6 メイドさん
食堂に入ると、双子らしき猫の獣人メイドが出迎えてくれた。
一人は茶色の長いストレートの髪、そしてもう一人は三つ編みにしている。
年は十代中盤から後半くらいであろう。
どちらも目は金色に光っていて、そして当然ネコミミが頭にちょこんと付いていた。
うっはぁぁぁぁぁ。きたよきましたよ!
やはりこうでなくては!
思えばこの世界に来て、最初に出会ったのがワンコというケモミミっ子どころか、本物の獣だったし、こっちの大陸にきてからは、おばあさんと子供しか出会ってなかった。
ラルツに来る途中に出会った人も全員人間だったし、もしかして獣人の女の子はいないのか? という不安に夜な夜なうなされたものだ。
しかし、今日をもってそれは終わりを告げる。
VIVA新大陸!
もう俺ここに一生住むわ。
むしろ冒険者になってたくさん稼いで、将来はネコミミメイドをたくさん雇おう。
ついでに、ちょっぴり血ももらえれば言う事がない!
これぞ漢の夢だ!
「アオイさん、何か妙な気配を感じますけど……」
「へ? い、いやだなぁアリスさんってば。とても料理がおいしそうだったので、ついお腹が鳴きそうなのを堪えていたのですよ! ところで、そちらのお二人は?」
バロンが一礼して二人を横に並べた。
「こちらの双子のメイドが、シーラとノーラです」
「シーラですニャ」
「ノーラにゅ」
髪の長いほうがシーラさん、そして三つ編みがノーラさんか。
どちらも可愛い。
しかしノーラさんの、にゅ、という語尾はなんだろう。
しかしこれは萌える!
これで萌えなければ男じゃないだろう!
「アオイさん、体調が悪いのですか? 何やら息が荒いですけど」
「あ、いえいえ、大丈夫です。身体だけは頑丈なのが取り得ですので!」
いかん、アリスさんにすっごく睨まれている。
溢れんばかりの我が魔よ、収まれ!
おもに邪ま、という魔だが。
「今日からお世話になります、可憐な美少女のアオイと申します。シーラさん、ノーラさん、これから是非宜しくお願いしますね!」
「はいですニャ。アオイお嬢様、よろしくお願いしますニャ」
「かれんなびしょうじょ様、どうぞお座りくださいにゅ」
「アオイ、でいいですよノーラさん」
「はいにゅ」
椅子に座ると、二人のネコミミメイドさんはてきぱきと仕事をし始めた。
スープを飲みながらパンを取って食べているうちに、いつの間にかサラダが置かれていた。
更にサラダを食べ終わる瞬間メインディッシュの何かの肉が置かれ、そしてそれを食べ終わる直前、既にデザートとワインっぽいのが用意されていた。
うーむ、すごい早業だな。
しかも食べる速度を見て調整しているのか、メインディッシュの肉は出来立てのように熱く、デザートはまるで冷蔵庫から出したばかりのように冷えた状態なのだ。
いやこの世界に冷蔵庫なんていうものはなく、箱の中に魔術で氷を作り、冷やしている簡易的なものだけなのだが。
でも昔、東京タワーが作られた時代をモチーフにした映画を見たけど、昭和三十年代頃までは日本も、木の箱の中に氷を入れて冷やしていたっぽいしな。
映画では氷売りが町を巡回してたけど、こっちでは自前の魔術で氷を作れるのだから、より経済的だろう。
それはさておき、二人のメイドさん、かなりやり手です。
レストランでも普通に働けそう。
そして、問題は……。
この目の前に置かれたワインっぽい飲み物。
城塞都市ベールでの失態をここで踏むわけにはいかない。
「あ、あの。私、ちょっとワインは苦手で」
「えっ?! アオイお嬢様はダンピールなのに、ワインが苦手なのですニャ?!」
シーラさんはとても驚いた様子。
アリスさんの側にずっと控えてたバロンも意外そうな顔つき。
そんなに不思議なことなのか?
「あれ? 他の吸血鬼やダンピールはワインが好きなのですか?」
「ワインは血の代わりとして好まれております。実際には代わりにはなりませんが、血の飢えを紛らわせる唯一の飲み物ですので、ダンピールは子供の頃から嗜んでおられる方ばかりです」
そうだったのか。
それにしても子供の頃からアルコールはだめだろ。
成長止まるぜ?
ああでも人間じゃないし、その辺は違うのかな?
「ではアオイお嬢様は、今までどのようにして血の飢えを抑えておられたのでしょうか? まさか人の血を吸ったりしておられましたか?」
「どうしても我慢できなくなった時には、魔物の血を吸っていました」
「魔物の……? 吸血鬼、ダンピールが魔物の血を吸うとは知りませんでした」
「正直とってもまずいですけど、背に腹は代えられませんしね。それに慣れれば飲めなくはないですよ」
正直慣れたくない味だけど。青汁を五倍くらいまずくした感じだ。
でもワインに血の飢えを抑えるなんて働きがあったのか。
だからベールでも子供の俺にワインを出してきたのか。
「失礼ながらアオイお嬢様の親御様から、教わってなかったのでしょうか?」
「私は生まれてすぐ、捨てられましたので。親の顔どころか名前も知りません」
「……可哀想です」
「いえいえ。おかげでアリスさんにも出会えましたから、これはこれで幸運ですよ」
「あ、あの……それは少し恥ずかしいですよ」
「かれんなびしょうじょは、女の子が好きにゅ」
「ち、ちがいますっ! ノーラさん、いきなり何を言いますかっ」
いや、違ってないですけど。
ノーラさんって不思議系だよな。
「おう、今帰ったぞ。ってなんだ、もうみんな食い終わってるのか」
食堂のドアが大きく開き、ルーファストさんが帰ってきた。
彼はどかどかと歩きながら、食堂の一番奥の席に座った。
「シーラ、ご用意を」
「はいですニャ!」
シーラさんが食堂の奥、おそらく厨房だろうけど、そちらへ引っ込むとすぐに全ての料理を持ってくる。
それをルーファストさんの前に全部並べた途端、ものすごい勢いでルーファストさんが食べ始めた。
テーブルマナーって何? の世界だ。
でも元冒険者だし、あれが普通なんだろう。
俺もわざわざ一品ずつ出されるより、ああして一気に並べてもらったほうが好きだな。
そういえば、ルーファストさんの奥さんはどこにいるのかな。
家の中に、他の人の気配は感じられないし。
まさかアリスさんは、このネコミミメイドのどちらかの娘とか?!
既にルーファストさんの毒牙に!!
それは由々しき問題である。
いやまて、このネコミミメイドはどう見ても十代中盤から後半だ。
アリスさんは八歳。
さすがに無理があるか。
後でバロンにでも聞いてみるか。
「お、そうだ、もぐもぐ。アオイ、明日から、もぐもぐ、なんだけどさ」
「食べ終わってからでいいですよ」
「これからまたギルド、もぐもぐ、いかなきゃいけないから、ごっくん、時間あまりねーんだ」
「これからっ?!」
「ああ、ちょっとやることが増えてな。もぐもぐ」
飯を食いにわざわざ帰ってきたのか。
でも子供の顔をちゃんと見に帰ってきている、という所は良い親なんだろう。
「それで明日から、もぐもぐ、アオイはアリスと一緒に、ごっくん。学校行け」
「学校?」
「ああ、お前まだ八歳だろ? 普通は学校に通っている年齢だ」
でも、レイアードさんやテンペさんも学校なんて行ってなかったけど。
その代わり、定期的に町のお年寄りたちから勉強を教わっていたはずだが。
もちろん俺はダンピールという事もあり、無視されましたけどね、くすん。
まあ今更八歳が覚えるような勉強は不要だと思うけど。
「それよりも、私は冒険者になりたいのですが」
早く独り立ちしたいんだ、俺は。
そして金を貯めてネコミミメイドを囲うんだ。
「あれ? アオイは知らなかったっけ。冒険者は十三歳以上からでないとなれないんだよ」
「がーーーーーん?! それって、ほ、本当ですか?」
「ああ、でもAランク以上の冒険者からの推薦があれば、十二歳からでもなれるけどな。まあどの道お前の年じゃ無理だな」
「私めも、アオイお嬢様が学校に通われるのは賛成いたします。どうも常識に疎い傾向があるようですので、せめて一般常識は覚えられたほうがよろしいかと愚考します」
バロン、てめぇ余計な事言うんじゃねーよ!
でも、よくよく考えれば俺はこっちの大陸に来て一年しか経ってない。
魔大陸じゃ、常識なんて不要だったしな。
確かに一年くらいは通ったほうがいいとは思う。
でも学校かぁ。面倒くさそう。
「私はアオイさんと一緒に通うのは楽しそうですし、大賛成です」
「アリスはもうアオイと仲良くなったのか」
「はい、とても楽しい方ですね」
「楽しいっつーか、油断のならねぇ奴って感じだけどな。ああ、そうだ。ついでにノーラ、お前も学校行っとけ」
「あたしもにゅ?」
いきなり名を呼ばれたノーラさんが、首を傾げてルーファストさんを見た。
いや流石にノーラさんは年齢高すぎだろう。
俺も元はノーラさんくらいの年齢なんだけどさ。
「ノーラは護衛としてな。アリスとアオイを守ってやってくれ」
「はいにゅ。わかりましたにゅ」
護衛なんて私には不要ですけど……。
そう言いたかったけど、バロンが一瞬目配せしてきた。
ああ、何かあるのか。
そうだよな、普通に学校へ通うだけなのに、なぜ護衛なんていうものが必要なのか?
でもアリスさんは、この町を実質支配している冒険者ギルドのギルドマスターの娘だ。
十分狙われる対象になる。
でもそれだけじゃなさそうだ。
だって、ノーラさんは明日から学校へ一緒に行け、と言われている。
つまり今まではアリスさんの護衛は居なかった、ということになる。
一体ルーファストさんとバロンは何を知っているのだろうか。
今夜絶対バロンから聞き出してやろう。




