噛み合わない一幕
結末がお粗末です。まとまった話がお好きな方には向いていないかと思われます。
最初はコメディを目指そうとしていたのですが、気づけばこんなになっていましたって感じです。
地球でお過ごしの皆様、如何お過ごしですか?
突然ながら、今も地球で暮らす、画面の前の貴方に下らない話をさせてくださいませ。同郷のよしみということで、宜しいでしょう?
こんな意味もないような話に付き合っていられないとお思いの方は、是非とも今すぐお戻りになられまして、各自有意義と思える時間を過ごすのが宜しいでしょう。
ではまず自己紹介をば。わたくしエウロア=リースヴェルトと申す者です。しがない令嬢をやっております。わたくし単体では、社交界においても目立たない、いわば空気と言ったような誰にも認知されない存在です。ですが、わたくしの婚約者がわたくしの名前を幾ばくか知らしめている次第でございます。
その婚約者と言うのがいとどやんごとなきご身分の、アルバンス=エディンバル様。世間での評判は文武両道、容姿端麗と言ったような歯切れの良い言葉で表される方です。なるほど確かに、学業は優秀で御座いますし、剣術の授業はすこぶる評判が宜しいです。
しかし、わたくしの中での評価は、その程度で好転するほど宜しくありません。
例えば、礼儀作法です。彼の動作からは、何処からか横着で緩慢さと傲慢さを滲ませています。彼は誰にも頭を下げる必要のなき立場ですから、礼儀など不要と断じるのも何もおかしな話ではありません。
私たちの国内だけであれば、わたくしだってここまで語気を荒げません。外交における席で、彼の礼儀の程度の低さが先日露呈したことは酷い失態でした。
お陰で我が国に有利な話を進めることの、何と難しかったか!
他には、女癖、でしょうか。私達はまだ、正式に結婚したとは言えないので、不倫とは言えないまでも、浮気は何度もあります。彼は、愛妾にするのだと言っております。見たところ、豪華な物が好きそうなお方ばかりで、お金がかかりそうだと言うのが正直な感想です。
そしてまさに今、彼のお気に入りの女性が何かと話題に尽きないお方です。彼女の名前は、リシリア=リリマール。一見して愛らしい容姿をなさっております。今まで彼は肉感がある、どちらかといえば年上の女性がお好みであったのですが、リシリア様は彼の1つ下で、小動物を彷彿とさせるお方ですので、趣旨変えしたのかと思いました。
彼が言うには「か弱くて守ってやりたくなるんだ。俺が守らないと、リシリアはこの学園じゃ虐められるだろ?」だそうです。
わたくしに向かって放たれた言葉ではありません。彼が彼の数少ない友人へ話しているのを立ち聞きしましたので、本音である可能性が高いと思われます。
ついでに、わたくしの自尊心を放棄して、彼の言葉を続けさせていただきますと
「え? エウロア? あいつはゴリラだから俺がいなくても自衛できるし、ジャングルでも無人島でも生きていけるだろ」
と仰っておりました。彼に霊長類として認識されていたのが驚きでした。わたくしは今まで、彼と会話と呼ぶべき会話をしたことがございませんので、路傍の石か雑草かと認識されているのだと思っておりました。
彼の言葉について言及させていただけるならば、わたくしはもちろんゴリラではございません。ヒトの父と母から生まれた、血統書付きのヒトでございます。
幼い頃より、武闘派の我が家族にて修行を付けられていたので、自衛程度はこなせるかと思います。
ジャングルでも無人島でも生きていけるかは、実際そういった状況にならなければ判別はつきにくいところです。しかし、草木の知識とはじめとしたサバイバル知識、毒草程度なら食せるこの体、家を1人で建てることも不可能ではない魔力と肉体を駆使すれば何とかなるのではないかと推定します。
話を戻しますと、彼がリシリア様にお熱を上げるに比例してか知りませんが、だんだんと怪しい話が出回ってくるようになって参ったのです。生徒の間では、彼女の周りで、事件だか事故だかわからない出来事が、立て続けに起こるようになったと、しきりに取り沙汰されています。
噂を確かめるべく、放課後、誰もいない教室で、彼女の周りを調べてみました。彼女の机に幼稚な落書きをされたり、彫刻刀で汚い言葉を掘られたりと、散々な様子でございます。彼に守られないと今にも世間に呑んでしまわれそうな彼女のことです。この机の心なき言葉は、さぞ彼女の心を抉るでしょう。
…可哀想でしたので、そっと机を取り替えて差し上げました。彼女とは、学年は同じとはいえども、クラスが遠いので、机を持って運ぶのを誰かに見られはしないかと心配でした。
他に下駄箱やロッカーを調べたところ、同じく心なき者たちによって荒らされておりましたので、わたくしがそっと元に戻させていただきました。彼女が幸せな学園生活を送れると宜しいのですが、という願いを込めて。
翌日のことです。昨日彼女の周りを整えておきましたが、念のため彼女を見守りたいと思い立ちます。
彼女は今日もまた、彼と登校してきたようです。わたくしはお母様仕込みのステルスで2人の様子を観察しておりました。
「…あれ?今日は上履きに画鋲が入っていない?…おかしいな」
…なんと!彼女は毎日、あんなに酷い目に遭っていたのでしょうか?これは由々しき事態です!いじめ案件として、学校に提出すべきと思われます。
「ふ、俺が方々にリシリアへの愛をアピールしているからかもな」
「やだ、アルバンス…」
リシリア様は頬を赤らめ、アルバンス様は得意げな顔です。何故でしょう、自分の婚約者なのですが、生き生きとした彼の表情を見ていると、この婚約者という立場を退き、彼女に明け渡したくなるのです。わたくしの情が薄いからでしょうか。ですが、向こうからの情も同じくらい薄いので、問題ないかと思います。これは近日、婚約破棄の案件も提案するべきですね。
白昼、どころか朝一堂々と、恋愛活劇を繰り広げる彼女たちには、多大なる拍手を送るべきです。わたくしは恥ずかしくて、衆目環境であんなことはできそうにありませんから。
その後も、机、ロッカーと彼女は点検して、いじめの痕跡が無いことを確認しました。
ですが、彼女はあまり喜ばしい表情ではございません。まだ心にかかることがあるのでしょうか。残念ながら、わたくしと彼女は、心を打ち明け会うほどの親交を交わしておりません。遺憾ですが、わたくしの婚約者が、彼女の心をケアしてくれるでしょう。
その日わたしは、机の上に無惨に書き殴られた言葉を隠すため、授業中ずっと机を覆うよう為に眠ったふりをしました。
後ほど、除光液でマジックで書かれた部分だけでも消してしまいましょう。掘られた部分は、削らなければいけないので、時間がかかりますからね。
それからというもの、彼女へのいじめはますます酷い状況へなってしまいました。そして、裏方からこっそりと元に戻す日々。人知れず何かをするという感覚は、独りよがりですが影のヒーローになれたようで、悪くありません。
わたくしは、彼女が誰にそんなに恨まれているのか、不思議で仕方ありません。
ああ、でも、彼女がアルバンス様の妃の座を狙っているという話は所々で聞きます。仕方ありません、だって、リシリア様とアルバンス様は恋愛をしているのですから!
最終結果としてそれがアルバンス様の妃になるだけの事です。彼女自身の目的は妃になりたい訳では無く、アルバンス様と幸せになりたいのです。
そもそも、誰が好き好んで彼の妃の座なんて欲しがるでしょうか?彼は国で最も地位の高い人物です。その妃であるということは、女性側にも最高級の礼儀、教養etc…が求められるのです。そんな茨の道を歩むことになるリシリア様をわたくしは陰ながら応援させて頂く所存です。
時期尚早かと思いましたが、わたくしの婚約者に、リシリア様とラブラブなので、婚約破棄せんかという話を持ちかけました。
しかし断られました。何故かと問うた所、彼女が妃になる際に受ける教育の所為で逢瀬の時間が減ったら困るから、わたくしはそのままで、リシリア様は愛妾にするとのことでした。
相変わらず彼は自分勝手です。流石にわたくしもこれは困りました。恋を邪魔する気は毛頭無いのですが、お天道様に顔向けできないような恋愛関係は、するべきでは無いと思うからです。
真っ当に恋をしているのですから、2人で困難を乗り越えていくべきなのです!違いませんか!
また後日伺いますと申し上げて、その日の話は打ち切りました。
しかし、その後日は訪れませんでした。
わたくしはある貴族の集まるパーティで、青天霹靂、奇想天外の出来事に出くわしたのです。
「エウロア=リースヴェルト!今をもって貴様との婚約を破棄させてもらう!」
アルバンス様に嫌な顔をされながらエスコートされ会場に着いた途端、声を荒げて仰られました。
幸いなのか、庭で開かれるパーティでありましたので、声が響くことはございませんでした。
いつの間にか、リシリア様が彼の腕に収まっています。良いですね、そのフィット感!お似合いです!
「やっと決心がついたのですね、アルバンス様!どうかリシリア様とお幸せになってください‼︎わたくし、ずっと応援しております‼︎」
ついに、アルバンス様はリシリア様と真っ当に幸せになる覚悟を固めたようです!この言葉をどれだけ待ち望んでいたことか!
あわよくば、時と場所をもう少しお考えになっていただいて、こんなに人がいる場所で仰らないでいただければ完璧でした。
婚約者である最後の瞬間までも、彼の振る舞いは少々浅慮でしたが、リシリア様とこれからは成長なさることでしょう!
わたくしとしては当然の応答をしたのですが、アルバンス様とリシリア様は困惑しているようです。理由は知りませんが、彼らの幸せの門出を邪魔するべきではありません。オジャマムシはとっとと捌けてしまいましょう。後で婚約破棄になったと報告せねば。
「ちょっと待て!貴様、リアを虐めていたようだが?」
「…えっと? わたくしが? ですか? …初耳でございます」
思いもよらなさすぎて、反応が遅れてしまいました。あるまじき失態でございますね。
「そうだ! 階段から突き落としたり、俺に近づくなと脅したりしたそうではないか!」
はて? んんん? どういう意味ですか?
数瞬のちに、彼が言わんとしていることが解せました。
「未来の妃である彼女を守れなかったことを責めていらっしゃるのですね!力不足でございました。リシリア様がご無事のようで何よりです!
私は自分の無力を恥じ、自ずから修行に出て参ります!彼女の身辺には十分気をつけていたのですが、いつの間にか脅されていたのですね。彼女が校内で不良と呼ばれる生徒と親しげに話しているのを何度か見かけましたが、もしかして脅されていたというのは、あの場面でしょうか?私としてはありえないと思うのですが」
彼女がいじめられているという事実に行き当たってからというもの、彼女が外庭などを出歩くときは、こっそりと尾けていたのです。流石に学校にいる間ずっととはいきませんでしたが。わたくしにも、仕事があったものですから。
彼女はとても幸せそうに、不良の烙印を押されている男子生徒と言葉を交わしているのを見て、優しい子なんだなと感銘を覚えた次第でございました。評判を気にせず人に接する、素晴らしき人格者だと!
けれどもあれは脅されていた故の演技だったとすれば、なかなかの演技派でございます。妃としての素質としては十分でしょう。
「不良? なんだとリシリア? 脅されていたのか? 不良というのは誰だ?」
「あ、あぅう」
><顔文字にするとすれば、こんな感じです。なんだか愛らしくて、ますます自分の力不足が悔やまれます。
「その不良というのは、カインズ=シンヴァー様でございます。騎士団に数多くの精鋭を輩出してきたシンヴァー家の次男様でございます。不良不良と頻りに騒がれますが、剣以外に興味の持てないお方で、座学はついついサボタージュしてしまうお方なのです」
実は彼、とっても根のいいひとで、剣術の腕も底知れないものがある、将来に期待大なお方なのですよ!だから、彼が脅していたというのは信じがたいのです。
「カインズを呼べ!」と命令されました。カインズ様はパーティに出席していたらしく、すぐに顔をお見せになりました。
「リシリア…さっきからずっと見ていたよ。君は僕なんかより、アルバンス殿下が好きなんだね。僕も君を愛していただけに、残念だよ…。カインズしかいないと言ってくれたのは、所詮ベッドの上の睦言だったんだね」
カインズ様は、寂しそうに細い声音で言葉を紡がれました。
む、むむむむっ、睦言ですトォ⁈リシリア様の顔がボッと赤くなる。つ、つつつつつまり! リシリア様は彼と…いいえ!これ以上は憚られますね!
リシリア様に他の男との仲を見せつけられ、別れ際に爆弾を落としていくスタイルに、わたくし、痺れます。たった今失恋したカインズ様にとっては不謹慎な事なのですが。
「ま、嘘だけど。でも、俺を認めてくれるって言ってくれたリシリアが、好きだったよ」
やはり彼とリシリア様とは愛を交わし合っていたのですね!カインズ様が淑女を脅すようなゲスではないと確認でき、ホッといたしました。
それにしてもリシリア様は、恋多き乙女なのですね!恋の経験値はわたくしよりよほど上なのでしょう。
「アルバンス様、申し訳ございません。私の脳内を探っても、リシリア様が脅される場面を見かけた記憶がございません。これ以上は私では力不足のようでございます」
「……あ、あぁ」
アルバンス様もテンションがダダ下がりのようでございます。投げやりな返事しか寄越されません。それは無理もございませんね。なんたって、リシリア様が他の男と一夜を過ごしたと知ってしまったのですから。
「ち、違うのですアルバンス様!あ、あたし、エウロア様に、アルバンス様と別れろって言われて!それを慰めてもらってただけなんです! エウロア様があたしに、アルバンス様から離れろって言うから…」
うるうると、綺麗な青の瞳を滲ませるリシリア様。その一言で、アルバンス様の憎悪は、再びわたくしに向けられました。
「私、リシリア様に、何度アルバンス様と距離を取るべきだと申し上げようかと機会を伺っておりましたが、お二人の愛は私には理解できないほどお深い様でいらしたので、自戒した次第でございます。
この場を借りて、その機会を賜りますれば本来、婚姻前の貴族の男女というものは、通常話したりしませんし、2人きりで出会うなど以ての外なのです。リシリア様のご実家は貴族ではないようですので、馴染めないことなのかと存じます。ですが彼の隣に妃として立つならば、やはり慣習には乗っ取らなければならないのです。
幸いにも、アルバンス様はこの国で唯一、どんな女性でも妻における立場であられます。そのアルバンス様が選んだリシリア様です。わずかの間会えないなど、想い合うお二人ならば些細な事でしょう!」
なんだか今日は、話が長くなっていけませんね。老け込んだかのように感じます。
あ、そういえば話が脱線してしまいましたね。
「リシリア様を脅すつもりで言っているわけではないのです。将来この国の頂点にお立ちになられるお二人です。臣下にしっかりとした印象を与えるべく、今言ったことを守るべきなのです」
わかって頂けたでしょうか。今まではなりふり構わず、と言っていいほど愛し合っていたお二人ですが、これからはもっとお淑やかに愛を語らうべきだということを。
「つまり、なんだ? 俺とリシリアとの仲を引き裂こうと? お前の言った古臭いしきたりに何の意味がある?」
ふむ、確かに。自由恋愛だった日本と比べますと、いささかこの国の結婚制度は窮屈に思われます。
「まず申し上げたいのは、一貫して主張している通り、私にはお二人の仲が上手くいくように、心から願っているのです。その上に下らない進言を重ねたまでです。耳障りならば…気は進みませんが、お思いの通りに振る舞うのが宜しいのでは?」
いけませんいけません。トゲを含む言い方をしてしまいました。本来なら、さっさと会話を打ち切るのですが。
「私の意見は以上でございます。他に何かございますでしょうか?」
「わ、訳わかんないけど…、で、でもそれだけじゃないんです!あたし、エウロア様に、階段から突き落とされたのです!」
叫ぶように言います。いけませんリシリア様。淑女は大声は出さないものなのです。
それにしても、今日は理解に難い事ばかりでございます。中々言わんとしていることを飲み込めないので、会話がまわりません。
わたくしが、リシリア様を、階段から、突き落とした。
頭の中で、一致する出来事が思い出せません。つまり、わたくしはやっていません。
確かに、教室外でのリシリア様はできるだけ護衛という名の監視しておりました。わたくしの知らぬ間に、わたくしの手が彼女を突き落としていたという可能性は、考えられなくはありません。そうなると厳密に証明するのは難しいですね。
「申し訳ございません、記憶に絞り込みをかけたいので、いつの事か、どこでの事か教えて頂けませんでしょうか」
「…えっと、先週の…土曜日の、放課後のことです」
「…先週の土曜日…ああ、なるほど!その日私は用事があって学校に行けなかったのです。従って、リシリア様を監…ストー…警護出来なかったのです。その日の出来事だったとは…申し訳ございません、貴女をお守りする事が出来なくて。土曜日は授業がないからと、気を緩めるべきではございませんでした。
先週の土曜日というと、まだ傷を負って日は浅いはずです。痛みませんか? 具合が悪いところはありませんか?」
リシリア様に近づきます。今も怪我は痛むのでしょうか。骨折は見たところしていないようですが、ぱっと見分からなくても、後々酷くなる傷があるかもしれません。
「あのさ、ちょっといいかな」
声をあげたのはカインズ様でした。
「リシリアは、エウロア様を見て何も感じないの?彼女鈍感だから、本当にリシリアの心配をしてるんだよ?
僕は、リシリアが僕と寝たのは遊びだって知ってる。でも、エウロア様は、それを愛だと思ってる。勿論殿下との仲も。リシリアが二股しても、エウロア様は文句も言わない。あまつさえ、喜んでリシリアに王妃の座を明け渡そうとしている」
キリッと、カインズ様の表情が変わった。諭すような口調から一転して、責めるような口調。声も低くなって、何だか怖い。
「そんな相手を冤罪ではめて、幸せか?
俺は見ていたぞ。エウロア様が、時間を惜しんでお前の身辺を守っていたのを。気付かれなくても、お前がいじめに会わないように守ってた。
お前が必死で工作した机を、自分のと取り替えて丁寧にカンナで削るエウロア様を。自分でズタズタに裂いたカーディガンを、丹精込めて繕うエウロア様を。
お前の自作自演のいじめのせいで、エウロア様は心を痛め、お前を守っていた。お前がより良く学校生活を送れるようにと。
もう一度聞くぞ。お前、自分を思って行動してくれてるエウロア様を、見え見えの冤罪で嵌めて、それで王妃になって幸せか?
お前の言った冤罪で罰を受けても、きっとエウロア様は悲しまない。お前を責めない。
本当に、それで良いのか?」
わたくしに負けず勝らず話の長い方ですね。大半は聞いておりませんでした。
「あたし、あたし…」
何やらリシリア様が泣いておられます。やはり、階段から突き落とされた時の傷が痛むのでしょうか。
「エウロア様は許してくれる。何たって」
瞬間、茂みが光る。
私は知っていました。暗殺者の気配です。
おそらく、毒矢でも撃ってくるのでしょう。
この時を待っていました、息を潜めていた暗殺者が、フッと、弓を放つ瞬間を。
「…カインズ様!」
射線を遮るように、カインズ様の前に立ちます。狙ってくるのがカインズ様とは、意外でした。これがアルバンス様ならば、理由が納得できるのですが!
「っ!」
狙いはアルバンス様だと思っていたので、動くのが数コンマ遅れてしまいました。
なので、矢を止めるには、私の体で、即ち肉でもって勢いを削ぐしかありません。
矢は、私の腹に鋭く刺さりました。
毒が、刃が、体を侵していく感覚。
「エウロア様‼︎」
誰の声だったでしょうか。痛みに意識を持って行かれないことに必死で、判別がつきません。
反りのついた矢を、静かに抜きます。
撃たれて終わりでは、何も事態は進みません。犯人を追わなければ。
いけませんね。
視界が、ゆらゆら、するのです。これでは、リースヴェルト家の、名折れ、です…。
強く地面に頭を打つ前に、誰かが抱きかかえてくれる感触がしました。
目覚めたのは、わたくしの部屋の、わたくしのベッドの上でした。億劫ながら首を回せば、家族が揃って、ベッドサイドにいました。それに、アルバンス様もリシリア様もカインズ様も。
「エウロア‼︎大丈夫か⁉︎無茶するなとあれだけ言い含めておったのに…いや、よくぞカインズ君を守った!お前こそ我が家の誇りだ‼︎」
お父様に強く抱きしめられます。尋常なく腹が痛みますが、抱きしめられるのは嬉しいので、なすがままです。
「宰相様、そこまでにして頂けませんか。エウロア様の傷が痛みます」
止めてくれたのはカインズ様でした。
お父様の腕が離れて行きます。
あの後どうなったか経緯を伺うと、何とカインズ様が犯人を追いかけ、仕留めたそうです。
そもそもカインズ様が狙われたのは、実家を継ぐとか継がないとかいったゴタゴタのようです。彼が真正命を狙われている訳ではなくて、少しだけホッとしました。
「エウロア様…僕は、騎士になりたいと思っていました。人を守れるような。ですが、エウロア様が僕を守ってくださった時、僕は何もできませんでした。騎士を志す僕がエウロア様を守らなかったこと、怪我をさせてしまったこと…これは罪です。僕に、どんな罰でも与えてください。そうしなければ、気が晴れないのです」
こういうことは、苦手なのです。何と申し上げれば良いのかわからないのです。
「…気にしないでくださいませ。あれは、勝手に私が矢を受け、こうなってしまったのは受けきれなかった私の責任なのです」
生きている訳でございますし、謝罪されても、審判を求められても、困るばかりなのです。
彼も困った顔をするので、わたくしもますます困るのです。
「エウロア様…‼︎
…っ、う、生きてて良かった。ごめんなさいごめんなさい‼︎わたし、わたし、ただアルバンス様が好きだっただけなのに、貶めるような真似をしてごめんなさい‼︎許してくださいとは言いません!一生かけて、私なりに償わせてください!」
リシリア様は、カインズ様より返しにくい言い方をされますね。
本当に不思議な心地です。わたくしは、謝られるような事は何もされていないのです。これでは恐縮してしまいます。
「俺も…あの後親父に殴られて、俺がお前をどれだけ傷つけてきたか、気づけた。今までずっと、お前がいるのが当たり前だったから、省みてこなかった。ごめん」
アルバンス様が頭を下げます。これは、彼なりの、精一杯の努力、なのでしょうか。人に頭を下げるような立場の方ではありませんからね。
ですが、わたくしの事をゴリラと呼んだこと、まだまだ忘れませんよ!
その日から、私の周りが変わりました。
リシリア様とアルバンス様は、お互いに支え合う仲になりました。お二人の愛はやはり凄まじいですね。あれならば、国を任せるに充分だと思えます。
カインズ様は、騎士としての実力を伸ばすべく、隣国にある、剣術を専門的に教える学校に通い始めました。
わたくしはと言うと、婚約破棄されてしまった身の上でございますので、もう誰かと婚約するなんてことはないと思っています。
ですが、月に一度届くカインズ様からの手紙では、待っててくれ、と仰ってくださいます。
これは、今度こそ期待していいのでしょうか?
ここまで読んでいただけたならば、感謝の念がつきません。有難うございます。