二話
僕と彼女の哀しい夢。
前から可愛い子だとは思っていた。
小動物の様な純情で、僕の気を引こうとしていた事は知っていた。それが単純に気に食わなかった事も、僕は知っていた。
恋をすると誰でもそうなるのか、派手めに着飾ったその衣服を半ば破く様に剥いだ。連れ込んだホテルの一室。暖かい間接照明。拒んだけれど、卑怯な僕は好かれている事を口実に彼女をそこへ連れ込んで行く。ぼんやり光る柔らかな肌と無理矢理引き裂いたそれは、これから行われる行為を象徴するかの様で少し心が痛んだ。歪んだベッドシーツと彼女の衣服は、彼女の心そのものを映し出している様だった。
僕は彼女が好きじゃない。好きな人は僕のものにはならない。それは、きっとこれからも。
それだけが僕の心をかき乱し、焦らせ、燃やし尽くした。何も残さない、空虚な灰だけを空っぽな心に残して、いつも暴走する自分を自制できはしない。
尊敬と憧れに潤んだ瞳は、既に恐怖で埋め尽くされてしまっている。
可哀想に。それだけを思った。
こんな、何の役にも立たない同情だけを抱いた男にこの女性は抱かれるのだ。
やめて下さい、そう彼女が懇願した時に乱れた黒い髪の毛の隙間から見えた瞳と目が合う。その目はもう何も写していなくて、真っ黒でつやつやした髪の様で、僕の真っ暗な心の様で同情心だけが胸を踊った。もう引き返せないよ、心の中で呟いた。聞こえていればいいのに。
何の生産性もないそれを、無実の彼女に引き裂いて欲しくて距離を詰める。密接する体、遅すぎる懇願、所詮雄と雌、憧れを失った瞳。その全てを埋めたくて、埋めてあげたくてどうしようもなくなってしまっている。
「酷い男だと、詰ってくれていいんだよ」
飢えた狼は子羊にそう言う。本当に拒みきれない事を知っていながら。そうやって、愛のない哀しい夜になってしまえばいいんだ。姐さん以外の女性との夜なんて、哀しさで満たされればいい。
一握りの純情を手に、僕を惑わした彼女にもそれが相応しい。そんな事を思った。
「出来、ません」
掠れた声は予想通りそう言ってのけた。その行為に誠意も心も篭らないだろう事を知っていながら。
そして子羊は続けた、それでも貴方を愛しても良いですか、と。そう言った後、少しだけ目に光が戻る。それはどうしようもなく愚かで、同時に尊いものの様に思えた。
掴んだ細い手首は、力を込めすぎて赤く充血している。それが姐さんの剪定していた薔薇のその色を思い出させる。愛しさに似た感情に襲われて、一気に食らってしまいたくなる。
「僕も」そう言って嗤う。それは酷く乾いた嗤いだった。
姐さんが持っていた薔薇は確か、紅色をしていた。
花言葉は「死ぬほど恋い焦がれています」。
誰のでもなくなったその言葉の意味を、僕は哀しい夜の中に見出そうとしていた。
名前も知らない愚かで尊い彼女と共に。