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18.冷凍保管庫殺人事件3

 (特別調査員・二村幸治)


 やれやれ、と俺は思った。

 ――なんで、こんなハメになっているんだ?

 夕闇の中、俺はたこ神教とやらの信者に混ざって、紺野先生というナノマシン・ネットワークの研究者の話を聞いていた。

 “何かあったら、無関係な人達だけでも護ってください”

 と、そんな風に神原に言われたのだが、どうしてこの俺にそこまでしなくちゃいけない義理があるのだろう? というか、そもそも俺の身も危ないじゃないか。

 護身用にモップの柄の部分を持ち、俺は紺野先生の話を聞いていた。ただ、状況を見る限り、何か危ない事態に陥りそうには思えなかったが。皆、紺野先生の話を大人しく聞いている。

 職業がカウンセラーだと言うから、神原が相手の心理を読み、操るように話をするのが巧いのは分かるが、どうしてこの人もこんなに巧いのだろう? なんだか場馴れしている感すらある。

 「……その人物の性格と、文化はとても重要になってくる」

 紺野先生が、そう言った。ナノネットとたこ神教の関わりについての、説明を終えたのだ。俺は何となく予想していた。きっと、これから紺野先生はタコ養殖場の話をし始めるのだろう。案の定、紺野先生はこう続けた。

 「ですが、ただそれだけでは今回の事件にまでは発展しなかったはずです。“たこの神”となったこの人は、それからタコ養殖場との関わりを持つようになってしまった。あなたは、その仕事を手伝っていたのじゃありませんか?」

 “たこの神”とか言われた女は、その言葉に明らかに狼狽した。これでは、“イエス”と答えたようなものだ。

 「それは……」

 と、たこの神の女は言い淀む。

 「今更隠すのは得策じゃありませんよ。安心してください。法律で罰せられるような話ではないと思います。もっとも、どういう経緯でお金を受け取っていたかによっては、多少は問題になるかもしれませんが」

 そう聞くと、たこの神の女は、視線を下に向けた。

 「……そこまで、分かっているのですか?」

 「実はタコ養殖場の方に関わっている知り合いがいましてね。不自然なお金の出入りがあるのを見つけたのです。あれは、あなたに支払われていたのでしょう? 名目上は、研修費用となっていましたよ。地元から、タコに関する協力を得ていると。完全に嘘という訳でもなさそうですが」

 もちろん、その不自然な金の出入りがあるのを調べたのは俺達だ。神原が用途不明の使われ方をしている金があるはずだと言い張り、主に俺が調べたのだが。

 神原はタコのナノネットを操作する能力が養殖場の連中にはないと考えたらしい、それで協力者がいると予想したのだ。

 紺野先生の説明を聞くと、たこの神の女は口惜しそうにこう言った。

 「あいつらは約束を破りました。いつまで経っても、今月分は振り込まれなかった。わたしが協力を放棄するのも当然でしょう?」

 それを聞くと紺野先生はため息を漏らした。どよめきが、信者達の間に起こる。

 「やはり、そんな原因だったのですか。タコが捕れなくなったのは。ですが、それはあなたの勘違いですよ。彼らは約束を破った訳ではありません。できなかったのです」

 それを聞くと、女は驚いた顔を見せる。

 「できなかった?」

 「はい」

 「でも、だとしたって、連絡くらい…」

 「それもできません。何故なら、あなたの口座に金を振り込んでいた男は、殺されてしまったからです。そんな重要な役割を、一人の男だけに任せていたというのは、大問題かもしれませんが、案外、企業ではこういう事が多いのですよ」

 「殺されたって……」

 また、女は驚く。

 その殺された男というのは、俺が調べていた冷凍保管庫殺人事件の被害者の一人だ。まったく、運が悪い。あの男がこんな事をやっていたなんて。お蔭で、更なる混乱を招いてしまった。

 「その殺された原因も因果なものですが、タコナノネットの暴走によります。いえ、バグと言っても良い」

 殺人事件はナノネットの暴走とみて間違いなさそうだった。ただし、神原が気にかけていた通り、それは何の背景もなく発生した暴走じゃなかったのだが。紺野先生は続けた。

 「あなたももしかしたら、ご存知かもしれませんが、この近辺の海には、タコの怪談が多く報告されています。しかし、奇妙な事にこの島自体には少ない。これは予想に過ぎませんが、その原因は、タコのナノネットが確り結びついているこの島では、ナノネットが奇妙な振る舞いを見せないからではないかと考えられます。

 この島のタコナノネットからはぐれてしまったナノネットは、コントロールを失い奇妙な行動を執ってしまう。この現象は、どうやらあなたが神の役を引き受けるようになってから発生したようです。あなたの体質が完全には適合しなかったのか、他に原因があるかまでは分かりませんが。

 そして、ここに一つの不幸が起きてしまった。はぐれタコネットは、はぐれてもメインの性質を受け継いでいました。ただし、核がないのでその行動に整合性はありません。あるべき機能もない。プログラムされた行動をただ実行するだけだ。状況を判断して的確に行動するなどといった事は不可能です。例えば、意味のない殺人を抑えるような……。

 海を越えた本土の海岸近くに、タコ養殖場で捕れたタコの冷凍保管庫があります。普通のタコナノネットは、人の精神に影響を与える力が弱いので、人の行動を操作して、殺害を起こさせる事など不可能です。しかし、そこには膨大な数のタコが保管されている。つまり、膨大なナノネットが一つの場所に集積されているのです。冷凍されているので、活動は弱まっていますが、それでも数があればその力は強くなる。

 はぐれタコネットは、恐らく、その力を利用しました。タコナノネットが操ったのは、たこ神教の信者の一人です。彼の体内には、ナノネットが大量にあったから、働きかけが容易だったのでしょう。そして、その彼はタコを焼いて食べていたアルバイトの一人を殺しました。

 たこ神教の教義では、タコは生で食べる事になっている、恐らくそれが原因でしょう…」

 “……お、事実と少し違う”

 と、そこまでを聞いて俺は思った。実際はそれだけじゃない。そのアルバイトは、結婚していて、奥さんは子供を産んでいた。携帯電話の待ち受け画像は、その子供のものだったらしい。

 “子供を産み育ててはいけない”

 つまり、その男は、そこにいるたこの神の女が定めたらしいその教義にも反していたんだ。恐らく、それも大きな原因の一つになっているはずだと俺らは予想していた。それを紺野先生が言わなかったのは、きっとたこの神の女に気を遣ったのだろう。よく聞いていると、紺野先生は単なる予想に過ぎない事を断定して言ったりもしている。科学的にどうこうといった判断よりも、ここにいる連中に聞かせる効果の方を重要視しているからかもしれない。大人しくさせる為に。紺野先生に関しちゃ俺は好印象を持っているが、こういうところは、神原と印象が被る。

 「これは不幸な偶然以外のなにものでもありません。だが、凶行はこれだけでは収まらなかった。その後で、このたこ神教の信者は、タコ養殖場の重要人物であり、“たこの神”でもあるこの人と繋がりのあった会社員をも殺してしまったのです。原因は、恐らくその会社員が、タコのナノネットを消去していたからでしょう。敵だと判断したタコナノネットは、消火器で会社員の頭を殴打して殺した。

 そして、その後、タコのナノネットは操っていたたこ神教信者を海で溺死させています。きっとこれは殺す事が目的ではなく、海に招いて、自分達の仲間にするつもりだったのでしょう。核を持たない、不完全なタコナノネットだからこその愚行ですが、人が溺れる事を知らなかったのです」

 そう紺野先生が語り終えると、信者達の勢いは随分と治まっていた。意気消沈しているようにも見える。恐らく、この事件を連中は知っていたのだろう。紺野先生はたこ神教の信者の凶行と語りながらも、それはナノネットの所為で、信者が悪い訳ではないとした。きっと、それにはナノネットの存在とたこ神教への関与を信者達に認めさせる目的がある。

 実際、紺野先生の説明で、信者達の様子は随分と変わった。

 もっとも、はぐれタコネットの起こした凶行、という話は、飽くまで俺達が立てた予想に過ぎないのだが。断定して言ったのは恐らくわざとで、紺野先生は信者達の怒りを鎮めたかったのじゃないかと思う。そして、紺野先生は更に続けた。この殺人事件が更なる問題を呼んでしまったのだ……

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