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銀龍とセティ


 ヤスの意識を深層に落としたセティは、イリアースへ向けて帰還の準備を始める。

 地球での後始末を済ませ、宇宙空間へ飛び出す。傍らに身体を失ったヤスを添えて。


「さて、出発しましょうか。ヤスさん」


 ある日の夜、地球から2つの生命体は何者にも観測されず、ひっそりと地球を離れた。


「…………」


「ふふ、返事はありませんね。さぁイリアースへ到着するまでにヤスさんに教育を施しましょう」


 地球から持ち帰る情報とイリアースの情報を突合せる。対象は言語である。

 深層に落ちたヤスに突合情報を刷り込ませる。イリアースへの旅路を有効活用するために。日本語とイリアース各言語を対比し、整合性を持たせ無理なく馴染めるように。

 イリアース独自の言葉は和製英語と同じ区分でよいだろう。日本語の形態は非常に汎用であり、落としどころをつける作業は速やかに終わった。これでイリアースへ向かう道中でヤスはイリアースで会話する能力を手に入れるであろう。


「では、私も意識を落としましょう……」


 微かに地球が見える宇宙空間で、人知れず2つの存在は光を超えイリアースへと消えた。




―――

――


 いったい幾らの時間が経過したのかわからない。

 時刻を刻む基準が地球‐イリアース間に存在しないし、経過時間を刻む本人もまた、意識が無く時を刻む手段がなかった。


 次にセティの意識が深層から浮上した時、眼前には恒星から光を浴びる青い星が浮かんでいた。

 落下するようにその星へ降りていく。幾つかある大陸の山々や平地がハッキリわかる距離へと近づくと、雲を切り分けながら浮遊する大地が2人を迎えるように接近してきた。

 2人を誘導するように浮遊大陸に鎮座する巨大な神殿の最上部から光が放たれる。導かれるように真っ直ぐ、その光の元へとセティは向かう。


 やがて神殿の最上部に辿り着くと、光を放っていた光球は吹き抜けになっている内部へと降りていく。セティもまた、それに倣って神殿内部へと入っていく。

 厳粛な空気が漂う大広間へと行き着くと、光球は最奥に鎮座する巨体の近くまで素早く飛ん行き、ふっと消えた。


「おかえりなさい。……しかもお客様も御一緒なのね」


「御久しぶりです。私の名はセティ。イリアース外知的生命体探査を終え、帰還いたしました」


 零れ射す日差しを受け、キラキラと光を散らす銀色の鱗の主。巨大な銀のドラゴンが、実体のないセティを金の瞳で見下ろしていた。


「長旅のなか、帰ってきてくれてありがとう。貴女が最初の帰還者よ。さぁお話を聞く前に貴女に器を与えましょう。私たちもただ待ち望むだけではなかったのよ。もし帰還が叶った場合に備えて、身体を捨てた子達には新しい器を用意しようと頑張って研究していたの。エンじぃ! エンじぃ!」


 銀のドラゴンが最後に呼びかけると、ツカツカと杖をつきながら、人族の老人が姿を現した。顎鬚を蓄えた白髪の老人は杖をついてはいるが、背筋は真っ直ぐと伸びておりキビキビと歩みを進る。


「はいな。はいな。銀龍様」


「彼女らが見えますか? エンじぃよ」


 銀のドラゴンが片腕を伸ばし爪でセティを指し示す。エンじぃと呼ばれた老人は歩みを止め、その空間を目を細め訝しげに見つめた。


「おおおっ、見えます。見えますが……微かな靄のようにしか視認できませんのぉ。銀龍様、申し訳ありませんのぉ」


「エンじぃですら僅かにしか認識できないのね……。セティ、このエンじぃは私が見出し血を与えた人族の研究者です。あなたたちを送り出してからもイリアースは変わりありません。エンじぃは人族のなかでも知性高く生き、私が血を与え余命を延ばし、より高みに至りましたがドラゴンの中身を明確に認識するには至っていないのです」


「銀龍様に掬い上げられ、この身を研究に捧げておりますが、今だこの世界で知性を司る理力については研究が進んでおりませんのじゃ。じゃが、あらゆる生命がもつ理力。それのみで生存可能なドラゴンの不思議。僅かにでも近づくため、ワシは理力だけで構成された理力体が納まる器の研究を続け、確かな実績をおさめておりますじゃ」


「セティ、先ほども言いましたが長旅のお話を聞く前に、貴女に身体を与えましょう。エンじぃよ、器の元へ案内してあげなさい。それと、お客様の身体も新たに生成しなければなりませんね。そちらは私が取り仕切りましょう。案内の途中で研究員をこちらに集めてください。」


「おおっ銀龍様、然らば研究所にご案内しますじゃ」


「よろしくおねがいしますね。セティ、私はこの巨体ですからついていけません。お客様の器については私のほうで準備を進めておきましょう。ひとまずお客様を置いてエンじぃについていき、器を手に入れなさい」


「はい。承知しました」


「ほぉ~、存在は微かにしか認識できんのじゃが、お声はしかと聞こえますなぁ。それでは、こちらへどうぞじゃ」


 エンじぃの先導の元、セティはまだ眠り続けるヤスから離れて研究室へと向かう。神殿に併設された研究所には様々な知性種が活動しているがその人数は少ない。すれ違う度、挨拶や会釈をされる様子からエンじぃが敬われていることがわかる。道中、エンじぃは手漉きの研究員に言付けを伝えた。

 数度、扉をくぐり行き着いた先には床下に細かく区切られた槽が設けられた場所であった。

 地面に開いた長方形の穴、中には液体がなみなみと注がれており何かが静かに漂っている。


「さて、つきましたじゃ。ここがワシらの研究成果が眠る場所なのじゃよ。ここの水槽に安置されておるのは全て、銀龍様が納まるよう調整された器たちじゃ。当初の計画では銀龍様自らが、我々人族や獣族に代表される他の知性種と交流するために、その体躯を小さくした器の生成が目的じゃったのだが……」


 エンじぃが標本と銘打たれた水槽に歩み寄り膝をつく。

 今までの水槽と同様に、液体で満たされているが……。


「この標本は実験の記録であり、ワシらの未熟さを忘れぬためのものじゃ」


 その水槽の中には、内側から弾け飛んだのかあらゆる箇所が吹き飛び千切れボロボロになった原型の無い無残な身体があった。


「銀龍様の理力に適わなかったのじゃ。理力とは知性種がもつ実体無き根源、知性種が知性を持つのはこの理力があるからだといわれておる。そして、より知性を発揮するには知力の総量が関係しているのじゃ。龍族は古より知力が桁外れに高く、それ故に肉体も巨大であり、他の知性種とは知力の差が激しく乖離し対話すらままならなかったと伝え聞いておる」


 踵を返して標本の水槽から離れ、エンじぃはある1つの水槽に近寄る。

 天井からぶら下がっている縄を握り、滑車を動かす。足元の水槽から液体が溢れ始め、底が競り上がってくる。床の位置より上に上がると、水槽の底は板ではなく塊であり、エンじぃの腰の位置まで底が競り上がると固定具が働いたのかその場で静止し石塊の台へと姿を変えた。


「我々には銀龍様の器は、終ぞ生成できんかった。器となる身体が耐え切れず爆散してしまうのじゃ……。じゃがしかし、銀龍様の分体ならば……と、いつか御戻りになられるであろうあなた様をお待ちしておったのじゃ」


 石塊の台には、ロングストレートの銀髪を乱れさせ極端に整った容姿をした美しさというより神々しい女性が横たわっていた。だが、開け放たれた瞼の内に光は無く、濁った金色の瞳が虚ろにあるだけである。


「この身体は器として生成された中でも最高品質じゃ。この器であれば、耐えられるとワシらは結論を出しておる。あとは御身が宿られるだけじゃ」


 空の器と呼ぶに相応しいそれは、一見すると人族に近しい外見をしているが手足の爪は鋭く鋭利であったり銀の鱗が重なる長い龍尾がある。背中には綺麗に折りたたまれ擬装されてはいるが翼があるのがわかる。


「それでは……やってみます」


 エンじぃは薄っすらと靄としてしか認識できないセティをじっと見止める。次に起こる変化を一切見逃さないために。そしてセティが器に近づくと、エンじぃには靄が器に吸い込まれ消えていくのが見えた。

 そのまま、器である身体からだが真の意味で身体しんたいとなる瞬間を固唾を呑んで見守る。


 唐突に、石塊の台に横たわる身体がピクリと波を打つ。それを皮切りに、四肢と尾がのたうち顔面を歪ませ口から液体を吐き出した。

 一際大きく躍ったあと、セティは石塊の冷たさと体に纏わりつく液体に嫌悪感を抱いた。


「身体を持って最初の感覚がこれですか……」


 セティは体を起こし、石塊に腰掛け手足を宙で動かす。


「おおっ、おおおっ……。まだお体が安定しておりませぬ。今しばらくご安静に願います。拭き物とお召し物をお持ちいたしますので……」


 慌ただしく杖すらほっぽり出しエンじぃは部屋をあとにした。セティはその間、体をゆっくり動かし様子を見る。感覚的にも見た目的にも不具合は無さそうである。そうこうしている内に戻ってきたエンじぃから体を拭く布を貰い受け、全身を拭うと蒼く染められた貫頭衣を受け取り頭から被る。


「どうやら完璧のようですな。ささ、ゆっくり御立ちになられてくだされ」


「ありがとうございます。ご挨拶が遅れました、私の名はセティといいます」


 石塊に手をつき足を床につけ慎重に立ち上がりセティはエンじぃに頭を下げた。

 対して、畏れ多いと恐縮した身振り手振りではあるがエンじぃは微笑みを浮かべ嬉しそうにしている。


「こうしてお言葉をいただけるだけで感謝の極みじゃ。さぁさぁこうしてはおれぬ、銀龍様にご報告しなければ……」


「エン研究長、お連れ様。失礼します」


 部屋に研究員がやってくるとエンじぃとセティに軽く礼をとり本題を述べる。


「銀龍様よりお客様の器の生成を任され、つつがなく生成が完了しました。今銀龍様の下へお運びしていますので本殿、大広間へ御越しください」


「ふむ、それではこのまま向かうとするかの」


 研究員が退室すると共にエンじぃが後に続く、セティも異論なく黙ってその後ろに従ってもときた道順を辿り大広間に戻っていった。


 車輪つきの木製の寝台が加わった大広間には、相変わらず巨大な銀のドラゴンが鎮座しており興味深く寝台に横たわる物体を眺めていた。

 エンじぃとセティが合流すると、先導していた研究員は寝台を運んだと思われる研究員らと一礼をしてこの場をあとにする。


「銀龍様、無事に成功させましたぞ」


 寝台から目を離しエンじぃとセティに視線を移す。


「セティ、素晴らしいわ。私の替わりとしてもその身体を大切にしてくださいね」


「はい。感謝しています」


 銀のドラゴンはセティの返答に大いに満足したのかゆっくり頷き再度、寝台に目を向ける。

 短髪の黒髪に男らしい顔型は、康明の地球における容姿であったが、セティが知るゲームのヤスのように整った顔立ちに修正されていた。髪の色に合わせ黒の鱗が生える龍尾があり、目の色はセティと同じ金の瞳を持ち翼や爪も同様である。


「さぁさぁ、次はお客様の番です。イリアースの人族に似ていましたし基本はセティと同じ造りで容姿だけご本人の情報から修正させていただきました。私が器へ定着させてもよかったのですが、やはりセティがおこなうべきでしょう。お願いしますね」


 セティが寝台に歩み寄り、その数歩後ろにエンじぃが控える。

 エンじぃの目には、寝台に横たわる身体とセティが身体を手に入れる前と同じ、薄っすらと靄がかった何かが浮かんでいるのが映っていた。


 器となる身体にセティは手を翳す。


 薄っすらとした靄のような何かが、ゆっくりと器に吸収されていく。そうとしか認識できないエンじぃは二度目になるその光景を刹那も見逃さないように気を張って眺めていた。

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