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魔法世界はズボラの敵

作者: すなぎも
掲載日:2026/03/17

「見つかんねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

「今何時だと思ってんのぉぉぉ!!」

部屋で叫ぶ俺の頭に大家の拳骨が入る。

もう1発喰らうのはたまらないので必死に堪える。

「…チクショウ」

せっかくの魔法世界に転移したのに、なんで俺は汚部屋住人のままなんだ、、、!?



全ての物が床に散乱し、足の踏み場のない正真正銘の汚部屋。その住人である俺は今年36になった。

職業はチェーン店の雇われ店長。

高校時代のバイトからそのままダラダラ続けて、気がついたら店長になっていた。

本当は出版とか大好きな書籍にまつわる職業に就きたかった。面接でことごとく落とされ諦めてしまった。俺の唯一の長所だろう記憶力(自室に限る)は当然何の役にも立たなかった。


そんなこんなで生活していたある日、俺は職場からの帰り道で見慣れない鏡を見つけた。

気になって鏡面に触れた。

次の瞬間、俺はこの町に突っ立っていた。


最初は訳がわからなかったが、親切な町の人たちに助けてもらううちに、異世界に引き摺り込まれたとわかった。

この世界は現代日本よりだいぶ科学技術は遅れている。電気はないしプラスチックなんて存在しない。

その代わりに魔法がある。

ほとんどの人が当たり前に使えるから化学に用はなかったというわけだ。

一応技術ではあるので、魔法は生まれつき使えるものではない。子供たちは5歳になる年から学校に通って様々な魔法を学ぶ。学費は安いようだが、それが払えない貧困層が集まるスラムでは住民の多くは通学経験がない。それでも独自の魔法を生み出して生活しているらしい。

要は、36にもなって魔法の使えない大人は存在しない、ということだ。


一般的日本人男性の俺は当然魔法なぞ使えない。

親切な町の人や子供たちに教えてもらって、ようやく生活に必要な最低限の魔法だけはなんとか使えるようになってきた。

慣れれば楽で、日本での暮らしよりも家事は簡単になったくらいだ。


だから俺は思った。

「掃除なんてしなくていいんじゃね」


そうは甘くないのが魔法というやつだった。

詳しい原理は知らないが、この世界ではいちいち魔法をかけて物を動かすのではなく、物が勝手に動くスタイルなのだ。別に喋りはしないが、そわそわと勝手に動いていく。

詰んだ本は本棚に向かって歩くし、日陰に行きたがる。服は箪笥に帰りたがり、書類は内容に関係なく重なっていく。

指示を与えればテキパキ動くが、何も言わなくてもやっぱり動くのだ。

そもそも汚部屋の住人は適当に物を置いているわけではない。自分なりのルールに従って配置している。

だから、どこに何があるかは当然わかっているし、自室に対する絶対的記憶力を自負する俺にとって置き場所などいちいち戻さなくてもわかっていたのだ。

ところが物が勝手に動く。

俺の完璧な配置が目を離したスキに変わってしまう。おかげで毎日物が見つからず、イライラは募るばかりだった。


その日も俺は置いておいた本が見つからず、イライラして思わず叫んでしまった。すかさず飛び込んできた大家は俺に拳骨を落としたついでに、俺に学校に通うよう言った。

俺は嫌だった。

当然だろう。同級生は5歳なのだ。

変質者にしか思えない。

大体、町の人は皆優しいから何も言わないが突然現れた魔法の使えない汚部屋住人のオッサンなど不審者でしかない。

断ったが、今後もこの世界で生活していくには魔法が必要であり、きちんとした先生に習うべきだと正論で殴られる。

年齢制限を理由にこれまでも打診を断ってきたのに、今回の大家はやけに自信たっぷりだった。

聞けば俺が先日町で助けた少年がいいご身分のお坊ちゃんだったらしい。そのお礼にと親御さんが気を回してしまい、あっさり入学が認められたのだそうだ。

外堀を埋められた俺は逃げることはできなかった。


通学初日。

俺はあまりのいたたまれなさに、飛び級でもしてどうにか早く卒業してやると固く心に誓った。

周囲は5歳児。先生は自分より若い。お互いやりづらくてしょうがなかった。さらに最上級生でも15歳の少年少女だ。俺の存在はイレギュラーでしかない。

校長もそう思ったのだろう。俺の申し出に応じてくれ、授業はクラス単位で動かなくていいし、成績によっては早く卒業できるよう取り計らってくれることになった。

つくづくこの世界の人は優しさに溢れている。


俺は約20年ぶりに机に向かって必死に勉強した。

町の人の手伝いをしつつとにかく勉強して、放課後は居残りで魔法の練習に明け暮れた。

日本での知識で教養科目は乗り切ることができたので、魔法の勉強に専念できたのは幸いでしかない。


そうして俺は2年半でスピード卒業を果たした。

こんな無理に付き合ってくれた教員や、支援してくれた坊ちゃんとその親御さんには頭が上がらない。

途中からは子供たちも俺のことを覚えてくれて、なかなかに楽しく過ごすことができた。


卒業証書を受け取った俺に、校長は

「院生にならないか。」

と言った。

院は、俺が今日まで通った義務教育的な学校(本科と呼ばれていた)とは違う学校だ。

より高度で専門的な内容を学ぶことができる。

正式名称をもじって学科院と呼ぶそうだ。

特に興味はなかったので断ろうとした。

しかし、詳しく聞けば院卒になれば職業の幅がかなり変わるらしい。

多くは商家の子や貴族、警察的存在の騎士志望が通っていて、専門に合わせた学部に所属するスタイルなのだと言う。

期間は5年。

ただ、俺のこれまでの学習態度から多少は短くなるだろうとは言われたものの、本科でのイレギュラー感に変わりはないだろうと思ってしまった。

説明を受けていると、なぜかご支援いただいた坊ちゃんファミリーが登場し、すでに採寸された院生の制服を手渡された。

「卒業後は私たちの手がける商会で働いてくれますね?」

学費や学用品など金銭的な支援をいただいている方に言われては頷く他なかった。

日本では叶わなかった就職があっさり決まったことに、俺はなんともいえない気持ちでいっぱいになった。


院生生活初日。

俺は意外となんとかなる気がしてきた。

というのも、本科と違って院の中では俺は少しも目立たなかった。

本科を一度卒業していれば何歳からでも進学できるので、商売を大きくして大人になってから通う人もザラで大人も結構いたのだ。

特に経営者の跡取り達は、専門に加えて経営についても学ぶために到底5年では卒業できないらしい。

家業とも並行するため、中には8年程通う人もいるようだ。

院での学びは刺激的だったし、顔見知りも多くできた。日本では金銭的に通えなかった大学のようで毎日が楽しかった。


なんだかんだ俺は院の3年に上がった。

もちろん飛び級が入るので、実際は一年半程通った所だった。

俺は翌日の実験で必要な材料を買うため街に出た。

久々の買い物にうわついていたのかもしれない。

道に迷った。

40超えて迷子などお恥ずかしいが、どうも院のあるこの街は道が覚えられないのだ。年かもしれない。


どうにか元の道へ戻ろうとウロウロしていると、人影が見えた。曲がり角を一瞬通ったのが見えただけなので、慌てて追いかけていった。

相手は足が早かった。

ずっと背中しか見えないし、曲がり角に曲がっていく瞬間しか見えないのだ。

俺は置いていかれないよう必死で追いかけた。


「お前さん、見ない顔だね」

突然横からご老人に声をかけられた。

いつからいたのだろう。

というか、いつ、俺はこの広場についたのだろうか。

まるで見覚えのない場所だった。


追いかけていた人影はもう見つからないし、諦めてご老人に道を聞いた。


「なに、街にもどりたいと。

それなら大きく道を違えましたな」


老人はおかしそうに笑った。


「前をゆくナニカについてこられたのでは?」


俺は怖くなった。

あれは人ではなかったのか。

では、ここは、どこなのか。


「なに、いわゆるスラムですよ

お前さんはね、スラムを隠す魔法に偶然近づいてしまった

前をゆくナニカは魔法で出した道標

住人のみをここへ入れるためのね

ただ人を選んで発動するなんて上等なモノじゃないもんで、たまーにヨソの子が迷い込んでくるのさ」


老人の言葉に俺は安心した。

また異世界に引き摺り込まれたのかとヒヤヒヤした。

帰りたいと思いつつ、俺はこのスラムという場所に興味をもっていた。

本科の教養で習った知識ではこうだ。

貧困層が多く住んでいる場所で、町の住民との交流をあまり好んでいない。

住人の職業は不詳で、どこにどれだけ住んでいるかもわからない。

おかげで住人のほとんどが本科に通っていない。

しかし、独自に魔法を生み出し、独自の生活形態とルールに従って生きているのだそうだ。


俺はその独自魔法にとても興味があった。

元来、俺は勉強は好きではない。

真面目な性格でもない。

それでも何年も魔法を学び続けているのには理由があった。

俺は一つの魔法をずっと探し続けているのだ。

自力で生み出したっていい。

そのためにひたすらに努力してきたと言っても過言はない。

それは、『部屋を綺麗にする魔法』

どうにかして、俺は魔法で部屋を綺麗にしたかった。

私利私欲のためではあるが、これが実現できれば様々応用がきくこともわかっていた。

これまで院生や教授たちと調査・研究をしてきたが、その取っ掛かりさえ掴めていなかった。


しかし、ここには本科や院で学ぶ魔法とは異なるものがある。ヒントがここにあるかもしれない。

現に、老人の言う道標的な魔法は聞いたこともない。

集落を一つ隠す魔法。

そこへ導く魔法。

2種掛け合わせかつ常時発動の仕組み。

どれをとってもとてつもない技術だ。

このスラムの独自魔法に俺は大きな希望を感じた。


「どれ、町まで送りましょう

また迷い込んでは大変だからね」

「待ってください。」


帰り道を示す老人を押し留め、俺は自分が院生であること、掃除魔法を研究していることを伝え、ここにそのヒントがないか尋ねた。

老人はしばらく考えた後、こう告げた。


「そのものではないが、近しいものなら」


俺は嬉しくてたまらなかった。

小さなヒントですら喉から手が出るほど欲しかった。

老人は、近しい魔法の使い手を呼んでくるからと東屋に案内してくれた。そこで老人とその使い手を待つ。


数分で老人は1人の青年を連れて戻ってきた。

聞けば、縄づくりを生業にする青年だという。

俺は不思議だった。

縄やら紐などを作る職人というか工房は町にもあったからだ。わざわざスラムで作るものでもないし、その技術があれば町で普通の暮らしができそうだった。


縄の作り方を聞いて認識は一変した。


青年は魔法で縄をなうのだと言う。

ありえなかった。

魔法をかけた物体は勝手に動く。

その原理に従えば、複数の物体が絡み合ってできる縄を魔法でなうことは出来ないはずなのだから。

現代日本でいえばエントロピー的性質だが、魔法の場合はもっとはっきり影響する。

そのため縄や布は素材に魔法をかけるのではなく、それを編むための機械を魔法で動かして作っている。

よって、大掛かりな設備と人手が必要になる。

でもここでは違った。

魔法の捉え方から違うようで、モノ自体に魔法をかけるのでなく、モノが持つエネルギー的な部分に働きかけているのだという。

青年は感覚で行っているために、詳しい理論は説明できないようだったが、おおよそつかむことはできた。

これなら掃除魔法を作ることができるかもしれない。


俺は老人と青年に丁重に感謝を伝え、お礼にちょうど持っていた薬や書籍を渡す。

こういったモノはどうも手に入りにくいらしい。

別れを告げたあと、老人の案内に従い町へと戻る。


かなり長くスラムにいた気がしたが、まだ昼間のようだった。時間さえ操っているのか?と思わされるほどの技術力に俺は改めて感嘆する。

とはいえ、彼らは接触を好まないし穏やかに過ごしている。これ以上の詮索や関与は無粋であるから、俺はスラムの存在や経験は口外しないと決めていた。

今すぐ、この学びを試してみたい。

俺は足早に院に戻った。



あれから10年。

俺は50歳を超えていた。

日本のある元の世界に戻る気配はなかったが、もう戻る気など失せていた。


俺は、掃除魔法を完成させたのだ。


約2年前、度重なる実験のすえに掃除魔法の基礎となる理論を発表した。

これまでの魔法理論とは一線を画す視点に当初は多くの疑念や反対意見が唱えられた。

しかし実用化に向けた研究が大きく進んだことで、この理論は次第に認められていった。


そしてついに今日。

俺は掃除魔法を完成させたのだ。


スラムでの出来事はだれにも話していない。

だから、この発見はまるで俺独自の発見のように捉えられている。

それではおかしい。

本来の発見者であるスラムのあの青年にこそ権利はあるし、評価されるべきだ。

話をすべく、理論を発表する前にスラムをなんとかもう一度尋ねようと俺は何度もあの通りを訪れた。

しかし、二度と道標を見かけることはなかった。


諦めかけたある日。

俺は院のあるあの街で小さな子供に呼び止められた。

「縄、買いませんか」

なんのことだろうと思ったが、すぐに気がついた。

これは青年からの招待なのだと。

「買おう。」


子供についていくと、スラムと青年が現れた。

「お久しぶりです。」

挨拶を交わし、俺は早速要件を伝える。

すると青年は言った。


「地位や名誉は私たちを危険に晒す

金は人を堕落させ、羨望は悪意を呼ぶ

私はそれを欲していない

だから、私たちの知恵を借りた代償としてこれらの犠牲はあなたに払ってもらいたい」


俺は青年の優しさと謙虚さに泣きそうだった。

本心でもあるのだろうが、なんと欲のないことか。

俺は深々と頭を下げ、最大限の感謝を述べる。

しかしこれだけでは釣り合わない。

何かできることはないかと尋ねれば、青年は町を隠す魔法を改善できないかと言う。

俺のように迷い込む人がチラホラいるらしい。

それを防ぐ方法を考えたいのだそうだ。


「できます。これもあなたのおかげです。」


俺は自身の力で青年の役に立てることに、言い表しがたい喜びを感じていた。

俺の院での卒論は隠匿魔法についてだった。

これを選んだのは、スラムで見た魔法に感動したからだ。

掃除魔法が完成するまで、汚部屋を隠すのに使おうだなんて、みみっちい思いつきがきっかけではあったが研究は想像以上に楽しかった。

青年に教わった魔法の捉え方を応用して作り上げた隠匿魔法は、学会でも大きな評価も得る程だった。

これを彼のために使うことができる。

この上ないご褒美だった。


俺は隠匿魔法をかけ直し、道標がスラムの人間にしか現れないよう制限を加える。

さらに街の人間が仮に迷い込んでも、街に案内するように異なる道標も用意する。

加えて、魔法の影響が他に及ばぬよう保護をかける。

俺が院のあるあの街を何度訪れても覚えられなかったのは、元の隠匿魔法の影響が現れていたからだった。

彼らの望む生活が今後も守られるよう祈りを込めてしっかり組み上げた魔法は美しかった。


「それじゃあ。」


俺は青年とスラムに別れを告げた。

もう会うことはできないだろう。

しっかりと頭を下げ、俺は街へと戻っていった。



70歳を過ぎた。

お世話になった坊ちゃんファミリーの商会はすでに定年退職し、魔法顧問として今も交流は続いている。

恩を返せた気はしないが、それでいいと言ってくれた坊ちゃんが不自由ないよう今後も支えるつもりだ。

今は院で魔法を教えながら、隠匿魔法と掃除魔法の研究を進める研究者となった。

もう、汚部屋の住人ではない。

時折、スラムの青年のことを思い出しつつも、穏やかに暮らしていた。

あれから一度も彼に会うことはなかった。

それでいい。


研究の息抜きに、お茶を淹れようと立ち上がる。

どうもお茶を切らしたようだ。

せっかくだから街へ買い物に出る。

お茶を買い、薬を買い、本を買う。

院に戻ろうと歩いていると、少女に声をかけられた。


「縄、買いませんか」


「買おう。」


彼が私の力を求めている。

俺はあたたかな喜びを感じながら、気を引き締めて少女についていった。

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