洋とすずめ
洋がある日、すずめを連れてきた。
くるみ色の髪。おびえたようにつぶらな黒檀の目。もくもくと活発に動く小さな口。びっくりするととびあがる身体。
維。
洋のともだち。
そして、僕のともだち。洋以外にはじめてできたともだちだ。
僕たちが小学校4年生のときの7月に、維は引っ越してきた。維はおっちょこちょいでよくこけるし、こわがりだし、引っ込み思案だけど、誰よりも歌が上手だった。
維の透き通る、鈴のような歌声は誰しもを魅了した。でも維はあまり歌を歌わなかった。そういう風にみられるのがいやだったみたいだ。よくわからないけれど、それが原因でこの村に引っ越してきたとかなんとか。
維は洋のことがだいすきだった。いつも洋の後ろをついてまわった。少し跳ねる足取りは軽やかでホッピングのようだ。僕はそんなふたりを後ろから眺めるのがすきだった。文鳥とすずめ。姉妹みたいでとてもかわいい。
僕も絵を描くことがすきだった。洋には到底およばないけれど。
僕は洋と維の絵をたくさん描いた。ふたりにはないしょで。
「必」
僕を呼ぶ声がする。視界にうつるのは、三つ編みにされたくるみ色の髪。聞き慣れた幼なじみの声。彼女と出会って6年目の夏がきた。
いつの間にか寝ていたみたいだ。
木陰で寝ていた僕を見下ろす彼女には、小学生の頃の面影はあまりない。すらっと伸びた足を大きく開いて腕を組んでいる。表情はよく見えないが、見えなくても声色で分かる。彼女の整った眉はきっとゆがんでいるだろう。
「洋に手紙、書いてるの」
「……うん」
覇気のない声が出た。まだ頭がぼーっとする。どれくらい寝ていたんだろう。
僕のお気に入りである中庭の樹木は、陽光と維の顔をうまく隠してくれる。そよそよと風が維の気持ちを宥める。怒るなよと。美しい顔がもったいないと。そんなことどうでもいいわよと、彼女は肩に乗る三つ編みを手ではらった。三つ編みの先に結ばれている白いレースの刺繍が太陽に照らされきらっと光った。
「うそつき。洋が返事こないって言ってたよ」
「……うん」
生返事をする僕。
この学校に鳥は来ない。来ないようにされている。どうしてこんな高校を選んでしまったのか。
もうずいぶんと逢えていない文鳥に思いをはせる。あの子は今、どうしているのだろう。
「~~、もう! 知らないんだから」
少女は怒りながら去っていく。白い制服のスカートがふわりふわりと揺れる。彼女を追う目は数多。しかし彼女はその羨望の眼差しを見向きもせずに歩いていく。少し跳ねる足取りの癖は変わっていなかった。
「あ、ホッピング」
僕は笑う。変わらない姿を嬉しく思う。
愛らしいすずめはまだ、そこにいた。




