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マシュマロ

 01


 一ヶ月前から付き合い始めた彼女、ナナが可愛いと俺は授業中にも関わらず視線を送る。

 俺の周りをうろちょろしているオンナどもと違って、彼女はケバイ化粧をしない。たぶんスキンケアしかしていないであろう顔に、マスカラなんて使う必要が無いくらいにびっしりとしている長い睫毛。薄らとピンクのグロスを乗せた唇。

 無理にダイエットをしてガリガリになったオンナとは正反対に、細いけど少しふっくらしている体型はどこをとっても俺のストライクゾーンである。

 もちろん性格もいい。

 誰にでも公平で、でも少しだけ淡白な性格の彼女。それは多少内気だと言うだけで、彼女の内側に入ってしまえばよく笑ってくれるし面白い話ばかりしてくれる。大抵手振りをつけて話すナナは見ていて飽きない。

 付き合うことになったから、と言う理由でなにから何まで全て変えてしまおう。なんて思うことが無いところが好ましい。


 つまりどういうことかといえば。

 俺は今までに無いほど、ナナに溺れていると言うことだ。


 ***


 今まで付き合ってきたとも言えないような、一日限りのオンナたちはそれに気付くことも無くいつまでも金魚のフンのようについて歩く。

 脳みそが無いのかと思いたくなるオンナたち。

 ついてくるなと言うのも煩わしくて、イライラを抱えていた中学の頃から、その視線を感じた。

 その視線の主はナナだったけれど、何か媚を売るような目じゃなく、純粋になにをしているのかと言う好奇心の瞳だった。


 その視線はたまに飛んできて、目を合わすと逸らされてしまう。もちろん彼女の顔が赤くなることはなく、ただ気まずさ全開だった。

 そんなのも慣れたある日、唐突に満足できなくなるのを感じだ。

 それはいつも人を眺めているナナを、逆に一日見続けてみようと思い立った日。

 休み時間に仲が良い女と話していたとき、彼女はふと笑いを漏らす。

 笑顔も優しさと安心感を与える。内側の人間にしか見せないつくり笑顔ではない笑顔を始めて知ったとき、教室にいた男子が少しだけざわめいたのをよく覚えている。

 ナナはクラスを盛り上げてくれるようなタイプではないけれども、家事が得意なのをクラスの男子は知っていた。

 そんな彼女が密かに人気があると、このとき初めて知る。

 実際俺が、ナナを“いつもなんとなく眺めてくるオンナ”から“興味が少しだけ湧いた女”に進化したのだ。



 02


 3月13日、ホワイトデー前日。

 3月3日に無事に高校を卒業した俺たちは、今現在、なかなか会えないでいる。それは単純に、卒業と同時に就職やら一人暮らしやらでなかなか合える時間を互いにつくることはむずかしいって理由だったが……。

 それでも俺は寂しいと思った。数年間あった視線が無くなって、もうナナが一緒にいてくれないのではないかという気分にまでさせられる。

 そんなこんなで彼女に会うための口実として、ホワイトデーと言う日を思い出したのだ。そう言う風にしないと本当に時間がつくれない自分たちがもどかしい。いっそのこと同棲してしまいたい。

 バレンタインはあいにくと受け取り損ねたが、もらったのも同然で。そしたらお返しをするの当然だ。

 なにがいいのだろうと悩みながらハーベストウォークを歩いてゆく。

 雑貨屋を見て回って、彼女に似合いそうなアクセサリーを見つけたが、つけれくれなさそうだと思いあきらめた。

 何か無いかと考えて、お菓子で返すのはどうだろうかと思い至る。

 ナナの顔を思い浮かべて、どんなお菓子を喜ぶだろうと考えて、なんとなくマシュマロが浮かんだ。

 ぷにぷにしてそうな頬にキスしたい。そんな思いが一瞬浮かんだが、すぐに追い払ってマシュマロを買いに菓子屋へ向かう。


 オンナしかいない中でマシュマロを買うのは、物凄く恥ずかしかった。


 ***


 翌日。

 引越しの準備として荷造りをして、引越しの業者は呼ばないから軽トラックを借りて新たに住むマンションに荷物を運んで。そんなのを繰り返しているうちにもうすっかり日は暮れていた。

 ヤバイ。時間に遅れる。

 荷物運びで汗臭くなってしまい、けれどもうシャワーを浴びる暇は無い。が、どうしても汗臭いままナナにあって幻滅されたく無いから30秒だけ浴びる。

 多分彼女はそんなことで幻滅しないでいてくれるだろうけれども。


 車(軽トラックではなく)を飛ばし結果として、約束の時間10分前につけたのも関わらずナナはもう待っていた。

「ナナ」

 声をかけるとうれしそうに、だけれども控えめに手を振る。そんな姿も愛おしい。

 車からいったん降りてナナを助手席に案内すると、そんなキザな態度がおかしかったのかくすくすと笑い出した。

「どこに行くの?」

「おいしいって教えてもらったフレンチ。……大丈夫だよね?」

「うん。楽しみ」

 ここから離れたところにあるレストランに向けて、車を発進させる。もちろんナナが乗っているのだから、ことさら安全運転に気をつけて。


 話に聞いたとおり美味かったフレンチレストランを出た後、二人でなんとなく海に来ていた。まだ春先の海に入ることは出来ないが、潮風は心地よい。

 そんなことをいったらナナが「髪がバリバリになる」と笑っていたが。

 つないでいた歩いていてた手を離して、鞄から綺麗に包装してもらったマシュマロをナナの手に乗せる。

「バレンタインのお返し」

「え、でも、私はあげてない……」

「でも、作ってきてくれただろ」

「そうだけど」

 悪いといって受け取らなさそうなナナ。

 もちろん俺はそんなのを見越した上で、彼女に、こう言う。

「来年、何倍かにして返してくれればいい」

 その手があった! とばかりに顔を輝かせた彼女は、嬉しそうにうなずいた。

 ナナのことだから、本当に何倍にもして返してくれそうだ。

 そうしてまた手をつなぎなおして彼女の家まで送り始める。

「そういえば、中身はなに?」

 袋を盛っただけではわからなかったらしいナナが、太陽に透かそうとしながら尋ねる。特に隠す理由が無かった俺は、

「マシュマロ」

 と答えた。もちろん、ナナがマシュマロ見たくやわらかそうだった。なんてことは言わないが。

「……マシュマロ?」

「マシュマロ」

「……そっか」

「嫌いだったか?」

 せめて好き嫌いくらい聞けばよかった迂闊だったと若干の後悔に見舞われる。

「んーん。私、マシュマロ好きだよ」

 彼女の笑顔とその言葉で、俺は心底ほっとした。

 そしてまた手をつなぎなおして浜辺を歩く。

「なんかね」

「ん」

「浜辺でなにか物渡すから、プロポーズみたいって思っちゃった」

 ナナの顔を見ると、恥ずかしさのせいか顔が赤くなっている。

「浜辺でプロポーズされたい?」

 少しだけからかいを混ぜてたずねてみる。

「……どうだろ? 自分がどこで結婚してくださいって言われるかなんて、塑像したこと無いもん」

 からかいに気がついたナナは、すねながらそう返した。


 ぷいと背けられた顔にキスするまで、後もう少し――。






数日後に、もう一話上げます。


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