3話
「よーしそれじゃあ出発―!」
おーっと手を上げるいとこ。私はがっくりとげっそりと肩を落として、これでもかってくらいの元気のなさでいとこに付いていく。
あの後、あーでもないこーでもないの押し問答が続き、ついにめんどくさくなった私の根負けという結果に終わり、こうして学校以外での外出をすることになった。
いとこと出会ってからはまだそこまで時間が経っておらず、夕方と夜の境目くらいだった。沈みかけの太陽がまぶしかった。
「で、もちろん場所はわかるんですよね?」
「もちろん。『場所』はわかるよ」
「その心は?」
「行き方はわからん」
「さいですか」
相変わらず適当な人。
「まぁタクシーで行っちゃおうよ。お金はあるから大丈夫」
二人で並んで大きめの通りまで歩き、そこでタクシーを拾って、いとこが場所を告げるとタクシーはゆっくりと走り出した。
車内で、私は少し考えをまとめた。いとこについてだ。
私はきっとこの人に会ったことがある。理由は簡単。この人のことを知っているからだ。もちろんはっきりと知っているとか覚えているとかではなく、なんとなくそんな感じがするだけだけど。それでも不思議と信用はできる人だった。嘘をついているようには見えないし、怪しい人にも不思議と思えない。もし誘拐だったとしても、タクシーで誘拐する人はいないだろう。痕跡バレバレだ。
それになんか誰かに似てるような気がしてならない。でも全然思い出せない……。それが多分覚えていないいとことの記憶に繋がっているんだと思う。
タクシーは夕方の渋滞につかまることもなくスムーズに走り、十数分走ると目的地に着いた。
小さな会館の広間でやっているらしく、入り口に聞いたことがあるようなないような人の名前が書いてあり、その下に『葬儀会場』と書いてあった。外には誰もおらず、すでに葬儀は始まっているようで館内からは木魚の音が聞こえていた。
「さ、行こっか」
いとこはズカズカと中に入って行った。
本当にこんな見ず知らずの人の葬儀に参加してもいいのだろうか。両親は知ってる人なんだろうけど、私にしてみれば真っ赤な他人なわけだし……。
「何してんの。ほら行くよ。お父さんとお母さんに会わないと」
「あ、ちょっと」
手を引っ張られて中へと入ってしまった。
そうだよね。とりあえず両親に会ってからいろいろ聞いてみよう。
手を引かれるまま奥に進んでいく。まるで来たことがあるような足取りでズイズイ進んでいく。
そして両開きのドアが開け放たれていて、三十人くらいの喪服を着た人達がパイプ椅子に座っているのが見えた。
その瞬間、私は汗がぶわっと噴き出たのがわかった。背中が変に湿っている。これから両親に会ってから知らない人たちと話すことを考えると、緊張……というかなんというか、とにかく今すぐにでも帰りたい気持ちがあふれ出てきた。
私は足に力を入れて踏ん張ると、いとこの手を振り払って立ち止まった。
「どうしたの? もうすぐそこだよ?」
「わ、私、やっぱり、帰る」
なんとかそれだけ言うと、私は反転して来た道を早足で戻った。しかしそうはいかず、いとこがすぐに私の腕を掴み、それを止めた。
「ちょっと、離して……」
「ダメなの。ひーちゃんはここでお父さんたちに会わないとダメなの」
「さっきからなんなのよ!」
私は思いっきり手を振り払った。我慢の限界だった。
「いきなり来ていとこだとか言って、私の言い分も聞かないで、勝手に葬式に参加しろ? ダメダメダメダメって、もうわけがわかんないっての!」
自分でも出したことのないくらいの声量で取り乱した。いとこは驚くでもなく、ただ聞いていた。そして私の手を優しく包むように両手で握ると、こう言った。
「ごめんね。家から出たくないのも知ってたし、知らない人と話すのが苦手なのも知ってた。でもお願い。あと少しだけ私のお願いを聞いて」
まっすぐいとこに目を見られ、私は思わず目を反らした。
「今日だけは……今だけはお父さんとお母さんに会ってほしいの。あとは好きにしてもいいから。とりあえず会うだけ会ってほしい」
「……どうして今だけなの? もう会えないってこと?」
自分でもまた再会を願うような疑問だったが、考えるよりも先に口から出てしまっていた。
「そうね。また会えるかもしれないけど、それはわからないかな。だから最初で最後の一生のお願い、かな」
「一生のお願い……」
その言葉がなんとなく引っかかった。
それが決め手となり、私はこのいとこに今日二回目の根負けをした。
「わかった。わかった。会いに行く。両親に会いに行けばいいんでしょ」
「……ありがと」
「……一生のお願いくらいは聞いてあげないとね」
私はいとこの横を抜け、両開きのドアを抜け、中央から右寄りの辺りにいた両親の元へと近寄った。両親はとても驚いていたけど、お母さんの横に座るように促され、何を言っているかわからないお経をただ座って聞いていた。そう言えばと思って振り返ってドアのところを見てみたが、もういとこの姿はなかった。外で待っているのだろうか?
葬儀も終わり、両親と三人で会場を出ると、私はいとこの姿を探した。しかし姿は見えなかった。
帰ってしまったのかと思い、私は両親と一緒に、お父さんの運転する車で家へとまっすぐに帰ってきた。
その車内で私はいとこの存在について聞いてみた。
「いとこ? お母さんもお父さんも一人っ子だから、いとこは……ねぇあなた?」
「そうだな。なんだ? 日香里も弟か妹が欲しくなったか?」
そう言って笑いあう両親。
どうやら私にいとこはいないらしい。
……どういうこと? じゃああの人は、誰?