穴があったら入りたい
ある日の昼過ぎプレセハイド村の収穫高を帳票に記録していたが、じっと自分を見る目線をひしひしと感じシンはそっと顔を上げた。
「オリビア、なに?」
「…なんでもない」
何でもないという割にはその猫目は自分の顔から逸らされることがない。
少し居心地が悪い。
手にしていたペンを置いて、オリビアに向き直る。オリビアのそばまで行って聞いてみた。
「何かあるんでしょう? そんな顔で僕をずっと見てられたら気になって仕方がないんだけど」
「だって…」
正面切って言うと少し気まずそうにオリビアは顔を伏せた。
最近オリビアは不機嫌で、視線を感じて見つめ返すと逃げられたり話かけても答えてくれない事がある。
何が原因で怒っているかもわからないので、対処のしようがないとずっと思っていた。
「何か僕、怒らせるような事したかな?」
「…だって、シンが…」
やっと聞けると思ったのに小さく呟いたまま言葉が続かない。
僕が何だって言うんだ。強めに促してみる。
「僕が?」
「シン、最近女の子とよく会ってるよね」
「え? 女の子って誰の事?」
「マリアとかコルネリアとかエリーにキャンディ、コロネ、タルトそれにそれに…」
「わかったわかった、それで何なの?」
たぶん村の子なんだろうけど、ほとんど知らない女の子の名前の羅列に要領を得られなくてオリビアを覗き込むように尋ねた。
黄金色のカーテンがかかってオリビアの顔は良く見えない。
「どの子が好きなの? シンはすごくモテるから村の可愛い子の中に好きな子ができたんでしょう?」
「は? なんでそうなるの」
「だって、最近シンの事みんなカッコいいって言ってる。気づいてないの? ここに来た頃より随分可愛い感じが抜けて男の人らしくなってきたし、頭もいいから皆シンの素敵なところに気づいたんだよ。だから毎日かわるがわる女の子が会いに来るんだ」
オリビアの言葉にシンは唖然とする。
男らしくなってきたという言葉はありがたく頂くとして、かわるがわる女の子と会ってる? 好きな子?
「えっと、好きな女の子…?」
キッとオリビアが顔を上げる。その瞳はなんだか赤い。
「…だから、誰なの、いるんでしょ」
怖い顔で言ってる割には少し声が震えていてなんだか切なくなる。これはどう受け取っていいんだろうか? そのまま素直にいいのかな?
「好きな子は、いるよ」
オリビアの瞳が揺れる。
なんだか後悔しているような色が映り込む。
だから、その瞳に微笑みかける。
「オリビア」
「何よ?」
「何って、だからオリビアだよ」
「え?」
「だから、好きな女の子の名前を聞きたかったんでしょう? オリビア、君だよ」
「嘘」
オリビアは小さく首を振る。
「嘘だ」
「なんで信じてくれないのかな? 結構、僕オリビアには尽くしてるつもりなんだけど」
「だって、それは私が上司だからでしょ? だから、キスだってあの時の一度っきりで…私なんて」
泣きそうなオリビアの頬に手を伸ばす。
「好きだよ、オリビア」
軽く触れるようにして唇を合わせる。
顔を離して再び彼女を見ると真っ赤になっていて目が泳いでいる。
「こういう事に弱いのを知っていたからこそ、大事にしてたんだけど」
ついでに彼女の兄の怨念が飛んできそうでやたらに手を出せないという事情もある。
「じゃあ、あの女の子たちは?」
「それってさ、思ったんだけど…今月中に収穫高の決算をするから各戸に書類を今週いっぱいに出すよう依頼してたんだよね。家族が忙しいと成人したばっかりの子供に親が持たせること多いし。男女ともにだけど」
ちなみにオリビアはこういった統計をあまり得意としていない。
この一年ほどでほとんどシンが仕切っている為知らないだろう。
「つまり…」
「うん、オリビア勘違いだと思うよ」
「・・・」
しばらく絶句していたオリビアはまた小さく呟く。
「穴があったら入りたい…」
「そう? 僕はオリビアの気持ちを知れたから幸せだけど」
なんでも人に流されると思われがちだけど、シンはそんなに甘くない。
すべてを見極めて流されるのだから。
お読みいただきありがとうございます。
シンとオリビアのお話はほかに中編「弱虫のてのひら」「feed back」の二つがあります。興味があればぜひ。