5 アリスさん
アリスさん、ご登場です
「……どちらさまですか?」
女の子が発した声で、我に返った。
不思議そうに、それでいて少しだけ不安げな表情で、俺を見ている。
「あ、は、はじめましてっ! 今日からここの家にお世話になる、可憐な美少女のアオイと申します!」
「……新しいお手伝いさん?」
可憐な美少女はスルーですかそうですかくすん。
でも確かに俺のような中身が男のパチもの美少女じゃなく、この子は本物だ。
整った顔立ち、纏う雰囲気は落ち着いた大人のようで、子供でありながら大人と対面しているような、不思議な感覚。
金色に輝く髪が窓から差し込む夕日に照らされ、より一層アンバランスさを醸し出している。
特に大きな蒼く深い底の見えない、それでいて吸い込まれそうな、しかし近寄ると即座に反発し弾かれるような、そんな魅惑的な目をしている。
……そして。
俺のダンピールの証である真紅の右目が、疼き思わず魅了を使ってしまいそうになるくらい、ぞくぞくする目だ。
「あの?」
今度は少し首を傾げてくる女の子。
おっと。思わず凝視してしまった。
「あ、いえいえっ! おそらくたぶん、私もルーファストさんの養子になる予定です!」
「そうなの?」
「はいっ、それでアリスさんにご挨拶をと思いましてっ」
「それはご丁寧にありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそいきなり前触れもなく訪れてしまい、申し訳ありません!」
彼女が椅子から立ち上がり、深くお辞儀してくる。
反射的に俺もお辞儀を返してしまった。
お、そうだ。赤いリボン買っておいたんだっけ。
何故これを選んだのかと言うと、首に巻いて奥歯を噛むと加速装置が使える気分になるからだ。
……すまん、ちょっとネタ古かったな。
「あ、そうですっ。これほんのつまらないものですが」
といって、お辞儀しながら懐に仕舞ってあるポーチに手を居れ、中を確認せず取り出して両手で差し出した。
「……は?」
いきなりアリスさんの澄んだ声が、絶対零度の凍てつくようなトーンへと変化した。
うわ、何だこの威圧感。
視線を合わせてないにも関わらず、とてつもない威圧を感じる。
古竜と対峙した時よりも、怖いぞこれ。
というか、赤いリボンはお気に召さない?
リボンってお土産っていうより、プレゼントだよな。
初めて会う人にリボンはまずかったかなぁ。
そう思い、自分の差し出した手を見ると。
あの紫色の透けているパンツだった。
「って、ちょっ、ちがっ! ま、まちがえましたぁぁぁぁぁぁ! これ私のですっ!」
慌てて懐に仕舞いこみ、今度はしっかり確認して、赤いリボンを差し出した。
な、何やってるんだよ俺!
初対面の女の子に、つまらないものですが、と言いながらパンツなんて差し出したら、真の変態じゃねーか!
そりゃアリスさんも怒るよ!
「アオイさんって、見かけによらずそんな下着履いているのですね」
「ち、ちがっ、違いますっ! これは店員さんが勝手に選んだやつなんですっ! 決して私の趣味じゃありません!」
そうとも、俺は純白が好きだ。小さいリボンが付いていれば尚良し。
百歩譲っても、薄いベージュまでだ。
って何考えてるんだよ。
必死で訴える俺を見ていたアリスさんが、突然くすくす笑い出した。
「アオイさんって楽しい人ですね。しかも真っ赤になって」
「わーん、アリスさん意地悪ですっ!」
「くすくす、あ、リボンは有難く頂きますね」
「はい、どうぞっ!」
アリスさんに赤いリボンを手渡すと、嬉しそうに笑ってくれた。
その表情は、年相応の笑みだった。
「ついでに、巻いてもらえますか?」
「わかりました!」
アリスさんの後ろに回って、金色の綺麗な髪を掬い上げる。
髪の下に赤いリボンを回して、上へと持ち上げ、頭の天辺で大きなちょうちょ結びをした。
最後に定着の魔術(これはノリのような効果がある)をかけて完成。
定着しておかないと、激しい戦闘したときに外れてしまう可能性あるからな。
「できましたよ」
「ありがとうございます。これで、アオイさんのリボンとおそろですね」
前に回って確認する。
うわ、なんだこれめちゃくちゃ可愛いじゃん。
金髪ロリっ子に赤い大きなリボンってめちゃくちゃ似合うな。
「うわ、とても可愛いですっ! お人形さんみたいですね!」
「そ、そうですか? ありがとうございます」
「その若干照れた表情も素晴らしいですっ! まさに人間国宝ですよ! 脳内に映像を焼き付ける必要ありますねこれはっ」
もうこれは何年かかってもいいから、写真の魔術を開発せねばなるまい。
いや目標は高くHDビデオクラスまでだっ!
っと、些か壊れてしまった。
反省。
「アオイさんって本当に楽しい人ですね。これからもよろしくお願いします」
「はいっ、こちらこそお願いしますね、アリスさん」
そしてアリスさんと楽しく会話していると、ドアがノックされた。
「どうぞ」
「お嬢様方、夕食の準備が出来ましたので一階へお越しください」
ドアを開けたのは、猫の執事バロンだった。
やっぱこいつかっこいいな。
「わかりました。アオイさん、一緒に行きましょう」
「はいっ!」
アリスさんが先頭を歩き、その後ろを俺とバロンが並んで廊下を歩いていた。
螺旋階段を下りて、一階へと下る。
これ面倒だよな。
誰もいない時なら、ジャンプしたり飛び降りたりしよう。
そんな事を考えていると、こっそりバロンが耳打ちしてきた。
「こんな短期間でアリスお嬢様と仲良くなられるとは、思いもよりませんでした」
「怪我の功名、というものですね」
「はて、そのような言葉は分かりかねますが。しかし、私めの期待以上でございますね。アオイお嬢様は」
「はい、これからも頑張らせていただきますよ?」
「また後日、ご説明に伺わせていただきます」
そう言ったバロンは、楽しそうに口元をゆがめた。
これは期待してよさそうだ。
一体どんな事があるのか、楽しみだな。
「楽しみにお待ちしております」
そして、アリスさんと目が合ったとき聞こえてきた、畑仲君? という声。
あれは空耳ではない。
誰かが俺の前世を知っている。
この世界は全く不思議が多くて楽しい。
やっぱりワンコの言うとおり、新大陸に来てよかった。
……無意識的に頭に巻いている青いリボンをそっと触りながら。




