3 生きていくには?
今回短めです。
そして序章の終わりとなります。
俺の目の前に、ものすごく大きな白い犬が鎮座していた。
時折、口から鋭い牙が見え隠れし、そして白い息が吐き出されている。
あまりの出来事に脳が麻痺したのか、暫し呆然と大きな犬を眺めてしまった。
そしてたっぷり三十秒ほど経過しただろうか。
「うひゃぁぁぁ!?」
俺は思いっきり奇声を上げてしまった。
だ、だって仕方ないじゃん!
お前らだって、目が覚めたらいきなり目の前に家ほどもある巨大な犬が居たら、びびってしまうだろ?!
俺の奇声に反応した犬が、その巨大な口を開いた。
しまった! 我慢して奇声をあげていなければ、逃げ出せたかもしれないのに。
これは俺の命終わったな。
半場諦めて、目を塞ぐ。
しかし次の瞬間その巨大な口から人間の、いや俺も知っている日本語が発せられた。
「いかがなされましたか、我が主よ」
「……へ?」
塞いでいた目を恐る恐る開くと、すぐ側にでかい顔が近づいて、しきりに匂いを嗅いでいた。
何気に尻尾が左右に振られているのが分かる。
なんせ後ろで、びゅおんびゅおん風切り音が聞こえてくるからな。
あ、こいつ、ただでかいだけの犬か?
「おや、なにやら雰囲気が変わられましたな。ダンピールという種族は、このように成長するものとは、これは勉強になり申した」
「ダンピール?? って、それ俺の事?」
「しかもいきなり共通語まで話せるようになるとは。ダンピールとは凄まじいものですな」
「共通語? 日本語じゃないのか?」
「日本語とは聞きなれぬ単語ですな。それより我が主よ、先ほど悲鳴を上げ申したが何かありましたか?」
って、そうだ!
俺トラックに撥ねられて……。
た、館水さんは?!
立ち上がって回りを見るが、そこはどうみても暗い洞窟の中だった。
しかも暗いはずなのに、まるでカラー付きの赤外線スコープを覗いているかのように、くっきり鮮やかに見えている。
「な、なあ。俺トラックに撥ねられたと思ったんだが、お前が助けてくれたのか?」
「トラック? 聞いたことのない魔物の名ですな」
「女の子は知っているか? 俺と同じくらいの世代の」
「ははは、我が主と同世代の人族など、主以外ここには居り申せぬ」
館水さんは居ないのか。無事だったのだろうか。
身を挺して庇ったんだから、きっと無事で居てくれるはずだ。
しかし……それにしてもどこなんだここは?
周りを見ているとふと何となく違和感が襲った。
なんか視点が低くないか?
慌てて自分の身体を見ると、ものすごく小さくなっていた。
しかも着ているものは服というより、単なる動物の毛皮を巻きつけただけの簡易なものである。
一体どこの野生児だ。
「な、なんだこりゃぁ?!」
「どうなされた我が主よ、先ほどから挙動不審ですぞ?」
「だ、だって俺の身体小さくなってる! これってどう見ても子供じゃん!」
手を見るものの、ものすごくぷにぷにしてる。
そういえば、何となく頭が重い。髪が長いような気がする。
後ろに手を回すと、腰の辺りまで髪が伸びていた。
掴んで前に引っ張って見ると、綺麗な銀色の髪だった。
「ふむ、なにやら病魔にでも侵されてしまい申したか? 主に頭の」
「俺の頭は正常だよ! っていうか、何で俺はナチュラルに犬と会話しているんだよ!?」
「犬とはなんでしょうぞ? しかし何となく侮辱された気分ですな」
後ろのほうから聞こえていた風切り音が止んだ。
ま、まずい。
「そ、そんな事はない。犬というのは人間の愛玩動物で、ものすごく可愛いんだ」
慌ててフォローする俺。でも番犬のような厳つい犬もいるけどな。
「可愛い? 我を可愛いと言った人族は、我が主で二人目ですぞ」
再び尻尾の振る音が聞こえだした。
何こいつ、案外かわいいんじゃね?
「そういやさっき……いやその前に、お前に名前あるの?」
「昔は色々な名を持っておりましたが、今はありませぬな」
「じゃあ名無しでは不便だし、何か名前つけてやろうか?」
「おお、是非お願いし申す」
まるで、伏せ、のように頭を下げてくるでかい犬。
そして、なにこの期待に満ちた目。
犬だからラッキーとかチャッピーでいいか、と一瞬考えたんだけど、それじゃ申し訳ない気になったぞ。
「うーん、ジョンはありきたりだし、ポチという柄でもないし、チョッパーじゃ何かに引っかかりそうだし。いっそワンコってのは? いや冗談だk」
「ワンコ?! 何と言う勇ましく素晴らしい響き! 我が主よ、その名が気に入りましたぞ!!」
「お、おう。そ、そうか気に入ってくれたか」
「我が名はワンコ! 白銀の氷魔狼ワンコであるぞ!!」
そのままでかい犬、いやワンコは喜びながら洞窟の外へと駆け出していった。
外から、我はワンコである! という声が届いてくる。
……ま、まあ喜んでくれたし、いいか。
それにしても、俺は一体どうなっちまったんだろう。
トラックに轢かれて、次に気が付いたら子供の姿で、洞窟に居るとは。
ん?
トラック、轢かれる、死亡。
もしかして、小説によくある異世界転生ってパターンか?
それにしても、この身体の小さい頃の記憶がないな。
それに日本語が共通語ってどういうことだ?
そしてワンコはさっき俺の事をダンピールって言ってたけど、それはいったいなんだろうか。
そもそもワンコは、なぜ俺の事を主なんて呼ぶんだ?
考えれば考えるほど、疑問が浮かんでくる。
が、まずは命が助かったことを喜ぼう。
いや一回死んだけど。
そして次は、俺の目標だ。
まず生き抜いて、そして最終的には元の世界に戻って、館水さんに会う事だ。
そして初デートからのキスを目指すんだ!
おお、そう考えると燃えてきた!!
でも、まずはワンコにこの世界の事を教えてもらわなきゃな。
何も知らないこの世界において、ワンコは重要だ。
外では、まだ、我が名はワンコである、お主ら覚えたか! と叫んでいる声が鳴り響いている。
……頼むぜ、ワンコ。
お、なんかトイレ行きたくなった。
ちょっと外でしてくるか。
………………。
…………。
……。
「無くなってるぅぅぅぅ?!」