1 進め戦え我等がアオイさん
プロローグ1となります
暗い闇が支配する森の中。
俺は小さい身体に魔力を漲らせ、木々を蹴ってサルのようにとある魔物から逃げていた。
赤色と緑色に輝く俺の両目は暗い闇を見通し、まるで昼間のように照らしている。
走るのに合わせ銀色に輝く長い髪が靡き、漏れた魔力が珠のように零れ落ちる。
しかし追ってくる魔物は夜目が利かないのだが、まるで重厚な戦車のように木々を粉砕して一直線に後を付いてきている。
まさしく猪突猛進だな。
つい五分前、後ろにいる魔物に奇襲をかけ、目一杯の魔力を乗せた蹴りを食らわせたのだが、まるで鉄を蹴ったかのような衝撃と共に弾かれたのだ。
それでも多少痛みはあったのだろう、その魔物が怒り狂って俺を追いかけ始めた。
何といっても、相手は体長五メートルはある巨体。
翻って俺の身長は一メートルにも満たない三歳児の身体。
俺から見ると、まるで三階建ての家くらいの高さの魔物なのだ。
迫力に負けて逃げたとしても仕方ないだろう。
そんな時、木々を蹴って逃げている俺の隣に突如気配が生まれた。
一瞬ぎょっとするものの、よくよく見ると、白い毛が生えている体長三メートルを越す四本足の犬のような魔物だった。
その犬のような魔物は、どういう構造になっているのか不明だが、口を開いて人間の言葉を発した。
「我が主よ、逃げるだけでは勝てませぬぞ?」
「ワンコか、驚かすなよ」
ワンコと名づけているものの、こいつもこの魔大陸に住んでいる魔物だ。
どういった種族なのかは知らないけど、日本で言うところの狛犬のような存在なのだろう。
そんなワンコは走りながら首をやれやれといったように振った。
おまえ余裕だな、おい。
「奇襲をかけたまでは良かったのですが、物理耐久が自慢のベヒモス相手に蹴りはないでしょう」
「それ以外、今だとまともにつかえねーんだよ」
「口から氷の息吹を吐けば、楽に狩れますぞ?」
「俺は口から氷なんて吐ける体質もってねーよ!! それ以前に初めての実戦が推定Aランクのベヒモスって、お前鬼か」
「鬼、というのは分かりませぬが、ここではAランクなど捕食される側の魔物ですぞ?」
ここは魔大陸と呼ばれる、強力な魔物たちがひしめく場所である。
そんな場所に、俺は生まれたての頃捨てられたのだ、と思う。
なんせ、つい最近まで記憶が曖昧で、あまり覚えていないのだ。
人間だって三歳くらいになるまでは、話し方も上手じゃないしな。
そして俺は前世の記憶を持っている。
前世では高校生だったが、とある事故によって目の前が真っ暗になり、そして気がついたらこのワンコが側に居たのだ。
もう最初はてんぱったね。
目の前にでっかい図体の犬だぜ?
うひゃぁぁぁ!? なんて奇声を上げたら、ワンコが「いかがなされましたか、我が主よ」なんてしゃべってくるし。
それから暫くワンコと話しながら、俺の生い立ちとこの世界の事を教えてもらった。
犬のクセに博学なんだよな、こいつ。
ここが魔大陸と呼ばれる場所であること、この大陸では吸血鬼が支配していて、俺が吸血鬼とダークエルフの合いの子、所謂ダンピールと呼ばれる種族であること。
そして理由は不明だが捨てられたところに、ワンコが通りかかって拾ったそうだ。
最初ワンコは俺を食べようと思ったらしいのだが、俺が目を開けた瞬間、なぜか忠誠心が芽生えて、この子を育てなければならないと思ったそうだ。
吸血鬼ってあれだろ? 人間の血を吸う不死の化け物。
確か、夜だと異常に身体能力があがって、様々な弱点と魔眼という能力を持っているやつだ。
吸血鬼は普通昼間は棺おけの中で寝ていると思うんだが、でも俺はハーフという事もあり、昼間でも問題なく動ける。
夜のほうが身体の調子が良いけどさ。
そしてダークエルフ。昔やったゲームでは、善のエルフに悪のダークエルフって分けられてたけど、この世界では違うらしい。
ダークエルフはエルフから生まれた突然変異であり、能力的にも人種的にもエルフと髪と肌の色が違うだけで、差はないそうだ。
そしてエルフやダークエルフは人間とは異なり、膨大な魔力と非力な力を持っているそうだ。
でもこの魔大陸にダークエルフは住んでいないから、俺は誰から生まれたのかは分からないらしい。
そしてもう一つ重大な要素がある。
前世は男だったが、この身体は女だったのだ。
記憶が戻ったその夜、トイレに行ったとき大事なものが無かったのだ。
無くなってるぅぅぅぅ?! と思わず叫んでしまって、ワンコが何事かと飛び出してきたっけ。
その夜はさめざめとワンコの体毛に埋もれて泣いたな。
翌朝はワンコに薄い氷を魔法で出してもらい、鏡代わりに使って自分の姿を確認したよな。
まあ見事に幼児でした。しかも将来美人になるだろうと思える程整った顔立ち。
さすがイケメンや美人設定が多いダークエルフだ。
それにしても銀色の髪に赤と緑のオッドアイってどこの中二な設定だよ。
まあ吸血鬼は赤色、ダークエルフは緑色の目をしているらしいから、ダンピールだとオッドアイになるっぽいけど。
そしてそれから俺はワンコに戦い方を教えて貰い、ようやく今日がそのデビュー戦となったわけだが……。
「そもそも三歳児に戦えなんて無茶振りだよ!」
「我は生まれて一年後には親から狩りを教えていただきましたぞ? お前それサバンナでも同じ事言えんの?」
「おい……どこでそんな言葉を知ったんだよ。ここに比べりゃサバンナの方がイージーモードだよ!」
「それはともかく我が主よ、主は女性なのだからもう少し言葉遣いを女らしくしてはいかがか?」
「どうせ他に誰もいないんだから、別にいいじゃねーか。女っぽい話し方なんて俺にゃムリムリ」
「全く、いくら吸血鬼とダークエルフの子とはいえ、三歳児とは思えない思考。我ですら知性を得るのに百年はかかったのに、我が主は何者なのだ」
「俺だって知りてーよ。それより知性を得るのに百年かかったのに、何で生まれて一年後の事を覚えているのかが、俺は不思議に思う」
「あの頃は若かった……」
遠い目をするなよ。それに知性っつーか、理性の間違いじゃね?
そんな事を逃げながら話していた矢先、背後から雄たけびが聞こえた。
「主!」
「おう!」
ワンコが叫ぶと同時に、俺は木を蹴って急転、横っ飛びに逃げた。
その後すぐ、大地を走る衝撃波のようなものが通り過ぎ、俺が先ほどまで居た場所が地面ごと抉られた。
「マジかよ。なんつー破壊力だ」
「いい加減真面目に戦いましょうぞ、我が主よ」
「そうだな、俺も腹減ったし。でもベヒモスって食えるのか?」
「皮は硬いので食べられませぬが、肉はそれなりかと」
「まあ肉はあまり食いたくないんだよな。血が飲めりゃいいや」
「好き嫌いはご法度ですぞ? 出された食事は全て食べるのがマナーというものです」
お前ほんとに何者なんだよ。
でも逃げ回って時間を稼いだし、いい具合に月も出てきた。
そろそろ本領発揮と行きますか。
全身に魔力を漲らせる。
半分とはいえダークエルフの血を引いた俺の魔力は、非常に高い……はずだ。
ワンコには負けるけど。
そして月明かりは、吸血鬼の身体能力を最高点まで引き上げる。
俺の魔力に反応したのか、ベヒモスが再び俺のほうに突進してきた。
しかし俺は慌てずに、身体中を廻っている魔力を練り込み、手に集中させて一気にそれを引き出した。
「ライトニングセイバー!」
俺の力ある言葉とともに、金色に光り輝く剣が生み出される。
ちなみにジェッダイのナイトとは無関係である。フォースではなく、魔力だからな?
ターゲットのベヒモスは、俺の生み出した高魔力に一瞬ひるんだ。
その隙を見逃さず俺は天高く飛び上がり、更に追加で練った魔力を剣へと伝えた。
刀身が数メートルに達した時、俺は勢いをつけて剣を振り下ろす。
俺の渾身の蹴りを食らってもびくともしなかったベヒモスの硬い甲羅が、あっけなく断ち切られた。
血しぶきが舞い、月光を赤く染め上げる。
うわ、まずい。血を見ると興奮するんだよな。
理性が吹き飛ぶのを必死で我慢するものの堪えきれず、噴出した血にむしゃぶりついた。
……が。
「うえぇぇぇぇ、まっず!!」
記憶が戻ってからは血を飲むのに抵抗はあったが、極度の飢えに我慢できず、ワンコが狩ってきた獲物の血を飲んでから吹っ切れた。
ほら、母乳も元は血ですし。
「我が主よ、まずいと言いながらそんなに飲んではお腹を壊しますぞ?」
「ごくっごくっ、いやさ、一週間ぶりだから、ごくっごくっ、まずくても止まらない」
しかしまずいなぁ。よくこんなまずいもの、吸血鬼って飲むよな。
血がまずいと思うのは、俺がダンピールからなのか、はたまた魔物の血がまずいのかは分からん。
もしかすると人間の血ならおいしいのかも知れないけど、幸いな事にここには人間なんていない。
ワンコが言うには、極稀に人間が来るそうだが、殆どは魔大陸に渡って数時間後には全滅するそうだ。
「それにしても、月が完全にでないとベヒモスすら狩れないとは。我が主はまだまだ貧弱ぅ」
「いやもういいから」
一頻り飲んで血の乾きを癒したところで、半分になったベヒモスの片側を持ち上げた。
ワンコももう半分を口に咥える。
「よし、帰るか」
そして俺とワンコは、ベヒモスのでかい図体を引きずって、根城にしている洞窟へと戻った。