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19.タコ養殖場の機械

 (怪談ルポライター・山中理恵)


 「……殺された人物の一人が、この“たこの神”役の彼女と唯一繋がりのある人物だった点が、更なる問題を呼びました」

 紺野さんはまたそう語り始めました。あまり心配していませんでしたが、信者の方々は大人しく話を聞いてくれているようです。怒りは何処かへと消え去っている。同調する性質を持つ人々は、感情の昂りの消失さえも他の人に合わせますから、一度その流れを作ってしまえば、後はほぼ心配はないはずです。ただし、これは、実は紺野さんの話術だけの効果ではないのですが。

 ナノネット。

 実は、紺野さんはナノネットを介して、信者の方々の興奮を抑えてもいたのです。実際に機械を操作しているのは、神原先生ですが。

 ……あの人、どうしてカウンセラーなのに、あんな機械の操作方法を知っているのでしょうか?

 その機械は、紺野さんが持ってきたものでも、神原先生が用意したものでもありません。既にこの島にあったものです。タコ養殖場の人達が、設置したのだと神原先生は言っていました。しかも、設置されていた場所は、あの例の、行方不明者が発見された崖の近くです。

 紺野さんは、信者達に向けて語り続けます。

 「先も聞いた通り、この人はタコ養殖場の会社員と契約を結んでいます。養殖を手伝う代わりに、お金を貰うという……」

 そこでたこの神となった女性を見ます。たこの神様は、それを否定しません。それを確かめると、紺野さんは続けました。

 「ところが、その契約を結んだ本人が死んでしまった。恐らく、他のメンバーにはこの事を伝えていなかったのでしょう。いえ、伝えていたかもしれませんが、その方法や連絡手段を共有する事を疎かにしていた。外部に漏れる事を防ぐ為かもしれませんが、それが災いしてしまった。

 約束が破られたと思ったこの人は、タコ養殖場を手伝う事をやめてしまった。結果として、タコが捕まらなくなります。それが、突然にタコが逃げ回るようになった、あの事件の正体ですね」

 やはり、たこの神様は何も言わない。

 「つまり、たこが突然、捕れなくなったのは、この女の所為か? たこが暴れ出したのも」

 信者の一人がそう言う。その言葉に、紺野さんは首を横に振った。

 「いえ、そうとばかりも言えません。恐らく、この人は少し脅すだけのつもりだったのでしょう。約束を守らないと、タコが捕れなくなるという警告だけのつもりだったのじゃないでしょうか?」

 それを聞くと、たこの神様はこくりと頷くと「その通りです。たこが捕れなくなれば、きっと約束通りにお金を振り込んでくれると思ったから」と、そう答えます。それを受けると、紺野さんはこう尋ねました。

 「どうして、連絡を取ろうとはしなかったのですか? タコ養殖場までは充分に歩いて行ける距離でしょう」

 「メールは何度も送りました。深い事情までは聞けませんから、約束の件はどうなった?というような内容ですが。もちろん、返事はありませんでした。わたしはこの場所から遠く離れると、一歩も動けなくなりますから、養殖場までは行けません」

 紺野さんはその返答に頷きます。

 「なるほど、納得がいきました。あなたをここに閉じ込めておく、そのタコナノネットの性質が、状況を悪化させる一因にもなったのですね」

 恐らく、紺野さんはその言葉を意図的に言ったのだと思います。きっと、信者の方々にこの人が閉じ込められいるという現実を再認識させたかったのでしょう。それで、信者の方々のたこの神役のこの人に対する悪意を抑えたかった。

 「脅すつもりだけだったこの人には、タコを凶暴化させる意図はありません。もしかしたら、こんなに長期間、タコを逃げさせるつもりもなかったのかもしれない。ですが、その彼女の意志に反して、タコは逃げ続け、そして凶暴化してしまった。

 つまり、彼女はタコを、いえ、タコのナノネットを制御し切れてはいないのです。その原因は、一つには彼女のナノネット操作の技術力にもあるのでしょうが、それだけではありません」

 そこで紺野先生は一度、言葉を切ると“里神の使い”と名乗った例の少年に目を向けました。

 「だからね。あなたがこの神の役目を引き継いでも、この事件は収束をしないのですよ。これは技術力だけの問題じゃないのです」

 そして、そう言うとまた続けます。

 「近頃、この近くで行方不明者発見事件がありましたね。経済雑誌の記者が転落死し、タコ養殖場の作業員が同じ崖の下から発見された、というものです。

 さて、この事件、どうして起こったのか、皆さんは、予想がつくでしょうか?

 まず、この経済雑誌の記者はタコ養殖場を取材に来ていました。しかし、ただそれだけでなく、どうやらこのタコ養殖場がナノネットを活用しているのでは、と疑っていた節がある。この記者は、ナノネットの簡易な検知器を持っていました。それで、ナノネットを調べてもいたようです。そして、時間はかかったでしょうが、その記者はそれでナノネットの奇妙な流れがある点に気付いてしまったのです」

 もちろん、この話は憶測に過ぎません。ですが、そう考えた方が良いだろう、ある証拠を私達は握っているのでした。

 「それは、崖の近くに続いていました。もちろん、記者が発見されたあの崖です。そして、そこにはナノネットを操作する為の、ある機械が設置されてあった。もちろん、隠してありましたが、ナノネットの流れを検知する機器が存在するのなら、見つけるのは比較的容易でしょう」

 そう、ナノネットを操作する為の機械が、あの崖の近くで見つかったのです。そこで信者の一人が声を上げました。

 「だから、あの死んでいた記者は、崖に行ったってのか?」

 紺野さんは答えます。

 「そうでしょうね。しかし、その記者の奇妙な行動に、タコ養殖場の作業員の一人が気付いてしまった。彼はタコ養殖場の初期メンバーの一人です。恐らくは、重要人物でもあるはずです。その機械の存在を知っていた可能性が高いと考えられます」

 もちろん、崖の近くで私が神原先生を見つけた時、先生はこの機械を探していたのです。神原先生は、初めからタコ養殖場がナノネットに何らかの影響を与えていると考えていたようで、それを発見した上で、何か悪企みを考えていたようです。

 これは紺野さんの予想ですが、事件がもう少し悪化したところで、タコ養殖場にその存在を突き付けて、言葉巧みに丸め込み、資金を出させた上で、何かに利用しようとしていたのじゃないか?という話です。こちらのたこの神様達の安全を、どこまで考えていたかまでは分かりませんが、きっと神原先生なりのやり方で、最悪の事態には至らない工夫を考えていた、或いは考えようとしていたのじゃないかとは思います。実際、今だって、その機械を操作して、信者の皆さんの昂りを抑えているのですし。

 こういう性質は、紺野さんも似たようなものかもしれませんが、紺野さん場合は、人々の安全はもちろん、心理的な面まで気を遣う点が違いますし、なにより、機械の存在を隠して、タコ養殖場を脅すなんて露ほども考えないでしょう。

 「どのくらいの時期から、このナノネット操作マシンがあったかは分かりません。しかし、もしかしたら、それはかなり以前からあったのかもしれない。先に私は、タコの怪談が報告されているのは、この人の適合性が弱かったからかもしれない、なんて言いましたが、主な原因はもしかしたら、この機械にあったのかもしれません。

 残念ながら、この機械には、ここのタコナノネットを正常に制御する能力なんてなかったからです……

 いえ、この話は、後に回すとしましょう。何があったのかは分かりませんが、このタコ養殖場の作業員は、ナノネットの秘密を守ろうとして、恐らくは、記者の探索を妨害したのだろうと思います。

 そこで何があったのかまでは分かりません。意図的なものなのか事故だったのか。しかし、二人は崖から落ちてしまった。記者は死に、作業員は海に落ちて生き残りました。作業員からナノマシンが検出されましたが、これは恐らくは、その後、生き残る為に海の物を食べていた為だろうと考えられます」

 作業員の体内にナノマシンがあった事で、私はこの事件にナノネットの関与を疑いましたが、紺野さんはそれを否定しました。ナノネットの存在を知っていた作業員が、そのケアを忘れているとは考え難い、と。もちろん、ここのナノネットがそんなに凶暴なものではない、という事もその理由の一つですが。紺野さんは続けます。

 「そして、この機械が高い出力で稼働し続けていた事が、また事態を悪化させます」

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