地球での生き方
初投稿です。
皆様の反応がどんな感じなのかわかりませんが、よろしくお願いします。
龍
一つに、原始の蛇から始まったこの生物は現代に至り西洋では主に悪の象徴として、東洋では主に絶対的な力の化身として人の文化形勢に幻想として存在し続けてきた。古代から、鱗に覆われた爬虫類の体に鋭い爪と牙をもつ強大な力の象徴。近代まで様々なイメージが付与されていき、人々の共通認識下にあるが……
それは、実在しない生物である。
「I Love Dragon!」
月が夜の訪れを告げる頃、ありふれた単身者向けマンションの一室で、鈴木康明は独りガッツポーズを決めていた。彼の頭部には没入型ヘッドマウントディスプレイを提供するヘッドギアが装着されており、後頭部からはパソコンへ繋がるケーブル類が彼の動きに任せてブラブラと揺れている。
「ヤスさんうるさいすぎ」
「しょうがないですよ~もはや病気ですし」
「またイスから転げ落ちてないでしょうか?」
ヘッドギアから複数の声が康明を親愛の嘲笑、あるい気遣いを含んで聞こえてくる。
「いやいや、これは失礼失礼」
康明は返事を返しながらイスに座りなおす。
アームレストに両腕を置き、リラックスした姿勢になり声の主たちと同じ世界へ没入する。
康明の視界には中世時代然とした酒場の光景が広がっており、先ほどから聞こえる声の主たちが康明に話しかけてきた。
「いやぁ、時代は進歩するものですねぇ」
「ヤスさんもこの時代に生きていてよかったですな?」
「没入型ヘッドマウントディスプレイも進化したものですよ。脳波送受装置も当たり前の時代になりましたしね。こうしてゲームの世界ではありますが、現実に限りなく近いですよね」
あいかわらず康明は自宅のイスに座っている。
しかし彼らは皮鎧や甲冑を身につけ各々が整った容姿でにこやかに無骨な木製テーブルを囲み、康明もまたその中の1人としてスケイルメイルを身につけた西洋顔の青年の容姿でその場にいた。周りを見渡せば、月夜が窓から差し込むなか彼ら以外のテーブルでも、同じように人々が話し、騒ぎ、活気ある酒場として繁盛している。
また、酒場の入り口や通路を行き交う人らは一様に大剣や槍といった武器を背負ったり腰に携えている。
この時代、没入型ヘッドマウントディスプレイの普及が進み出力装置として市民権を獲得すると共に、その伴侶となる入出力装置の開発に成功し、個々人の脳波から身体の駆動や感情の機微といった情報を取得したり、仮想現実での五感による体感を伝達する技術をヘッドギアに提供することを可能とした。
そうして、時代の先駆となるべく没入型ヘッドマウントディスプレイ登場時から共に発展を歩んできたゲーム業界は、よりヴァーチャルリアリティな世界を提供するにいたり、世界中で楽しまれるようになっていた。
〈イリアース戦記 ~ドラゴンワールド~〉
このゲームは最新のヴァーチャルリアリティゲームであり、世界中にユーザーを獲得している大手の大規模多人数同時参加型ゲームである。
イリアースと呼ばれる世界でユーザは活動をする。それは、ドラゴンを頂点とするモンスターや様々な種族が群雄割拠の大地を、1人の冒険者として武器屋として商人として縦横無尽に好きなことができる。
そのために、自由度の高いシステムを実現する世界中に散らばるサーバー群と次世代高速計算機計画からの払い下げ品とされる汎用スーパーコンピュータを根底にもち、アクティブユーザーを増やしていた。
康明は22歳の時、プレサービスの募集を始めたイリアース戦記とであった。
以来、約5年もの期間をこのゲームに注ぎ込みのめり込みそして現実と仮想現実がひっくり返った。康明としての人生は、今ではヤスと呼ばれるプレーヤーキャラクターに生まれ変わり、ヤスが生きるために康明は生きていた。
とはいえ、生活に関わる出費は発生するのだがイリアース戦記は電子マネーでの取引を許可しており仮想現実での活動によって現実での生活維持を可能にしていた。康明もまた廃人として高位プレーヤーのヤスによる稼ぎで生きるまでに到っていた。
イリアースのヤスといえば有名人なのである。
「そいでヤスさん。私はまだ辿りつけてないんですが、ソロで例のアレに行ったんですよね?」
ソロプレーヤーのヤスは普段は孤高を好み、1人で活動している。だがしかし、イリアースの各地にある冒険者の拠点である酒場に入れば、他のプレーヤーにすぐ囲まれてしまう。ヤスとしてもその日の成果自慢や相手からの情報を交換する大事な機会であり、1日1回は訪れていた。
「ああ、もちろん!」
康明は急に笑顔が零れ、話を続ける。
「3日ぶりのご対面だったからな。じっくり楽しんできたぞ~」
そういいながら鞄から拳大の鱗を取り出しテーブルに置く。光沢のある銀色のそれはもとの持ち主から離れたあとも艶やかに存在感を出し続けている。
「こいつがお土産だ!どうだ上質な銀の龍鱗だぞ、この色と艶といったらもう頬ずりしたくなるだろう?」
すでに頬ずりしながら話しかけてきたプレーヤーに自慢する。この龍鱗と同じものがヤスの装備しているスケイルメイルにはふんだんに使われている。この銀鱗鎧もヤスのトレードマークとして有名である。
「ハハハ……さすがヤスさん」
「あまりヤスさんにその話を聞くなよ。止まらなくなるから……」
話しかけたプレーヤーは引き気味にヤスを見ている。
そのやり取りを見ていたプレーヤーらもあきれ気味である。
「昼夜3日をかけて最高レベルのダンジョン龍の巣へ遠征してきたんだ。これぐらい自慢させて欲しいものだな。ほらこれを見てみろ銀龍の龍鱗だぞ?上位プレーヤーでもまだ20人も手に入れてない最高クラスの素材、しかもドラゴンだ。嗚呼~ドラゴンの鱗、最高だ。いろいろなドラゴンがいるが銀龍はそのなかでも随一の美人龍だよなぁ。スマートな体躯で美しい顔立ち、キリッとした口元から繰り出される蒼炎のドラゴンブレスはそれはそれは絶景なんだぞ!どうだ?今度見に行こうって奴はいないのか?」
「……ヤスさん、観光目的で龍の巣へ行く奴なんてほかにはいないんですよ。古参プレーヤーですら複数パーティーで攻略してるのに」
「あ~攻略ねぇ。俺は龍の巣を攻略する気はないから色々と無視して頂までいくからなぁ」
「せっかく山頂までいくんだから攻略したらどうなんです。いいかげん……」
「い・や・だ。ドラゴンを討伐するなんて俺にはできない。あんなクールで美人で可憐な銀龍をこの手で討伐するなんて……うん、無理だね」
頬ずりを止めて真面目な顔で答える。頬の替わりに手で龍鱗を撫で回しつつではあるが。
「もう5年もイリアースで生きてるわけだが、このゲームは最高だな。ドラゴンが神として君臨する世界。そしてそのドラゴンをリアルで見に行ける!それも間近で!」
「まぁ同意しますけど。ヤスさんぐらいですから、そんなドラゴン狂いなプレーヤーは……。ほんと凄いですよ。プレサービスからの古参にしてドラゴンを愛しすぎた男。攻略よりもドラゴンスレイヤーよりもドラゴンを鑑賞し続けることを選んだ変態プレーヤー。って有名人ですし」
5年前、プレサービスに申し込んだ理由はゲームのサブタイトルが原因であった。
~ドラゴンズワールド~
そしてゲームのキービジュアルに掲載されたドラゴン、康明は一目で気に入ってしまった。
イリアースは神々としてドラゴンを頂点とした世界観であった。広大な大地に国々が点在しそのどれもが神龍として様々なドラゴンを敬っている。
現バージョンではまだ2カ国の実装であるが、各国の神龍がいる龍の巣と呼ばれる霊峰が二箇所存在する。ヤスはそのうちの1つの霊峰へちょくちょく登りに行っていた。攻略ではなくドラゴンを観に。
康明はドラゴンマニアであった。
幼少より空想のドラゴンに夢を馳せ、憧れていた。
討伐もせず、お宝にも目もくれず。生え変わりとして周辺にドロップする牙や鱗を収集するプレイスタイルで高レベル層に居続ける。それがヤスのあり方であった。
「どんなプレイスタイルでもいいだろ?そんなの俺の勝手だ!」
ふんす。とヤスはドヤ顔をする。
そんな彼を呆れ顔や敬意をもって周りのプレーヤーが見ていた。
「さて、今日はこんな所でおさらばしますかね」
立ち上がり他のプレーヤーに挨拶をすませ酒場をあとにする。
2連徹夜のあとなので流石に睡眠のためにログアウトするためにセーフエリアへ向かう。リアリティを向上させる目的かログアウトは各町で規定されたセーフエリア内でしかおこなえない。またこのセーフエリアから各町に転移することもできる。
「8時間も寝ればまたログインして活動するかなぁ」
セーフエリアは各町の神殿に設定されている。寝て起きた後の予定を考えながら、ヤスは神殿内部へ立ち入る。大理石づくりの神殿内部は入って直ぐに大広間へと繋がっており、その国が讃えるドラゴンの像とそのお膝元には魔方陣が淡く発光している。この陣の内部でのみ転移やログアウトの処理がおこなえるのである。
神殿には今はヤス以外に訪れているプレーヤーはおらず、静寂に包まれているなか、1人の足音が響く。
「えっと……ログアウトっと」
ヤスが魔方陣の上に立ち宣言すると、淡い発光が途端に強くなったのち視界が緩やかにブラックアウトする。このままゲームが終了すればその旨が目の前に表示され、ヘッドギアの安全な取り外しが可能になる。
真っ暗な視界のまま暫く待機する。
「……あれ?おかしいな」
いつもならゲームの終了が完了した旨の表示がでてくるはずである。
「ん?正常終了に失敗したか?」
稀にある正常終了の失敗かもしれないとヤスはヘッドギアを外そうと手を動かす。
「ああ?なんだこれ……体がうごかねぇ……感覚が……」
大いなる違和感を感じ、不安が沸いてくる。今まで感じたことのない。五感全てを使った浮遊感を感じる。
幾ら脳波を介した装置であっても、実際に存在する体への強い指令は現実世界の身体を動かす。だから極度に興奮した際にはイスから転げ落ちたりするのであったが……
「おいおいおいおい」
今までの浮遊感からまるで水の底から水面へ向かって浮上するような感覚に包み込まれる。それにともなって、視界が黒一色から変化し視線の正面、遠くに光が射し明るくなっていく。
次第に近づく光源と、何かを押しのけ前へ前へと押し出される感覚が続く。
声を出すことすら戸惑わせる。
これはいつまで続くのだろうか。
そんなことを考えてしまう。
「うっ」
やがて、視界が光に包まれると、一際大きな浮上感ののちに足が地に着いた感覚がやってきた。
視界を包み込んでいた光も穏やか落ち着きつつあり、ヤスは正面に人がいることに気がついた。
「あなたは……」