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チョコレート

 01


「今年はチョコ上げないの?」

 始まりはそんな言葉だった。

 お昼。お弁当を食べていた私に向かって、友人であるリカはそういった。

「え? “は”っていうか、“も”だと思うんだけど」

 何のことだかすぐにぴんと来た私は、ボソッと返す。

「だってあんたさ、毎日彼に会いたくてこんな自由登校期間に学校来てるのにさ。最後だから渡したっていいんじゃない?」

「え。いいよ私は……」


 今日は2月13日。バレンタインデー前日である。

 彼女が言う彼とは、私がもう6年も思い寄せている、中学のときから同じの人だった。

 受験する高校がたまたま同じだったときに私は喜んだけれども、高校卒業後の進路は当たり前のように違った。

 彼は就職することが決まっていて、私は短大に進むことが決まっている。

 彼とも特別仲がいいわけじゃないし、会話だって業務連絡みたいなものばかり。時折視線が合うくらいで。いつも彼の回りにいる女の人たちのように華やかじゃないんだから、仮にチョコを渡すのだって躊躇ってしまう。


「そんなこといってー。どうせ今年が最後なんだから、思い切って贈っちゃいなよ!」

「いいよ。大体彼は、毎年誰からもチョコ受け取らないもん」

「それねー。本命からは受け取るらしいよ?」

「だからって私が本命なわけがないから、彼が受け取ってくれるわけじゃないよ」

「超卑屈―。自分が本命だーって思ってチョコ渡してみなよー」

「……無理」

 私はしかめ面でそういった。


 ***


 リカが言った言葉が、ずっと残ってる。

 長年片思いしてきた相手に、気持ちを伝えたいって気持ちだってある。


 私の好きな彼は、スポーツ万能で、勉強も出来て。天はに物も与えた。ただひとつの欠点として、物凄く愛想が悪いって言うことだけ。

 だけれど、顔はかなり整っていて、彼の周りの女の子は皆軽そうな雰囲気の女の子ばかり。むしろ、そういう感じの子しか近づいちゃいけないってイメージが定着してしまった。


 かといって、私が彼を顔で好きになったかと言われるとそうではない。その整った顔がいつも何か不満げそうに歪んでいて、彼が笑うことなんてあるのだろうか?

 なんていうのが最初の気持ちだった。なんとなく観察していた結果、それは癖になりもちろん彼もわたしに見られているのを知っているのだろう。

 そうして観察し続けた結果、彼の見たことある笑い顔は、嘲笑と似たようなものしかない。そうすれば次々と気になってくることがある。女の子がきらいならはっきり言えばいいのに、とか。わずらわしいなら、もっと他に手の打ちようがあるんじゃないのか、とか。

 気がつけばそれは純粋な興味とはかけ離れ、コイゴコロに変わっていた。


 特別顔がいいわけじゃない私がチョコレートを渡そうと思っても、周りにいる女子たちに妨害されて終わるっていうのが目に見えている。気持ちが本人に通じなくても仕方ないけど、関係のない女子たちに妨害されるから、やっぱり渡せないのだ。

 ちなみに私は去年渡そうとしてチョコレートはつくってみたけど渡せなかったりしている。

 渡すチョコレートを味見しながら、そんなことを考えていると、あげる人の分よりも多く出来てしまった。

 というのも、今年はチョコケーキだから、一人当たり多く切り分ければ問題ない。

 バナナを入れようか迷って結局入れなかったチョコレートケーキを、渡す人の分だけ切り分けていく。

 やっぱり上の空であまりを出してしまった私は、余った分をどうしようかと首をかしげた。


「あら? 誰か好きな人にあげるの?」

 ひょこりと台所に顔を出した母は、楽しそうに言った。あげないよ。というと、好きな人はいるんだね。とニヤニヤされた。

「でも、なんで好きな人なの?」

「好きな人には、少しでも多く食べてもらいたいって思うからでしょ?」

 お母さんは当然よって顔で言い切った。

「それに卒業でしょ。わざわざ自由登校期間に学校に行ってるんだから、好きな人にチョコレートを渡してらっしゃいな」

 何でも見通しているお母さんが、少し怖かった。



 02


 翌日、結局私は余分な分まで綺麗にラッピングして学校にチョコケーキを持ってきていた。

 この期間、出席日数が足りない人だけ来るから、授業はあってもコマだけでほとんど自習だった。

 それでも彼の周りにはたくさんの女子たちが集まっている。

「おはよーん。はい、チョコ」

「うん。おはよ。私もお返しチョコ」

 リカから明らかに手作りじゃないだろう小さな小包を受け取って、変わりに可愛い柄の袋に入ったチョコケーキを渡す。

「やた! あんたが作るものって美味しいんだよねぇ~」

 早速と広げて彼女は食べ始める。

「ところで、彼用のチョコも持ってきたんでしょ?」

 ん~。おいしい、嫁にしたい。なんていいつつ指摘され、私は少し動揺した。

「う、なんでわかるの?」

「乙女セーンサー」

 手を頭に乗せて電波のまねをし、歌うように言われれば何も返す言葉は出てこなかった。

 「女子たちが離れる機会があるといいねぇ」

 そう言う親友は、私を茶化してその気にさせておきながらもひどく他人事だった。

 来年はリカにチョコ作らないでおこう。


 ***


 そのタイミングは意外と早くやってきた。


 お昼休み。飲み物を買いに自販機に来たとき、ばったりと彼に遭遇したのだ。運がいいことに、取り巻きと化している女子たちは誰もいない。

 しばらく何故だか互いに見詰め合って、それから今日の私にはやることがあると思い出した。

 今日ずっとポッケに入れておいたチョコケーキを渡そうとして、目的のものがポッケから出てこないことに焦る。

 わたわたとしているその横で、彼はジュースを買っていた。

 やっとチョコケーキを見つけ出したその時には、彼はもう自販機から離れ、角にまで消えかかろうとしていた。

 このチャンスを逃すわけにはいかないと小走りに走って角に誰かにぶつかる。

「ごめんなさい」

 反射で謝ると、ぶつかったのは彼の取り巻きのような華やかな女子だった。

「なに? ああ。彼にチョコなのね。私が渡しておいてあげる」

 そう言って無理やり奪い取ると、軽く私の足を蹴って彼の元に走っていってしまった。

 こうして私の一大決心したチョコレートを渡す作戦はあっけなく終わってしまったのだ。



 03


 その後の私はいつもよりどんよりとしていたと思う。

 親友が「撃沈したの?」と本気で心配している声だったのが印象的だ。

 結局彼に想いを伝えることもなく、ほぼ失恋したといえるこの状況は、なんだか思ってきた年数の長さの分だけ、やたらと私に圧し掛かっているような気がした。

 いや。チョコを直接渡せなかったと言うだけで、失恋じゃないのだけれども。

「大丈夫?」

「だいじょぶくない」

 あやしい日本語で返答すると、重症だって嘆かれた。


 ***


 今日の私は本当に運が無いって、言える。

 放課後、下校途中に忘れ物をしてことに気がついた私は学校に戻る羽目になっていた。別においておけばいいじゃないかなんて思うけれども、学校に物を置いておくというのはどうしても落ち着かない。

 仮にも置いておくものはロッカーにきちんとしまって、誰も使わないであろう鍵まで丁寧にかけている。


 ため息混じりに教室に入ろうとしたところで、

「どうして捨てたりしたんだ!」

 と低く怒鳴るような声がした。

 なんか修羅場だ。なんて思うけど、その声は聞いたことのある――というか、私の好きな彼の声だ。

「ど、どうしてって、だって、別にあんな子の……」

「おまえには関係ない! もう二度と俺の前に姿を見せるな!」

「なっ! だって!」

「うるさい!」

 どうしたらそんなに彼を怒らせることが出来るのかな? って思ったけど、とりあえずどうしよう? このままずっとここにいるわけにもいかないし。かといって入っていく勇気もないし。


 まだまだ終わらなさそうなら図書室で時間をつぶそうかなと悩み始める。

 すると、大きな音を立ててドアがスライドした。髪がその勢いで少しだけ舞った。

 そこから出てきたのは、彼である。私がいることに気がつくと、ハッとして目を見開いて、固まった。

 え? なに??

 しっかりと目が合って。本日二度目、互いに見つめあう。そして突如、彼は私の腕を力強く握った。

「ご、ごめんなさい! 立ち聞きするつもりは無くて……!」

「おまえっ。チョコをどこで捨てられた!?」

「え? チョコ?」

「そう、チョコだ! おまえが俺にくれるはずだったチョコ!」

「えと、連絡通路のところで奪われて、それからは……」

 なんかとても彼は事情通ですね。なんて少し現実逃避気味に思う。

「来い!」

 そう言って私は引っ張られた。

 勢い余って少し開いたドアから見える、私がつくったチョコを捨てた人(?)が、思い切り私を睨んでいた。

 鬼気迫るその顔は、いつもの愛らしい顔からかけ離れていた。


 ***


 きっともう、焼却炉の中ですよ。とはいえなかった。

 何故か彼は私を自販機がある連絡通路にまで引っ張ってきて、かと思ったら今度は私を放って置いてゴミ箱やら、地面やら物陰やらを探している。

 多分私のつくったチョコは、運が悪いことに今日が燃えるごみの日だったから燃やされている。

 いえない、いえるわけが無い。

 そもそも、私のつくったチョコを探しているのかすらも確信ないし。これで間違っていたら、恥ずかしすぎる。


「……間違ってない」

 彼がボソリと言った。

「え?」

「探しているのは、おまえが作ってくれたチョコで、間違いない」

 ……。

「あの、聞いても?」

「ああ」

「なんで私のつくったチョコを?」

「なんでって、好きな女が自分の為にチョコを作ってくれたんだから、もらいたいに決まってる」

「え、」

 私の口から奇妙な音が漏れた。

 ポーカーフェイス過ぎない? 私は何年も彼を見ていたけど、そんなそぶりは一切無かった。

「そんなことは無い」

 彼が憮然としていって、私は心を読まれている? と慌てた。

「声に出てるし」

「あ、そうですか……」

「……」

「……」

 沈黙、痛い。

 どうしようなにをはなそう。

「今だから言う。好きだ」

 その声は真摯に響いた。


「俺と、付き合って欲しい。結婚を前提に」

「はぃ、こちらこ――って危ない! うなずくところだった!」

「駄目なのか?」

 そう言う彼はどう見ても気落ちしていて、なんだか大型犬が捨てられてしょんぼりしているように見えて。私はそんな彼にどうやら弱いらしかった。

「だ、駄目じゃ、無いけど」

「けど?」

「恥ずかしいっていうか。現実味が無い話だっていうか」

 しどろもどろに言うと、彼は「すぐに現実だって思えるようにするから」と言った。それが何故か悪魔の囁きに聞こえて仕方が無い。


 結局チョコは見つかることは無かった。多分燃やされたのだろう。

 けれども。

 チョコよりも、大きなものを伝えて、伝えられた。

 それはとても嬉しいから――。

 また来年も気持ちを伝えるために、今度こそチョコケーキを渡すことにしよう。


サブタイトル変更しました。


次回は3/14更新予定です。

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