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イリアースからの来訪者


「ようこそ。ヤスさん」


 視界が明瞭になり、ヤスは対峙する人物を認める。銀髪に金の瞳をもつ少女が、微笑みを浮かべていた。蒼い貫頭衣のワンピースが風にたなびいている。


「ここは……」


 ヤスは風の吹き抜ける芝生の上に立っていた。トレードマークの銀のスケイルメイルを身につけ、頬に風を感じる。ここは明らかにゲームのなかである。足が腰が自重を感じようとも、肌が風を感じようとも、それは脳波に送られた信号の結果である。しかし、いま感じているこの感覚は……先ほど感じた感覚は……


「ヤスさん。ここはイリアースで間違えありません」


 少女は微笑みをなおし話を続ける。


「しかし、ここはゲームのなかではありません」


 少女から視線を外し上を見上げてしまう。

 月と雲ひとつない星空。心なしか月がいつもより大きく感じる。


「まずはここがどこかお教えしますね。こちらへどうぞ」


 促されるままに少女へ近づく、芝生を踏みしめ歩む感覚がヤス自身気づかぬ緊張によってかおぼつかない。そのまま少女の隣へと誘われ、不意に視界が広がった。


 少女の背後は切立った崖になっていた。


 そして、イリアースの大地がヤスの遥か下に広がっていた。

 見慣れたワールドマップにそっくりな、その大地をヤスは見下ろすかたちで眺めるているのであった。


「気をつけてください。落ちるとことですので」


 そんな一言でヤスは1、2歩後ずさりをする。

 ここはなんなのであろうか……疑問が疑問を呼び、その答えを求めるように少女に身体を向ける。


「ここはイリアースの遥か上空に存在する浮遊大陸、そこにある龍神殿の一角です。そしてこれはゲームのイリアースには存在していません。ついさっきまでは……」


 一呼吸を置き、少女はポンと手を叩く。

 

「そういえば自己紹介をしていませんでしたね。私はセティと申します。ヤスさんがお分かりになるには銀龍とでも言えばお分かりになられるでしょうか?」


 少女が銀龍?

 これ以上の疑問は勘弁して欲しいとヤスは思った。


「ヤスさんをここにお呼びしたのはあるお願いがあるからなのです。」


「お願い?」


「そうです。どうか私と共に本当のイリアースへ転移して欲しいのです」


 そして彼女は話し出した……


―――

――

 

 そこは上も下も右も左も広大な宇宙であった。

 自分を認識する自分だけがいる。

 そんな宇宙空間を漂い進み続けている。


 あるひとつの目的をもってして、あるひとりの主の願いのために。


 どれだけの時間、距離を消費しようとも叶えるために。

 自分はそのために今存在しているのだ。


 そして、ある時ついに出合った。


 自分が受け持った探査域に引っ掛かったもの。

 私は自我を呼び起こした。

 長い流浪で壊れないために仕舞い込んでいたものだ。

 同時に私は遠くて近くにいるであろう、自身と同じものたちに伝達する。


〈こちらイリアース外知的生命体探査 子機より子機へ 私は見つけた〉


 暫くしたのち、無事に返信が届く。


〈〈〈こちらイリアース外知的生命体探査 子機より子機へ 私も見つけた〉〉〉


 よかった。どうやら私以外にも探し物を見つけたようだった。

 当初の計画にある通りに私たちは集合する。

 私は私、私たちも私。

 集合し集積し集結し1つになる。


 数点の情報を入手した。

 我らが星イリアース以外の星にいる知的生命体の情報。

 金属板に描かれた生命体の絵やそれを載せた人工物。

 知性によって考え生み出せれた創造物。

 ひとつになり性能をあげた私が分析した結果、限りなくイリアースに近い世界であると。

 こうして、私はとある惑星にたどり着いた。


 この星、地球と呼ばれる惑星は私たちが発見した人工物や様々な手段の観測装置を造りだし、宇宙空間に進出し知的生命体を探す活動をしていた。そう、私たちと同じレベルに星に留まらぬ高度な文明力を有していた。

 しかし、私は彼ら地球知的生命体と接触を図ることは困難を極めた。理由はいくつかある。

 ひとつに、私と同じ物質的存在が地球では存在しないこと。いや、正確には存在していたが希薄なものであった。私と多くの地球生命体、知的生命体とでは直接的な接触が不可能であった。

 また、多くの国、文化、宗教によって地球外知的生命体が接触した際の地球規模での混乱は必至であることも私の目的と主義に反するために慎重な行動をとらざるおえなかった。

 

 そこで、私は地球上に張り巡っているインターネットに目を向けた。

 地球文化の情報蒐集は私に課せられた目的のひとつである。幸いにも私は電子、電子装置に干渉すること術を習得していた。地球を見つける切欠となったものは地球産の高度な電子装置であった。そのため地球へ向かう道中で技術解析は消化し終えていた。

 

 インターネットからは非常に有益な情報を蒐集することができた。私は全てを吸収すべく全力を尽くし地球文化を自身に蓄えることにした。

 そして、インターネットを介した地球人との接触を開始した。その際、私は自身に固体名をつけることにした。地球文化にあやかり、敬意をこめてセティと。

 とはいえ、

「私は異星から来ましたセティです。どうぞよろしくおねがいします」

 などとインターネットで宣言したところで信じられることはないと、これまでの研究結果からわかりきっている。


 私はインターネットを経由した在宅フリーランスと称して、ある時はプログラマー、ある時は電子工学者、またある時はシナリオライターとして地球人と共にとあるモノを製作することにした。当時まだ黎明期だった仮想現実を提供する技術に関して、研究を補完し合うよう人々を結びつけ、世界最高の処理能力を持つ電算装置が導入されるように助言して。

 生み出されたこの形態が私の目的に即していると判断して。


 約5年間もの期間、私は作り上げた舞台で人を観察してきた。世界中で、あらゆる人類種を観察し続けてきた。イリアースを仮想的に作り上げたゲームの世界で、適した人を探し出すために。


「やはり日本人が最有力候補ですね」


 個々の教育レベルから宗教観、ファンタジーへの抵抗度など様々な観点から検証するに日本人ほど適合する選定先はない。

 そのなかでも初期からゲームへ参加しているヤスというプレーヤーには興味がわいている。世界中のプレーヤーには仮想現実と現実が反転してイリアースに生きている人は多少なりとも存在している。ヤスもその内のひとりであり、極度の偏向的プレーを楽しむその姿や立ち振る舞いが目を引く切欠ともなった。


「ヤス……いえ、ヤスさんと呼ばれているようですし、私もそのようにお呼びしたほうがよろしいでしょうね。彼なら……私の願いを聞き入れていただけるでしょうか……」


 所詮はネットゲームを介した干渉である。プレサービスから5年が経過し、ゲームとしての需要は過渡期を迎えるであろう。これ以上の観察行為よりは最終段階へと進むべきであると。


「近いうちに、ヤスさんをお呼びしましょう。私と共に本物のイリアースへと渡る知的生命体として……」


 決意を固め、彼女は準備を始める。

 イリアース外知的生命体探査の最終段階、想定される複数の事態に対して、複数用意された工程表の最後の準備を。


 イリアース外知的生命体が高度な知的生命体であったとしても、イリアースとの継続的な交流を行うまでに文化的、技術的に到っていない場合の想定における最終段階。

 それは将来的な交流を見据えた現地文化情報の蒐集、そして現地知的生命体のイリアースへの招致である。


――

―――


 一頻に説明しきると、セティは真剣な顔つきでヤスを見つめる。


「ご理解いただけたでしょうか?」


「ん~まぁ大まかには……」


「なにか疑問がおありですか?宇宙人とは信じられませんか?」


「いや、宇宙人とか地球外知的生命体とかは日本人として信じないといけないかなって思う。ただ、何で俺なのかなって」


 そう伝えるとセティは嗚呼とうなずいた。


「ゲームで楽しんでいただきご理解しておられますように、イリアースの神とはドラゴンのことです。そして確かに存在する権威として畏怖として身近に存在しています。そして私も……イリアースにおける龍神の1柱……その分体なのです。そう、つまりドラゴンなのですよ」


「ドラ…ゴン…」


「ええ、そしてヤスさんはドラゴンに特別な思いをお持ちのようですし。そのためだけにプレイしていることを存じております。現実のヤスさんの生活におきましても、失礼ですがお捨てになられているようですし」


「ハハハ……ソウデスネ」


 セティの言いたいことはもっともなことだった。ようは失踪しても問題ない人物で御眼鏡に適う人物がヤスだというのだ。ご丁寧に指摘されたように大学もギリギリ2年しか通わず、ゲーム内の稼ぎで生活しゲーム内に生きてきたヤスにとって未来は暗いものではある。セティの指摘どおり、ゲームは永遠どころか消費される寿命は驚くほど短い。それはヤスにとっても避けがたい未来が近づいてきているということに違いない。


「やはりヤスさんは適した人材ですね」


「そうですかね?」


「ふふ、こうして不思議なことに動じず冷静にお話を聞くことができる。それだけでも十分なのですよ」


「ん~まだ信じきれてないのかもしれないぞ。そのせいで冷静なのかもしれない」


「それはそうですね。さて……どうすれば良いのでしょうか…。先ほども言いましたが今この場はゲームであってゲームの世界ではありません。逆言えばまだゲームの中ではありますし、私がドラゴンに変身したとしてもそれでご理解いただけるとは思えませんし……」


 セティは困り顔で思案しはじめる。


「ではここがどんな場所なのか具体的に教えてくれないか?」


「わかりました。……ここは私が観察に使っていた場所なのです。第一に、ゲームに興じるプレーヤーの皆様を観察するために、私は本物のイリアースに存在する私が持ちうる知識のすべてを実装させていただきました。しかし、イリアースにあってゲームのイリアースには存在しない場所があります。そこがここ浮遊大陸の存在なのです」


「なぜ非実装に?」


「地球でも神さまが信じられていますが、イリアースではドラゴンが神と呼ばれています。そしてドラゴンは存在しており、生活する場所が必要になるのです。浮遊大陸はイリアースにて最高の知的生命体であるドラゴンが生活する場所であり聖域、それはイリアース外の知的生命体であっても、仮想世界であったとしても踏みいれられるのを良しとはできませんでした」


「なるほど……」


「ヤスさんのような日本人の方には天皇と皇居を想像していただけるとわかりやすいかもしれませんね」


「そんな場所へ俺は招待されたのか」


「そして実態としてのこの場をご説明するのであれば、ここは本来のゲームのサーバーではなくゲームを構築しているスーパーコンピューターの中、いえ正確にはヤスさんの脳波をスーパーコンピューターを介して私と同じ存在へ変換しサーバーの中にひっそりと作り出したこの場にお呼びしたのです」


「同じ存在への変換?」


「そうです。それをご説明するのは今は難しいですね。本来ならばヤスさんとしてゲームをプレイ中であっても実体のヤスさんの身体と切り離されたわけではありません。そのことはご存知だと思いますが、今は実体のヤスさんとここにいるヤスさんは切り離されています。いえ、実体のほうがもぬけの殻状態にあるのです」


「えっ」


 それは問題ではないだろうか。住民の居ない住居は腐る。思わずヤスはアホズラをしてしまったが割りと重大問題ではないだろうか。


「ご安心してください。実体の維持はしていますから」


「そ、そうなのか。ならいい……の、かな?……幽体離脱っぽいことをされた自覚はある。あの感覚が切り離されていった過程の体験だといわれると納得できてしまう」


「幽体離脱ですか……的確に近い表現です。私は地球において実体のない存在ですので。驚きましたよ、地球にきて直接的に接触可能な知的生命体がいませんでしたから。類似したモノとして地球では幽霊が一番近い存在でしょうか。まぁ彼らはその質と量が希薄すぎて知的生命体には含まれませんでしたが」


「幽霊って存在するんですね……」


「いますよ?結構な数が、ですが地球ではあまり認知されていないようですね。まぁしょうがないと思います。歴史的に科学技術は物理的現象を主立って研究されているようですし。地球環境では私のように濃密な存在者は生まれそうにありませんから」


「世界の不思議に触れてしまった感がすごいあるのだが……」


「もうすでにズブズブと不思議に沈んでいますし、誤差の範囲内ですよ?」


「嗚呼、さよなら日常さん……」


「ヤスさん、さよならついでに地球からもさよならしませんか?」

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