶を奪い取った。
「ワレも食え。後はワシがやるけ」
明石はこう言うところで気が回る性格である。確かに見た目はヤクザ以外には見えないがあの気難しい明華が結婚を決意したのも頷ける男気があると言うものだった。
「ああ、焼いてあげてるわよ、誠ちゃん」
誠の野菜玉を転がしているのはアイシャだった。要とカウラが、なんとか手を出そうとしているが、こう言う気を使うことにかけてはアイシャが抜け出している。だが、手が空いた誠がビールを飲み始めると、すぐにタレ目の要のこめかみに青筋が立った。
「あっ!神前!テメエアタシの酒を捨てただろ!」
要の怒鳴り声で思わず噴出す誠。アイシャはそれを無視して焼きあがった野菜玉を切り分けて誠の前に置いた。
「毎回いじられてばかりじゃかわいそうでしょ?はい、誠ちゃん口を開けて!」
そう言って自分の箸に掴んだお好み焼きを誠に向けるアイシャ。
「あ!俊平!見てみな!」
誠とアイシャの姿を見つけたシャムが大声で叫ぶ。マリア、リアナ、そしてパーラが誠とアイシャを見つめた。
「何やってんだ!この色ボケ!」
そう言って顔を突き出す要にアイシャは気おされる風もなく逆に睨み返す。
「あら、なにか私、変なことしてるかしら?」
逆に顔を要に近づけて挑戦的な視線を送るアイシャ。誠は生きた心地がしなかった。いつもなら時間的には要に脅されてラム酒を一気飲みして意識を飛ばして裸踊りを始める時間だった。今日は完全に意識が冷めている。なるほどこのような状況が展開していたのかと、珍しく晴れた意識で周りを眺めていた。それを察したのだろう。怒鳴りあう要とアイシャに見つからないように壁伝いに近づいてきた小夏が先ほど誠が預けたラム酒がなみなみと注がれたグラスを差し出してくる。
次第に激高する要がアイシャの襟首を掴んだ。ぎりぎりと締め上げる要の腕を掴むアイシャだが、相手は軍用の義体のサイボーグである。止めに入ったカウラの手も全く要を止める役には立たない。
今できること、誠はそう考えて目の前のグラスを眺めた。他の選択肢など無かった。受け取ったラム酒を一気に煽る誠。
「あ、やっちゃった」
その姿を見つけたパーラの言葉が耳の中に響く。
そして誠の意識は完全に途切れた。




