異世界"伝説秘境"『9選』~【余命2ヶ月の少女を連れ出して、命を懸けてでも見たい景色を見に行く話】~
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命をかけてでも見たい景色はありますか?
例え都会暮らしに慣れ風景に興味がない若人も、夢を忘れた社会人も、老若男女が心を奪われ後悔しない景色が、この世界には存在するのです。
あるところには、夜になると美しいエメラルド色に発光するオーロラが広がる森があるという。
あるところには、まるで夢の中にいるかのように、見渡せば芸術が蔓延る小島があるという。
あるところには、凍てつく氷の景色に広がる氷柱が幻想的な模様を浮かべる洞窟があるという。
この世界には人間に仇なす魔族がいる。後悔させない景色がある秘境に行くには強い魔族がいる森を超えなければいけない。
それは命懸け。死ぬかも知れない旅になるけども、もし辿り着けば、その苦労が必ず報われる"最高では言いきれない最高の景色"が待っている。
その景色がこの世界には九つある。
我々はそこを"伝説秘境"と呼ぶ――。
◆◆
伝説秘境『九選』
◆◆
「イグニスさんや、いつものでいいかい?」
「ああ。よろしく。」
カゴの中に入れられたメロン、バナナ、ピーチ、ブドウ。鮮やかな色が食欲を湧かせてくれる。
フルーツとお花。加えて線香と蝋燭。その一式を買い上げた。
俺はそれを持って病院へと向かった。
病室に眠る一人の少女。ベッドの上でゆっくりと外を眺めていた。
「今日も持ってきたで。」
机に置くフルーツ。
ベッドで横たわる少女はゆっくりと優しく笑う。
「ごめんなさい。わざわざ持ってきて貰って。」
「気にすんなや。俺がやりたくてやってるだけや。」
「どうしてそこまで……。」俯き気味な表情からその声が漏れる。
「娘――家族――の大切な人は俺にとっても大切な人。それだけや。まぁ、今になっちゃあ、ヒャクをもう一人の娘みたいに思ってしまってる自分もいるんやけどな。」
俺はゆっくりと微笑みながら煙草を胸ポケットから取り出して口で挟んだ。そこに火をつける。
若い看護師がこちらへと走り出してきた。
「院内では煙草は吸っちゃいけませ~ん!」
ドロップキックが炸裂した。
俺に特大ダメージだ。
気を取り直して、
「まっ、俺にできることは秘境を紹介することだけや。もし最高の景色を見たければ、言ってくれ。病院抜け出して見に行こうぜ!」
そんなことを伝えた。
「患者を連れ出してはいけませ~ん!」
再び看護師のドロップキックを喰らった。
――――――。
立ち並ぶお墓。夕暮れの中を歩いていく。
墓にお花と蝋燭、線香を添えて、手を合わせる。そして、目を瞑る。
後悔ばかりが思い出される。
娘の友達三人組とその家族で行った河原でのバーベキュー。最初は楽しいひと時を過ごしていたんだろう。
けど、そこに魔族が現れては襲撃した。結果、そこに居合わせた人達はほぼ全滅した。俺の娘も妻もそこで死んだ。
そこで生き残ったのは一人だけ。
ヒャクという娘の友達のみ。しかし、助けられた時には死にかけだった。襲われた後遺症として、下半身不随となり、未知の細菌に感染して余命幾ばくか。
秘境の調査という仕事から帰ってきた時には、何もかもが手遅れだった。
「もし俺がそこにおれば魔族を撃退できてたんかな……。無理にせよ、一緒に天国行けたのにな……。」後悔ばかりが募っていく。
今じゃ、生き残りのヒャクに欠かせず見舞いをしている。それが罪滅ぼしのような気がしている。
「見せてあげてぇなぁ。――最高の景色。」
そんな思いが心の底にこびりついていた。
夕暮れ空に向かって煙草を蒸かした。
◆
「あたし余命二ヶ月って言われた。……もう助からないんだって。」濁った声。表情は変えていないけど、涙ぐむような雰囲気を感じた。
彼女の視線の先、窓の向こうには枝木があった。生えた葉がゆるりと風に飛ばされていく。
あまりに簡素な景色に少し心がいたたまれなくなっていく。
「このまま死ぬまで同じ景色じゃつまらんよな。最後ぐらいは贅沢したくないか。命かけてでも見て良かったって思える景色を――俺なら見せてやれる。」
ヒャクはこちらの方を見た。俺の方に希望を乗せた眼差しを向けている。
「抜け出そうぜ。最っ高の景色を見に!」
「いいのかな。そんなことして。」
「決めるのは。あんたやろ? 一言伝えとくならば、今際の際やろ、後悔せんようにな。」
息を飲み、涙を一滴零して、声を揺らして「見に行きたい!」と伝えてきた。
「じゃあ、決まりだな。」
俺はヒャクを背負い、病院を駆け抜けていく。
「待ちなさ~い!」鬼の形相で追いかけてくる看護師。
追いかけてくる看護師を振り切って、俺らは病院から脱出した。
――――――。
喫茶店へと入り、外のバルコニーに向かう。椅子に座りながら、陽気な太陽の下で落ち着いた珈琲を頂く。机の反対側にはオレンジジュースが置かれた。
「美味しい……。」ゆっくりと微笑む。
「そういや、そうか。ずっと病院食やったもんな。今日は好きなもん頼んでくれればいい。俺に気遣うなよ。」
「じゃあ……」と言って、彼女はパンケーキを頼んだ。
机の上に運ばれたふわふわのパンケーキ。そこにトロリとした蜂蜜が目の前でかけられていった。
フォークで一口大に切って、口に入れる姿。美味しそうなその姿を見ているだけで、心が満たされる。微笑ましい気持ちになって、食べることもなく満腹な気持ちだ。
「もうそろそろ来てもいい頃やな。」
俺はヒャクを連れて秘境を巡る旅は危険すぎて、俺ら二人で旅しても魔族に襲われて死ぬだけだ。そこで一緒に同行してくれる仲間を呼んだ。
「お待たせっ!」
そこに例の仲間がやってきた。
学校にあるような木の椅子だ。
ヒャクが口に含んだパンケーキを吐き出しそうになった。急いで飲み込んでいる。
「椅子が喋ったぁ!?」
「僕は椅子のイッスー! よろしくね!」
そう。それは喋って動く椅子。なぜどうしては割愛。ちなみにそれなりの実力者でもある。――頼もしいぜ!
しかし、前々から頼んでいたとは言え、命懸けの冒険に付き合わせてしまうことになる。少しばかし慮って今日は俺の奢りで何でも頼んで貰う。
「ご注文はいかがされますか?」
「椅子だけに、アイスコーヒーでお願いします。」
運ばれた珈琲。しかし、一向に手をつけないイッスー。
「そうそう。僕はね、食事を必要としなくて、そして、飲み食いできないんだ。」
「あっ、そうだった……。じゃあ、何で頼んだんや!」思わずツッコミを入れた。
「いやー、言ってみたかったんだよね~。椅子だけに、アイス、なんちゃって。」
まったく……。ため息が出た。
それを見てヒャクは少し微笑んでいた。その様子を見て、俺の心も少し温かくなった。
さて、美味しい時間も一通り味わった。このまま、だらだらしていたら大事なことを話す気分になれなさそうだ。
そろそろ次のことを考える時が来た。
「今回の旅の目的はヒャクに『伝説秘境』の景色を見せることや。ちなみに、秘境は九つあるが、流石に全部巡る余裕はねぇから、俺が精査して行く場所を決める。最初に行く秘境は《夢の小島》や。どんな景色かはその時のお楽しみや。」
しかし、ヒャクは浮かばない表情をしている。
「私、足が動かないから、無理だよ。だって、危ないんでしょ。私のためにここまで運び出してくれただけでも嬉しかった。だから、もう危険を冒してまで行かなくても、もう幸せだよ。」
どこか身を引くような言動を出してきた。希望をまだ見いだせていない所以の諦めに聞こえる。
「心配ご無用! そのために僕が呼ばれたんだからねっ!」
彼女が、何を言ってるの? と言いたげに首を傾げた。
そう思うのも仕方ない。なぜなら、イッスーの能力を知らないからだ。
【異変!】
イッスーの発動した技。自分自身に異変を起こし、体の形が変わっていく。いつしか木の椅子はしっかりとした車椅子に変形した。
「ヒャクにはイッスーに座って移動して貰う。こいつはこう見えて、相当なやり手や。魔族なんか簡単にはやられへんのよ。」
「あの……。椅子に……座るの?」
嫌そうな顔を見せる。しかし、こればかしはそうして貰う他ない。
渋々座るヒャク。
背もたれからイッスーが喋っていく。
傍から見れば変な光景だ。
「魔族とかは僕が何とかするから、ヒャクちゃんは何も気にしなくていいからね。」
相変わらずの心の底から笑いきれない緩やかな微笑みを浮かべている。きっと迷惑をかけたことなど後ろめたい気持ちが残っているのだろう。
そんな後ろめたさを全て忘れさせてくれる最高の景色を早く見せてあげたい。
余命わずか。時間はそこまで許されていない。
少し残った飲み物を飲み干した。
◆
空から眺める景色。秘境が九つある地域が広がる。そこはほとんどが森に覆われた自然豊かな地域だった。
俺の知り合いにプテラノドンに変身して空を飛びつつ、人を運んでくれる奴がいる。俺とヒャクとイッスーは彼に運ばれながら、空の旅をしていた。
「これ以上進むと魔族に襲われて危険だから、ここで降ろすね。」
そんな空の旅はすぐに終わり、近くの町に降ろされた。ここから先は彼の力を頼らずに進むことになる。
「では、ご武運を。」
「ああ。助かった。ありがとな。」
――。
彼と別れ、俺らは山を登った。
この山は魔族が出にくい安心できる山だ。
ボコボコの道でも車椅子は進んでくれる。例え段差があろうともイッスーが自力で上がってくれる。
「イッスー。荷物かけていいか。」
「もちろん!」
車椅子の持ち手に引っ掛ける大きな旅鞄。だいぶ楽になる。
車椅子を押す必要も、段差の時に持ち上げる必要もない。相当、楽に進める。
武器として背中に引っつけた鉄パイプが山杖代わりになる。とても歩きやすい。
「ごめんね。私なんか座ってるだけで……。」
「そんな小さなこといちいち気にしなくていいんよ。な、イッスー。」「そうだよ!」
山を登りきった。次は降っていく。
「あの……荷物ってこれだけで足りるのかな。」
ふと、そんな疑問が飛び交った。
「まぁ、野宿はしないから。……というか、できないんよ。」
「どういうこと?」
「町や村の外に出ると朝夜関わらず魔族に襲われるんよ。寝れはしないんや。だから、秘境巡りは基本的に、最寄りの町村に宿とって、日帰りで行くもんなのよ。」
「そうなんだ。」
「ああ。最低限の服とか何やらがあれば、なくても最悪購入すればいいって訳やな。」
降りきると村へと辿り着いた。
巨大なスクエア型の製薬工場の建物が目立つ。それ以外は小さな家が点々としている。
堤防に海が打ち寄せる。
潮風が吹き抜ける。
「ここが海沿いの村――"ラグン"だ。海ゾンビがよく襲う危険な村でもある。」
「海ゾンビ?」
「ああ。海に生息するゾンビやな。海ゾンビは海沿いに現れるんや。触れたり噛まれたりしても問題はないんやけど、海ゾンビの攻撃で死んでしまうと肉体が海ゾンビに変わってしまうんよ。」
一体一体は鈍くて恐くはない。ただ、集団となってくると厄介な魔族ではある。
少し緩やかな時間が流れる穏やかな村を歩いていく。
そして、海へと近づいていった。
そこに見える長く長く真っ直ぐ伸びる鋼鉄の橋。
「これが俺らが最初に目指す秘境に繋がる"夢の橋"や。簡単には進ませてはくれねぇ危険な橋でもある。まっ、俺らにとっては無問題やけどな。」
まだ、朝から昼になりかけていく時間帯。
私達は橋へと足をかけた。
ゾゾゾゾゾ……。
海から海ゾンビが這いずり出てくる。それらが次々に現れていく。
「イッスー。ヒャクを頼んだ!」
「ヒャクちゃん。しっかりと掴まってて。」
【移動!】
イッスーが空に向かってゆっくりと飛んでいく。
「何これ。すごい!」
「僕の技さ。この技は空だろうが移動できるようになるんだよ。」
海ゾンビは空にいる二人に手出しができない。
俺のみを目掛けて襲ってくる。
背中にくっつけた鉄パイプを取り出して殴っていく。倒そうとさえしなければいい。動きが単調で遅い海ゾンビを軽く飛ばすのは簡単だ。
鉄パイプを振り回して先へ先へと進む。
まだまだ目的地の小島までは半分以上もある。
「おっし、"ライガン"のイグニスと呼ばれた実力を見せたるか。」
【岩】
橋の横幅いっぱいの大きな岩を召喚した。岩は海ゾンビを押し潰しながら進んでいく。
「やばい! 怪鳥の魔族だ!」
鳥の魔族が空を飛んでいるイッスー達を狙って突撃している。何とか躱しつつやり過ごしてはいるが、後手後手に回り過ぎていて対処し切れなさそうだ。
風が靡く。
上空に行くほど、風の影響は強くなる。
ついにイッスーがバランスを崩した。緩やかに下降しながら進む。
バタッ。
「ごめん! やらかしたっ!」
ヒャクが椅子から落下した。高度が低い場所だったから、何とか一大事にはならなかったけど、問題なのはここからだ。
イッスーはそこから少し進んだ場所に不時着する。
ヒャクは足が動かない。その場で座り込んでいるところに、鳥の魔族と海ゾンビが襲っていく。
「くそったれ!」
【石】――礫!
石の礫を沢山召喚して、鳥に向かって放つ。石が鳥へと直撃した。追い討ちをかけるように鉄パイプで殴る。
ポチャン!
鳥の魔族が着水した。このまま上がってくるな!
海ゾンビが鈍いおかげで何とかぎりぎりのところで間に合いそうだ。しかし、ヒャクは病で弱ってるせいで一度でも攻撃を受ければ死んでしまうかも知れない。
もし俺が攻撃したら、その隙に別のところから襲撃される。もしくはヒャクを巻き込む。
「こりゃ、仕方ねぇや。」
急いでヒャクの元にぎりぎりで辿り着いた。そして、ヒャクに上からのしかかるように覆った。
ガシガシと背中に痛みが襲う。引っかかれたり、噛みつかれたり。
「ごめんなさい。おじさんが痛い思いを……。私のせいで、私のせいで。」
少しずつ涙声になっていく。敵襲から庇う俺を見る度に切ない声になっていくのが分かる。
「気にすんなや。」
そんな言葉しかかけられなかった。
【インパクト!】
どこからか放たれる突撃攻撃。それが海ゾンビを吹き飛ばしてくれた。イッスーが技で威力を高めた突撃をしたのだとすぐに分かった。
体を起こすとそこにはイッスーがそこにいた。
「ごめん。お待たせ!」
「全く。どの口が言ってんだか……。」
まだまだ海ゾンビは沢山いる。目の前の橋を埋め尽くしている。
俺は軽く手を差し伸べた。しかし、手は握られない。
「私はもういいから、置いてって。これ以上、迷惑かけらんない。私なんか、本当はもう死ぬはずだったし、置いてってくれればいいよ。」
「そういう訳にもいかんやろ。」
卑下が重なり、彼女の感情はピークに達して涙が濡れた橋に零れ落ちている。
「私なんかが、秘境なんて見に行きたいって言わなきゃ良かった。生きてる価値のない私なんかが、そんなこと望んじゃダメだったのに。ごめんなさい。ごめんなさい。」
海ゾンビがゆっくりと近づいてくる。
「俺は何も気にしてなんやけどなぁ。それに、ヒャクにどうしても見せたいって思ってたのは俺の方や。まぁ、一つ説教近くなるかも知れへんが、聞いてくれや。」
ヒャクが顔を上げた。
俺はそんな顔に近づけるために屈んだ。
「よく『ひとのせいにするな』って言われへんかったか? 他人のせいにしてはいけないだけじゃねぇんよ。その人の中には他人だけじゃなくて自分も入ってんのよ。」
時間がない。前置きはもう終わり。
「『誰のせいでもないことは、誰のせいにもするな! もちろん自分もな。』辛いのはお前だけやない。不幸から救いたい俺も辛くなる。ただ前向きに生きてきゃいいんよ。まっ、口でそう言っても簡単なことやないけどな。」
俺はヒャクを持ち上げて、近づいてきたイッスーに乗らせた。
「誰かに甘えりゃいいのよ。感謝さえ忘れちゃならんけどな。」
俺はイッスーに指文字を送った。
【移動!】
イッスーは空へと移動していく。
海ゾンビは橋をびっしりと埋め尽くしていった。
「さぁ、必殺技をお見舞いする時間やな!」
俺の能力は《い》の文字。そして、《具現化系》と呼ばれる物や技をゼロからイチを生み出す系統の能力。
「"ライ岩"のイグニス。その力を知らしめる時や!」
【岩!】
岩を海の方向に繰り出して、飛び乗る。さらに、岩を繰り出して飛び乗っていく。
それなりに高い位置に陣取った。橋から少し離れた位置。真下には海が広がっている。
必殺――!
【隕石!】
巨大な岩を繰り出して勢いよく落とす。
それだけじゃない!
「僕の番だね!」
イッスーは俺と同じ《い》の文字の能力だが、系統は《言霊系》――状態や行動等の変化が中心の能力。
その能力を俺の技に重ね合わせる!
【威力上昇!】
イッスーの技で火力が上がった隕石が海に衝突した。これが合体技――
隕石大衝突――!!
凄まじい波音が空気を揺らしながら響いていった。
大きく凹む海。
そこに近くの水が引き寄せられては押し返していく。それによって現れた高波が橋を襲った。橋にいる海ゾンビは一網打尽に吹き飛ばされる。
【岩】
岩を繰り出して飛び移りながら橋へと戻った。イッスーも疲れ果てて橋に着地した。
幸いにも海ゾンビは今の技で吹き飛ばされた。何も障害のない橋が見渡せる。行くなら今がチャンスだ。
「ヒャク。しっかり掴まってや。こっからはまるでジェットコースターだからな。」
車椅子を押す時に歩けば、座ってる人は早歩き程度の体感となる。早歩きすると自転車並に感じられるかも知れない。俺が全速力で走ったら、ジェットコースターのように感じてしまうだろう。安全バーもシートベルトもない。とても怖い状況だと思う。
けど、そんなこと言ってられない。もたもたしていたら海ゾンビが再び現れてしまう。
「おおおおおおおお!」
全速力で駆け抜ける――。
無事に目的地へと着きそうだ。目的地に着けば、海ゾンビは襲って来なくなる。
が、その前に問題が……。
急に止まってはいけない。車の中で急ブレーキをかけると前に身を乗り出してしまう現象を起こしてしまう。しかし、シートベルトなどがある訳ではない。このままでは怪我させてしまう。
一か八か――。
思いっきり下に押しながら走り、前方を少し浮かせる。
力自慢の俺だからこそできる筋肉に物を言わせる芸当。走りながらの車椅子の持ち上げ!
「うるるぁぁぁぁぁ!」
気合いで持ち上げて角度を変える。するとヒャクは前ではなくて上に身を乗り出すことになって、地面にぶつかることも落ちることなく無事にゆっくりと地面へと降ろされた。
ついに、辿り着いた。
「ここが、伝説秘境と呼ばれる一つ――"夢の小島"や。」
◆◆
伝説秘境《一/九》
――夢の小島
◆◆
入った瞬間に変わる景色。
幻想の中にいるような世界。まるでパステルカラーの絵の具を水に溶かし、それをパレットに落としたみたいに、淡く広がっていく空模様。
鮮やかな風景の中、大地は彩りを添えて非日常を醸し出す。
まるで児童向けアニメの中に生息する見た目をした木々。優しい色味の山。
「何……ここ。すごい。まるで夢を見てるみたい。」
「間違いねぇ。ここは多くの人の夢で創られた特別な世界なんや。」
「きて……良かった。」
「それは良かった。」
幻想的な空を飛んでいく絵の具で創られた鯨。それを追って進む鰯の群れ。
ヒャクは息を忘れてしまっていたようで、一瞬過呼吸を起こしかけた。
「あの時、行きたいって言えて良かった。諦めなくて良かった。こんな景色を見れるなんて。」
涙を含んだ喜びの感情。
思わずこちらまで嬉しさが込み上げる。
それなりに歩くと、不思議な形のオブジェが現れた。よく見ると魚のアートだ。カモメのモニュメントが現れる。
夢の中の景色は一転して、夕暮れに浮かぶ景色に変わった。
近くにはただのくり抜かれた箱型のボックスがある。夕暮れに打たれて暗く見え、まさに映えるエモい景色。爽やかなアニメの中に飛び込んだような気にしてくれる。
「誰かの夢が芸術を作り出す。まさにアートの島。同じ景色は見られないと言われてるんや。俺もこの景色は初めてやな。」
山の周りを歩く。夕暮れ景色が爽やかな初夏の景色へと変わった。
どこまでも続く水色の背景。
淡い白い雲が絶え間なく流れていく。
「あっ、私の夢の景色――。」
そこに現れる景色。それが一枚の絵となり、巨大なキャンパスに飾られている。夏の陽気な景色が映し出される。
「――!」思わず俺は叫んでしまった。
それは他愛ない数家族によるバーベキューの様子。仲良し三人組が楽しそうに話している。幼い小学生に入ったか入ってないかの子達が走り回って遊んでいる。
ビールを飲んで笑い合う二人の父。
三人固まって井戸端会議をする母。
そこに俺はいない。本当はいるべきなのに、仕事を優先してしまったが故に見れなかった景色。
この後――悲惨な結末を迎える一枚の絵。
そんな悲惨が訪れるなど、知る由もない彼らは楽しそうに和気藹々と、楽しい時間を楽しんでいる。
思わず涙が頬を伝った。
後悔しかない。
だからと言って、それを見て悲しい気持ちにも怒りの気持ちにもならない。
ただ、大切な人の最後の時間が目の前に現れて、思わず涙を零し続ける俺がいる。
巨大なパレットに触れた所で、絵の中に入れるなんてことはない。しかし、触れているだけで、後悔と最後の姿を見れた喜びと、懐かしい日々が思い返されていく。
「ほんと、人の心って弱ぇな。」
頬を伝った水滴が地面に落ちると、絵はゆっくりと滲みながら消えていった。
夢のような世界が俺らを優しく包み込む。
「最後にこんな絵を見れて本当に良かった。」
同じように涙を流すヒャク。
「最後? まだ伝説秘境は九つある内の一つ目やで。次もとっておきの景色を見せたるからさ、もっと生きて最高の景色を見に行こうぜ!」
涙を止めて、俺は力強くそう言うと、
「うん!」
彼女は軽やかに微笑み返してくれた。
「次の秘境もすっごく楽しみにしてるね。」
桃色風景に虹が現れる。空飛ぶイルカの群れ。幻想的な匂いに包まれていく内に、時間だけが過ぎていった。
――ありがとう。
連載作品にしようと考えています。
今のところ、投稿日は決まっていませんが、いずれ投稿するかもしれないです。
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