2 おばあさんとの出会い
あれからは俺は周りの視線に居た堪れなくなり、逃げてしまった。
すっげぇ痛い子見るような目つきなんだよ?!
いや俺だって、一人でぶつぶつ言って、たまに意味不明な言葉を発している子供がいたら、可哀想にな、と思ってしまうんだが。
ま、まあ過ぎたことは仕方ない。これからの事を考えよう。
さて、ここはどこだ?
ワンコから聞いたところによると、魔大陸から海を渡っていくと潮の関係で、イーヴァとファイトスという二つの町の間に着くらしいのだが。
左右前を見ても広大な草原、そして後ろにはいくつかの小屋が建てられていた。
あの小屋は、さっきいた漁師たちの住んでいるところかな。
彼らだってずっとあの小屋に住んでいるわけじゃないだろう。
きっとどこかの町か村から来て、何日かあそこに寝泊りして漁をしにきているはずだ。
ということは、ここからさほど遠くない所に、町がある。
でも草原が広がっているだけだなぁ。
しかし、俺の今居る場所。正しくは俺の足元。
そこは明らかに人の手で創られた道だった。
単に地面を均しているだけの簡易的なものだが。
漁師だって、大量の魚を取って運ばなければいけない。
手押し車、或いは牛や馬などの動物を使って運んでいるはずだが、道がなきゃ引っ張るにしても難しい。
となると、この道を行けばどこかの町につく可能性が非常に高いだろう。
よし、じゃあ行ってみるか。
せっかくだから俺は海からみて右側の方角を進んでいくぜ。
……そして三時間後。
まだ着かないのか。
いくら景色を眺めていても、変わることのない草原がずっと続いている。
さすがに飽きてきた。
大人ですら一時間歩いて四~五kmも進めば御の字。
子供の足で一時間三kmくらいと仮定すると、九kmしか進んでいない。
この世界の町がどの程度離れているのか分からないけど、人口少なそうだよな。
これは夜になったら走ったほうがいいだろう。
吸血鬼の身体能力は夜になると格段に上昇する。
俺は三倍速って呼んでいるけどな。
しかも体力は無尽蔵で、一晩中走り続けてもなくならないほど。
じゃあ今夜走るとして、今は少し休憩しておくか。
街道から少し離れたところに、俺は寝っ転がった。
空は見事なまでのスカイブルー。レイリー散乱はこの世界でも生きているんだな。
魔大陸に住んでいた時は基本森の中だったし、あまり空を拝んだことはなかったが、こうしてみると空が広い。
これは夜になると、三百六十度天体が拝めそうだ。
そんな事を考えていたら、いつの間にか睡魔に襲われていた。
「……嬢ちゃん、お嬢ちゃん」
誰かが俺の身体をゆすっている。
ワンコか?
「う、うん……。ワンコ、もう少し寝かせて」
「こんなところで寝ていたら風邪引くよ。ほら起きた起きた」
ワンコじゃない。これは人間だ。
目を大きく見開くと、そこには年老いた老婆がにこやかな笑顔で立っていた。
ただし、片手には魔法使いが持つような杖、もう片方はランタン、そして背中には大きな麻袋を背負っている。
その次に慌てて空を見るも、既に日も落ち、夜の帳が降りようとしていた。
うわ、寝すぎた!
「やっと起きたかい。こんな子供がこんな危険なところで寝ているなんて、あんた命がいらないのかい?」
「あ、あの。起こしてくれてありがとうございます」
「おやまあ、礼儀正しい子だこと」
咄嗟に出てきた言葉は、丁寧語だった。
知らない人と会話すると丁寧語になるとは、やっぱ俺も日本人だな。
それにしても、このおばあさん、魔術士か? 杖持っているし。
いやもしかすると、単に足腰が弱いだけなのかも知れないけど。
「おやダークエルフ、いやハーフダークエルフ……それにその赤い目は。そうか、お嬢ちゃんはダンピールなんだねぇ」
「は、はい、そうです」
「となると、捨てられたという訳かい?」
このおばあさんの口ぶりからすると、ダンピールは捨てられる事が多いのか?
まあ事実俺も捨てられたわけだが。
「……はい」
「名は?」
「へ?」
「お嬢ちゃんの名は?」
……名前。そうか、俺の名か。
そういえば全く考えていなかった。
魔大陸で唯一会話してたワンコは、我が主、と呼ばれていたし。
じゃあ生前の名前、ハタナカアオイでいいか。
いやまて、ヨーロッパだと名が先だったよな。
そもそもこの世界、家名がつくのは貴族のみ、という事もありえる。
下手に家名なんかつけて、あとで色々と問題が起こるのも面倒だ。
ならば、名だけにしよう。
幸いな事に俺の名は女につけていても、不自然じゃないしな。
「アオイ……です」
「アオイというんだね、お嬢ちゃんの名は」
「はい」
「じゃあおばあちゃんと一緒にくるかい?」
「……へ?」
「アオイは住むところがないんだろう? ならあたしと一緒に住まないかい?」
いきなり?! なにこのおばあさん。
もしかして人攫い??
正直なところ、俺の容姿はさすが半分エルフなだけあって格段に良い。
子供の売り買いがあるのかは分からないが、なるべく関わらないほうが良い。
それでもこの話しは魅力的だ。
生活基盤のない土地だし、このおばあさんを通じて、この大陸の情報を得ることだって出来るだろう。
なに、相手はおばあさんだ。いくら何でも古竜より強いってことはないだろう。
万が一人攫いの類だったとしても、切り抜けられる。
「あの、いいんですか?」
「良いも悪いも、こんな所に子供を一人放っとけないよ。さ、おいで」
ああ、この人いい人だ!
じゃあ俺も何かしてあげないと。
「背中に背負っている荷物、持ちましょうか?」
「背負っているのは、単なる薬草よ。重い訳じゃないから大丈夫さ」
「じゃあお家はどっちの方角になりますか?」
「んーと、あっちかねぇ」
俺はおばあさんが指を指した方角を見る。
遠くに何かの明かりがついているのが見えた。
夜だと分かりやすいな。
そしてあの距離なら全力で走れば、一時間もかからないだろう。
「じゃあおばあさんごと、持ちますね」
「へ? アオイは何を言ってるうわわわわわわわっ?!」
俺はおばあさんごと、両手で持ち上げた。
魔大陸では巨大な魔物を狩って、その身体を洞窟まで持って帰っていたのだ。
これくらいなんともない。
「では走りますよ! おばあさん、しゃべると舌噛むので黙っててくださいね!」
「ちょっ?! うひゃぁぁぁぁぁぁ!?」
そしてきっかり一時間後、おばあさんの住む町へたどり着いた。
持ち上げたおばあさんは泡を吹いて気絶していた。
当然、後で怒られた。
……くすん。