2 告白と転生
プロローグ2になります
あ、ありのまま今起こった事を話すぜ!
「あの、畑仲君。もし良かったら私と付き合ってもらえませんか?」
夕暮れの図書館の側で、俺は蒼い目をした金髪の美少女に告白された。
な、何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何を言われたのか一瞬わからなかった。
頭がどうにかなりそうだった。
これからその話しをしよう。
まあまずはお茶でも飲んで黙って聞いてくれ。
べ、別にコーヒーでもいいんだからねっ?!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夏休み。
学生たちの多くは遊んだりバイトしたりしている時期。
俺は学校主催の夏期講習に参加していた。
校庭で五月蝿く鳴くセミをBGMに、金色の髪と蒼い目の美少女が、先生の出した設問の回答を澄んだ声で答えている。
「……よって対偶により、設問の証明となります」
「正解だ。館水座りなさい」
「はい」
その美少女、館水アリスが着席するのを俺はぼんやりと眺めていた。
父が日本人で母がフランス人のハーフ、日本生まれの日本育ち。
日本人離れしたスタイルと、そして偏差値七十八という明晰な頭脳を持つ美少女。
更には親が有名企業の重役とフランス大使館勤めで、かなりのお金持ちらしい。
俺の通う高校は一応進学校を名乗ってはいるものの、そこまで偏差値は高くない。
だって俺ですら受かったくらいだからな。
そんな高校に何で彼女のような天才が入学したのかは分からないが、一番近い高校の中で一番レベルが高かったから、という噂が流れている。
そんな彼女の唯一の欠点は、コミュニケーション不足。
友達が一人も居ないのだ。
休み時間も一人で黙々と教科書や参考書を読んでいるし、放課後も部活などせず速攻学校から出て行っている。
勇敢な男子生徒が彼女に声をかけた事があるのだが、そっけない返事で玉砕したことも記憶に新しい。
また同じクラスの女たちも、彼女の雰囲気が近寄りがたいのか、なかなか声をかけないのだ。
二年になって最初の頃は、よく同じクラスの女たちが遊びに誘ってたりしていたが、「ごめんなさい、学校が終わったらすぐ家に帰らないといけないので」と断られていた。
親が過保護なのだろう。
全く俺とは雲泥の差だぜ。
そんな俺は、実は中学の頃、一度だけ彼女と駅で会った事がある。
俺の前に歩いていた彼女が落し物をしたので、それを拾って渡したのだ。
お礼を言われた際に見せてくれた笑顔がとても魅力的で、一目ぼれをしたんだっけ。
淡い青春だったな。
でもその後会う事もないまま高校に入ったんだけど、まさか同じ高校に居るとは思ってもいなかった。
授業終了のチャイムが鳴り響くと同時に、隣の席に座っていた奴が声をかけてきた。
「さっきの館水さんすごかったな」
「そうだな」
この感極まったような声を出している男の名は東宮寺辰巳。
一年の時同じクラスで隣の席同士だったことから、友達になった奴だ。
館水さんの成績や親の職業などの情報は、全てこの男から聞いたのだ。
一体こいつはどこからそんな情報を入手しているか不思議だよな。
そして肝心の館水さんは既に教室から居なくなっていた。
なんだこの素早さ二百五十五の生物は?!
「俺って証明苦手だからさっぱり分からなかったぜ」
「そうだな、俺も苦手だ」
「しかも美人だしスタイルも良いし、彼女に出来たら幸せだろうなぁ」
「そうだな」
「何だよ葵ちゃん、つれない返事だな」
「葵ちゃんはやめろよ!」
俺の名は畑仲葵。
葵という名は女に使われている事が多いからか、よくこいつにからかわれる。
「いいじゃねぇか、お前だって館水さん気になってるんだろ?」
「んー、気になるというか何と言うか住む世界が違うって感じ」
「ああ、それは確かに言えてる。それに実際に彼女に出来たとしても、会話が続かなさそう」
「ま、俺たちには高嶺の花ってところさ」
「それが現実か。で、この後どうする?」
夏期講習は午前中で終わる。
午後から時間は空いているものの、金欠なのだ。
バイトしたいところだが、夏休みは夏期講習で半分埋まっているし。
まあ今日は図書館行かなきゃいけないし、断るか。
「んー、ちょっと私立図書館に本を返しに行かないといけないから、今日はこのまま帰るわ」
「そうか、それは残念だ。それと市民プールの無料券があるから今度一緒にいかないか?」
ビキニのねーちゃんでも見て、目の保養するのも悪くないか。
でも市民プールじゃ、小学生のお子様が多いだろうけどさ。
「おう、週末にでも行くか。じゃあまた明日」
「またなー」
東宮寺と別れた俺は、市立図書館へと足を運んだ。
ちなみに、隣の駅にある。
結構行くの面倒くさいんだよな、家とは反対側だし。
でも学校の図書館より遥かに充実しているし、タダで冷たい水飲めるし、クーラー効いているし、遠いというデメリットを超えるだけのメリットがある。
本を返却し、そして館内をうろつく。
何か面白そうな本は無いかな。
ラノベとかも揃っているけど、大半は読んでしまったからな。
歴史本とか日本史の勉強になるし、この際新しいジャンルでも開拓するか。
そして適当に本を一冊選んで、開いている席に座った。
それから二時間後、持ってきた本を読み終えた。
ふぅ、意外と勉強になるし面白いな、歴史本って。
これの続きでも借りてくか。
そしてお一人様五冊までという限界の冊数を借りて図書館を出た時、俺は背後から誰かに呼び止められた。
「畑仲君?」
「え? って、あ、館水さん」
振り返ると、そこには金髪の蒼い目をした美少女が制服姿で立っていた。
いや俺も制服なんだけどさ。
「畑仲君も図書館を利用するんですね」
「あ、ああ。ここタダでたくさん本読めるしな」
「なるほど、確かに無料で本を読めたり貸してくれるのは素晴らしい行政だと思います」
「館水さんもここ使うの?」
「はい。家ですと家政婦が居りまして中々勉強に集中できませんし、それに図書館であれば様々な資料を手軽に見ることができますし、とても便利です」
聞きましたか奥さん? 家政婦ですって?
それにしても、とっつき難い性格かと思ったけど案外普通に話せるんだな。
と、俺がじろじろと彼女を見ていると、少しだけ困った表情をした。
「あの、何故そんなに私を見るのでしょうか?」
「あ、いや。館水さんって教室にいる時と随分雰囲気が違うんだなーって思って」
「なるほど、私の格好が変なのかと一瞬思ってしまいました」
「変って、制服姿は変じゃねーよ」
「はい、そうですよね。教室に居る時と異なるのは、今は畑仲君と二人だけのせいです」
「……え?」
えっと、どういう意味だ?
いや、彼女はハーフだし、きっと家ではフランス語をメインに話していて、日本語がそこまで堪能じゃないとか?
いやいや、彼女は日本生まれの日本育ちだ。
俺と同じくらい、いや俺以上に日本語には堪能なはずだ。
「流石に他のみなさんがいる場所では、こんなに積極的に畑仲君とお話することは、恥ずかしくて到底出来そうにありません」
「あの、俺と話すのってそんなに恥ずかしい事?」
「はい、だって私は畑仲君が好きですから。好きな人に話すのって結構勇気が必要なのですよ? ここなら他に誰も居ませんし、私も勇気を出せました」
えええぇぇぇぇぇ?!
ちょっとまて。
なんで館水さんが俺のようなどこにでも、履いて捨てるほどいるような、普通の男が好きなんだ?
こ、これはもしかして罰ゲームか?!
「じょ、冗談……だよね?」
「いいえ? 私は本気です」
「罰ゲームとかじゃないよね」
「罰ゲームってなんでしょうか?」
「と、というか俺のどこが気に入ったの?」
「あら、畑仲君は覚えていませんか? 中学生の頃、一度だけお会いしましたよね」
な、なに?! 時間にしてわずか三十秒足らずの出来事を彼女も覚えていた??
「え、あ、あの。まさか覚えていたの?」
「やはり畑仲君も覚えていましたか。あの時、畑仲君が見せてくれたおずおずといった仕草、表情がとても印象に残りまして。そして高校に入ったら、何と畑仲君と再会したではありませんか。これはもう運命と思いました」
「お、おう」
「あの、畑仲君。もし良かったら私と付き合ってもらえませんか?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「そうなのですか。畑仲君も私に一目ぼれして頂けたなんて、とても照れます」
「お、おう。俺もすっげ恥ずかしいわ」
館水さんに告白された瞬間、即座にOKを出した俺。
それでいいのか! と思ってもみたが、この機会を逃せば俺に彼女なんて出来るわけが無いだろう。
それにまさか互いに一目ぼれとは思いも寄らなかったしな。
図書館の帰り道、俺と館水さんは一緒に駅まで帰ることになった。
出来れば家まで送ってあげたかったが、彼女に断られたのだ。
さすがに初日だし、いきなりは無理か。
でもこれから時間はたっぷりあるんだ。慌てずじっくり行くさ。
しかしこれを東宮寺に知られたら、一体どんな目に合うか今から怖いぜ。
歩きながら色々と話してたら、いつの間にか駅前の大通りについていた。
楽しい時間ってあっという間に過ぎるってホントだったんだな。
「あら、もう駅についてしまいましたね。残念ですけど今日は一先ずここまでですね」
「ああ、まあ明日も教室で続き……は無理か?」
「少々恥ずかしいのですけど、畑仲君が良いのでしたら」
「全然良い! むしろたくさん話そう! 今週末もどこか行かないか?」
「はい、よろこんで」
マジか?! 初デートだ!
東宮寺、すまん。
週末のプールの件は反故にさせてもらうわ。
「ではまた明日……ああっ!?」
「どうしたの?」
「猫が」
彼女の目の先を見ると、まだ小さい子猫が大通りを横切ろうとしていた。
しかも信号は青だ。車がたくさん行き交っている。
「だめっ!」
「館水さん!」
彼女が突然道路に飛び出したのだ。
俺も一足遅れて彼女を追いかける。
その時、大きなブレーキとクラクションの音が鳴り響く。
そこからスローモーションだった。
何とか彼女に追いつき、そして抱きしめて引っ張ろうとしたが人の体重ってのは重い。
四十キロや五十キロはあるのだ。
そんな重さを咄嗟に引っ張るなんてことできるわけがない。
俺は意を決してトラックと彼女の間に立った。
次の瞬間、凄まじい圧力が身体中を襲い、一瞬で目の前が暗くなり、意識が飛んで行った。
……館水さん、助かったかな?
そして次に意識が戻ったとき、俺の目の前には数メートルにも達する巨大な白い犬の姿が立っていた。