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20.子供でいい

 (子供・新田恵介)


 「そして、この機械が高い出力で稼働し続けていた事が、また事態を悪化させます」

 紺野先生、という人がそう語った。僕はその言葉に驚くと同時に納得していた。だからあれほどまでに、ナノネットが乱れ、そして信者の人達が怒ったのだと。もしも、このまま僕が神の役を引き継いでも、きっとその問題は解決できなかっただろう。紺野先生の言った通り。その機械を何とかしなければいけなかったんだ。

 「タコ養殖場の作業員の方々には、本格的なナノネットの知識はどうやらなかったようです。

 私達の知り合いに、探偵がいるのですが、その探偵の調査結果によると、皆、水産系の知識と技術しか持っていなかったのだとか。だから、その機械を購入し稼働させても、効果などないと分からなかったのでしょう。或いは、思い込みで効果があると信じ込んでしまっていたのかもしれない。

 例えば、医療に関する誤った知識を、正しいと思い込み続けていたという歴史が人間にはあります。そんな事例の中には、明らかに健康を害すると分かるものある。“思い込み”の力とはそういったものです。処理と効果を結果から正しく分析できず、その関係性を誤って認識してしまう。認識が集団に固定されれば、個人レベルでは気付いていても集団全体のそれは変わらない。恐らく、それに近い事が彼らの身にも起こったのでしょう」

 紺野先生はそこで一度、僕を見た。それから、少し笑うとこう言う。

 「もし仮に、かなり前からこの機械が稼働していたとすると、あの機械が彼という“他のナノネット”をこの地に招いたとも言えるかもしれない。

 もっとも、幸運にも、彼はとても良心的な存在だったようですが。ただし、これから先は分かりませんよ。誤って使い続ければ、どんなものを呼び込むか」

 当然、この人は僕が他のナノネットに所属していると分かっていたのだろう。皆の視線が僕に集まる。これで、僕はもう正体不明の“里神の使い”ではなく、ナノネットに操られた子供という事になるはずだ。もっとも、人々の認識の上で、その二つの間にどれだけの差があるのか分かったものじゃないけど。紺野先生は少しの間の後で言った。

 「実は私には、あなたに関しては詳細な情報がありません。この島の外からやって来た別のナノネットという事くらしか分からない。

 良ければ聞かせてはもらえませんか? どうして、あなたがここに来たのか」

 僕は軽くため息を漏らす。もう、嘘を言っても無駄だろう。この人には通用しない。いや、それ以前にもう嘘が必要な状況じゃない。僕は正直にそれに答えた。

 「僕はこの海の向こうをテリトリーにしている“里神”と呼ばれるナノネットに所属するものです。ここのナノネットを含んだタコが、その里神の領域を侵しましてね。それで僕をここに派遣したのです。もう、里神の領域を侵させないように。

 ところが、乗り込んできて調べてみると、ここのナノネットには、支配域を拡大する意志なんてありませんでした。それで、僕は里神の領域を侵したのが、事故的なものだと悟ったのです。ならば、後はそれを防ぐ手段を取ればいい。そう思って、ここに残っていたのです」

 紺野先生はそれに数度頷いた。そして、言う。

 「なるほど。それで、自分が身代わりになって、その問題を解決しようと……。ですが、妙ですね。何故、あなたはそこまでしようと思ったのですか? 初めて会ったこの人達の為に、自分を犠牲にする義理などないでしょう。

 まさか、その“里神”とやらの命令ではないのでしょう? ここまでは、そのネットワークが届くはずがない」

 僕はその質問に困惑した。それには、大きな理由なんてない。もしかしたら、紺野先生は僕の行動に裏がある可能性を疑って、こんな風に追及しているのかもしれない。僕は先生にとって、不確定要素だから当然だろう。

 「それは、僕の個人的な意志です。僕はただ単に、この人を助けたかった…」

 どうすれば分かってもらえるか混乱した僕はそんな事を言った。“この人を助ける事が、僕にとっても救いとなるから”、なんてどう説明すれば良いのだろう? たこの神役のこの人を僕は見た。僕の目にまた涙が浮かび上がってきた。阿と吽が、小さな声でクゥーンと鳴く。

 正直、僕はこの人が……、“お母さん”が、あんな事を言ってくれるなんて思いもしなかった。僕を庇ってくれるなんて。僕の世界の“お母さん”は常に悪魔のような存在だった。僕を犠牲にする事なんて厭わない。それなのに……。僕はそのまま黙り続けた。

 僕の様子をしばらく眺めてから、紺野先生は「分かりました」と、そう言う。

 「つまり、あなたはナノネット関係なしに、この島の為に犠牲になろうとしたのですね。……君にも何か事情があるようだ」

 紺野先生は僕のそんな態度から、何かを察したのかそう続けた。信者達の一人が、それを受けてこう言う。

 「良いんですか? もっと、別の狙いがあるのかもしれねぇ…」

 紺野先生はそれを聞くと、「あなたは、こんな子供に何を言っているのですか?」とそう返す。

 「自分を制御し切れず、混乱し、答えを求めて様々な行動を執る。思春期ならば抱えて当然の悩みです。その無軌道な行動の訳を、言葉にできないのは子供の常ですよ。

 それに、この子の行動に悪意があったとは私には思えない。少なくとも、ここ数日間、あなた方の暴走を抑えていたのは、間違いなくこの子です」

 しかし、それでも信者達の反論は終わらなかった。

 「その里神とやらに、ここを乗っ取らせるつもりだったのじゃないか? たこの神になる事でよ」

 紺野先生は細い目を更に細くして、それに答えた。

 「そのつもりならば、こんな小さな子供一人だけを派遣したりしないでしょう。それに、こんなに簡単に“里神”の名を出したりもしないはずだ。恐らく、この子の本来の目的は調査だったはずです。それくらいしか期待されてはいなかった。が、この子が自らの判断で解決しようとまでしてしまった。恐らくは、そんなところでしょう」

 僕はその言葉を聞いて、ようやく気付いた。確かに、そうかもしれない。里神は解決可能なら解決しろと言っただけだ。ここまで行動してしまったのは、僕の勝手な判断。やっぱり僕は未熟な子供なのかもしれない……。

 別の信者がまた言う。

 「安心できねぇよ。もっと調べた方がいい…」

 その信者の反応で、阿と吽がウーと小さく唸った。まずい、と僕は思う。二匹を抑えなくちゃ。それに、また信者達が興奮をし始めている。しかし、

 「いい加減にしなさい!」

 そこで怒鳴り声がした。見ると、あの人が怒っている。

 「こんな小さな子供を追い詰めて、それでもあなた方は人を救うという名目のある宗教者ですか? 恥を知りなさい! 大人は子供を守るものです!」

 その言葉で、皆は黙った。しかし、まだ少しだけ不穏な空気が。ところが、そこで声が上がる。

 「皆さん。この子に関しては、もう良いではありませんか。たこの神の言う通りです。大人は子を守るもの。これ以上、事を荒立てても無意味です。

 邪な気持ちで観れば、何でもない人間の行動が悪意に満ちて見えるもの。どうやら、今反省をするのは、我々のようですよ」

 それはどうやら信者の一人みたいだったけど、少しだけ他の人とは雰囲気が違っているように思えた。年輩の女性だ。そして、何故かその人は、少しだけ嬉しそうにしているようにも見えた。たこの神を、優しげな瞳で見つめている。その女性は、信者達の中でも特別な存在だったらしく、それで完全に静かになった。また、信者達の興奮は治まったようだ。阿と吽も大人しくなった。

 そのやり取りの後、僕は自分が子供である事を、実感していた。大人から守られる子供である事を。

 それで、いい。という事を。


 紺野先生は場の雰囲気が静まるのを確認すると、また口を開いた。「ありがとうございます」と、その年輩の女性にお礼を言ってから。

 「話を元に戻しましょう。タコ養殖場が用意したナノマシンを制御する為の機械。それが皮肉な事に事態を悪化させる元凶となってしまいました…」

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