必くんと白いレース
わたしは彼女のくるみ色の細くてなめらかな髪がすき。わたしよりも背の低い頭。白色のレース。愛らしいまつげ。村一番の美人だと思う。
「洋ちゃん、どこいくの?」
「必くんのとこ!」
わたしの腕に自分の腕を絡めた女の子は首を傾げる。いちご大福のおもちみたいに白くてふわふわな感触にわたしはとろけた。
維ちゃん。今日転校してきた女の子だ。少しおっちょこちょいなのかな。今日だけで3回こけるところをみた。
「おともだち? 仲良くなれるかな」
維ちゃんはふわっと笑った。桜の花びらみたいに。ほんのり赤らめた頬がかわいい。
「必くんはね、鳥がだいすきなんだ」
「ふうん、鳥が?」
維ちゃんの目がまんまるになる。
必くんは今日、学校を休んだ。必くんは身体が少しよわい。喘息というらしい。あんまり走ったりもできないんだ。今は必くんのおうちにお見舞いに行く途中。右手には今日描いた絵。左手には維ちゃんの手。お土産は完璧だ。
通いなれた道。いつもよりも足早に駆けていく。必くんは起きているだろうか。
7月の夏空はわたしたちの背中を押してくれる。木陰だった小さな小道を抜けると太陽の光はじりじりとわたしたちを照らした。どこかでセミがじーっと鳴く。もうすっかり夏だ。
入道雲にのって、どこかにでかけたい。大きなキャンバスとクレヨン、色鉛筆だけをもって、サンダルで空を駆けたい。鳥ととびたい。もちろん必くんもいっしょに。
「こんにちはー!」
元気よくあいさつをすると、必くんのお母さんはにこっと笑った。
「洋ちゃんいらっしゃい。必くん起きてるよ。……あれ、その子は」
見かけない女の子の姿に必くんのお母さんは目を留める。藍色の髪がふわりと揺れた。
「おともだちの維ちゃんです! 今日学校にやってきたの」
「こ、こんにちは」
わたしに半分かくれるように維ちゃんはあいさつをした。
「こんにちは、どうぞあがって」
靴を脱ぎ、すぐ隣の部屋に上がると、必くんは布団に入りながら上半身だけをおこして図鑑を読んでいた。図鑑から目を離した必くんの目と目があった。必くんはふわりと笑う。必くんのそんな笑顔はたんぽぽの綿毛みたい。
「必くんげんき? おともだちつれてきたよ」
必くんにみせるように維ちゃんを前に押し出す。維ちゃんの肩越しにみえた必くんはぽかんとしていた。ひょっこり顔をだしてえへへと笑うと、つられたように必くんも笑った。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
必くんと維ちゃんの初めての出会いだった。必くんはパジャマの裾を揺らして手招きする。必くんのそばに寄るとわたしは絵を差し出した。
「必くんお見舞い! 朝みかけたんだ、今日のはまんまるでね」
「ほんとだ。ありがとう、洋」
必くんは笑ってくれた。わたしが渡したのは、今日の朝見かけた小鳥の絵。スズメの絵だった。必くんは大切にその絵を見つめてくれる。その瞳がわたしはたまらなく好きなのだ。
「わあ、洋ちゃんすごい、本物みたい」
維ちゃんはまた目をまんまるにして拍手をした。ほめられるとうれしい。
「必くんあのね、今日転校してきた維ちゃん。ともだちになったんだ!」
「うん、よろしくね。維ちゃん」
必くんは維ちゃんの髪をじっとみつめた。維ちゃんの髪はくるみ色をしている。頭に白いレースのカチューシャをしていて、お嬢さまみたい。目は黒檀のように黒く、小さな口。背はわたしよりも小さくて、たぶんクラスで一番低いと思う。ふっくらとした腕やほっぺたはもちもちして気持ちいい。
「ところで、洋」
「ん?」
「朝、君がスズメに出会ったのは、必然みたいだよ」
必くんはそう言って、必くんのお母さんそっくりに、目を糸のようにして笑った。




