五話
お久しぶりです。
書いては消して、書いては消して。
そうして残った言葉が「会いたい、会って話がしたい」だった。結局、彼女へあてたメールの本文はそれだけで、その短い一行を何度も読み返してから半ば自棄気味に送信ボタンを押す。どうにでもなれ。今更どう思われようと仕方がないんだ。
この言葉が彼女の心をどれだけ痛めつけるのだろうか。過ちを犯した相手に会って話がしたいと言われて、はいそうですかと会いに行く人間がいるだろうか。それでも僕は、降って湧いたようなけなしの誠実さを惜しんで、それが彼女に伝わればいいと思って送信ボタンを押した。僕は、そういう人間なんだよと。君が思うような大層な人間じゃない、どうしようもない獣の様な僕自身を、彼女という真っ白な存在に知らしめたかった。それに彼女という存在はぴったりで、僕はその為だけに生きてみたかったんだと気付かされる。
どうしようもない獣。脳内で反芻して自虐的な笑みがこぼれた。姐さんが怒ったのはその所為だったんだろうな。
「姐さん」
携帯のを耳に当てて、電話の向こうの人物へ呼びかけた。最愛の、狂おしいほどに愛しい存在に。
「ちゃんと送ったの?」と返ってきた言葉に僕は肯定だけを返した。終わったよ、終わらせたよ、と脳内で僕が騒ぎ出す。彼女との関わりが終わりを告げても、姐さんとの関係が始まる訳でもないと言うのに。
しばらく黙っていると「逃げるんじゃないでしょうね」と釘を刺されたので、慌てて否定した。
逃げないよ。僕もう逃げないから。だから、姐さん。僕を愛してよ。そんな言葉が涙と共に浮かんできた。僕に泣く資格などないのに、それでも涙は勝手に溢れてくる。
「ちょ、ごめ、んなさ、」嗚咽がこみ上げかけたのでそれを悟られまいと僕は通話を切ろうとした。待ちなさい、と言いかけた姐さんを遮って、僕はそのまま通話を切った。それが合図になったかの様に、僕の目から涙がどっと溢れてきた。ああ、きっと彼女も同じ気持ちだったんだ。こんな気持ちで、愛を乞うてそれを手に入れられずに泣き腫らして夜を越えていったんだと。悲しくて辛くて情けなくて、どうしようもない時に彼女は心を挫かなかっただろうか。
僕が彼女の事を愛していたら。何もかも上手くいったのに。姐さんを愛している事が、僕の全てを創り僕の全てを破壊していく。僕の頭は溢れる涙と真っ暗な現実でひどく混乱している。
夜更けの小さな部屋で、ぼんやりと輝く携帯電話の液晶だけが確かな光となっていた。