8 学校へ
「さあ行きますよっ!」
「…………」
「…………」
「おや、お二人ともどうかいたしましたか? 何故そんなに離れたところにいるのですか?」
朝。時間は七時半頃。
朝日も眩しい時間帯に、俺はアリスさん、ネコミミメイドのノーラさんと一緒に学校へと歩いていた。
しかし、なぜか二人とも俺から十メートルは離れた後ろで、まるで他人のように歩いている。
「えっと……その、アオイさん。その旗は何でしょうか……」
「これ? これは単なる旗ですよっ!」
と、背中に背負った大きな旗を見せびらかすように振り始める。
知らない人が珍しそうに、そして時に笑いながら通り過ぎていく。
そんな程度じゃ、この俺の心は引かぬ、媚びぬ、省みぬ!
「なぜそんなものを?」
「かれんなびしょうじょは、わけわからないにゅ」
俺は「私はアレを持っています!」と大きく書かれた旗を、背負って登校しているのだ。
これは誰かは知らないけどおばあさんの持っていた剣、これを狙っている相手を挑発しているのだ。
これだけ宣伝すれば、今夜、いやもしかすると今すぐにでも、誰かが襲ってくるに違いない。
いつ襲ってくるか分からないより、挑発してすぐにでも行動させたほうが良いに決まっている。
そこを返り討ちにするのだ!
俺って頭いいじゃん!
「気にしないでください!」
「それを気にしないで、というのは無理ですよ……」
「はずかしいにゅ」
今日ケリ付けることが出来れば、明日以降は楽になるし。
恥ずかしいのも今日までさ!
「それに、アレって何でしょうか?」
「アレはアレですよ!」
「よくわからないにゅ」
「そんな事より早くいきましょう! 遅刻しますよー」
しかし二人は首を横に振って、なるべく俺から距離を取ろうとしていた。
これは結果的に見れば、ノーラさんも楽になれるというのに!
常に俺はロンリーなのか。寂しいな。
「先行っててください」
「うちらは後からゆっくりいくにゅ」
「既に私はぼっち確定?!」
俺は泣きながら学校へ向かったのだった。
「今日からお世話になります、可憐な美少女のアオイと申します。みなさん宜しくお願いします」
教壇に立ち、背筋を伸ばして自己紹介をする。
何事も始めが肝心だ。
そして教室を見渡す。
そこには、五歳から十二歳くらいまでの子供三十人ほどの視線が俺に集まっていた。
人口二十万人を誇る冒険者の町ラルツ。
そこにある学校は他の町と比べて特殊……という程ではない。
冒険者の町だけあって、カリキュラムには魔物の特性を教え、そして逃げるのに役立つ授業があるのだが、それだけだ。
倒す、という教育に関しては冒険者育成学校に行け、ということであろう。
ここにいるのは基本的に十二歳未満の子供たちばかりだ。
逃げに徹する授業になるのは当たり前であろう。
そして子供の数はかなり少ない。
教室の数自体も少ないし、この学校に通っている子供の数なんて五百人も居ないんじゃないかな。
そしてこの町には学校は二つしかない。
つまり合計しても、子供の人口は千人くらい?
少子化な日本ですら子供の割合は十五%くらい、そしてこの町の人口は二十万人だから三万人くらいは子供が居ても不思議じゃない。
これだけ少ないのは変だよな。
となると、考えられるのは冒険者の町だから、冒険者として来ている人が殆どだということ。
つまり冒険者として活躍できる年代が大多数であり、そして彼らは家族を持っていないことになる。
町にいる人を見ても、殆どが十代後半~三十代だ。
四十代以降、十代前半以前は滅多に見ない。
であれば、ここにいるのは冒険者相手に店を経営している人たち、あるいはギルド関係の人たちの子供が殆どであろう。
人口分布図でも作れば、見事なまでの富士山……どころか、エベレストくらいになりそうだな。
そして俺の隣に立っている二十代くらいのまだ若い男性の先生、彼はギルド職員だったりする。
冒険者育成学校の先生は、元冒険者が先生をやっているが、この学校はギルドが運営しているらしい。
さすがギルドが牛耳っている町だけの事はあるな。
「な、なかなか個性的な自己紹介だな。それと……その旗も」
ハンカチを出して額の汗を拭きながら、なぜか俺の背負っている旗を困った表情で見ている先生。
「いやー、そこまで褒められると照れますね」
「まあ、教室に旗を持ってきてはいけない、というルールはないが、邪魔になるので教室の隅にでも置いておこうな」
「なっ?! 私から旗を取ったら何が残るというのですかっ!」
「むしろ先生としては、旗を置いたほうが残るものは多いような気がするんだ」
「この旗と私は一心同体! そんな親友とも言うべき旗に別れを告げろなんてっ。先生は鬼ですね!」
この旗は、明け方から朝まで時間をかけて頑張って作ったものだ。
そんな友を俺は置いておけない。
「旗以外にも、友達作ろうね。では一番奥の開いている席に座ってください」
しかし先生は無情にも俺から旗を取り上げて、教室の隅に立てかけたのだった。
あとで絶対迎えにいくからなっ!
「アオイさん……みなさん呆れてますよ」
席に座ると隣に座っていた金髪の少女、アリスさんが声をかけてきた。
「あらアリスさん、同じクラスになれるとは運命的ですね」
「お父さんが手を回してくれたみたいです。二人一緒のほうが護衛しやすいそうなので」
確かにそれはそうだ。
しかし俺とアリスさんを同じクラスにするなんていう私的な事に、ギルドマスターの権限を使うなんて、もしかしてルーファストさんって親ばかなのかね。
「そういえばノーラさんはいずこへ?」
「彼女は教室の外で待っておりますよ」
「バケツ持ってですか?」
「廊下に立たされている生徒じゃないんですから……」
アリスさんとひそひそ会話していると、先生が声を張り上げた。
「では授業を始めます!」
こっちの世界にきて始めての授業だ。
どんな問題が出るのやら……。




