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新ダークでエルフな吸血鬼  作者: 夕凪真潮
第一章 おばあちゃん編
10/24

7 遺言


「おーい! アオイいるか! 大変だ、ばあさんが、ばあさんが倒れた!」


 レイアードさんが発した言葉を理解するまで、暫く時間がかかった。


 倒れた? 誰が? あのおばあさんが?

 ワイバーンですら殴殺できる俺の拳を、軽く受けながす殺しても死なないような、あのおばあさんが?!


「レイアードさん、それ、本当ですか?」


身体を起こし、レイアードさんの目の前まで一気に駆け寄る。


「……っ?! やっぱここにいたか、本当だ! 早く行ってやってくれ!」

「わかりましたっ!」


 体内に魔力を巡らせ、そして飛ぶように地面を蹴った。

 一瞬でトップスピードに乗ると、そのままペースを落さず山を駆け下りていく。


「お、おい! 俺を置いていくなぁぁぁぁ!」


 何やら後ろで声が遠のいていくが、そんな事は気にせず、次々と木を蹴って進んでいく。


 普通の人が歩けば三時間はかかる距離を、ものの十五分もせず俺は駆け抜け、そして家についた。

 家のドアを破壊するように開け、そして普段おばあさんが寝ている居間へと走る。

 居間にたどり着くと、そこは柔らかい布団で静かに寝ているおばあさんの姿、そしてその隣にはテンペさんが座っていた。

 俺の姿を見るや否やテンペさんが名を呼ぶ。


「……アオイちゃん」

「テンペさん、お、おばあさんは……? まさか……」


 間に合わなかった?!

 朝はあれだけ元気だったのに?!


 赤と緑に光るオッドアイから、一滴の涙が伝わってくる。


 と、その時寝ていたおばあさんの目が、ゆっくりと、そして弱々しく開いた。


「なんだい、うるさいね。ゆっくり死ねないじゃないか」

「死んじゃだめでしょ!?」

「ああもう、やかましい子だね。それにしてもアオイ、よく間に合ったさね。いつもの山にアオイの気配を感じたから、間に合わないかと思ったさ。いざとなったらテンペに伝えておこうかと思ったくらいだよ」


 ここから山まで十五kmはあるのに、そんな遠くにいる人の気配を感じる?!

 おばあさん、本当に人間か?

 いや、今はそんな事どうでもいい。


「全力で走ってきましたから! それより大丈夫なのですかっ!?」

「もうダメさね。せいぜいあと十五分ってところだろうね」

「そんな……」


 止まった涙が再び流れ出し、視界をゆがませた。


「ああもう、涙もろい子だねぇ。年寄りが先に逝くのは自然な事だよ」

「でもっ……でもっ!」

「ほら後十四分くらいだよ。さっさとあたしに言いたいこと言わせてくれ」


 自分でカウントダウンしないで欲しい。

 ほんとに。


「ううっ、ぐすん……な、何でしょうか?」

「アオイ、お前に渡すものがある。一つはあたしが使っていた杖、そしてもう一つは、机の上に置いてあるポーチだ、中を開けてみな」


 俺は机の上にぽつんと置かれている小さなポーチを手に取る。

 それは様々な物体を、ある一定量まで保存できる冒険者には必須のアイテムだった。

 当然、容量が大きければ大きいほど、ものすごく高くなる。

 しかし机の上に置かれているポーチは、魔法で作られていた。

 魔術ではなく魔法だ。

 魔法のポーチは、現在の技術では製作不可能とされており、古代遺跡やダンジョンなどで極稀に見つかるものしか、流通されていない。

 容量も魔術のポーチだとせいぜい武器や鎧を十セット入ればいい所だが、魔法のポーチは軽くその百倍は入る。

 当然値段も国家予算レベルの金額で取引されている。


 その魔法のポーチを空けると、中にはかなりの額のお金とおばあさんが愛用していた杖、そして手紙が二通入っていた。


「いいかい、手紙のうち一通はアオイの身分証明書代わりのもの、そしてもう一通は、冒険者の町ラルツにいるあたしのひ孫への紹介状さ」

「冒険者の町……ラルツ……」

「あたしが死んだら、アオイはラルツへ行くんだよ。その紹介状にはアオイの面倒を見るようにと書いておいたからね。もしひ孫が断ったら、その杖で叩き切ってやりな。金はそれまでの交通費に使うといいさ」

「……はい」


 もう涙で顔がぐちゃぐちゃになって、更に鼻声だ。


「さて、あと十分くらいかね。テンペよ、お前はちょっと席を外してくれんかね」

「ぐす……はい、分かりました」


 テンペさんも声を殺して泣いていたが、おばあさんの言うとおり部屋から出て行った。

 テンペさんの気配が、部屋から離れて隣の部屋へと移動していく。

 それを確認したのか、おばあさんが再び口を開いた。

 今までとは違い、まるで模擬戦をする直前のような雰囲気で、思わず姿勢を正してしまった。


「さてアオイよ。お前には一つ頼みごとがある」

「はい。何でもお受けします」

「いいかい、良く聞くんだよ? あたしが死んだら、あたしの腕に巻いてある青いリボンを解いて、アオイの髪留め・・・に使え」

「髪留め……に……?」

「ああ、あたしが死んだら、だよ? 他の誰にも・・・・・触れさせず・・・・・、アオイが一番最初・・・・に取るんだからね。わかったかい?」

「わかりました」

「それと、このリボンはあたしから貰った、と言ってはいけないからね。誰にも言うんじゃないよ。例えあたしのひ孫だろうと、これから先、出会うであろうあたしと同じパーティだった冒険者でも、言ってはいけない、必ず墓場まで持っていく事」

「はい」


 なぜリボン如きにこれだけ念を押されるのか。

 いやそれ以前に、リボンをどうやって髪留めにするのか分からない。

 まあその辺りはあとで誰かに聞くとして、理由は分からないけど、これは絶対何かあるに違いない。

 しかし、ダンピールに寿命ってあるのかわからないけど、俺が生きている間は絶対に誰にも言わない。

 おばあさん、それは約束するよ。


 一息ついたおばあさんの気配が、急速に薄れていく。

 伝えたいことを伝えたかのようだった。


「よし、あと四分くらいかね。残りはそうさね、アオイに一つアドバイスをしてやろうかね」

「アドバイス?」

「アオイ、お前はテンペの血を見て吸血衝動に襲われた、違うかい?」


 なぜそれを? 見ていたのか?


「……はい、その通りです」

「まあ吸血鬼やダンピールなら仕方のないことさ。人が空腹を感じたとき、食べ物をうまそうと感じるのと一緒さね」


 それは、人を……テンペさんを食べ物として見ている事になるんじゃないのか?

 そんな事出来るわけがない。


「だからそれを恥じてはいけない、恥じるとすればその衝動を押さえ込めなかった時さ。お前はテンペの血を見ても衝動を抑えきった、だから恥じる事はないさ」

「…………」

「いいかい、吸血鬼やダンピールは昔っから根暗な奴が多い。まるで自分が悲劇の主人公やヒロインになったかのように、延々とぐちぐち細かい事をいつまでも気にする奴らばかりさ。百年以上生きて、何十人もの吸血鬼たちと出会ったが、もうほぼ全員そんな奴らばかりだったさね」


 ……根暗、か。

 何も知らない赤子の俺を捨てた両親。

 彼らもダンピールの俺を生んでしまって、そして悲劇のように感じ、俺を捨てたのだろうか。


「でもね、アオイはそんな吸血鬼やダンピールのイメージを一掃すればいい。もっと明るく、楽しく、人生を謳歌すればいい。そうすれば周りもお前に感化されていくさ」


 そうか、ネガティブ思考ではなく、ポジティブ思考で生きていけ、という事か。

 俺が吸血鬼やダンピールたちのイメージを変えていく。

 人に嫌われない吸血鬼、ダンピールを目指せばいいのか。


 しかし残りも短いのに、なんでこんな事にまで口を挟んでくるんだよこのおばあさんは。

 もう、さっきから涙がとまらねぇよ。


「だから、落ち込まず、いつまでもうじうじしてないで、さっさとテンペに明るく謝るがいいさ」

「……はい……はいっ。分がりまじた……」


 涙で声が上手く出ない。


「それとアオイ、一つ黙っていたことがあるんだよ」

「だ、だまっていた?」

「お前がワンコと呼んでいた魔物、あれはあたしが昔契約していた精霊獣でね。お前がここにくる前に、そいつから連絡があったのさ。アオイというダンピールを託した、アオイはあたしの後継者に相応しいだろうから、とね」

「ワンコが……」


 あいつ、こんな所まで、俺をサポートしていたのか。


「それにしても、ワンコという名には久々に大笑いしたね。しかもあいつはそれをものすごく喜んでいたね。あれだけあいつを喜ばせたのは、お前が始めてだよ」

「いえ、私もまさかあの名であんなに喜ぶとは思ってもいませんでした」


 これはマジである。


「全く氷冬ひょうとうも物好きな奴さね。せっかくあたしが契約を解除して、自由な身にさせたというのに、未だにあたしの後継者探しなんかやってたとはね」

「後継者って?」

「ふふ、それはいつか分かる時がくるさね」


 おばあさんはそう笑うと、突如布団から起き出した。

 慌てて止めようとする俺を、おばあさんは左手でとめる。


「ちょっ! 寝てなきゃだめですっ!」

「後三十秒、これが最後なんだから、これだけは言わせてくれ。一生に一度しか言えないんだからさ」


 そしておばあさんは、青いリボンの巻かれている右腕を天へと突き出した。

 その右手からとてつもない強大な魔力が一瞬で集まり、そして天井を突き抜け一気に天へと登っていく。

 それはまるで、龍が大空へ昇るような姿だった。




「我が生涯に一片の悔いなし!」




 そう叫んだあと、おばあさんは力なく崩れ、そして息を引き取った。

 右腕に巻かれていた青いリボンが、音もなく外れる。

 俺はそれを泣きながら拾い、そっとローブの内ポケットへと仕舞いこむ。

 そして改めておばあさんを見た。



 その死に顔は、ものすごく満足した笑顔だった。



感動的なラストシーン! 思わず涙が……出ませんよね←


これで第一章が終わりになります。むしろここまでが序章でもいいくらいかも。

これから先、主人公の性格が明るくノリの良い方向へと変化していきます。


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