第8話:惣一、「ほどほど」が分からずやらかす
――朝だった。
いや、正確には「朝らしい時間」だ。
鶏が鳴いている。鳴きすぎている。
惣一は藁の上で目を覚ました。
「……うるさっ」
「惣一殿! 起きておられるか!」
戸を叩く音。
嫌な予感がする。
「……はい」
戸を開けると、村の若い百姓・太吉と、その後ろに知らない顔が三人。
全員、やたら姿勢がいい。
「こちら、地侍様で……」
「いやいや、地侍とかじゃないから」
真ん中の男が手を振った。
腰に刀。ちゃんとした刀。
惣一は一瞬、戸を閉めたくなった。
「え、あの、俺、百姓ですけど」
「知ってる」
「え?」
「百姓なのに、ここ半年で
・用水の流れが整理され
・年貢の取りまとめが揉めず
・村同士の諍いが減り
・倉が増えた」
「……あー」
思い当たる節が多すぎた。
「それ、俺のせいですか?」
「誰のせいだと思う?」
地侍がニコニコしている。
惣一は悟った。
(あ、これ“ほどほど”を完全にミスったやつだ)
「いやでも! 俺、ちょっと助言しただけですよ?」
「“水は上から下へ流れる”って?」
「はい」
「“人は集まれば役割が生まれる”って?」
「……言いました」
「“記録を取ると争いが減る”って?」
「……書きました」
地侍は腕を組んだ。
「それを全部、一月でやった」
「だって、出来そうだったから……」
「普通は出来そうでもやらない」
そこへ太吉が割り込む。
「惣一殿、殿からの評判が……」
「え、殿?」
「“よく分からんが、最近この辺りが妙に落ち着いている”」
「それ評価じゃない?」
「“何もしていないのに、比べられる”」
「……あっ」
惣一は、遠くの鷺山城の方向を見た。
(頼芸さん……)
何もしてないのに評価が下がる殿。
その裏で、百姓が勝手に成果を出している。
「惣一殿」
地侍が急に真面目な声になる。
「次は、何をするつもりだ?」
「いや、次は……」
惣一は本気で考えた。
「……何もしません」
「ほう?」
「現状維持で。
ほどほどで。
目立たず。
殿の評価をこれ以上下げない方向で」
沈黙。
次の瞬間、地侍は腹を抱えて笑った。
「それが一番難しいぞ!」
「えっ」
「出来るやつほど、“何もしない”が出来ん!」
惣一は頭を抱えた。
(あ、これ完全に詰んでるやつだ)
鷺山城の殿は今日も何もしていない。
だが惣一は、今日もまた何かをやらかす予感しかしなかった。
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