5 楽しいひと時
「はっ!」
「くぅぅぅぅぅ、いっけぇぇぇぇぇぇ!!」
俺の放った拳をレイアードさんが逸らす。
今回は見事に逸らされた。
即座にカウンターが飛んで来る。
が、それはもう見切っている。カウンターで返された足蹴りを、同じ足で受け止めた。
「くぅぅ、やるな!」
「レイアードさんも、だいぶ私の力に慣れてきましたね」
彼と模擬戦を始めてから半年が過ぎ去った。
最初は俺の力を御しきれなく、彼は幾度となく地面と仲良しになっていたけど、ここ最近はその回数も少なくなってきた。
昼間とはいえ、俺の力は普通の人に比べ遥かに強い。
単に力比べだけであれば、まず普通の人では歯が立たない。
だからだろうか、基本的にレイアードさんの戦術はカウンター狙いが非常に多い。
対人戦では、当然カウンター以外にもいくつもの技がある。
それは心理戦であったり、相手の動きを見切ることであったり、想定外の攻撃を与えることであったりする。
ただ対人戦で最も基本的なことは、まず相手の目を見ることだ。
目の動きを追い、相手がどのような攻撃手段を考えているか判断するのだ。
しかし俺はダンピールだ。
相手の目を見て発動する魔眼、これがある。
下手に吸血鬼、ダンピール相手に目を見れば即座に魔眼によって捕らえられる。
これは対人戦では、かなり大きなメリットであろう。
「えい、魅了」
「ああ!? それひきょ…………」
こうして今日も俺の勝ちで模擬戦は終了した。
「レイアードは、まだまだ未熟だねぇ」
「お兄ちゃん、かっこ悪い」
家の縁側でのんびり俺たちの模擬戦を眺めていた、おばあさんとテンペさん。
でも、レイアードさんも十二歳の子供という事を考えれば、大健闘であろう。
「彼を未熟って言えるのは、おばあさんくらいですよ」
「目を見なくとも、身体全体から動きを感じ取れるようになれば、一皮剥けるんだがねぇ」
「午後からは、アオイちゃんもあたしと同じ魔術講座受けるの?」
「はい、その予定です」
魔術。魔法とは異なる。
魔術は人が魔力を使い、様々な現象を編み出した技術の一つである。
翻って魔法は、魔力を扱う法則だ。
大自然の力、例えばどこかに大河が流れていたとして、大河そのものを具現化させるのが魔法。
大河の側に水車を作り、粉ひきさせた結果を具現化させるのが魔術である。
魔法は大魔力を消費して大きな現象を起こすが、到底人には扱いきれないものであり、それを扱いやすいように、小さい魔力で小さい現象を起こすようにした技術が魔術である。
俺は魔法、魔術は使えない。というか習っていないからだ。
ワンコから教わったものは、魔力操作だけだ。
そもそもワンコクラスの魔物は、魔力操作を行うだけで、魔法に似た現象を起こせる。
ワンコの使う氷の息吹も、吐き出す息に魔力を乗せて凍りつくような息へと変化させているのだ。
だからワンコのような高位の魔物は、魔法、魔術は使わない。
わざわざ覚えなくとも、似た現象を起こせるからだ。
ライトニングセイバーも、法則や技術など使わず、力業で魔力を具現化させただけの代物である。
だから先日おばあさんに、杖でライトニングセイバーの刃を弾かれたとき、消えたのだ。
あの時おばあさんがやったことは、力業で具現化していた魔力の剣の流れを、軽く乱しただけ。
それだけでコントロールを失い、剣が消えたのだ。
やはり人の編み出した技術は凄いと思う。
こうして考えると、ワンコから教わった戦い方は本当に力押しだけだったな。
「アオイが契約する、火の一階梯、火の弾」
俺が力有る言葉を唱えると、指先から小さい火の弾が生み出された。
銃を撃つように的へ指先を向けると、火の弾が飛んでいき、そして命中した。
そんな俺を見ていたテンペさんがため息をついた。
「アオイちゃんを見てると、あたし自信無くすなぁ」
「そ、そんなことないですよ」
「だって、あたしはおばあちゃんに魔術を教えてもらって二年でやっと使えるようになったのに、アオイちゃんは一日で出来るなんて」
「アオイは元々魔力操作ができてたからねぇ」
「アオイちゃんは、魔力操作できるようになるまでどれくらいかかったの?」
「三日くらいですかね」
「三日って……やっぱり自信なくすなぁ」
そりゃこちとら、生きていくのに必死でしたから。
ワンコに魔力操作の方法を教えてもらった翌日。
獅子は我が子を千尋の谷へ突き落とすと申します。
我が主よ、一ヶ月後にまたお会いいたしましょう。
そうワンコに言われて、魔物がたくさん住む谷へ突き落とされたっけ。
あの時は本気で死ぬかと思った。
主に突き落とされて、地面に叩きつけられたダメージで。
それから魔物に追われながら、必死で魔力を操りながら生き延びたな。
その時覚えたのが、ライトニングセイバーである。
もちろん一ヵ月後、ワンコと再開したとき半殺しにしてやったけど。
我にここまでダメージを負わせるとは、さすが我が主である。
というかごめんなさい焦げるそれ以上雷の剣で攻めないでぇぇぇ!?
って言わせたっけ。
「育った環境が違っていたのですよ」
「どこで生まれたの?」
「こことは違う、遠いところですよ」
「遠いところ……?」
「はい、遠いところです」
そんな俺たちを見ていたおばあさんの目は、全てを見通したかのような優しい目だった。
「さあアオイ! 今度こそ俺が勝つ!!」
「あ、やっと魅了が解けましたか。火の弾」
「ちょっ?! 魔法なんて卑怯だぞ!」
俺が放った火の弾を、レイアードさんの剣が叩き落した。
「さすがレイアードさん。火の弾を剣で弾くなんて凄いですね」
「そ、そうだろ? 俺に惚れたか?」
ドヤ顔のレイアードさんに、何となくむかついた。
「アオイが契約する、火の一階梯、火の弾連打」
十本の指先全てに火の弾が生み出される。
それをゆっくりとレイアードさんへ向けた。
「ひっ、ちょっ、そ、それ多すぎ!?」
「ほぉ、魔術の基礎を覚えただけでもう連打できるようになったのかい。理解が早いねぇ」
「頑張って全弾打ち落としてくださいね。ごー!」
ロケット花火のように、次々と指先から火の弾が噴出した。
「そんなに無理ぃぃぃぃ!!」
レイアードさんは五発目までは叩き落せたが、残り半分喰らって黒こげになった。
当然火の弾の威力はかなり落としてあるから命に別状はない……はずだ。
「さて、バカの治療でもしますか」
テンペさんの得意な魔術は癒し。
彼女が魔術を唱えると、黒こげだったレイアードさんの傷が見る見ると治っていった。
「じゃあもう一回いきますよ?」
「なにこのレスキル状態?!」
「お兄ちゃん、がんばってー」
再び生まれた火の弾が、レイアードさんを襲い掛かった。
……楽しい。
ワンコと過ごしていた時間も楽しかった。
しかしやはり人と触れ合うのは、もっと楽しい。
でもこんな楽しい時間は長く続かない。
それは唐突に訪れた。