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12.エイリアン

 (母胎の主・大村ゆかり)


 わたしは苛々としていた。

 このところ、嫌な事ばかりが続く。約束が破られたり、妙な子供が乗り込んできたり。しかも二人も。男の子と女の子。こいつらはエイリアンだ。女の子の方は、まだ普通っぽくて大人しいが、男の子の方は何だか気持ち悪い。

 慇懃無礼と言うか、なんと言うか、笑顔なのに高圧的で、どうにもわたしは押されてしまう。しかも、わたしの秘密まで何故か知っていたのだ。わたしが、たこの養殖を手伝っているという事を。

 もし、これがたこ神教の連中に知られたらどうなるのだろう? どうにもならないかもしれないが、まずい事態になるかもしれない。秘密にするに越した事はない。

 男の子の方の名前は、新田というのだそうだ。女の子は、三倉。まぁ、どうでもいい。新田という男の子は、自分を“里神の使い”とそう名乗った。意味が分からない。だけど時間が経って少しだけ、もしかしたら、と思った。

 このたこ神教みたいな感じで、里神教というのもあって、この子は、それに囚われているのだろうか? わたしと同じ様に。……と言っても、実際、ここに来ているのだから、囚われてはいないけど。

 夕食がまだだと言うので、一応、二人分の夕食もたこ神教の信者達に用意してもらった。信者達は二人の存在を嫌がっていた。ここは普通の人間がいるような場所じゃないと、不快感を露わにしていたのだ。特に新田という男の子の方を警戒していたようで、当初は何がなんでも追い出そうとしていたが、新田がしばらく目を瞑って、それから少しだけ微笑むと、不思議と大人しくなった。そればかりか、「犬達の餌もよろしくお願いします」と、新田が言うと、その言葉に素直に従いすらしたのだった。

 何をやったのだろう?

 奇妙に思ったが、たこの神になってから異常な体験ばかりをしているので、もう慣れてきている。恐らくは、この“たこの神の力”に通じる何かの力を、“里神の使い”だというこの新田という男の子も持っているのだろう。

 因みに、わたしはその時に、初めて犬の存在に気が付いた。新田のボディガード兼召使のようなものなのだという。犬は嫌いではないが、大きいので怖かった。阿と吽というのだそうだ、変な名前だ。

 男の子と女の子が、寝に入ると、たこ神教の信者達から呼び出しがあった。話があるから、と。実はわたしは、昼夜逆転に近い暮らしをしているから、夜になっても眼が冴えているのだ。夢の中でもたこ達をコントロールできるから、たこ養殖の仕事を手伝うのにも困らないし。

 信者達の話は、最近、奇妙な事ばかりが続くから気をつけろ、というようなものだった。

 そう言えば、なんだか騒がしいと思ったら、近くで死人が出たとか行方不明者が発見されたとか、そんな事件があったらしい。わたしはただ平穏な日常を送りたいだけなのに、なぜ、こんな事が起きるのだろう?

 「あの子供達も怪しいです」

 そう、信者の一人は言った。

 「特に男の子の方は、異常です。何だか分からないけど、そう感じるのです」

 言われるまでもなく、わたしもそう感じていたから、そうだろうとわたしは頷いた。すると、

 「何故、追い出さないのですか?」

 と、問い詰められてしまった。面倒くさい。こういう時は、一般論で回避だ。本当は、たこ養殖とわたしとの繋がりを掴まれていて、下手に追い出せないからなのだが。

 「あんな子供達を、こんな夜中に外に放り出せるはずはないでしょう」

 言うとその信者は黙った。

 「しかし、何もあなたが世話をしなくても良いのでは?」と、別の信者が言ってくる。わたしはそれにこう返した。

 「わたしを頼ってきた子供達を、追い出したりなどできません」

 本当は、そんな事は露程も思っていないのだが。他の誰かに押し付けてしまいたいところだ。その信者はそれで黙った。まぁ、上の立場からこう言われれば、普通は反論できない。

 「いずれにしろ、それほど長居する訳でもないようなので、心配しなくても大丈夫です」

 それからわたしは、そう言った。そう。少しの間、泊まったら出て行くと、あの新田という子は言ったのだ。何が目的かはさっぱり分からないけど、とにかくは、少しの間我慢すれば良いだけだ。そうわたしが言うと、信者達はわたしを開放してくれた。

 わたしの“巣”に戻る。相変わらずに子供達は寝ていた。新田という子を見てみる。寝ている時は不気味さはなく、可愛く思えた。本心などではなかったが、“頼ってきた子供達を、追い出したりなどできない”とそう言葉に出して言ってしまったからなのかもしれない。言霊とは恐ろしい。

 しばらくはパソコンでインターネットをやっていたが、その内に眠気がやって来たので眠る事にした。その時、「お母さん…」と、呟く声が聞こえた。新田という子が言ったように思えた。聞き間違えかとも思ったが、今度は少しだけ泣く声が。寝言だ。そう悟る。

 起きている時は、妙に大人びていたから意外だった。母親が恋しいなんて。この分なら、直ぐに出て行くかもしれない。


 朝、起きてびっくりした。

 部屋が綺麗になっていたからだ。自慢じゃないが、わたしは部屋をほとんど掃除しない。面倒くさいからだ。プライベートだからと、信者達にだって触らせてはいない。わたしが驚いているのに気付いたのか、例の新田という子が近づいてきて、「おはようございます」と笑顔で挨拶をしてきた。

 「この部屋は、何なの?」

 自然と怒った口調になって、そう言う。すると、新田はこう答えた。

 「泊めてもらっているせめてものお礼です」

 わたしはそれを聞いて、カッとなった。

 「余計な事はしないで!」

 少し離れた場所にいた、三倉とかいう女の子がそれに怯えた表情を見せる。しかし、新田という子は表情を崩さなかった。いや、むしろ微笑んでいる。その余裕な感じが、気に入らなかった。舐めている。

 「何を笑っているのよ?」

 そう言うと、「いえ、母と似たような反応をするのが面白くて」と、返してきた。

 「あんたのお母さんと?」

 わたしはそれで少し語気を弱める。昨晩の寝言を思い出したからだ。「お母さん…」と呟いて泣いていたのを。

 「僕の母も、掃除をしなかったんです。それで僕が掃除をしていたのですけど、よく怒っていました」

 その言葉を聞いて、わたしは疑問に感じた。なんで、過去形なんだ?

 「あなたのお母さんは、今はどうしているの? こんな所にきて、心配をしているのじゃないの?」

 それでそう言ってみた。すると、新田はこう答えた。

 「大丈夫ですよ」

 「何が?」

 「もう、死んでいませんから」

 そう答えた新田の顔は、嫌なくらいの笑顔だった。無理している。そう思えた。

 「犬に噛み殺されて、死んでしまいましてね」

 その後でそう続けた。その表情は、とても寂しそうで、無理して作っているようなものには思えない。そしてわたしは、その言葉に悪寒を感じた。

 犬って…

 この子は犬を二匹も連れている。自分の母親を殺した犬を。憎くはないのか? いや、この言葉はわたしを脅している? わたしの表情に気付いたのか、新田はこう言った。

 「ああ、あの二匹は大丈夫ですよ。僕が命令さえしなければ、何にもしません。それに、母が死んだ時だって、犬達は悪くないんです」

 なら、何が悪いと言うのか?

 わたしがそう思うと、再び、新田は顔を暗くした。これは、わたしの表情を読んでいるとかいうレベルではないのかもしれない。心を、読まれている?

 それから、新田はこう続ける。

 「あ、そういえば、朝食を作ったのですよ。と言っても、昼に近くなってしまいましたけど。

 それと、冷蔵庫の中身を勝手に使わせてもらいました」

 怒りもどこかに消えてしまい、わたしは、そのまま誘われるままに、朝食を食べた。食べ終えると新田は言う。

 「僕はあなたに危害を加えるつもりはないのです。むしろ、協力をしたいと思っている。その為に、どうかタコ養殖場の話をもう少し教えてはくれませんか?」

 わたしはその言葉に固まってしまった。


 朝食を食べ終え後、新田は一緒にやって来た三倉とかいう女の子を、外にやった。「聞かない方がいい話だから」と。三倉はそれに大人しく従った。

 そう言えば、この二人はどういう関係なのだろう? 三倉は新田の言う事を素直に聞いているような気もするが、それは単にこの場に緊張しているからなのかもしれない。三倉も新田と同じ様に里神の何たらなのかとも思ったが、どうにもそんな雰囲気でもない。この子は普通なのだ。ならば、恋人同士なのかと勘繰ったが、そんな風にも思えない。

 質問してみると新田は、「他人ですよ」と、そう言った。何のことだか。

 「他人だからこそ、来てもらったのです」

 新田は笑うと、こう続けた。

 「でも、だからこそ、席を外してもらいました。踏み込んだ話は聞かせない方がいい。先にも言いましたが、どうか僕にタコ養殖場の事をもっと教えてください。あなたとの関わりを。

 実は色々と面倒そうな事が起きています。ここのタコ達が原因となって。あなたにはそれを解決できない。そして僕にも。だから資金を豊富に持った協力者が必要です。そしてそれは僕には、タコ養殖場くらいしか思い付けないのです」

 わたしはその新田に困惑した。嘘を言っているようには思えない。しかし、あの連中は既に約束を破ったのだ。それを、どうこの子に説明しよう?

 「僕は本気であなたを心配しています」

 その時、新田は泣きそうな顔をわたしに見せた。わたしは、その顔に何も返せない。昨晩の寝言を思い出す。


 その日、結局わたしは何も新田に教えなかった。そしてまたその晩、新田は寝言を言い、夢の中で泣いた。

 「お母さん……」

 一体、この子に何があったのだろう?

 新田の手を握ってやると、強く握り返してきた。

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