3 ギルドマスターとサブギルドマスター
「うーん、おはようございます」
俺は安宿のベッドから起き上がると、誰も居ないにも関わらず挨拶をした。
まずは口調を慣らす事だ。
普段から練習しておかないと、ついぽろっと男口調で言ってしまう。
いっそ脳内も丁寧語にするべきか迷ったが、俺のアイデンティティーが崩れ落ちるのも何となく癪だしな。
「さて、今日はギルドマスターとご対面ですね。一体どのような人なのでしょうか。ベールのおじいさん兵士は豪快で面倒見の良い人、と言っていましたけど、親分肌っぽいのでしょうかね」
普段脳内で考えることを口に出すと、違和感がありまくりだよな。
まあ練習練習……。
何せ今日は俺の面倒を見てくれる、保護者と会うのだ。
同じ家に住むだろうし、となると四六時中顔を会わせることになるし、普段から練習しておかないとな。
ベッドメイキングを軽くしておいて、荷物、といっても魔法のポーチだけだが、をローブの懐に仕舞いこんで、念のため腰に紐を巻いてポーチと結んでおく。
盗まれたら一大事だしな。
「さて、いきますか。あ、でもその前に普段着くらいは買っておいたほうがいいでしょうね。いくらなんでもローブ一枚しか着るものを持っていないのは、淑女としてどうかと思いますし」
うーん、違和感ありまくり。
でも練習練習。
「買うものは下着十枚くらいと、ローブ以外の服を少々というところですか。面倒ですしワンピースタイプでいいのですが、この際ズボンというのもありですね。裾がかなり広がるスカートでないと、蹴りをする時にスカート引っかかっちゃいますしね」
そして、ふと自分の胸に手を当てる。
凹凸はなく、大平原のように平らである。
「ブラは今のところ必要なし……と。しょんぼり」
って、何で負けた気になっているのかが不思議だ。
俺はまだ八歳だ。成長が早い子だって、あと二~三年は要らないだろ。
「では服屋さんに行って見ましょう」
そして宿をチェックアウトして、服屋へと足を向けた。
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「……これは、何と言うかレベル高いです」
俺は子供向けの下着を手に広げて赤面をしていた。
服は買えた。
コーディネイトはお店の人に全部お任せしたけど。
まあ俺のデザインセンスなんて皆無だから、そこは良い。
問題なのは下着、ぶっちゃけ言えばパンツだ。
可愛らしいデザインで、いかにも子供が好きそうなものである。
これを手にとって買えというのか。
なんというハードルの高い苦行だろうか。
思ってみれば、魔大陸にいた時はノーパンだった。
どうせ他にワンコくらいしか居なかったし、服も魔物の毛皮だけだったしな。
おばあさんと住んでいた時は、おばあさんに買ってもらっていた。
そして今回、初めて自分で買うのである。
いくら外見が八歳の女の子とはいえ、心は日本男児である。
子供用パンツをレジに持っていくのに、どれほど勇気が必要かわかるだろうか?
これでもし生前の男の姿なら、変態じゃねーか。
ならば大人用ならいいのか、といえばそれはそれでもっと赤面しそうである。
それ以前に大人用だと大きくて、ずり下がりそうだが。
そしてパンツを持ったまま一時間くらい迷っていた俺を見かねたのか、店員さんが色々とアドバイスしてくれて、やっとの思いで買えた。
精神的ダメージはんぱねぇ。
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「ここが冒険者ギルド……ですか」
とてつもなく大きい。
町の中央に位置し、この町最大の大きさの建物だ。
中へと入ると同時に、また町に入ったときと同様に違和感が駆け巡る。
やっぱりこれって何らかの結界なんだな。
そして中は熱気が溢れていた。
何百人といういかにも冒険者っぽい人と、その対応に追われている職員たち。
これは忙しそうだ。
まだ時間は午前十時だし、これから何かの依頼を受けたりする冒険者が多いのだろう。
「さて、紹介状を持ってはいるものの、一体どこに行けばいいのでしょうかね」
受付っぽい窓口がずらっと十個ほど並んでいるが、どれも行列が出来ている。
これに並ぶのは時間がかかりそうだ。
と、俺が戸惑っていると、職員のおねーさんが声をかけてきてくれた。
実際は迷子とか親を探しに来たとか思われたのかも知れないけど。
「どうかしたのかな?」
「お忙しいところを申し訳ありません、実はギルドマスターに面会をお願いしたいのですがよろしいでしょうか」
そう言って懐のポーチから紹介状を取り出す。
どんなときでも礼儀は忘れない。これぞ日本男児である。
というか、猫の手も借りたいほど忙しそうにしているのに、わざわざ声をかけてきてくれるなんて、親切なところだな。
「あら、迷子じゃなかったのね。でもギルドマスターにこれを? ちょっと中を見させてもらって良い?」
「はい、お願いします」
手紙を取り出し中を読んだおねーさんは、ベールのおじいさん兵士と同じように表情が驚愕へと変化していった。
おばあさんの名って、こことベールではやっぱり有名人なんだな。
「……これ本物だよね。印も間違いない。ちょ、ちょっと待っててね、お嬢ちゃん」
慌てておねーさんが奥へと駆けていく。
五分もすると、再びおねーさんが戻ってきた。
「お嬢ちゃん、ついてらっしゃい。ギルドマスターが面会されるそうです」
「はい!」
おねーさんの後を着いて行き、奥にある階段を上がり二階へと登る。
そして廊下の一番奥、豪華な扉のある前に立ち止まった。
「ギルドマスター、お連れ致しました」
「入れ」
おねーさんが扉をノックすると、部屋の中からなかなか渋い声が聞こえてきた。
しかも、声が届くと同時に扉の鍵がガチャリと音を立てた。
これって、中から誰かが言わないと鍵が開かないようになっているんだろうな。
しかもここの廊下、この部屋に着くまで三回結界っぽいのが張ってあった。
さすがこの町を支配する冒険者ギルドのトップが居る部屋だね。
きっとこの部屋の真下、一階部分にも何らかの防御魔術が張られているのだろう。
「失礼します」
おねーさんの後に続いて部屋に入った。
中にいたのは三十代後半のすごく大柄なおっさんと、細身のまるで学者風な三十代前半の男が二人、豪華そうな椅子に座っていた。
「その子供が、あのラトゥール殿が面倒を見てた子か」
「あのひいばーさんがねぇ。どういう風の吹き回しなんだか。おっとレミス、戻っていいぞ」
「はい、失礼しました」
「おねーさん、ありがとうございました」
「あら、ご丁寧にありがとう」
俺を連れてきてくれたおねーさんが、部屋から出て行こうとした時、軽く礼を言っておく。
礼儀正しくしておいて、損はないのだ。
「よし、こっち座れ」
「はいっ」
彼女が出て行ったあと、大柄なほうの男が椅子を勧めてきた。
ちょこんと、椅子の上に座ったあと、改めて二人を見る。
……なんだ、大したことないな。
少しだけがっかりする。
この部屋にいる、ということはこの二人のどちらかがギルドマスターで、もう片方が幹部、ギルドマスターの片腕みたいなところだろう。
昨日会話をした冒険者たちよりは遥かに強そうだけど、せいぜいドラゴンを何とか倒せるレベルじゃないだろうか。
いやそれだって驚異的な強さなのだろうけど、あのおばあさんに比べれば遥かに見劣りする。
……比べる相手が悪いって? そりゃごもっとも。
でも、よくよく考えてみればギルドマスターや幹部たちは、強さよりも運営能力のほうが必要だよな。
「早速だが、少し聞きたい事がある。その前に名前はなんていうんだ?」
そんな事をこっそり思っていると、細身の男がそう聞いてきた。
ポーカーフェイスだね。切れ者って感じな男だ。
大柄なほうがおばあさんのことを、ひいばーさん、と言っていたし、ギルドマスターで間違いないだろう。
となると、細身のほうが幹部、何となくイメージ的にギルドマスターの懐刀って感じだな。
普通なら素直に名を名乗るところだが、敢えてここは反論させてもらおう。
「まず人の名前を聞くときは、自分から名乗るのが礼儀じゃないですかっ?」
あくまで子供っぽく無邪気に、聞き返した。
細身の男は少しだけ驚いた表情をするものの、すぐ元の無表情へと変わった。
「ふむ、確かにそうだな。俺はリリック=ハウゼン。サブギルドマスターを勤めているものだ」
「おお、リリックの迫力に負けずそんな事を言い返してくるなんて、さすがひいばーさんのところに居た子だな。大の大人でもこいつの迫力にはビビるもんだが」
「お前は少し黙ってろ。で、名前は?」
「ご丁寧にありがとうございます! 私は可憐な美少女のアオイと申しますっ! 家名はありませんので、アオイとお呼びください。あ、でも差し支えなければ可憐な美少女のアオイ、でもいいですよ? ちゃん付けでもいいのですが、様、でも喜んで受け付けます!」
一気に話してやったら、さっき反論したとき以上にポーカーフェイスが崩れた。
よし、勝利だ。
何と戦っているのかは、俺にもわからないけど。
「……なんというか意外な話し方だな」
「ははははは、リリック、俺はこの子気に入ったぞ」
「おい、それは引き取るという事か? さっき基本断る方向だったじゃないか」
「んなもんどうでもいい。俺が気に入ったんだからな」
「あ、おばあさんが亡くなる前に、もしひ孫が断ったらこの剣で叩き切ってやりな、と言っていましたよ?」
そういって、懐のポーチからおばあさんの杖を出した。
「それはラトゥールの杖!」
「おおぅ、ひいばーさん愛用の杖じゃないか。お前……いやアオイは本当にひいばーさんに気に入られてたんだな」
「はい、おばあさんから頂いたのはこの杖と、そしてこのポーチだけです」
そしてポーチも見せた。
「それもラトゥール殿が愛用していた魔法のポーチだな。そんな希少なものまで継いだのか」
「俺もそれ欲しかったんだけどなぁ」
「あげませんよ?」
「もう現役引退してるから、必要じゃないさ。そのポーチと杖はひいばーさんの形見だから大事にとっておけ」
「当然ですっ!」
「本当にラトゥール殿から継いだのはその二つだけか?」
「はい、これ以外はお金とギルドマスター宛の紹介状だけです」
俺は無邪気な笑顔でそう返した。
細身のサブギルドマスターのリリックという男は、何やら疑うような目で見てきたが、それをスルーしてやる。
「えっと、リリックさん。いくら私が可憐な美少女とはいえ、そこまで見られると恥ずかしいのですが?」
「…………」
呆れたような顔をするリリックさんに、大柄な男が肩を叩いた。
「リリックの負けだな。おっと紹介が遅れたが、俺はラルツの冒険者ギルドのマスターをやっている、ルーファスト=シーレイスだ。ひいばーさん、ラトゥール=シーレイスの最後を看取ってくれて礼を言おう」
「いえ、私こそおばあさんにものすごく面倒を見ていただきましたから。とても良い人でした。過去形なのが残念ですが」
「ああ、ここ二十年くらい顔を会わせてなかったが、とても厳しくそして優しい人だった。そして正式に回答するが、俺はお前、アオイを成人になるまで面倒を見よう」
「ありがとうございます! お世話になります!」
「ルーファスト、あのラトゥールの最後を看取った子がこの町にいる噂が流れると、色々と面倒な事になるが、それでいいのか?」
「いいさ、最近退屈していたんだ。それにうちの若手諜報員の実戦経験にもなるだろ」
「はぁ……何となくこうなる気がしてたんだよな。まあここに至っては仕方ないか」
「じゃあアオイ、後で俺の家に連れて行くから、暫く待ってろ」
「はい!」
「それとうちには娘が一人いてな。八歳になるんだが、どうも人見知りが激しくてな。お前のその図太い性格なら娘の話し相手に最適だろう。その仕事を請け負ってくれ」
「ほほー、娘さんですか。しかも私と同じ八歳なんですね! いいですよ、たくさんお話して仲良くなってみせます!」
「頼んだぞ」
こうして俺は無事ギルドマスターに面倒を見てもらえることになった。
そして、これから長い付き合いになるギルドマスターの一人娘、アリス=シーレイスと出会う事になる。
前作にも登場したアリスさん、やっと名前だけ出ました
次回登場となります




