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ハロー・マイ・ワールド

作者: アトフジ

〈8月22日 火曜日〉

 気怠い。一日の始まりをこのような気持ちで迎えてよいものなのかと言われたら、何も言い返せないだろう。でも、仕方ないことだ。何しろ今は夏休みで、それも終盤だ。はっきり言って、僕は夏休みが嫌いだ。理由は、なんとなく。連日の猛暑にやられてただ何もせずに日々を過ごすことは、もはや高校生にとってのご褒美ではない。ただの生き地獄だ。

 そして何故か夏休みは喪失感を覚える。これも、なんとなく。

 上半身を勢いよく起こすと頭痛を感じた。最近寝すぎているせいか、どうも体が重い。この負の循環を早く断ち切りたいのだが……

「あと10日か」

 ベッドの枕元に置いてある小さなカレンダーを見て呟く。そう、この悪夢はあと10日も残っているのだ。もう十分苦しんだじゃないか。そう考えながらやっとの思いで立ち上がる。とりあえずリビングに向かおうと部屋のドアを開けると、丁度といったタイミングで母が一階から起床を促してきた。

「智、そろそろおきなさーい」

「はいはい、丁度起きたよ」

 のそのそと階段を下りると、リビングからテレビの音が聞こえてきた。いつものことながら、母はテレビの音量を大きくしすぎだと思う。僕とは対照的に朝から元気な声で、ニュース番組の出演者が談笑している。

「夏休みだからってぐうたらしすぎじゃないの」

「いいんだよ、学生の特権なんだから」

 内心は特権だなんて思っていないけれども。

「なら少しは学生らしいことしなさいよ。あんたには勉強は期待してないけれど、もう少し外で遊んだりしたらいいのに」

「失礼な。誰も勉強しないなんて言ってないのに。……夏休みの宿題はやってないけど」

「あきれた」

 親にチクチクと言葉で突かれながら、僕はイスに座る。自分だって何かするべきだとは思っている。それ阻むのは外の蒸し暑さだったり、睡眠欲だったり。単純であり複雑なのだ。

 無言で差し出された朝食にすぐに手を付ける。睡眠中にクーラーをつけっぱなしにしていたせいで、のどが痛い。物がのどを通るたびに不快感を覚えつつ、水とともに流し込む。母の料理はおいしいが、朝からくぎを刺されてすでに居心地の悪くなったリビングからすぐにでも逃げ出したかった。

 食べ終わった後の食器をキッチンに持っていき、母に渡す。

「ほんと、寝てても食欲だけはなくならないんだから」

「そりゃあ人間だもの」

 適当に返し、その場を離れようとする。

「今日も予定はないの?」

「ないけど、ちょっと外行ってくる。運動でもしてきますよ」

「1時には帰ってきなさいよ。ご飯作っておくから」

 冗談だと思われるとばかり思っていたが、意外にも昼ごはんの話が帰ってきた。さっきは食べるなと言いたげだったくせに。

 もちろんやることなんて決めてないけれど、とりあえず行動、すれば何かいいことがあるんじゃないかと。まだ頭が起ききっていないまま僕は支度を進めた。


 ドアの窓越しに日差しの強さが伝わってくる。外に行くと言ってしまったことを既に後悔し始めていたが、思い切ってドアを開ける。間違いなく今日は暑くなるな。

 まだ朝だからか、暑さはいくらか耐えられるものであった。しかし夏の日差しの強さは、視覚からも僕の気力を失わせる。太陽の邪魔者は一つも浮かんでいなかった。

 これからもっと熱くなるのだから、少しは涼めるところはないだろうか。しかし残念なことにこの町は紛れもない田舎で、気軽に入られるようなお店もなく、ただ雑草の茂ったアスファルトの道が続いている。

 つまり、頼るものは自然しかない。森に行けば多少涼むことができるだろうか。ただ、森には座るところもないしひたすら歩き続けることになるだろう。それは貧弱な僕には向いていないだろう。それなら。

「河川敷に行こう」


 家から20分ほど歩くと、目的の河川敷が見えてきた。自転車に乗ってくるべきだったと今更後悔する。

 こんな田舎には不釣り合いではないかというくらいに河川敷は整備されていて、見事な緑の絨毯が広がっていた。川は大きなものにしては水もなかなか綺麗で、太陽の光が反射している。そして少し先には橋が架かっていて、その下は丁度いい具合に日陰となっていた。今日の暇つぶし場所はここに決定だな。

 橋の下へ向かって草っ原を進む。ここで昼寝をするのも気持ちいいのではないかと考えるも、僕の足は止まらない。すると僕のその考えを実演するように寝転がる人影が見え始めた。僕以外にもこんな時間から河川敷で時間をつぶす人がいるんだな。見た限り僕と同じくらいの年の少女のようだったが、邪魔をしないように少し遠回りして目的の場所に向かおうとした。

丁度通り過ぎたころだった。その少女から声をかけられたようだった。

「ちょっと、待って。あ、いや、こんにちは」

「え、なんですか」

 そう言いながら彼女のほうに目を向けるとともに、僕は呆気にとられた。

 見知らぬ学校の制服を纏うその肌は見事なほどの小麦色で、健康的な脚が川の方向に放り出されていた。無防備なくらいに草っ原に身を預けている彼女の長く黒い髪は、結われることなく無造作に草の上に広がっている。

 一言で表せば、美しい。いや、僕がまず感じたことはまさにそれだけだった。

 日に焼けた肌なんて学校に行けばいくらでも見られるけれど、その場に立ち上がった彼女のそれは、もっと精錬された、一つの芸術のように思われた。立ち上がったことによりその身体のラインをくっきりと見せつけられ、僕は何も言えず彼女のほうを見ていた。

「ちょっと、もしもーし」

「あっ、ごめんつい」

「つい、どうしたの?」

「あっ、いやなんでもない!」

彼女に声をかけられ、必要以上に慌てふためく。思えば人の身体をまじまじと見るなんて失礼なことだし、なによりそんなことをしている自分が恥ずかしく思えた。急いで彼女から視線を逸らす。

「まあいいや。よかったらちょっと話さない?」

「ど、どうして」

「どうしてって。まあそういわれると困るんだけどね。ほら、君もきっと暇なんでしょ? 朝早くから河川敷に来るくらいなんだから」

「それは否定できないな」

「じゃあ決定ね! せっかく出会えたんだから、この時を大事にしよう!」

 はにかみながらそう言った彼女につられ、僕の口元も緩んだ。それを隠すように一言返す。

「なにその大げさな言い方は」

「いいのいいの。私は栗原桜十葉。君は?」

「僕は、松行。松行智」


 他愛のない会話をしながら過ごす中で、彼女についていろいろなことが分かった。小さいころに近くに住んでいて、久しぶりにこの町に来ていること。夏休みが終わるまではここにいること。今は少し大きな市の高校に通っていて2年生、つまり僕と同級生であること。

 彼女の話し方はとてもはきはきとしていて、たまにおどけて見せたりと僕なんかよりよっぽど社交的なように思えた。これが都会に出て行った影響なのか、元々明るい子なのかは僕は知らない。ただどこか親近感の湧く雰囲気は、この町に住んでいた名残を僕が無意識に感じ取っているせいなのかもしれない。

「ねえ、君はさ、夏休みって好き?」

 なんとなしに彼女にそう聞くと、少し驚いたような顔をこちらに向けてきた。

「え?」

「僕はさ、なんか夏休みになると寂しい気持ちになって」

「……そう」

 彼女は先ほどまでとは違った悲しげな顔を僕に向けてくる。その表情を思わずじっと見つめてしまった。

「私も、あまり良い思い出はないかな。あ、でも」

「でも?」

「今日、今年、こうやってここに戻ってこられて思った。夏休みは必要だったんだなって」

 僕は彼女の面白言い回しが心地よいと感じ始めていた。

「なんだよそれ」

「……なんだろうね」


 気づけば既に一時をまわっていて、母との約束を思い出した僕は彼女に別れを告げようとする。

「今日はありがとう。いい暇つぶしになった」

「そっか。私も楽しかった!」

「あのさ、もしよかったらまた明日も話さない?」

 僕のその問いに彼女は目を丸くした。

「え?」

「だめかな。いや、夏休みが終わるまでここにいるんでしょ? もちろん、君にも用事はあるとは思うけど……」

そう言いかけると、彼女は大げさなくらいの笑顔で答える。

「いいよ! 明日も、明後日も、私が帰るまで!」

「え、毎日会うの?」

 冗談のつもりでそう伺う。

「そうだよ、うん。決めた。私、君と話してあげる」

「なんだよそれ。でも助かる」

「じゃあまた明日、9時半にここでね!」


 彼女と別れて帰る道は案の定過酷なものだった。ピークを迎えた日差しがアスファルトにより照り返され僕の身体を蝕む。こんな思いをこれから毎日しなければならないと考えると嫌気がさすが、家の中に籠りっきりの日々よりよっぽど健康的であるし、母に不快な思いをさせることもないだろう。そして何より、彼女にまた会いたい、そう思っていた。

「ただいま」

「おかえりなさい。遅かったけど、そんなに楽しいことでもあったの?」

「別に。それよりもご飯」

「はいはいもうできてるから。手洗ってきなさい」

 特にスポーツをしたわけでもないが、既に空腹の限界だった。タマゴだけ今乗せられたとみられるオムライスを、勢いよくかきこむ。

「たまには外出た方が気持ちいいでしょう?」

「まあね。明日からも午前中は外に行くから」

「あら、本当に何があったの?」

「わざわざ話すことでもないよ」

「そう。まあ元気なら何でもいいわ」

 オムライスを完食し、自分の部屋に向かう。明日から毎日桜十葉と会うとなると、夏休みの宿題にとうとう手を付け始めなければならない。難しいものではないが、量だけは多いのでもはや手遅れかもしれない。とはいえ全く手を付けないよりかは幾分マシだろう。夏休みが終わるあと数日くらいは、まともな過ごし方をしよう。珍しく少し前向きな気持ちになっていた。



《8月20日 日曜日》

「8月20日、っと」

 私は携帯の電源を入れ、日付を確認してすぐにポケットにしまう。

 とりあえずはいつも通り出発の準備をしないと。前回足りなかったものは何だろう。

 出発に際しての「足りないもの」は今の私にとっては2種類ある。一つは、日用品だとか、10日間を過ごすのに不自由をしないための道具。そしてもう一つは、彼に気づいてもらうための手がかり。とはいっても、後者は私が頑張って考え出したところでうまくはいかないみたいだ。それがこの世界のルールらしい。

 私栗原桜十葉は、いわゆるタイムループのようなものに巻き込まれてしまったらしい。その科学的要因は私にはわからない。ただこのループの目的は、私の幼稚園から小学生にかけての幼馴染、松行智と再会し、彼に私のことを思い出してもらうことのようだ。

 私は既に255回のループを経験して、感覚としてではあるけれどこのループの仕組みを理解しつつある。ループ期間は私が彼に会いに行く準備を始める8月20日から、夏休みが終わり家に帰る8月31日までの12日間のようだ。そのうち私があの町に居られるのは22日から31日までの10日間で、早めに現地に向かうことはできない。私の行動はループが始まる前、つまり1回目の20日から31日までの私の行動にある程度沿うように行われるようだ。というのは、いままでと極端に違うことをしようとしてもいざとなると気力がなくなり、「いつも通り」の行動をしようという考えに自然と至ってしまうのだ。

 それはつまり一生ループから抜け出せないということではないのか?

 最初は私もそのような考えを持ったが、多少の行動の変化は可能であるため、それが積み重なっていつの日か、という薄い希望を抱いて日々を過ごしていた。

 なにより、私は彼に何度でも会いたい。だから、悲しい気持ちになることはあっても、決して絶望したりはしない。最悪一生このループから抜け出せなくたって、彼と過ごす時間が続くなら……

 いや、そんな考えではいけない。私はまともな人間でいたい。私が私でなくなってしまったら、彼の知る私と私の知る彼の再会は、一生成し得ないものになってしまうのだから。


 そもそも、ループが始まる前、そして始まってしばらくは彼と会うことすら叶わなかった。夢のような現実を受け止めることにも時間を費やし、自然と同じ行動を繰り返そうとする自分への恐怖心に耐えながら日々を過ごし、73回目の8月30日を迎えた時のことだった。それまでは考えもなしにただひたすら町を歩き続けることしか許されない私の前に、彼が偶然現れたのだ。それは駅から少し離れたとこにある河川敷で、私はすぐに彼に話しかけた。

 これでやっと彼に積もりに積もった感情をぶつけて、ループからも抜け出すことができる。そう思った。

しかし、私の感情はまたしても解放されることなく蓄積されることとなった。この世界は、彼に私が誰であるか、どうしてここに来たのか、どんな思いでこれまでやってきたのか、それらの一つを彼に伝えることすら許さなかったのだ。

 結局私は怪しまれ、ほとんど会話をすることもなく彼は去って行った。もうどんな方法でも良いからこの世界から解放されたくなった。自ら死ぬことすら考えた。そしてもちろん、世界はそれを許さず、夏を繰り返す。


 73回目の後、しばらくは新たな思考など放棄して、すべてを「1回目の自分」に任せた。意味のない繰り返し。ただ考える時間だけが積み重なっていく。解放される術がないと一度は諦めたのだ。しかしそれから100回ほど繰り返した辺りだろうか。私は一つの事実に目を向けることができた。

私は少なくとも、彼に会えるようになったのだ。

 それに気づいた私は、暗闇で一本のマッチを見つけたかのように、儚くも心強い希望を、離すことなくここまでやってきた。世界は変わる。それが自分の手で起こせるものなのかすらわからなくとも。


 そしてこの256回目。いつも通り20日の20時頃に私は戻ってきたところだった。前回の変化を頭の中で整理し、少しでもいい方向に向かえるようにと、心を落ち着かせる。頼ることができるのは自分の頭だけだ。その頭すらも、この世界にコントロールされているとしたら。そんなことは考えないほうがきっとうまくいく。深呼吸をし、スーツケースのロックをかけ、イスにもたれかかる。そして、胸に手を当て、目を瞑る。

 殆ど変化のない世界でも、私は一つだけは必ず願っていることがある。

 それは、彼が元気に過ごしていること。

 急に彼の身に何かが起きたりはしないとは思うけれど、彼の存在は私の目的そのものだ。彼が河川敷に来なかったらどうしようか。あるいは、彼が、何らかの拍子に死んでしまったら。私は、その時私でなくなってしまうだろう。だから、思いを込めるつもりで、彼の無事を祈る。

 目を開けて、再び深呼吸をする。明日は嫌でも友人と外出し、そして明後日22日は朝早くから電車であの町に向かう。両親には友達の家で夏休みの残りを過ごすと説明してある。普段仕事で忙しい両親は、むしろ助かるといった様子で、疑ってはいないようだ。

 これ以上起きていても疲れるだけだと判断した私は、ベッドに倒れ掛かる。この過ごし慣れたはずの部屋も、このループ生活の中では落ち着かない空間のように思える。元々いたはずの世界から切り離された自分を実感してしまうのかもしれない。

 今できることは明後日に備えることだけだ。考え込まないようにと自分に言い聞かせ、私は眠りについた。



《8月22日 火曜日》

 私は例の河川敷に来ていた。照りつける日差しの中寝転びながら彼を待つことにはもはや慣れていたため、私はいたってリラックスした状態だ。むしろこの場所は私にとって特別な場所になりつつあるかもしれない。私が彼と過ごしていられる唯一の場所。彼との本当の再開の可能性を持っている場所。そして、小学生の頃によく彼と遊んだ場所。

 そもそも私が彼と会わなければならないと感じ、実行したきっかけは小さなものだった。

 それは8月16日、つまり時系列で言えばつい最近の出来事だった。ループを何度も繰り返した私にとっては、もう昔のことのようにも感じるけれど。

 学校が終わって友人と近くのショッピングセンターに買い物に来ていた私は、短期間だけ開かれている小さな店舗の集まりの中に、一人の占い師の出店を見つけた。変哲のない装いだったが、学校で占いが流行していたことに破格だったことも相まって、私は占いを受けることにしたのだ。

 占い師はいわゆるアラビアンと言われるような艶めかしい衣装で全身を包み、目と手の部分だけが露出している状態だった。確証はないが、多分女性だったと思う。彼女は私に名前や年齢、趣味、出身など他愛もない質問をした後、私の目をじっと見て言った。

「あなたは、会わなければならない人がいる」

 正直意味が分からなかったが、流行に乗ってはいても占いを信じきっていなかった私にとって、占い師がテンプレートとは思えない助言をしてきたことは衝撃だった。彼女の眼を捉え続ける私に彼女は語りかける。

「あなたが引越しする前、仲のいい友達がいたでしょう」

 智くんだ。私は、今まで、何故か思い出すことのなかった彼を、思い出した。

「……はい」

「あなたはその人に会わなければならない。できる限り早く。大人になってしまっては二度と会えなくなる」

「え、どうして」

「占いは以上です。私も多くは語ることができません」

 そう言って占い師は私の退場を促した。急な出来事への驚きと彼女の真剣な眼差しへの疑問、そして彼に会いたいという私の感情が頭を交錯し、そして落ち着きを取り戻したときには確信していた。彼に会わなくてはならない。

 その後彼に会うために連絡先や住所を見つけ出そうとするも、何も確定的な情報は見つからなかった。まだ小さかったからだろうか、またいつでも会えると考えていたのかもしれない。

結局、手掛かりとなるのは彼の名前、容姿、そしてあの町だけだった。

 偶然とは言えど、よくこれだけの情報で彼に会うことができたと思う。これが何度も繰り返した成果なのだとしたら、私はまだ頑張らなければならない。

 そうやって今までの流れを思い返していた時だった。寝転がった私の頭上を横切る人影が見えた。智くんだ。

 もう少しで彼に気づかずに過ごすところだった。私は慌てて彼に声をかける。

「ちょっと、待って。あ、いや、こんにちは」

「え、なんですか」

 気怠そうに彼は答える。いつも通りだ。でも彼は優しいから、会話したいといえばそれに応じてくれる。それは毎回変わらないことなので、私はそれに甘えるだけだった。

 彼と他愛のない会話を続ける。その間も、私は彼に気づいてもらうための何らかの足がかりを探そうとする。核心的な発言は私自身によって制御されるし、かといって本当にどうでも良い話なんてしても意味がない。だから私はせめて、私に興味を持ってもらう。そのために、できる限り意味深な言い回しを心掛けている。それくらいしか、自分に抗う術を持っていなかったのだ。

 ひたすらに願いながら彼との会話を続ける。そんな時だった。

「ねえ、君はさ、夏休みって好き?」

「え?」

 私はその質問に違和感を覚えた。今までのループの中では出てこなかった質問だったし、彼から話題を切り替えてまで質問をされることが今まではほとんどなかったのだ。

 でも、単なる偶然だろう。私はひとまずこのことを頭の隅に追いやると、彼は更に言葉を続けた。

「僕はさ、なんか夏休みになると寂しい気持ちになって」

「……そう」

 寂しい気持ち。彼が何にそれを感じているのかはわからない。ただ、ひたすらに初めて会う人のように彼と会話する自分にこそ、その感情が似合うのかもしれない。そう思った。

「私も、あまり良い思い出はないかな。あ、でも」

「でも?」

「今日、今年、こうやってここに戻ってこられて思った。夏休みは必要だったんだなって」

 私が彼に会いたいと思い、夏休みの最後に彼を探そうと決断しなければ、彼には会えなかったのだ。そして、いつの日かまた彼と会うことができなくなる可能性だって、否定はできない。私は彼と会うことができる現状に、私は感謝しなければならない。そして、今のうちに私のことを思い出してもらいたい。

 そろそろ彼と明日以降も会う約束をして、別れなければならない。彼もこの時間には帰ろうとしてしまうから。そう考え、話を切り出そうとすると、それより先に彼が口を開いた。しまった。帰らなければと言われてしまう。この場合、ちゃんと明日からの約束をできるだろうか。

 そんな不安は、結局杞憂となった。

「今日はありがとう。いい暇つぶしになった」

「そっか。私も楽しかった!」

「あのさ、もしよかったらまた明日も話さない?」

 これまででは考えられない展開。彼側から会う約束を持ち出されるなんて、予想だにしなかった。思わず彼の顔から目を離せずに、唖然とする。

「だめかな。いや、夏休みが終わるまでここにいるんでしょ? もちろん、君にも用事はあるとは思うけど……」

 用事なんてない。いや、君に会うことこそが、私の目的。そう言いたいという気持ちは、「この世界の私」の前では無力なものだ。それでも嬉しさから、涙が溢れそうになる。気を紛らわすように、おどけて答えてみせる。

「いいよ! 明日も、明後日も、私が帰るまで!」

「え、毎日会うの?」

「そうだよ、うん。決めた。私、君と話してあげる」

「なんだよそれ。でも助かる」

「じゃあまた明日、9時半にここでね!」


 なぜ、こんなにもイレギュラーが多かったのだろう。それも私に対して積極的なものであるから、喜ばずにはいられなかった。あの町の最寄駅から少し移動した場所にある、少し大きい駅の近くに佇む無人ホテルへ帰ってきた私は、にやけながらコンビニで買ってきた弁当を頬張っていた。

 これは良い変化に違いない。そう直感した私は、ある意味冷静さを失っているかもしれない。イレギュラーが起きることがこの世界の崩壊につながるという可能性だって、本当の仕組みを理解できない私にとっては捨てきれないものだ。

 それを念頭に置くつもりだったが、やはり口元が緩む。手が震えて鮭を床に落としてしまった。

「あーあ」

 弁当のメインを飾っていたおかずに退場されてしまった私は、残りをほったらかしにしてベッドに飛び込む。普段から彼と話すときには発言に気を遣っている上に、今日のイレギュラーに対する混乱から、私は疲労を感じていた。気になることばかりだったが、それも明日以降に考察すればいいだろう。私はそう自分に言い聞かせ、寝る準備を始めた。まだ15時くらいのことだった。



〈8月25日 金曜日〉

 彼女と出会ってからというもの、自分とは思えないほどの規則正しい生活を送っていた。とはいえ、まだ数日間だけの話だが。

 彼女はその健康的な容姿とは裏腹に、知的な面が多くみられるように感じた。というのも、僕が夏休みの宿題で行き詰っているという話をしたところ、宿題を手伝ってくれるという話になったのだ。話によると彼女は理系の学生で、学年でもトップを競うほどの学力らしい。偏差値の低い高校しかないこの町から引っ越したことは、その意味でも正解だったのかもしれない。そう言うと彼女は苦笑いで「引っ越したのは親の都合でしかないよ」と言った。

 そして今日も彼女に勉強を教えてもらうために朝早くから河川敷に向かっていた。できることなら僕の家に招き入れて涼しい環境で勉強したかったが、母がそれを見たらなんと言うかわかったものではない。それに、彼女にとってもそれが嬉しいことかはわからなかった。

 彼女は面倒見の良い性格で、僕には上級生のように思えていた。一方で無邪気な一面も見せてくる姿は、頼もしくて眩しい太陽のような存在だった。夏休みに入ってからというもの家に籠りきっていた僕にとって、彼女という太陽に会いにいくということがすなわち夏を受けいれるということに繋がっていたのだ。

 河川敷に着くと、今日も彼女は寝転がって川のほうを眺めていた。

「おはよう」

「お、来たね。今日は8月25日。まだ時間はあるね」

 会うたびに彼女は決まって日付を確認する。噛みしめるように。

「そんなに時間を気にしなくたって、宿題くらい終わるって」

「何言ってんの。私の力がなかったら絶対終わってなかったでしょー」

 彼女は意地の悪そうに言った。起き上がった彼女の髪の毛は、今日は一つに束ねられていた。

「それは否定できないな。感謝してるよ」

「なに、急に褒められても何もできないよ」「桜十葉は将来の夢とかってあるの? そんなに頭いいんだったらさ」

「将来の夢? うーんどうだろ。少なくとも、得意な物理を活かせるような仕事に就きたいかな」

「なるほどね」

「でもさ、人にとっての幸せなんてさ、その時の状況次第ですぐに覆っちゃうと思うんだよね。だからさ、私はその時その時を大事にしようって考えてるよ。もちろん、将来のことを考えるのも大切だけどね」

「ふーん。今、か」

「うん。私が今こうやって君と話してるのも、今を大事にしてる証拠、かな」

 彼女はほほを染めてそう言った。

「ど、どういう意味だよそれ」

「別に! ほら、早く次の問題いくよ!」

 

 今日も約3時間集中して宿題に取り組んだ結果、とうとう残された宿題もおよそ一日分といったところとなった。今日のノルマを達成した僕たちは、草っ原に倒れこむ。ふと彼女の顔を伺うと、同じタイミングで彼女もこちらを見ていた。思わず目をそらし、恥ずかしさをごまかすように話しかける。


「ハルアキは当然、自分の宿題は終わらせてあるんだよね?」


 え?

 自分の発言に、耳を疑う。ハルアキ? それは、彼女、桜十葉のあだ名?

 そして僕と同様に、いや、それ以上に彼女は驚愕していた。

「いま、ハルアキって、言った?」

 僕は、確かにそう言ったらしかった。彼女のあだ名は、ハルアキだった? そうか、名前についてる「桜」と「栗」が対照的な春と秋を示しているようだから、ハルアキ。

 そうだとして、なぜ今僕の口から、そのようなあだ名が出てきたのか。わからない、何も。

 桜十葉が、僕の肩を揺らして何かを語りかけているようだ。彼女の言葉は僕には届かないまま、僕は意識をなくした。


《8月25日 金曜日》

「ハルアキは当然、自分の宿題は終わらせてあるんだよね?」

 彼は間違いなくそう言った。つまり、彼は私の記憶を取り戻したということだろう! そう確信し彼にいくつもの質問を投げかけ始めた時には、彼は気を失っていた。

 彼はまだ目を覚まさない。しかし幸い息はしているようで、それを確認した私は彼の目覚めを待ちつつ状況の整理をしていた。最早嬉しさからの涙も枯れてしまって、彼に恥ずかしい姿を見せないようにとハンカチで顔を拭っていた。

 12時半頃だろうか、彼は突然小学生の頃の私のあだ名を使ったのだ。私が直接昔のあだ名を教えることはできないのは確認積みであったし、急に思いつくような単純なあだ名でもない。いや、ハルアキというあだ名を付けたのは確か彼だったから、偶然同じあだ名を私に付ける可能性はゼロではない。しかし、あのように突然それまでと違うあだ名を使い始めるのは不自然であるし、何よりあの時の私を見る彼の表情、声、親しみは昔のそれに違いないと直感できた。

 ついに彼は私のことを思い出したのだ。256回もの間奮闘し続けた成果が、やっと、やっと表れた。このまま精神だけが老けていって、彼とは最早釣り合わない人間になってしまうのではないかと、どれだけ恐怖し、抗ってきただろう。私が私であり続けることが、どれだけ難しいことだったか、今までの不安のすべてを、この世界にみせしめてやりたかった。私はこの身一つで、世界と戦い続けていたのだと!

 結局、彼に私のことを思い出させる方法は理解できなかった。でも今はそんなことはどうでもいい。これからいくらだって考える時間はあるのだから。

 そう言い聞かせ、平静心を保ちつつ彼の隣で座っていると、とうとう彼は目を覚ました。私は躊躇することなく彼の名前を呼ぶ。

「智くん」

 彼は目をこすりながら起きあがる。そしてしばらく沈黙した後に、一言口にする。

「ごめん、ハルアキ」

「なにがよ、もう」

「君のことずっと忘れてたなんて、最低な奴だよね」

 そんなことない。智くんが悪いわけじゃないんだから。悪いのは、「あの」世界。

「いいよ、思い出してくれたんだから」

「でもさ、昔はもっとおしとやかだったんじゃないの」

 彼はからかうようにそう言う。確かに、私もずいぶん変わってしまった。

「だって、何年も前のことだよ、智くんと遊んでたのなんて。それでも私はすぐに智くんだってわかったけどね」

「ごめんごめん。でもそれならハルアキから自分の正体を教えてくれればよかったのに」

 私はその言葉にはっとする。彼は、私のタイムループについて何も知らないのだ。

 それはそうだろう。今の彼にとって私は、昔のことで覚えていなかった幼馴染。世界が再開を阻んでいたことなんて決して知らない。

 それは、今までひたすらに夏を繰り返してきた私にとっては理不尽なことのように感じた。しかし、この事情について話しても、信じてもらえないかもしれない。そしてそれは私の自己満足にしかなりえない。そして、彼にこれ以上複雑な思いをさせることは私にとって不本意なことだから。私はこのことを黙っておく。そう心に誓った。

「ショックだったんだよ。その罰として思い出すまで内緒にしてたの!」

「いやあ、なかなか効いたよ」

 彼は今まで以上の笑顔でそう言う。そう、私は彼の楽しそうな姿を再び見ることができた。それで十分だと考えるべきなんだ。

「でもホント、わざわざ会いに来てくれるなんて思いもしなかったよ。たぶん僕達、小さかったこともあって連絡先とか交換しなかったからね」

「本当に大変だったよ。女の子にここまでさせるなんて、罪深いよ智くんは」

「勘弁してほしいな。しかも勉強まで教わっちゃったしね」

「もういいよ、これから責任とってもらうからね」


 私はひとまず彼と別れた。私の果てしない道のりは、本当に終わりを迎えたのだろうか。不安に思う点が二つほどあった。

 まず、8月31日が過ぎた時点で再びループしてしまう可能性について。正直これについては、目をそらしたいほどだ。一生ループから逃れられない可能性。想像するだけで吐き気を催しそうだった。しかし、この可能性は低いと考察はしていた。なぜならこのループの目的が明らかに彼に私を思い出させることであったからだ。感覚的な目標ではあるが、この目的を達成した今、世界が私を束縛し続ける理由はないはずだ。そうでないとしたら、もう私にはどうすることもできないだろう。

 そしてもう一つの不安は、あまりにもスムーズに彼が私のことを思い出したこと。

 私はループするとき、心と体が一瞬離れ離れになるような、そんな感覚を毎回覚えていた。そのような不快な感覚が、彼が私を思い出した時や73回目で彼と初めて再会した時には感じられなかった。出来事は大きく変わっているのに、現象としての「世界の変化」が観測できなかったのだ。 

 あえてひとつ挙げるとすれば、彼が気を失ったことが「世界の変化」の印なのかもしれないが、果たしてそのようなわかりにくいものなのだろうか。

 私は今いる世界が本来いるべき世界なのか、そして真の世界なのか、そもそもどの世界なのか。何もわからない恐怖を捨てきれずにいた。

 ホテルに戻ってきた私は、澄み切らない頭をどうにか紛らわそうとシャワーを浴びる。

 なんにせよ、私は8月31日を迎えなければならない。そしてその後で、世界から判決が下されるのだ。



〈8月31日 木曜日〉

 夜の11時20分。僕は河川敷に向かって自転車をこいでいた。もちろん理由はハルアキに会うためだが、なぜこのような時間かというと、先日彼女に「夏休みの最後は智くんと過ごしたいな」と言われたからだ。だからと言って31日が終わる時間に会う必要性は無いように思えたし、何よりお互いに明日の午前から学校が始まる。しかしその上でもなお会いたいと言われたので、断ることはしなかった。これは今まで彼女のことを忘れていた償いとしても当然のことだろう。

 夜の河川敷は、ほとんど灯りがないため危険なほどに視界が限られていた。僕は自転車の灯りを頼りに、いつも彼女と会う場所に向かう。するとそこには既にハルアキが待っていた。

「ごめん、先に来ちゃってたか」

「大丈夫。だいぶ早く来ちゃったから。というか、予想以上に暗いね」

 顔はほとんど見えないが、彼女の苦笑いが言葉から伝わってくる。

「言っても田舎の河川敷だからね。夜中に一番来ちゃいけないところかもしれない」

「そうかも。でも、昔よく遊んだこの場所は私にとって特別だから…… あ、智くんちょっと空見てよ! やっぱ綺麗だね、星が」

 彼女に言われて初めて空に目を向ける。確かに綺麗だ。

「本当だ。こんなに綺麗なのを見たのはいつぶりだろう」

「智くんの場合は、家に籠ってたから見れなかっただけでしょ?」

「失礼な。まあ、そうだけどさ。……ありがとう」

 空を見上げたまま、彼女に率直な気持ちを伝える。からかわれるとばかり思っていたが、返事もまっすぐな言葉だった。

「私も、智くんには感謝してるよ。ありがとう」

「感謝されるようなこと、したかなあ」

「してるよ。こうやって今、河川敷に一緒にいてくれてるし」

「そのくらいなら、僕にだってできるよ」

 本当にこの10日間は彼女に頼りきりだった。それは宿題についてだけでなく、僕は彼女と過ごす時間そのものに、身を委ねていた。彼女と会話をする時は、普段よりも素直に、そして気持ちを落ち着かせた状態でいられた。それを彼女も居心地良く感じてくれたのなら、僕にとってもそれは嬉しいことだ。

「もう本当に、夏休みが、31日が終わるよ」

「そうだね」

「……智くんの知らないところで、私も色々あったんだよ」

「色々って、どんなことが?」

「教えなーい」

「どうしても?」

「うーん…… じゃあ、いつかね!」

「気になるけどな、いつまでも待つよ。1年でも、5年でも……」

 それは、いつまでも彼女と過ごすということだろうか。ふいに出た自分の言葉に恥ずかしくなって、顔をうつむかせる。この場所が暗くなかったらきっと、彼女に顔を見られてからかわれていたことだろう。


 彼女は暗闇の中で、常に腕時計の時間を気にしているようだった。

「今、11時58分だよ」

「そっか」

「智くん」

「何?」

「日付が変わるまで、手を繋いでてほしいな」

「え、どうして」

「お願い」

 彼女の要望に、動揺する。この10日間、会っていなかった期間の分まで彼女と親しく過ごしはしたが、手を繋ぐようなことは一度もしなかった。確かにこのシチュエーションは自然なものかもしれないし、僕も、彼女とそうしたい。それは間違いなかった。

 自分の気持ちに素直になって、思い切って彼女の手を取る。僕ができることは、素直に彼女と接すること。そうに違いない。

 僕の手がぎゅっと、握り返されるのを感じる。そして彼女は9月1日に向かってカウントダウンを始めた。

「10、9、8,7、6」

 途中から、僕も一緒になって数える。

「5、4、3、2、1!」



《9月1日 金曜日》

 日付が、変わった。間違いなく、9月1日になった。それはもう確定的だったけど、早まる気持ちを抑えて彼に確認を取る。

「智くん、今何日か、携帯で確認して?」

「ん、わかった。」

 彼は携帯電話をポケットから取り出し、画面を点ける。その光によってかすかに照らされた彼は意外にも真剣な面持ちで、私は意表を突かれた。彼のここまで真剣な表情は初めて見たかもしれない。

「うん、9月1日だよ。夏休みが終わった」

 夏休みが終わった。私の、256回の今年の夏が、終わった。

 何年間にも相当する時間の呪縛から解放された私は彼に身を預けるように飛びつき、泣きじゃくる。

「智くんっ、智くん……やっとだよおお」

「ちょっと、うわっ」

 突然の出来事に驚いた彼は、そのまま夜の草っ原に私と共に倒れこむ。

 間違いなく、私はタイムループから抜け出したのだ。永遠に繰り返すとも思われた夏休みを終え、私は前に向かって進み始めることができるんだ!

 そして、私は彼にそっと抱きしめられていた。暖かい。夏の不快な暑さではなくて、人の温もり。決して感じることの許されなかった、智くんの温もり。今はただ、彼に抱きしめられていたかった。


「ありがとう」

 ひたすらに涙を流して心を落ち着かせた私は、彼の胸から顔を離す。この喜びが収まるのは一体いつになるだろう。そんな贅沢な不安を感じつつ、私は気を取り直す。事情を伝えていない彼にこれ以上心配をかけるわけにもいかなかった。

「事情は分からないけど、ハルアキは真剣だったんだね、この夏に」

 私はただ一度頷く。きっと彼には暗くて見えていないかもしれないけれど、それでも良かった。

「あのさ、これからもハルアキと会えるよね?」

「そんなの、当たり前でしょ? そうしないわけないよ」

「じゃあ、今度は僕がハルアキの住んでる所に行く番だね」

「うん。でもたまには、またこの河川敷にも来たいな。私にとって、私たちにとって大切な場所なんだから」

「もちろん。 ……ずっと思ってたんだけどさ、ホント肌が小麦色になったよね」

 急な彼の言葉に、なんとなくドキッとする。

「智くんのせいだよ」

「え?」

 何回も夏を繰り返したせいのような気がしていたから、そう言った。もちろん、私はループで年を取っていないから気のせいだけれど。

「なんでもないよーだ。日焼けしてるの、嫌い?」

 私は恐る恐る彼に問いかけた。

「そ、そんなことないよ」

「好き? 嫌い?」

 彼の動揺する様子が、暗闇の中でも伝わってくる。からかいがいのある人だなと、改めて思う。

「それにしても、名前には秋と春を表現するような文字が入ってるのに、ハルアキの姿は夏が似合うよ。変な感じだね」

 ぎこちない話の逸らされ方だけど、確かに面白いかもしれない。だから、その話に乗っかろうと、言葉を返した時だった。

「なにそれ、じゃあまだ出てきていない冬はどこにいっちゃったのかな」


『冬はどこにいっちゃったのかな』


 目の前が一瞬ホワイトアウトしたかと思うと、私の記憶のようなものがフラッシュバックする。

 河川敷、幼稚園、田んぼ、公園、小学校、駅、智くんの家

 目まぐるしく変わっていく情景にいるのは、私と智くん、そして……

「ゆき、の」

 雪乃。椿雪乃。私たちの、もう一人の幼馴染。

「え、そんな」

 信じられない状況に、私は言葉を失う。そして目に前にいる智くんも同じような状態にあるようだった。

 彼に忘れられていた私が、更に別の人物、雪乃のことを忘れていた?

 状況を理解しきれない私の頭の中にある、雪乃が一緒にいた確かな記憶。彼女もまた、小学校を卒業したタイミングで家庭の事情で引越しした、幼馴染だ。私たちはいつも、三人で遊んでいた。間違いない。彼女の存在もまた、何かによって世界から引き離されていたのだ。そしてその記憶は、先ほどの私と智くんの他愛のない会話によって、取り戻された。

 智くんに今の状況について確認する。

「智くん、雪乃、雪乃について、覚えてる?」

「あ、そうか……そんな、僕は、今雪乃について思い出したんだ」

 やはりそうだった。私と智くんは共に雪乃の記憶を失っていた。

「私も、今思い出したの。彼女のこと」

「そんな、二人とも忘れてたなんて、そんなことある? いや、そもそも忘れていたなんて……」

 私たちの知りえない力が働いていたことは間違いないだろう。ただそれを彼に説明することは、しなかった。私は彼をこれ以上無駄に混乱させることなくこれを解決したいと考える。そのためには、どうにか彼にこの状況を前向きに捉えてもらう必要があった。

「智くん、一旦落ち着こう? 私たちは雪乃のことを今まで忘れてた。でも今思い出せたことが良いことだってことは、たしかだよね?」

「それは、そうだよ でも……」

「今は前向きに捉えようよ。人のことを忘れるのは決していいことではないけど、今こうやって思い出したんだから。また雪乃に会えるし!」

 彼は、きっと疑問を捨てきることはできないだろう。それでも柔軟性があるおかげで、だいぶ落ち着きを取り戻しているようだった。

「そうだね。原因はいつでも考えられる。……ハルアキ」

「ん、何?」

 私は彼の言葉にできる限り無難に答えようと身構える。

「明日、というか今日から学校だから、とりあえず早く帰ろう。まだ終電はあるよね? 駅まで送るよ」

 こんな時まで私の心配をしなくてもいいのに。そう思いながらも、私はそれが嬉しく感じた。

「そんなに心配しなくてもいいって。どうせ始業式だけだし」

「よくないって。ハルアキは僕と違って優等生なんだからさ」

「もう……ありがと」

 彼は私が思っているよりも強い人間だったのかもしれない。いや、私と会っていない間に成長したのだろう。それを嬉しく思う一方で、中学生時代、そして今、その彼の成長する姿をすぐそばで見ていられなかったことに少し寂しさを感じた。



〈9月7日 木曜日〉

 あの日、9月1日の夜ハルアキと別れ家に戻った後、僕はいくつもの疑問を捨てきれずにいた。僕とハルアキが共に雪乃のことを忘れていただけでなく、同時に思い出すようなことが、起こり得るのだろうか?しかしいくら疑おうとも、それは実際に起きたのだ。

 そして、僕たちは雪乃のことを思い出すまでの間、小さいころの思い出を明らかに「雪乃がいない情景で」思い返していた。そこに、急に雪乃の存在が思い出されたのだ。それでは僕たちが雪乃を思い出すまで引っ張り出していた昔の記憶は、いったいどこから生まれたものだったのだろう。

 疑問を解明しようとノートに書きだしてみるも、証拠のある原因を見つけるどころか、予測すらまともに立てることができなかった。僕は大きく息を吐いて目を閉じる。これ以上考えてもどうやら意味がなさそうだ。なにか不思議な力が働いていたと、思考を放棄せざるを得なかった。

 ただ尚も、気になる点が存在した。それはハルアキのこれまでの言動だ。彼女は意味深な態度をとることが少なからずあったし、それを僕に少なからず気づいてほしい様子だった。彼女が何か事情を知っているかもしれないという曖昧な判断を持っていたが、果たして彼女にいったい何ができるというのか? それこそ不思議な力があるでも? そんなことは考えても意味がない。

 ただ言えるのは僕がこれからもハルアキと一緒に過ごしていくこと、そしてすぐに雪乃も加わるであろう、それだけだ。


 6日の夕方のことだった。ハルアキから電話がかかってきた。その内容は雪乃の連絡先を、彼女の引越し後にやり取りした年賀状から見つけ出したというものだった。雪乃がどこか遠くの県に引っ越したことは知っていたけれど、詳しいことはよく覚えてなかった。

 ハルアキは年賀状に書いてある住所に電話番号月のはがきを送り、そしてついに雪乃と電話でコンタクトをとったというのだ。

 雪乃は僕達二人のことをずっと覚えていたらしい。ハルアキと雪乃は9日の土曜日に既に河川敷で会う約束をして、それに僕も当然参加することになった。

 ずっと忘れていた、でも確かに今は記憶に存在する雪乃と、僕はどのように会話すればいいのだろう。再会の嬉しさと不可解な現象が頭の中でぐちゃぐちゃに絡み、ほどこうとすれば更に複雑になっていく、そんな状態だった。

 僕ができるのは、雪乃との再会を喜ぶことだけだ。それでいい。そう自分に言い聞かせ、その時を見据えた。



《9月9日 土曜日 15時》

 こんなにも早くこの河川敷に再び来ることになるとは、思っていなかった。そして、ここにいるのは私、智くん、雪乃。

 事前に話し合っていたように、私と智くんは雪乃に伝えた集合時間より30分早く待ち合わせしていた。それはもちろん、雪乃に不自然な対話をしないように智くんと話し合うためだ。そしてそのおかげか、私たちは他愛のない昔話で盛り上がっていた。

「そうそう、あの時の智くん、すごく情けない顔だったよー」

「やめてよ、思い出すだけで恥ずかしい」

「でも雪乃、すごく必死に智くんを助けてたよね」

「それはそうだよ、あれじゃ溺れ死んじゃうかと思ったから」

 雪乃は幼少時代に比べて、随分と明るくなっていた。智くんが川でおぼれかけた時の話を、楽しそうにしている。

 私は現象の仕組みを少しでも見つけ出そうと注意を払って彼女の話を聞いていたが、彼女はただひたすらに過去を懐かしむ様子で、私もそれを楽しまなければもったいないと、考察は諦めかけていた。

 現象について考える時間なんて、これからいくらでもある。智くんもこの再会を最大限に楽しもうとしているように見えた。それでいいんだ。

「もう、智くん相変わらずシャイだよー」

 雪乃が智くんに寄りかかって笑っているのが目に入る。やっぱり、私たちは仲がいいんだ。そう言い聞かせる。

 でも。でも、雪乃が智くんに密着している様子が、どうしても目に入れたいものではなかった。智くんも笑いながら彼女を揺らすような動作をしている。

 ふいに疎外感を感じる。思い返してみると、いつも私は二人が何かをしようとしているところに着いていくような形だった。二人がやろうと話していたことに、乗っかる形で参加する。

 もしかしたら、私はいつも三人でいるつもりだったけど、この二人にとっては「二人プラス一人」だったのではないか? わたしは、必要な存在だったのだろうか?

「ねえ、ハルアキ? 大丈夫?」

 智くんの声に、はっとする。

「あ、ごめん私……」

「なんか顔色悪いよ?」

「うん…… ちょっと体動かしてくるね」

 二人の優しさが辛かった。優しい二人だからこそ、一人だった私を仲間の入れてくれたのかもしれない。

 涙が溢れそうになり、私はその場を離れる。どうしちゃったんだろう。私は、いい方向に向かうために前を向いてきたし、実際今は幸せなはずなのに。全てを取り戻したはずなのに。

 もうここから逃げ出したかった。私の存在は、一体何のためにあるんだろう? 頭を抱えながら二人から離れていく。

 その時だった。


「きゃあああああああああ」

 悲鳴? これは、雪乃? 体ごと後ろに振り向き、焦点を二人のいた場所に合わせた時──

 河川敷に広がる緑の絨毯の上に広がる、赤。例えるなら、鮮血のような赤。

 違う、こんなこと、意味が分からない。

「雪乃? ゆきの!!」

 倒れた雪乃の肩を揺さぶる智くんと、隣に立っているフードを深くかぶった人物。この人が、雪乃を? そう考えている私の視界の中で、智くんがフードをかぶった人物に勢いよく掴み掛る。その人物は不意を突かれた様子でそれに抵抗し、そして彼の肩をナイフで一刺した。智くんは更に張り倒されて地面に転がる。

「うっ……」

「智くん!!」

 やめて、そんな! なにが起きてるの? あなたは一体何がしたいの、そうフードの人物に問おうとした時、先ほどの争いで乱れたのだろうか、彼女の顔はフードから露わになっていた。そして私が見たその顔は……



〈9月9日 土曜日 17時半〉

「ハル……アキ?」

 フードから露わになったその顔は、そう、ハルアキのようだった。いや、正確に言うと、少し年を重ねたハルアキ。

 彼女は僕の言葉を聞き、微笑みながら言う。

「どうしたの、智くん?」

 僕のあだ名を親しげに呼ぶ彼女は、明らかに『ハルアキ』だった。そして僕の右手には、高校生のハルアキが、確かにいる。高校生のハルアキが、問う。

「あなた、だれ」

 またしてもフードの女は、笑いながら答える。

「あなたよ、桜十葉」

「なに言ってるの、そんなこと……」

「覚えてる? あなたがショッピングセンターで占いを受けた時のこと。そうね、あれは8月16日だったかしら。あれは私よ。私でありあなた。26歳のあなたが、私」

 ハルアキは、その意味を理解したような表情だった。依然として僕は理解ができない。未来のハルアキが、ここにいる? なぜ? どうして雪乃を殺す? 疑問が混じり乱れる。

 フードの女は僕のほうに目を向けると、語り始めた。ハルアキは、その場で固まっている。

「智くんには全てを教えてあげる。信じられない話かもしれないけれど、信じてもらう」



《9月9日 土曜日 17時半》

 その女は、自分が栗原桜十葉であると名乗った。そして、私に智くんと再会するように仕向けた占い師が自分だと言った。それらの言葉は、今まで超科学的な経験を繰り返してきた私にとって、十分に意味が理解できるものであった。

「智くんは、タイムトラベルって聞いたことある?」

 26歳の私は、智くんに問いかける・

「タイム、トラベル」

「そう。聞いたことあるでしょ。自分の昔や未来に戻って、干渉することができるの。それで、ハルアキを智くんと再会するように仕向けたの。タイムループは、大変だったでしょう?」

 彼女は再び私のほうに顔を向ける。

 状況が嫌というほどに理解でき始めていた私は、すでに冷静だった。

「256回。256回もあの12日間を繰り返した」

「256回ね。予定通りじゃない」

 予定通り? 私はその意味を理解できない。私は彼女に質問をぶつけた。

「なぜ、私は智くんに忘れられたの」

「いい質問ね。ただまあ、起こらないで聞いてほしいわね」

 私は無言で続きを促す。

「私が過去を書き換えようと考えたきっかけはね、雪乃の存在を消したいと思ったから」

 え? 未来の私が、過去を書き換えた?

「その理由は、智くん、あなたよ」

 未来の私は智くんに目を向ける。

「智くん、あなたは、私が最初にいた世界では22歳で雪乃と結婚するの」

 突拍子もない話に智くんはただ呆然としている。

「私は、それが受けいれられなかった。昔から智くんと雪乃は仲が良かったけれど、私と話しているときのほうが智くんは心から楽しんでいたと思っていたの。でも違った。それでも私は諦められなくて、何度も智くんに雪乃と別れるように言ったわ。自分磨きだってした。それでもダメ。そしてついに、これが一番信じられない話だろうけど、私はタイムトラベルの技術を完成させた。高校生のあなたが今勉強を頑張っているおかげでね」

 タイムトラベルをする技術。そんなものが、しかも26歳という若さの私の手で、完成された? にわかにも信じがたい話だった。そしてそれは、現実として私の目の前で起きている現象がこれでもかというほどに体現していた。

「タイムトラベル技術を完成させた私は、まずどうにかして私と智くんをくっつかせるように仕向ける方法を試みた。でもそんなものはうまくいかなかった。雪乃と智くんの絆が予想以上に強くてね」

 未来の私が語る内容は、偉大な技術を私利私欲のために振るっただけの、とても醜いものだった。それでも私は耳を塞ぐことをしない。自分のしたことを受け入れるために。

「結局、恋のキューピッド作戦は失敗。そして私は思いついた。雪乃との記憶・関係自体をなかったものにしてしまえばいいんじゃないかって。私はすぐにタイムトラベルの技術を応用して、過去改変技術を手に入れた」

 聞けば聞くほど、信じられるものではない。智くんは冷静になったように見えたが、肩の傷を痛そうに抑えていた。

「でも結果は、私の予想外のものになったの。智くんから雪乃との記憶を消した拍子に、私に関する記憶まで、消してしまったの。技術が不完全だったってことね。それで、もうわかっているでしょうけど、私の記憶だけを智くんに思い出してもらうために、タイムトラベルをして、高校生の私を誘導した」

 彼女は、急に笑い出す。そして静まり返ったところで、再び語りだした。

「……それで、この有様よ。私のことを思い出してもらうどころか、雪乃のことまで思い出してしまうなんて。最早私の技術の範疇を超えていたし、リセットなんてできないの。だから、私がこの手で雪乃を殺す。そういう決断に至ったのよ」

 まるで一つの目的に狂い切った人間の寓話を言い聞かされているようだった。これ以上聞く必要なんてない。そう考え、私はゆっくりと彼女の方へ歩き出す。

尚も彼女は語ることをやめてはいなかった。

「私だって殺すなんて方法を取りたくなかった。だから、与えられた色々な別の方法を模索した。でもそれでも無理だったのだから、仕方ないでしょう?」

「与えられた? 過去を書き換えて雪乃を消すなんて、殺すのと同義じゃない!」

私は更に彼女に歩み寄る。

「違う、私がこの手で作り出した技術で、智くんを手に入れようとしたのは、私の力じゃない! 私の努力の成果よ! 私は、智くんに愛されるべきだった!」

これが寓話なら、愚か者は報復を受けなければならない、そうだよね?

私は、私の前で立ち止まる。

そして――



〈9月9日 土曜日 18時〉

狂ったように感情をまき散らすフードの女に、ハルアキが歩み寄る

そして――

「かっ…は……」

『ハルアキ』が、その場に倒れこんだ。

ハルアキの手には、ナイフ。それは、『ハルアキ』が使っていたナイフだ。僕はただ、その光景を目に入れることしかできなかった。

「ずっと頼りにしてきた物理すら愛せないあなたが、人に愛されるわけない」

「あな、た、自分がした事の……意味……」

「わかってる。私が26歳までしか生きられなくなるんでしょう、でもそれでもいい。『こんな未来』なら、存在しない方が良い」

そうだ。ハルアキが彼女自信を殺したら、それは未来にハルアキが存在できないことを意味する。僕はやっとの思いで立ち上がり、彼女のもとへ駆け寄る。

「なんてことをしたんだ……」

「ごめんね、智くん」

「え……?」

「こんな人間で……私のせいで、雪乃と智くんの未来が」

「それ以上は言っちゃ駄目だ。今のハルアキは、この『ハルアキ』じゃない。だから、もういいんだ」

僕の言葉に一度黙った彼女は、次の瞬間には泣きじゃくっていた。ただただ、僕はそれを受け止める。

「うわああああ 智くん、私、わたし、なんで……こんな……」

「ハルアキは頑張ったよ。それでも、世界がいけなかったんだ」

「でも! 私は必死に抗ったのに! これでいいはずないじゃない!」

「いいんだ。桜十葉、君はは悪くないんだ」


 泣きじゃくる彼女を引きずりながら、川に架かる橋の下を目指す。万が一にも、この状況を誰かに見られてはいけないんだ。これ以上、彼女に辛い思いはさせない。桜十葉は、僕が守らなくてはいけないんだ。

 彼女をどうにか人目の付きにくい場所へ移動させた僕は、今後について頭を最大限に働かせる。これからは、桜十葉に依存ばかりしてはいられない。

 河川敷は夕焼け空で染まっている。そしてそこには、やっとここに来ることが許された少女と、この世界に来てはいけない女性の遺体が、横たわっていた。



 【エピローグ】

 あの夏から4年後、お互いに親の許可を得た僕と桜十葉は、同じ大学に通いながら同居していた。

 あの後、当然二人の遺体は人の目に触れることになり、町を騒然とさせた。しかしそのうちの一人は本来存在しないはずの人間であるため身元不明のままとなり、現場に落ちていたナイフに付着した指紋と雪乃の傷口から、雪乃はその女性によって殺されたことだけが判明し、事件は収束したらしい。

 桜十葉はあれ以来、物理書きに触れることを拒み、結局文転した。勉強の面で少なからずディスアドバンテージを負った彼女だったが、持ち合わせた才能と残りの一年間をフル活用することで地方の国立大学へと入学した。前述したように僕も同じ大学に通っているわけだが、彼女が一番偏差値の高い外国語学部に入ったのとは反対に、僕は偏差値の比較的低い経営学部に必死に勉強して合格した。

 それでも、できるだけ長い時間を彼女と過ごすこと、そして彼女に普通の女の子としての生活をしてもらうことが僕にとっての願いだったから、全てはうまくいったのだ。

「智くん、ご飯できたよ」

「うん、ちょっと待って」

 デスクからテーブルに移動する。

「いただきます」

「いただきます」

「桜十葉」

「なに?」

「いつもありがとう」

「ううん。こちらこそ」

 少しの沈黙を挟んで、彼女が再び口を開く。

「私が今こうやって普通に過ごしていられるのは、全部智くんのおかげだから」

 普通、か。彼女が26歳で死ぬことさえ決まっていなければ。さぞ普通で恵まれた生活だっただろう。

 それでも、僕は今を大切にする。僕のために。桜十葉のために。

「それは、僕にとっての幸せでもあるから」


「私は、智くんのおかげであの世界とは別れられたよ。だから今のこの世界は、本当の私の世界なんだ」

 そういった彼女の笑顔は、春夏秋冬、どんなときにも映えるものに違いなかった。


THE END


お読みいただきありがとうございました。

ちょっとしたネタですが、桜十葉が智と初めて再会したのは73回目のループでしたが、その理由は「彼女がループする中で過ごした日数」が「2年制の幼稚園にいる日数」に達するのが73回目のループの時点だからです。同じくそこから182回のループを重ねたところで「小学生にいる日数」を更に経験したことになり、彼に思い出してもらえた、という形にしました。

日数に多少の誤差が含まれる可能性がある上に、理論付のされた理由ではありません。

なので、桜十葉はループによって、智から消えた自分の記憶の日数分、もう一度彼と過ごすことでやっとループから解放された、といった程度の曖昧なイメージを持ってもらえれば嬉しいです。

(日数じゃなくて時間で計算したほうが、もっと説得力のあるものにできたかもしれませんね……)

説明下手で申し訳ないです。


以上です。ありがとうございました!

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